21話 妖館の祝杯(1)
数日が経ち、屋敷はいつの間にか完成していた。一応作業は交代制にしていたのだが、妖怪たちは俺が修行で疲労困憊の最中に作業を進めていたらしい。一日でも早く俺たちに寛げる空間を作りたいという意志は凄まじく、本当にありがたかった。
という訳で、今日は屋敷完成の祝いの日である。夜中に酒を持ちより、屋敷中央に設置された大広間でバカ騒ぎが始まろうとしていた。
大広間は旅館とかにありそうな宴会場のようで、床には畳が敷き詰められている。その上に座卓があり、料理が次々と並べられていた。
この会には近所の農家の人達も少し関わっているらしく、料理に使われている材料のほとんどがら頂いたものらしい。
嬉しかったのは、料理の中に天ぷらがあったことだ。様々な野菜が揚げられて香ばしい香りが涎をそそられた。
料理を作ってくれたシェフは、日本にいた経験のある宗旦狐で皆にはソウタと呼ばれているそうだ。物腰柔らかい銀髪の少年だ。初めて逢った時から印象がよく、ハクに訊いたところ妖術の類が使えないのだとか。危険性の無さも含め、達人じみた料理の腕前から早々と俺からの信頼を勝ち得た狐である。
議長席には俺とゼラが座っている。ゼラは、早く料理を食べたいと喉を鳴らしていた。
今はこの広間に合わせたのか、皆温泉に来ているかのように花柄の子供用浴衣を身に纏っている。俺も袴を着せられた。黒と白とで彩られており、着慣れない感じはあるが偶には悪くない。
ハクは席を外しているらしい。さっきから料理の配膳をしているようで、今日も忙しなく料理の方を手伝っているようだ。
こういう時くらい他の奴に任せればいいのに真面目だな。従者なら従者らしく俺の近くにいろよな……。
ゼラは待ちきれなかったのだろう。ほどよいところで席を立ち、会は開かれた。
「では皆の衆、一度席についてそれぞれの盃を持つのじゃ!」
機嫌良く、ゼラが声を挙げる。ハクを含めて奥から狐たちが出てくるのを待ってから続けた。
「この度は儂やこの……む、むむ……む〰〰」
ゼラは俺を見ると、顔を赤らめて「む」という文字を並べている。流石に皆の前で言うのは恥ずかしいのだろう。俺もそれを言われるのは、恥ずかしいので視線を逸らした。
バカかよ……全員の前で言うことじゃねえっての……。
「ゼラ様、頑張って!」
「ゼラ様ファイトー!」
スイレンやツジリが元気づける声をあげるので、ゼラは一度息を整えた。
「ふぅ……この度は儂とアカヒトの為にここまで立派な屋敷を創り上げてくれたこと、マコトに感謝するのじゃ!
これからは皆のものにもここに住んでもらい、騒がしい日常を送りたいと思っておる! その上で皆に願いたいのは、儂等の大好物である油揚げを自作できるようにする事じゃ! 今はヴァルファロストまで行って買ってくるしかないが、こちらで製造できるように確立すればその手間も省けるというものじゃからのう!」
舌なめずりするゼラに呼応するように「おお!」と歓喜の声が上がった。
こいつ、絶対これは言っておきたかったんだろうな。皆も喜ぶ事だし、いいんだろうけど。
「まあ、それはおいおい考えるとして、ひとまずは今日のようにめでたい日は毎日こうして宴会をすることをここに宣言する!
まずは、儂等の復活と我が家の再建の成功、そしてここに妖狐一家創立を祝って乾杯じゃあ!!」
「かんぱ――――い!!」
高らかに宣言された宴の開幕に皆、騒がしい応答をして大いに酒を飲んだ。
もちろん俺は酒は飲まない。こちらに来てお茶にはまっているので、前よりは興味はない。でも、後で少しだけならいいだろうか。
料理もまだまだ出てきた。ミニ鍋のようなものが出てきた時には「おお!」と思わず素で感服した。
石を削って鍋の形にし、狐火で温度を上げて熱する鍋は意外にも美味だった。口の中で弾ける肉汁と鍋汁が絶妙にマッチングしていて頬っぺたがおちそうになるくらいだ。
俺がこれほど褒めしだきたくなる料理はこちらへ来て初めてかもしれない。リオネルに奢って貰った時や城で食べた料理と比べ日本にいる感じがして懐かしさも相まってこれが一番美味い。これまではあまり具材がなく、主にハクが俺の料理を作っていたから気付けなかった。
ソウタ、お前は日本妖怪のかがみだ。ずっとここで俺に手料理を振舞ってくれ……!
