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2話 踏み入れた妖の道(3)

 俺たちは、裏路地に入った。こちらには街の人しか知らない酒屋がこじんまりと運営されているらしい。敵を誘い込むつもりが、とんだ贈りもんがあった。

 無論、酒を飲んだことはない。しかし、興味はある!


 足を酒屋に向けた矢先、ゼラの含み笑いが聞こえてきた。

 なんだよ……もう来たのかよ……。

 まだ共に過した日は短いが、それでもゼラのことはなんとなく分かってきた。

 こいつ、敵が来ると嫌に笑うよな……。


「流石じゃの〰〰! お主、中々の策士じゃ。本当にここへ入ってすぐに仕掛けてきおったわ!」

「なら、あとは頼むからな」

「任せよ!」


 そう言い放つのを皮切りにゼラは後ろを振り返る。

 なんだ、後ろか。普通だな。

 ゼラに合わせて俺も振り返る。すると、そこには堂々と姿を現したローブ姿の人間が立っていた。

 こういう世界だから壁とかすり抜けてくるかと警戒していたんだけど、無駄だったみたいだな。


「ブラックウルフがいないな。あいつが戦うつもりなのか?」

「何を言うのじゃ? 獣ならば建物の上にいるではないか。

 どうやら気づいていないと思っているらしいのぉ。いつ飛びかかってきてもおかしくはないぞ」


 え、マジ? 結構危ないな……。

 けど、どうせゼラがなんとかしてくれんだろ。無表情崩さずに気づいていないフリだ。

 そう意気込んだものの、相手に動きが見られなかった。なので、ゼラがまた服の袖を引いてきた。


「なんだ?」

「こやつ全然仕掛けてこんのじゃ。何か言いたいことがあるのやもしれん。適当に付き合ってやれ」


 お前には口が無いのか?

 一応魂をあげた身なので、そんな事を言う権利はない。仕方ないな……。

 俺は、とりあえず憂鬱にも話しかけることにする。


「何か用か? どうやら俺たちを付けてきたみたいだけどー」


 やる気は無い。棒読みでいいだろう、と適当なことを並べた。


「……ただのガキ二人、か……。

 私のブラックウルフの反応が次々に消えていったので、何者かが撃退しているのだろう、と思ったが」


 男性の声だった。

 自分の中で勝手に納得しているようだけど……ガキ、ね……。

 ただ子どもの姿をしているだけなんだけどな。しかし、この話は相手に隙を与えるだけだ。


「しかし、不安の種は早々に取り除くのが定石。ここで死んでもらう」

「どうやって?」


 眠いんだ、早くしろ。

 そういう思いを込めて、流れを作ってあげた。挑発するように舌を出しながら。


「ふっ! こうするんだよ!」


 命令を促すように、男は手を空へ向かって掲げた。

 

「んじゃ、あとはお願いしますゼラ先生」

「誰が先生じゃ……」


 ゼラもあまり乗り気じゃないらしい。何故か不貞腐れているようだ。

 しかし、強気に言った割には何も来なかった。てっきり、ブラックウルフが来るかと思ったんだが。


「何故だ……。また、ブラックウルフの気配が消えているだと!?」

「とっくに殺した。来るまでが長いんじゃ」


 どうやらゼラが既に終わらせていたらしい。

 狐火は、少しくらいなら距離が離れていても生成し操ることができるようだ。それでこれまで通り倒していたのだろう。

 男は動揺を隠さずに無様にもたじろいでいた。

 ゼラと同じことは思ったけれど――こう何もされずに殺す手前、可哀想になるな。


「もう良い! 時間の無駄じゃ、さっさと終わらせる……!」


 ゼラが前に出る。

 痺れを切らしたらしい。だからか、尾が一本だけ見えるようになった。


「貴様が何かしたのか!? まさか……獣人!?」

「何も知らぬ者は呑気じゃな。儂を獣人などと……。

 それじゃから、こんな所で死ぬんじゃ」

「何を言う! ホラも大概にしろ! 貴様のようなガキに、この私が殺される訳ないだろう!」


 それが嘘じゃないんだな、これが。俺の頭は痛くなっていないし、何より――ゼラにその気はない。

 それを言うこともなく、ゼラは狐火を威嚇の意味を込めて大きめに発した。


「ここまでデカいと、こっちまで熱く感じるな」

「すまんの! これでもこの姿なだけあって力は抑えられているんじゃが」

「な、何を……何が起きて……。これほどの魔法、使える者など……」

「安心せい。こんなもの、ただのじゃれ合い程度と知れ!」


 炎の明るさで奴の顔がフード越しにチラリと見える。予想だにしなかったように怯えた顔が映った。

 悪いが、殺人未遂は俺も擁護できない。どうせ、過去にいくらでも殺しをやってきたんだろう。

 ゼラが必要と判断した時点で、お前が死ぬことは決まっていたんだ。


「やめろ……こんな、こんなのは……ひゃあああ!!!」


 敵が背を向けた瞬間、ゼラは無情に狐火を放った。

 ヤツの声が嘆かわしい悲鳴になるのを見送った。その後、狐火は残骸である散りを吹かせて常闇に消える。


「あっけなかったな。でも、今日中に済んで良かった。明日も今日と同じじゃ、気苦労が耐えないからな」

「それは……儂の、じゃろう……?」


 どうやらゼラも疲れたらしい。魔法を撃ってから目がシパシパしている。


「帰るか」

「お主には特別に儂をおんぶ、または抱っこすることを許そう……」

「へいへい……別にいいよ。俺はお前の従者、みたいなもんなんだろ?」

「よきにはからえ」


 ゼラをおんぶしてやると、和むように俺の肩に顎を置いた。

 こいつ……色んな意味で厄介だな。

 だけど演技じゃなくて、本当の従姉妹みたいで放っておけないって思っちまう。これはおかしな事、だよな……。



◇◇◇



 宿へ戻ると入口近くでそわそわしているククを見つけた。

 何やら動揺しているようであり、顔色が悪く汗をかいている。急いで出てきたのか、緑のパジャマ姿のままだ。頭にナイトキャップをして割とかわいい装いだ。


「どうかしたんですか?」

「はっ! アカヒト殿、大変なのです!

