23話 妖に教わる刀稽古
稽古の時間――。
俺は、屋敷前で木刀片手にスミレへと刃を突き立てていた。
形は何となく様になってきただろうか。偶に自分の振り払う様に見惚れる時がある。がしかし、俺もやればできるじゃないか、と自分に酔っていると――
「どこを見ているんだ戯け!」
避けられた末にスミレに背中をおもいきり蹴られることが何度か。
「何すんだよ……! 少しは自分の成長に浸らせてくれよな!」
「そんなことは、まともに一撃でも入れてから言うんだな!」
「お前が本気で躱すからだろ……」
小言を漏らすと、再び冷たい冷気を纏いながらスミレが構えた。
まったく、妖怪は冗談が通じない。
俺も息を吐きながら木刀を構えた。
「おお!」
一歩深く入り込み、斬り掛かるが半歩足りなかった。
「目測誤り!」
俺の出した木刀を弾かれ、ミスを随時スミレが指摘してくる。俺の考え、意図を読み取るかのように図星をつかれるのでストレスだ。
「わかってる!」
今度は下、と見せかけてもう一度上だ!
体勢を一度沈ませてから頭部を狙いにいくも、スミレは全く動じずに俺の動きに合わせてくる。体重移動が素早く、木刀はすんなり受け流されてしまう。
これだ……こいつ、俺の頭の中を見ているみたいに全部寸分たがわずにいなしてきやがる!
既にスミレの実力に敵わないことは承知しているが、だからといって一撃も入れられないのは癇に障る!
「見え見えの攻撃に全力を注ぐな!」
空いた懐腹部を蹴られた。
柄好き倒れる俺をスミレは冷たい眼差しで見下ろしてくる。
「刀だけが攻撃手段ではない。一撃一撃を見極め、削げるところは削いでいけ。今のように一辺倒の中に意外性をもたせ、攻撃に緩急を持たせろ!」
「くそ……」
ならば、と一気に体勢を低くして脚を狙った。
スミレは俺と同じくらいの身長だ。タイミングが俺の方が早ければ、脚くらい届くはず。
「悪くない――が、わたしならばもっと低くする」
突如俺の目線より更に低い位置まで身をかがめたスミレが木刀を払いにきた。
「あぶね……!」
刀の動きに合わせながらなんとか堪えるが、素早い動きと体勢の低さに完全にこちらが後手に回っている。
スピードとこの体勢で一気に状況ひっくり返された!? てか、体どうなってんだよ……!?
「ぐへ!」
結局、不意を突かれた勢いで顔面に木刀で強打されて倒れてしまった。
「どんくさいな、次だ!」
「っ……わかってる!!」
再び構えるが、俺は少し待った。ずっと俺ばかりがせめていて、スミレから攻撃されたことがなかったのだ。
「どうした? 怖気づいたか?」
不敵な笑みで挑発してくるが、スミレの方もまったくと言っていいほど攻め気がないように思えた。教える立場だからといって攻めさせるだけというのは違う気がする。
「そっちこそどうなんだよ? 俺が初めて守りに入っていることに危機感を覚えているんじゃないのか」
挑発し返すと、スミレはニヤリと見たことのない笑みを見せた。更には警戒を解くように構えるのをやめてみせてくる。
「いいぞ、それが始まりの一歩だ。
攻撃は時には強い。特に相手が格下ならば、躊躇なく突き進んでいいだろう。戦いの中では一人一人に時間を割きたくないことがほとんどだ。ケースバイケースで先程までの貴様のようにするのは悪くない。しかし、相手が自分と同じくらいの実力ならば自殺行為。相手に隙を与え、狙ってくれと頼んでいるのと同じだ」
「……お前、ずっとそれを待っていたのか? 俺に自分で気付かせるために?」
「もし何の手もなく、また押し切れるほどの技も剣戟も持たないのであれば、出方を見るのがセオリー。
まずは間合いを見つつ、時にフェイクを入れながら自分の攻撃が届くギリギリを見極めろ!」
「間合いを見るって言っても、それがいつまでも続くわけじゃないだろ。どちらかが攻めなければ何も始まらないし、終わらないじゃないか」
「その通りだ。だから、こうして……間合いを気にしながらも横に動く」
スミレは、初めて指導者らしく動きを教え始めた。目線は外さず、円を描くようにして歩き始めた。
「もし相手が動かないようならば、横に動きながらも少しずつ近づくのもありだ。そうすれば相手も動くしかなくなり、時には隙をくれる。
自分は動くことで隙を作るが、先に動作を始めているぶん間合いと領域を支配している。もし相手が合わせて攻撃してこようとすれば、それに合わせて動けばいい。なので、動きながらも己を守る意識を忘れてはいけない」
