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24話 睡蓮の秘め事(1)

 早朝の修行を終えた後、風呂でさっぱりしてきた。元の世界じゃ朝に何かするなんて有り得ないと思っていたのだが、実際やってみれば楽しいものだ。

 ゼラは――朝食の時間か。通りがかった一室でゼラは二つの意味で座食している。近くで控えるハクが作ったのだろう焼き魚をいま銜えていた。


「フフフ……」


 ゼラが朝食を食べ終えるまでにここまで仕事を済ませていると思うと、高笑いを出したい衝動に駆られる。

 おっと、ゼラに変人と思われてしまうな。


「何をしているのじゃお主? 気色悪い笑い方しおって……」


 ほんとに変人に思われた!? いけないいけない、まだゼラに自慢できるほどじゃないんだから抑えないとな。


「べ、別に……なんでもない……」

「どうせ破廉恥なことでも考えていたんですよきっと。先日は、ビオラさんと何かあったようですから」

「なんじゃ人間の発情期なるものか。お主の魂にそのような摩訶不思議な欲求が備わっていたとは、主の輪廻を見てきた儂でも気付かんかったのう」

「おい! 変な言いがかりつけんな!

 ……つーか、この前のは事故でビオラと何かあるわけじゃないからな!」

「ほう? 何かはなくとも、できるということか? これじゃからあさましい人間は始末が悪い!」

「あのなあ……俺を人間とか呼ぶお前の方こそ、一度も妖怪になったことのない俺の魂を追って来ているじゃねーか! もういっそのこと、人間だの妖怪だの差別すんのやめろよ!」

「――確かにそうじゃな。しかし、半分妖怪のお主を人間ではないとも妖怪ではないとも言えぬわけじゃから、この事については何一つ関わりが無いな。そんな論理では儂の思考を絡めとるのはまだ先のようじゃ。レポートというものを提出しなおすがよい!!」

「はぁ……? お前、また何か変なものでも見たのか?」

「九尾様はこの頃、寝ているレッドさんの記憶を見るのが趣味になっているようです。その影響でしょう。なので、あなたのせい――ということになりますね」

「なるわけないだろ! てかゼラ、お前なに人が寝ている時に勝手に記憶なんか見てんだよ!? そんな術があるなら、俺に教えろし!!」

「まともに妖術も使えんお主が仙術を使おうなどとおこがましいにも程がある! レポートを提出しなおせ!!」


 ゼラは、指を立てながら顔をキメた。

 確かに昔、そんなセリフのあるドラマを見ていた気がする。本当に俺の記憶を夜な夜なみているみたいだな。最近は、体を動かしているから夜はぐっすりだし、まったく気づかなかった……。


「レッドさん、本日のお昼は何を召し上がりたいかソウタ様がお訊ねしたいそうです」

「そっか……そうだな……」


 昼はソウタが作ってくれるのか。あいつの料理は本当に美味しいからな。何を頼んでも要望を叶えてくれる気がして期待が膨らむ。


「なら、俺が自分で伝えに行くよ」

「そうですか。では、よろしくお願いしますね」

「うん。あ、そうだ! ゼラは昼食……」

「ん? 油揚げがあればなんでもよい!」

「だよな……了解、んじゃ行ってくるわ!」


 俺は、厨房へと足を向けた。

 ここは屋敷の中でも北側に位置し、厨房は反対の南側。長い廊下を隔てた先の下位妖怪が使う広間の隣にある。どうやら妖怪は上位から北に配置する法則性を作っているらしく、自然と厨房の位置も下位妖怪の多い南側に設置されたらしい。

 ちなみにハクのように中位妖怪でも世話役として上位の部屋に入ることもある。クウの付き人であるリコやシノンもこれにあたるので、俺がこの法則性を意識することはあまりないのだ。なにせ重要人物枠として俺も上位に配置されているのだが、中位のビオラが毎朝起こしに来るのだから。

