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20話 妖怪式猛修行(3)

 太陽が射していたはずが、光が雲に遮られたせいか薄暗い上に身の毛がよだつ。

 毛むくじゃらのそれは俺を見下ろし、威嚇するように妖気を発していた。


「山の妖怪を食い荒らし、ましてや警告したにも関わらずこの場に来るとは命知らずな! この山、この地に足を踏み入れたこと、地獄へ行って後悔するがいい!!」

「食い荒らし……ね。確かに食ったかもな、不本意ながらだけど。だが……こっちだってただで地獄に堕ちるほど安くはないんだ。お前がどれだけ強い妖怪だとしても、それはそれだ。俺が負けて果てる理由にはならねえよ!!」

「ふん、妖刀か。それのおかげで人の身ながらもここまで来ることができたという訳か! ならば――手加減の必要はないな。幾度か人間と対峙したことがあるゆえ、こちらに油断はない! 覚悟しろ人間!!」

「あっそ! 勝手に警戒してろ!!」


 刀を懐に構え、走り出す。突進していくのではなく、距離を保ちながら横移動した。


 間合いはそのままに隙を見る。もしくは作り出す。

 こいつの妖気は今まで以上だ。単調な攻撃は種を見せる隙を与えるだけ。カードは最後まで取っておかなくちゃならない。つまり、初撃から立ち上げまで刀以外は使わない。繋ぎに黒衣武装は必要になるだろうが、他の妖術は溜めて最後の切り札にする。

 キーカードは、やはりハクの操繫術そうけいじゅつ。隙を作るのにこれ以上のカードはないだろう。しかし、奴の隙がどこにいつできるのかを探らなくてはならない。そこに至るまで妖術は使えない。


「どうした! 逃げ惑うだけか!? その調子でよくここまでこれたものだな!」


 なんだ? あいつも動かない?

 相手は妖怪、しかもこれほどの妖力を保持しているんだ。何かしらの妖術は使えるはず。

 まさか俺がカードを切るのを待っているのか? 人間らしい戦い方――人間と対峙した経験があるっていうのはだてじゃないってことか! なら――


 刀を下に構え、鋭角から突進して行った。


「むっ!?」


 しっかりと目を見ている。俺の思考の先を読もうとしているんだ。

 完全に後手に回そうと深層心理に問いかけてくる感じだ。意外性を持って妖術を切らせようとしたが、無駄か。

 けど、こっちには今の時点で切れるカードがあるんだぜ!!


 踏み込み過ぎない間で止まると、俺は刀を縦に振り上げた。

 何故かこの刀を持ち初めから知っていたかのように使える技が一つだけある。


「《八咫斬やたざん》!!」


 薄い斬撃がホイールのように回転しながら飛んでいく。

 完全に不意打ちの一手! 貰った!!

 斬撃が体に入り込む刹那、毛羽毛現の髪の束が伸びたかと思うと、その髪で斬撃を弾いた。


「なんで!!?」


 何かしらの対策はするかもとは思ったが、あの髪にあれほどの強度があるとは想像もしていなかった。


「流石は妖刀と言ったところだが、使用者の妖力が乗り切っていない。さては貴様、その妖刀を持ってまだ間もないな? 使い手がその程度では、勝負あったも同然!!」


 クソ、見た目に騙されたか。一度仕切り直しだ!

 距離を取ろうとしたが、「逃がさぬ」と言いたげに奴の髪が伸びて俺の体は易々と捕らえられた。


「っ――しまった!!」

「ははは! 馬鹿め! オレの領域に足を踏み入れて逃がすと思うたか!

 この髪は、十数メートル圏内であれば最速時速500キロを超える! 人間の鈍足な動きなどで離れられはしない!」

「くっ……!!」


 俺を縛り付ける髪がどんどん増えてくる。やがて全身を縛り、視界さえも遮っていった。

 くそ……これだけはやりたくなかったけど――なりふり構っている場合じゃねえ!!


「このまま絞め殺すぞ、どうする……!!」


 俺は、自分の妖力を雨堵へと注力した。黒衣武装を刀へと施すように妖核から腕へ、腕から刀へと流し込んでいく。

 すると――妖刀の妖力が信じられないほどに巨大化することに気が付いた。

 ただの足算に思っていたのに、流し込んだ端から掛け算、もしくは乗数レベルで肥大化していく。


「な、なんだこの妖気は――…………ま、まさか! 人間の分際で妖力を身に纏っていたというのか!!?