「相手が動く場合は、例えばこんな風に同じ動きなら状況は五分五分だろ?」
俺は、スミレと同じように横移動し始める。近づかず、されど遠のくのではなく警戒するように身構えながら移動した。
「そんな時は、体重移動を見極めろ。移動するという行動を起こしていることで、体勢は時間の度に変化している。
例えば、右足を左へと動かすだけで頭が数センチ浮き沈みする。体が浮くということは、その一瞬に片方の足の母指球に体重がのり、足が地面に下りるまでに隙になっているということだ。
他には前後移動ならば体重移動は同様に前後に移動している。勢いが強いならば止まるまでに時間と距離ができる。そこを狙えばいい!」
突如としてスミレに先行を取られた。木刀のリーチは先程の俺とは違い、ギリギリ俺の脚を掠め取りそうなくらい。それがどんどんどんどん伸びてきて、やがて膝の皿を割る勢いで突き出された。
俺も木刀を即座に下へ向けて対応しようとする。だがスミレが素早く、また刀を下へ向けて扱うことがなかった為にどうしようもなかった。
やべ……対応しきれない……!!
スミレは、膝に当たるギリギリで木刀を止めた。
「刀は下へ向ける方が扱いづらい。これは慣れていくしかないが、どんな攻撃にも対抗できるようにしておけ」
「お、おう……」
あぶねえ……砕かれると思った俺の半月板……。スミレならやりかねないからな。
「支配すべきは空間と間合い、そして時に精神状態だ。
心理戦には覚えがあるはずだ。以前妖怪と戦った時は、意外性のある行動で次の行動を問いかけ、思考を乱した。ゆえに、最後の攻撃へと繋がっただろう。勝てはしなかったが、面白い組み立てだったぞ」
おお……スミレが褒めたぞ、珍し……。
「一辺倒の攻撃じゃダメってことは判っていたけど――お前、いつもそんなに考えて戦っているのか?」
「まさか、そんなわけがないだろう。考えることは、雑念を持つのも同じ。本当の強者と戦うのならば、考えていては遅いからな。
さて、話を戻そうか。なぜ攻撃で猪のように突進して行くスタイルがよくないのか……。
仮にそれを主体的な戦い方としよう。一見、主体的な攻撃は自分が攻撃しているため受けを考えず相手を砕くことを意識するだけでいいように思えるが――その実、隙だらけで一撃でも間違えればカウンターを食らってしまう諸刃の剣だ。なので、受動的な戦い方の方が精神的にも楽なのだ。一発で状況を打開できる可能性も秘めているからな。
相手の攻撃に合わせて動くことで、意外な事がない限りはまず守れるだろう。代わりに対応力がものいうことになるが、相手の動きを見極められるようになれば造作もないことだ。そう……貴様のように格上のわたしと戦おうというのなら、まず受動的な戦い方にシフトした方が何倍かマシというものだ」
「……そうだったのか。俺、これまで全然戦いなんてしたことなくて、刀なんて持ったことすらなかった。まったく知らなかったからすごい勉強になる。
お前、ちょっとムカつくけど今みたいなのはすっと頭に入ってくる気がするよ」
「ふん、どうだかな……」
再びスミレが刀を構えた。鬼気とした殺気が肌に伝わってくる。この実戦じみた狂気が俺にずっと負荷をかけてきているんだ。逃げるな、臆するなと強要してくる。
俺はまず集中した。
震えを押し殺すように息を吐き、風の音や水の音あらゆる事象を遮断して感覚を研ぎ澄ませていく。
考えるな、か。そりゃあそうだ――考えてるから遅いんだ。考えるから先にいけない。
でも、今の俺にはそれができない。そこまで戦いに慣れちゃいないし、戦いに溺れてもいない。それはきっとスミレとかずっと戦ってきた奴にしかできないことで、俺みたいな素人がやろうと思ったって後手に回るだけだ。
――それが判っただけでもよかった。
ああ……初めてスミレの言おうとしていることがわかった気がする。長話だったのにすっと頭に話が入った。
いま初めて、稽古を楽しいと思っているかもしれない。
木刀を両手で強く握り締め、前に構える。
先程のレクチャー通りに俺は横移動を始めた。すると、スミレも同様に横移動した。
間合いを測りながら読み合い、そしてせめぎ合いの丁度中間を探り出す。
移動中は、イコール行動中。必ず隙ができ、それは幾重にも動き続けていて見つけ出すのは容易じゃない。今の俺には無理だ。
無理だから、今の教えの裏をかいてスミレに行き届かせる……!
