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20話 妖怪式猛修行(2)

 不快な笑い声が脳へと響いてくる。


(ギャハハハハハ!!)


 なんだこれ……コウモリの超音波かなにかか? 脳に直接響いてきて相手の位置が特定できない!


(アハハハハ! キャハハハハハ! ギャハハハハハ!)

「うるせえな! さっさと出てきやがれ臆病者!!

 俺に倒されるのが怖いのか! これまで生きてきた人生や楽しみを奪われるかもしれなくて恐ろしいのか!!」


 ざわざわと揺れる森に訴えかけるように周囲を見渡しながら叫んだ。

 するとまた、パタリと笑い声と風の音が止み、静寂が流れる。

 来るはずだ……相手は妖怪。俺は人間と判っているから、逃げるなんて有り得ない! 右か? 左か? それとも後ろ?

 正面から来ることはまずない。周囲を取り囲んでも無駄なことは理解しているはずだ。だったら背後――完全な死角を狙ってくる!

 この妖気――やっぱり後ろ!


 タイミングを合わせるかのように振り返ると、茂みからジャストで生き物が飛び出して来た。

 ――来やがったな!!

 首から上は人間。だが目だけが昆虫のように瞳がない。胴は女らしく胸もあって華奢であるが、腕はコウモリのように脇腹と翼で繋がっていた。太股から足首まではスズメバチの腹部のような柄。足先は鳥のように三本の牙があった。

 まるでキメラ、妖怪というにはらしいが生生しい。


「なにッ!!?」


 相手は俺が待っていましたとばかりに刀を振り上げていることに狼狽えていた。

 

「手の内バレバレだっての! 人間の知力を軽視したお前の負けだ!!」


 奴が気付いた時にはもう遅く、刀の切先が妖怪の首を両断した。

 空中で止まろうとしたのか、壁にぶち当たった虫のように切り離された胴体は身を回転させながら墜落し転がっていった。

 頭の方は宙を舞って落ちていく。ゴロゴロと転がり近場に停止すると、呆気にとられた顔と目が合った。


「うえ……」

「ば、バカな……このあちきが人間なんぞ……に……」


 最後の言葉を言い残した後、頭部は見慣れた妖玉へと姿を変えていく。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 妙に疲れた。ただ一太刀入れただけのはずが、一連の流れだけで疲労感がどっと襲ってきた。

 やった……自分の力だけで妖怪に勝ったぞ……! しかも一発、人間の身で妖怪に!

 刀には首を両断したのに血はついておらず、また胴体からも血しぶきめいたグロいものは出てこなかった。

 妖怪だから血がないのか? そういえばババアの時もなかったかもな。汚れなくて済むからいいけども……。

 妖玉を手に取ると僅かに温かく感じた。まだ生を感じ、妖怪が死なないという理屈の裏付けを体感しているような気がする。


『貴様の強くなりたいという意思が紛い物であると否定することになる。自分のプライドを曲げてでも強くなりたいのではないのだったら、帰ってもらっても構わない』


 こいつを喰うのも俺が強くなるためには必要なことなのか……うえーなのに変わりないが……。

 妖怪と戦えるようになるのに必要なのは知識や頭脳だけじゃ足りない。このキメラみたいな奴は不意打ちでなんとかなったけど、それが通用しない奴だって当然いるだろう。まずライブレイン相手だったなら、簡単に躱されていたか反撃を食らっていたはずだ。

 自分の力じゃどうにもならないから、俺は強くなりたいと思ったんだ。

 ゼラが、ハクが、オットーが、スミレが、俺にこいつを喰えと望むのなら――やってやろうじゃんか!


 妖玉を口に入れ、一気に飲み込んだ。できるだけ妖玉これがなんだったかは思い浮かべないようにし、先の道を向いた。

 まだ先はある。ハンカチ探しなんてさっさと終わらせて、スミレにチャレンジするぞ!



 その後も度々妖怪が出てきた。まるで妖怪のバーゲンセールであり、刀を振るい体の怠さも押し切って進み続けた。

 山道に慣れたのか、それとも黒衣武装の使い用が判ってきたのか。暫くして俺の体は坂道でも、土砂崩れがあって倒れた木々がひしめく険しい道でも、容易に走ることができるようになっていた。


 右斜め――あそこの木の影に一体。それと正面に倒れている樹木の影に一体、計二体の妖怪がいる。まるでスパイか暗殺者の如く身を潜めて俺が通るのを待っているみたいだ。

 どれだけ息を潜めても、俺のアンテナを誤魔化すこともできない。妖気でバレバレだ。

 俺は足を止めることはしなかった。俺が気付いたと悟られる方が面倒と思ったのだ。

 俺が一番驚いているのは、妖怪に勝てた自分ではなくこの刀のことだ。



妖刀ようとう――【雨堵さめがき】。

 初めてこの刀が振るわれた時、天を斬り雨を止めたという。その切れ味ゆえに自身を殺めるという事件を幾度も引き起こした妖刀だ。これを扱えた人間はたった一人しかいなかったと聞く。

 貴様に扱えるとは思えないが、妖怪の住まう森に裸で送り出すのは忍びないからな。特別に貸してやる』



 そう言われたが、妙に手にしっくりくる。

 妖怪が隠れている倒れた木を飛び越えようとジャンプすると、案の定そこに示し合わせたかのように妖怪から攻撃が飛んできた。


「「死ね人間!!」」


 鋭い木の枝を吹き矢のようにして放ってきた。

 ただの吹き矢とは違ってドリルように高速回転した瞬間時速1000キロは超えているだろう銃弾とほぼ変わらない速さ。

 だが、俺の体はその弾の予測線をとっくに外れていた。

 相手の位置は見分けがついていたから丁度真上、及び真横を通りつつも微妙に位置をずらしていた。だから避けるのは念の為というくらいだ。

 おし、見えてるぞ俺……!