心の中で土下座レベルの感謝をするほどである。
「どうじゃお主、楽しんでおるか〰〰?」
酔いが回ったらしいゼラに浴衣をはだけながらに詰め寄られた。幸いお姉さんゼラじゃないので揺らぎはしなく、むしろ従妹を見ているようで世話したくなってしまう。
「おいゼラ、もうそんなに飲んだのか?」
「当然じゃ! 復活して初めてこんなに大きな宴会を開けたのじゃぞお! 飲まずにいられるわけがあるまいて!
さあお主、今日は飲むぞ! 未成年じゃからと抵抗せず、ぐいっと行くのじゃ! でなければ儂は寂しくて、泣いてしまうのじゃぁ!!」
嘘泣きが上手いにもほどがある。ゼラは、瞬時に目から涙を潤ませ泣き上戸に入った。
メンデー……。
「紅葛さ~ま♪」
今度は、背中からツジリが覆いかぶさってきた。この子は顔が赤く、酔っぱらているのが見てとれた。胸を後頭部に押し付けられ、顎を持たれて見上げさせられた。
今日は後ろで髪を括っているらしく、肩を出している衣装によって綺麗な首に焦点がいってしまう。
「ふふ~ん! 紅葛様、この前は酷いですよお! あたしたちを川に置いてきぼりにして、自分だけあっちの御国に行ってしまうなんて、寂しかったんですからぁ!」
全然そうは見えないが、この駄々絡み……食事の邪魔だってのにこいつは……。
「あとで構ってやるから今は食事に集中させろ」
「えへへ♪ 本当ですかあ? 約束ですよぉ!」
「あら紅葛様、こんな所で逢うなんて偶然だねえ」
今度はキリカの登場である。爽やかな笑みをしており、酔っぱらっているようには見えないが言動がおかしい。
「偶然てお前……」
「この前の続き、ずっと気になっていたんだ。今日はもうしっぽりと――いいよねえ?」
「わあ、待て待て待て!」
「うふふ、答えは聞かないわあ!」
浴衣の胸元を開き、色香を全面に押し付けながら舌なめずりするキリカにおののき後退る。
こいつは酔っぱらっているどうこう関係なく、色々と危険だ。命だけでなく、男として大事なものまで奪われる危険性がある……!
「ああ! 空狐様、またそうやってそんな奴のところに!」
下を向くと、クウが俺の脚の間で寝る姿勢を取っていた。体を小さく折りたたんで俺にしなだれかかっている。
「今度はクウか……どうした眠くなったのか?」
「ちょっとアンタ!」
大きな声に顔を上げると、目の前にリコが立っていた。浴衣姿や髪を下ろしているのが新鮮で、思わず見惚れてしまった。
「……」
目が半開きになっている。こいつも既に酔っぱらっているよらしい。
狐は酔うのが早いな……それで酒が好きとか始末が悪い。
「空狐様を返しなさい! ていうか、デレデレしすぎ!
アンタなんか、アンタなんかねえ!」
目が見えないのか、目を細めて近づくのは眼鏡を失くした人のようだった。かと思えば、目を瞑りながら唇を差し出してくるので吃驚する。
「んー♪」
「な、なにしてんだお前!」
「もぅ紅葛様、わたくしだけを見てくださいな。こんなにも身をさらけ出しているというのに……そうだ、今一度触り心地を感じてみれば思い出すだろう?」
「紅葛様、まだー? あたしも構ってよぅ!」
「アカヒトー飲んどるかあ? 一緒に飲んでくれんの寂しいのじゃあ!」
「パパ、抱っこ……」
俺は、天ぷらのある皿を片手にたじろぎ席を立った。
こんな所に留まっていられるか! ずっとこんな所にいたら狐の世話役をやらせられたあげく萎れるくらい疲弊させられる気しかしない!
「ちょっとお、なに逃げてんのよぉ!」
「アホか! 逃げるに決まってんだろ!」
広間を出ると、庭の見える廊下に出た。風冷たく流れる中、俺は廊下を走るはめになってしまった。