「おおっ!!」
俺は、隙ともなっていないタイミングでスミレに向かっていった。
スミレのように素早くないし、読み合いじゃ勝てないとわかってる! それでも今の俺の目標はスミレに一撃を入れることだから、その為だけにこの体を使う!!
「バカ……攻める間合いがでたらめだ! 言ったことを何も理解していない!」
スミレが木刀で振り払おうという瞬間、俺は動きを止めた。
「っ――しま……」
目の前をスミレの木刀が通り過ぎた刹那、咄嗟に体を前に投げ出した。右手に持つ木刀を伸ばした。
一撃、一撃でいい……とどけ! とどけとどけとどけとどけ――――ッ!!
木刀の剣先をスミレの首下へと突き立てた。
呆気にとられたスミレと目が合う。
――勝った!
そう思った瞬間、木刀の目標位置がずれた。目を外した隙に狙いを外していた。
やべ……!
勢いあまり、俺はスミレへとダイブしていた。
「ぐっ……!」
頭と頭で衝突し、覆いかぶさる形で倒れる。嘘をついていないのに頭痛がした。
頭が重く、体を起こすも目は朧気である。
「しまった……もう少しだったのに、外しちまった……。くそお……!」
ガチャで当たりが出たものの、目的のキャラじゃなかった時くらいに憂鬱に零した。
ふと手に柔らかい感触があって視線が向く。すると、俺の手がスミレのふくよかな胸をがっちり掴んでいたことに気が付いた。
「あ、あれ……?」
かなり柔らかく、そして手の形に変形する吸い付くような感触に誘惑されているかのようだ。
まるで揉めと言われているかのように抵抗なく指が押し込まれる。もしかして、ブラしてない?
妖怪はブラしないのか? 前にハクのを揉んでしまったことがあったけれど、あの時はそこまでは判らなかった。
くぅ……これは……一種の依存性を掻き立てられる代物……。
何故か手が離れない。離したくないと訴えてくる。
狂おしい……なぜこんなにも触れがいのあるものを罪悪感なく触れることができないのか……!
「おい……」
数回揉んでしまった手前、面と顔を合わせるのは気まずかった。しかし、これはやってしまったのだ、と腹を括り苦笑いをして顔を見た。
ひきつった顔の中で仄かに赤みの帯びた顔は怒っているのか恥ずかしがっているのか微妙である。
「ごめ……いや、ありがとう……!」
俺は、落ち着くように息を吐いたあと心からの感謝を述べた。
狐耳を生やした彼女の胸に触れる幸運に恵まれたのだ。ここは謝罪ではなく感謝の意を伝えるべきだろう、と馬乗りになっているにも関わらず紳士的に振舞った。
「――コロス!」
スミレが怒りの形相に奮起した後、修行ではなく虐殺の刑が始まったのは言うまでもない。