 俺にとっての鶏はあいつだな……。


「あ……紅葛様やないですか!」


 廊下を歩いていると、元気な声が後ろから聞こえた。

 振り返らずとも誰だか判った。この関西弁に似た口調はキロロだ。

 屋敷内ではほとんど皆獣耳と尻尾を出してくれるから目の抱擁になる。だがこいつは、褐色肌の少女スイレンが大好きであの子の話ばかりだ。スイッチが入ると止まらないので、ちょっと苦手意識がある。


「ど、どうしたキロロ? あれ……今日はスイレンと一緒じゃないんだな」


 いつもは一緒なのに今日はスイレンの顔が見えない。


「嫌やな紅葛様。いつも一緒にいるみたいな言い方、誤解受けるやないですかもう……!」


 いや、お前とスイレンが一緒じゃない時なんて今が初めてなんだよ……。


「とはいえ、うちも探しとるんです。スイレンちゃん、どこへ行きはったんやろ? 偶にいなくなるんやけど、紅葛様お知りになったりしません?」

「いや……今日は見てないぞ?」


 基本お前がいればあいつがいるし、あいつがいればお前がいるからな……。


「そうですか……」


 キロロは、寂しげに透明のガラス戸から外を見た。

 外は雨がほつほつと降っており、これから大降りがあるかもしれない。外に出ていたら雨に打たれてしまうかも、という思考が見て取れる。


「ま、まあ……見たら伝えるよ。キロロが探してたってな」

「お願いします。あの子、かわいらしいから誰かに連れてかれてへんか心配なんです」


 田舎ここでそれはねえよ……。てか、妖怪なんだし自分でなんとかすんだろ。

 とは思いつつも、心配するように垂れる獣耳が憐れみの心を触発してくるので言えないが。


「おう、期待せずに待ってろ」



◇◇◇



 ソウタへの要望を届けた後、俺は屋内修行場へと出てきた。ビオラとの修行をするということで、また仕事熱心な妖怪たちが庭に修行場を作ってくれたのだ。

 三十畳超えの二人だけの修行にはまあまあの広さがある。床には屋敷と同じく畳がしきつめられているが、畳の材質が少し違う。激しく倒れても怪我しないように、という配慮が垣間見えた。角の方には人を見立てたカカシが立てかけている。使え、ということだろうか。


 しかし、今は真剣はもちろん木刀さえ持つ気はない。最近はここでの精神統一がちょっとした趣味になっているのだ。周囲にいる妖怪の妖気を辿り、今何をしているのかとか勘考するのが楽しい。

 そんな赴きに興じるべく俺は胡坐で座ると、瞼を閉じて息を吐いた。一種のルーティンであり、気配を妖気を辿って見つけていく。


 一番近いのは――スミレだな。川の近くにいる。雨が降ってきているというのに命知らずだな。

 たそがれているのか? 岩の上に座って身動きがない。俺みたいに精神統一みたいなことでもしているのかもしれないな。妖気に揺らぎがないように思えるのは感情的な淀みがなく、落ち着き払っているということだ。俺の妖気には気付いてはいない、よな?

 次に近いのは――これは……キロロだな。外に出たのか? さっきスイレンがいないって言ってたから今も探しているんだろう。

 よし、この調子でスイレンを探してみるか。



 ――――……………………いた。



 屋敷の裏? これは……床下にいるのか? どうりで見つからない訳だ。まるでかくれんぼだな。

 もしかしてキロロがずっと付いて来るから愛想をつかしたのか? 確かに仲が良くてもいつも一緒にいると肩がこるよな……知らんけど。俺だったらなる。


「スイレンの所に行ってみるか。なんとなく気になるからな」


 俺は、妖気を辿りながらスイレンのいる所へと向かうことにした。




 屋敷の裏には何もなく、温泉を囲う竹壁が見えるくらいだ。屈んでみると、確かに人一人分が屈めば入れそうな幅くらい空いていた。

 海が近くて水没の恐れがある家の造りに似ているが、そこまで高いかというとそうじゃない。せいぜい神社か寺の御堂下くらいのスペースか。

 ここは……ゼラの部屋の下か? ゼラなら気付いているんじゃないか。あいつ、俺より妖気に敏感だし。


 覗き込むと、暗闇の中で目が二つあった。俺と顔を合わせてぱちぱちとさせている。

 さて、どうすべきか。スイレンに俺から話しかけたことなんてあったか? 基本必要のない会話とかしないからな俺。特にゼラやハク以外とは……。

 でも、キロロとなにかあったなら知っておきたい。一応俺はゼラの――…………婿、らしいから、こいつらよりも先輩的な立ち位置なわけで……。

 あれ? でも、俺妖怪じゃないし先輩っておかしいな。ていうか、なんで俺がこいつらの面倒を見ようと思ったんだ?