 ――リオネル様が連れ去られてしまいました!!」


 リオネル……つまりは、リネルの本名か。

 この人がついそれを零してしまうほど緊迫した状況であるのは明らかだ。


「どちらの方角へ行ったか分かりますか?」

「えーと……それが……見失ってしまい……」


 頭を抱え、困惑している。これ以上この人から情報得るのは難しそうだ。


「北じゃ。さっきのと同じ臭いがあちらの方向へ向かって伸びておる」


 俺の背中でうとうとしていたはずのゼラが耳元でつぶやいた。

 狐だから鼻が利くってか? でも、寝てたんじゃなかったのなら、好都合だ!


「私たちが必ず連れ戻しますので、安心してください!」

「あっ! アカヒト殿!」


 俺はそれだけを言い残し、後ろを振り返らずに北へ向かった。

 先にあったのは、街の出口だった。外へ逃げたらしい。

 俺たちが宿を出たのを見て、別の奴に誘拐させていたのか!

 やっちまった! 後手に回ってんじゃねーか!


「これお主、もう少し優しく走れんのか? 全然快適ではないのじゃ」

「うるせー! 誰のせいでこうなってっと思ってんだ!」

「なんじゃ? 儂のせいだとでも言うのか?」


 今は眠気があるせいかゼラもあまり強い言い方をしてこない。

 この際だから全部吐き出してやる!


「あーそうだね! 敵が複数犯だというのに気づいていれば、わざわざ外に出て殺しに向かわなかったんだ!」

「これだから人間は浅ましい。何か出来る者にもっとできるだろうと強要する。それがお主らのやり方か?」

「そもそもお前が殺しに行くとか言ったんだろーが!」

「お主も承認したではないか」

「俺はお前の問いかけにノーなんてのは言えないの分かってるだろ! 一体誰が俺の魂の所有者なんだ!?」

「グチグチうるさいのぉ……。儂のおかげで生きている身して」

「うぐ……」


 一方的に撃つはずが、たった一言が胸に突き刺さる。これには何も言えない。

 すると、ゼラは花開くように機嫌を良くして微笑んだ。


「どうやら儂の勝ちのようじゃの!」

「か、勝ち負けとかじゃねえし! つか、お前自分で走れよ! その方が早いだろ!」

「儂は先程の戦闘で疲れたのじゃ。この後戦って欲しいなら休ませるのが礼儀だろう」

「たく……怠惰たいだな狐だな!」

「褒め言葉じゃ。怠惰が許されるように生きておるからの」

「じゃあ褒めたんだよ!」

「ほほう! ならもっと褒めるがいいぞ人間! 儂は褒められ上手じゃ!」


 開き直って言った言葉は殴りたいくらいイラついた。嫌に上機嫌になったゼラが俺の頬を何故か抓ってきた。

 子供に付き合うのってこんなに大変なんだな……。



 暫く走っていたが、先に俺の方が疲れてしまった。

 流石に子供一人おぶりながら走るのは骨が折れる。息を切らすまでにばててしまった。


「情けないの〜。だらしない」

「はぁ……はぁ……なら、お前が自分の足で歩け……」

「走るだけで虫の息とは……軟弱じゃのぅ」


 こいつ……後で絶対しばき倒してやるっ!


 行き着いた先は近くの森だった。暗闇が相まって気味悪さが増している。

 吹き抜く風は冷たく、土や木の匂いが運ばれてきた。


「この先じゃな。間違いない」

「……近いか?」

「そう遠くない。しかし、近くもない」

曖昧あいまい……」

「なんとかなるじゃろ。キビキビ歩くがよい。

 くるしゅうない、くるしゅうない」


 全くもって不本意だ。

 せっかくこちらはおんぶしてあげているというのに、耳を引っ張たり、頬を抓ったり、やりたい放題させてしまっている。

 不愉快極まりない。

 しかしだ。この小娘が――いや小狐が、高校生でしかも頭のキレる俺よりも戦闘に長けている、というのだから仕方がない。

 俺の魂が既に俺のものでは無い。そんな理由より、自分が弱いと思う方が俺は納得できた。

 なぜならこの小狐は、魂の所有者になったにも関わらず、魔法的に、もしくは妖怪的に俺を束縛しようとはしないからだ。

 それどころか疑う気力も失せるほどにこいつは俺の考えを、提案を、今日だけで何度も取り入れている。

 どちらが主人であるのか。もはや主従関係ではないのかもしれない。

 俺は、ふとそんな浅はかな希望や雑念を、森を歩く中で考え込んでしまった。


「あそこの洞窟に入ったようじゃ」


 首を無理やり向けさせられ、現実に引き戻された。

 月明かりでうっすらと崖に漆黒が落ちていた。よく見ると、ゼラが言うように洞窟だった。

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