 有り得ない……人間が妖力を宿すなどと――…………まさか貴様、紅葛の直系!!?」


 腕が緩やかに無限の字を描いて髪を切り払ったかに思えば、その髪は塵ほどにまで切り刻まれていた。

 今度は刀に俺の右腕を支配されているかのように感覚が薄い。

 刀には、俺から流れ込んだであろう赤黒い妖力があった。その妖力は、逆立つように激しく揺らめいていた。


「まさかその妖刀――…………天を斬った雨堵さめがきか!?」

「驚きっぱなしで悪いが、妖刀って名の通りこれ以上は制御効かねえみたいだからさっさと終わらせるぜ!!」

「待て、今それを振るっては――」


 一線の閃きが横に流れた。

 次の瞬間、目の前の次元が歪んだかのように入れた線を境に二つに割れた。

 下は右へ、上は左へと動いて行く。

 毛羽毛現の体は勿論のこと、背後の木々まで斬れ動く。


「――…………」


 呆然と見やる毛羽毛現の胴が地面に落ちるのを皮切りに、奥の木々が次々と倒れていった。まるで周辺林一体を一刀両断してしまったかのようにどんどん先が見えていく。

 視線の先に立っている木は一つも無かった。


「…………」


 言葉も出ず、俺は刀と景色とを見比べた。

 やべえコレ…………危なすぎんだろ……外して正解だったな。


「なぜオレ斬らんかった……」


 毛羽毛現の体はほとんどが髪に覆われていて見えにくいが、ちゃんと体があった。俺は、その体を避けながら攻撃手段になりうる髪のほとんどを切り捨ててやっただけだ。

 斬ろうと思えば斬れた。だが、それは俺のエゴであることに今更ながらに気が付いたんだ。


「お前は殺さない。ここまで来て悪いと思うが、最初から俺の目的はお前を倒すことじゃないからな。

 まあ実力を証明したいっては思っていたけど、ここまでやれればもう十分だよ」


 お前だった妖玉を食うと思うと吐き気が止まないしな。

 始めこんな終わりは想像していなかったが、なんとか毛羽毛現という激つよの妖怪を倒せたらしい。それで十分だ。


「…………搾取をしない人間など初めてだ。人間、名を名乗れ」

「ん? 俺はアカヒト、最近近所に引っ越して来たからよろしく。

 まあもうここに来るつもりはないけどな。人間ってだけでかは知らないけど、殺伐とした妖怪がうじゃうじゃいる森の中なんて金輪際来るつもりはない。

 お前を殺さなかったのは、他の奴と比べて慈悲があったってのもあるからだ。警告もしてくれたし、俺が押しかけたってのが悪かったからな」

「むぅ……聞けば聞くほどよくわからん人間よ。なにゆえここへ来た?」

「赤いハンカチを探してんだ。態度も背もデカい狐にとってこいって無茶言われてな、そうでもなけりゃこんな厚くてジメジメした山ん中なんてこないさ」

「赤いハンカチ……それはアレのことか?」


 毛羽毛現の示唆する方を見ると、何かが落ちてくるのが見えた。林が無く、赤いそれがひらひらと落ちるのは目立っていた。

 赤いハンカチのように見える。俺は、静かに落ちてくるそのハンカチを掴んだ。

 見ると、何度か破れたのをその度に直した形跡があった。もはや継ぎ接ぎのように繋ぎ合わせた糸から大事なものなのではないかと推測する。

 ハンカチには、刺繍が施してあった。『朱』と黒い糸で書いてある。


「近くにいたのか……?」


 空から落ちてきたこともあって近くにスミレがいたのではないかと邪推した。だが、近くにスミレの妖気は感じない。


「あの女が心配で見に来ていたなんて有り得ないか。どうせ木にでも括り付けていたのが今ので吹っ飛んだんだろ。

 けど、これでもう終わりでいいよな。これが別のハンカチだったとかならムカつくけど、見つけちまった以上はもうやる気にならない」


 何故かまだスミレがいる気がして、言い訳めいた独白をしてしまった。

 なに言ってんだ俺……。


「んじゃ俺帰るな。山を荒らしたあげく樹を斬って悪かった」

「……人間、まさか紅葛の後継なのではないか?」

「――さあな?」


 紅葛はそんなに顔が広いのか。ゼラ繋がりで狐妖怪が知っているのは理解できたけど、こんな関係無さそうな妖怪にまで名前が広がっているなんてな。

 俺は、回れ右をした。一度後ろを振り返るも、自分の意思に従うように踵を返した。



◇◇◇



 山を下りると、さっきと同じ場所でスミレが待っていた。俺はもうヘトヘトで、少しだけ悔しさがある。

 もう少し余裕で戻ってきたかったが、帰り道にも戦闘があって楽じゃなかった。予想以上の妖力の消費と体へのダメージが蓄積してよろけている。

 スミレに赤いハンカチを出して見せびらかす。彼女の手にきちんと折り畳んで返した。


「雑に扱うなよな、大事なもんなんだろ」


 そう言うと、スミレが小さく微笑んだのを見逃さなかった。


「……よく帰ってきたが、その状態ではまだまだだな」

「ああ、そうだよ。正直、この刀が無かったら生きて帰れてないだろうな。妖刀様様だ」


 続けて背中に刺していた雨堵も押し付けた。


「この刀、俺には勿体なさすぎる。お前が持っているのが丁度いいよ」

「……そう言われてしまうとはな」


 何故か寂しげなスミレを横切り、俺は屋敷へと歩き出す。もう風呂入って横になりたすぎて足を急いだ。


「奴はどうした?」

「知ってんだろ、あいつはまだあそこにいるよ!」


 妖怪と戦う理由を考えてしまうことになったな。あそこまで行くまでに戦い妖玉にしたのがはたして正解だったのかを今になって思う。おかげで帰り道で戦ったのは魔物ばかりだった。


「言っておくが――」

「わかってるよ! でも後でな! 飯食ってないのに動きすぎた!」


 これからも続ける、ような事を言おうとしていることがわかった上で先に返事した。

 今はもう走るとか戦うとかは無理だ。


「ハク母ちゃんにメシ貰わないと。お腹鳴りすぎて体の中でオーケストラしてるみたいだ……」


 もう朝の10時は過ぎているだろうか。帰りはまだ楽だったけれど、さすがにハードすぎた。転んじまったから妖力発揮してないと左脚の打撲が押し込んでくるようでイライラする。

 帰ったらまずゼラの尻尾の匂い嗅ぎながら抱きしめよう……たぶんうざがられるだろうが。


「…………よく……たな……」

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