 そうか、ゼラの所にいるには何か仕事をしないとという義務感か。別にここまでする必要はないと思うが……。当人どうしの問題なわけだし。

 よし! ここまで探してあれだけど、戻ろう。だいたい俺、他人に面倒焼いてやるほど余裕があるわけじゃないしな。


 俺は、視線を外して修行場へ戻ろうと立ち上がった。


「ちょ、ちょっと待ちますの!」


 床下から幼い少女の声があり、足を止める。

 振り返ると、下からはい出そうとしている最中で小さな腕が出てきていた。


「ちょ……っと……待ってほしい……――

 あれ? ぬけな……引っ掛かった! 足が何かに引っ掛かってしまいましたの!

 も、もうすこし……まつ……ああ!? 髪に蜘蛛の巣ぅ……」


 なにをやってんだあいつ……思わず笑ってしまうところだぞ。

 ……仕方ないな……。


「ほら、手貸してやるから」

「あはは、お手間を取らせて……ああ! 紅葛様!!?」


 ここでやっと俺の事を認識したようで、恥ずかし気に褐色の顔を真っ赤にしていた。かと思えば口籠り、無言で床下に戻ろうとしていた。


「ちょ、なんで戻ろうとしてんだ!? 出てこい……俺を戻ってこさせたんだからちゃんと出てこいっての……!」


 掴んだ手で引き留めると、おずおずと戻ってきた。

 しかし、一定の所まで行くとつっかえるようにして止まった。


「ううう……うわああああ! ずみません……足が引っ掛かって抜けないんですのお゛!!」


 情けないまでに涙を浮かべ泣きじゃくり始めた。クウよりも子供じみていて呆れてしまう。

 なんなんだこいつ……天然ってこういうのを言うのか!?


「…………わかったから、ちょっと待ってろ」


 俺は、すぐ隣から床下へと潜って出るのを手伝った。









 無事出ることのできたスイレンは面目ないという感じで土下座していた。


「申し訳ないですの! まさか紅葛様がわたくしの窮地を救って頂けるなんて思いもしませんでした……! このお詫びは全身全霊をもって何を賭しても紅葛様の願いを何なりとかなえる所存ですの!!」

「ああ……そう……。それより、土下座とかやめろ。俺がなにか罰を与えているみたいだろ」


 スイレンの体を持ちあげ、立たせてあげる。顔に泥がついているので、服の袖で拭いてあげた。

 まるで子供ができたみたいだ。クウより世話が焼けるし、こっちの方が現実味がある。

 スイレンは、俺のことを目を丸くして見ていた。


「……どうした?」

「いえ…………紅葛様は人間、ですわよね?」

「ああ、正真正銘の人間だ。まっ、だから俺がなんでここにいるのか判らないし、お前らが俺をベニカツとか呼んでいる理由も判らない」

「……わたくし、ずっと紅葛様はもっと怖い人だと思っていましたの。そう聞いていましたから。

 ――でも、凄く優しい人でした!」

「はあ?」


 俺が優しい? ああ……今面倒見てやったからか。さっきは見捨てようとしてたんだけどな。勘違いさせたみたいだが、俺としてはどっちでもいいか。


「あれ、お前の髪……なんかちょっと変わってね?」

「へ!?」


 スイレンの瞳孔が開くのに気が付いた。

 何か嫌な事でも言ったか? 少し警戒されているような気がする。でも、確かに前とはなんかちょっと違うんだよな。

 前はもっと紫っぽい感じだと思ったんだけど、今はグレーっぽい……。いや、白に近い黒と言った方がいいのかな。どんどん髪が白くなっていく途中のような感じだ。

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