「「外したっ!!」」


 冷や汗でビッショリと濡れた背丈の小さなジジイの間抜け顔が二つ。ぼろく古い着物を着ているのは同じ。あとは生え際が後退していて、白髪か黒髪かくらいの違いしか判らなかった。

 空中で俺は刀を持つ手を入れ替えながら狼狽する二人へ向かって刀を振り抜いた。



「――《八咫斬やたざん》」



 八咫のホイール型をした斬撃が素早い回転をしながら放たれた。

 キュルルルと風を切る音を奏でて間もなく、斬撃は頭を斬り伏せながら舞い飛んだ。


「「っ――無念……!」」


 双子ではないように思えるが、終始息の合うような科白と行動は面白い。

 地面に着地すると同時に二体の妖怪は倒れた。俺は下から転がり落ちてくる妖玉を広いあげ、すぐさま次とばかりに先へと走った。


 手際も良くなってきた。この刀がただの刀ってだけじゃなくて、斬撃も出せるから単にリーチも長い計算ができる。使っているとまるで喜んでくれるように思い通りにやってくれるから、馴染むのも早い。

 この調子なら朝食には間に合うんじゃないか?

 にしてもさっきからこの山、妖怪が多いな……。ただ直線的に走っているだけなのに、次々と待ち伏せされているから億劫だ。

 こりゃあ明日は筋肉痛だな。いや、今日中にはもうなっているかもしれない……。

 体育苦手で、急にマラソンとかやり始めた日にゃ次の日体バキバキでやばかったんだよな……。それがまた来ると思うと、情けなくも憂鬱になるよ。



 もうそろそろ頂上が見えてきてもおかしくないという頃、肌にひんやりとした冷たさが触れた。悪寒もあるかもしれないが、今まで以上の寒さに身を震わせた。

 急に気温が下がったのか?

 そう勘考すれば、直ぐに間違いであることに気づいてゾッとする。足を止めて振り返るが何もいない。

 誰かに見られてる……。山の中で会った妖怪の中でも一際異彩の放っている妖怪がいるみたいだな。どこだ……?

 森の中は視界が悪いから簡単に隠れられる。

 さっきみたいな相手なら妖気を隠さないから見つけるのも苦じゃないけれど、こうやって隠蔽することもできるやつがいる。

 そこら中から感じる妖気は同じ、かつ霧のように張り巡らせているようだ。

 俺を警戒しているのか? ここまで来るのに倒した妖怪の数を計算して、ただ弱い人間でないことを理解したらしい。どっちにしてもどこから来るのか判らないうえに、アプローチすらないから敵意があるかどうかも不明だな。

 このまま気にせずに立ち去るか? 罠がある可能性だってあるし簡単に決めていいことじゃないのは判っているけど、この場に留まるのはいけない気がする。


 俺は周囲を警戒しながら歩いてみた。しかし、敵からのアクションは何一つ無い。妖気も淀みなく、変化が無かった。

 寝てんのか……? これだけ妖気垂れ流してるのにそんなわけないよな。


 暫く歩いていると、急に前から突風が吹いた。「ウゥゥ……」と風の音なのか妖怪の声なのか判らない呻き声と共に来る向かい風。

 まるで俺が進むのを止めるように警告しているみたいだ。

 風には妖気が乗っており、これが妖怪の仕業であるのは察しがついた。

 そうか……これ以上進めば、って話ね。

 汗が滲み出て、頬を伝ってこぼれ落ちる。耐えられない程ではないものの、今まで以上の練られた妖気を感じて武者震いした。

 いいじゃんか。スミレは、こいつを俺に倒してみろと、そういう事なんだろ? だったらやってやるさ。お前の頭じゃ想像できないような勝ち方をしてやる!

 覚悟しろよ妖怪共! 俺が来たってことを証明してやるぜ……!


 向かい風の中を突っ切るように走り出した。進めば進むほど風が強くなって感じる妖気も濃くなっていく。

 もうそろそろ……もうすぐ……!


 辿り着いたのは、森が開けた平野で肩透かしした。そこには何もおらず、また風も止んでしまっていた。

 上を見上げれば太陽が見返し、妖気を探っても近くには何も感じない。


「どういうことだ……? 確かにここから妖気を感じたのに……」


 悪寒だけが肌に残った。早くここを離れないといけないのではないか、そう思っていた。

 刹那、地面が揺れてハッとする。妖気が急に地面から感じられたのだ。


「しまっ――」


 悟るが遅く、地中から生えだした一つの拳に顎を掠められた。

 咄嗟に避けようとしたが、顎にあたり脳が揺れる。

 地面を転がり見上げれば、宙に浮く毛むくじゃらの妖怪がいた。全身長い毛に覆われていて、その中に二つ目玉がギョロりと俺を見つける。

 おぞましい妖力で威嚇してきた。あの絡新婦と同じかそれ以上の妖力だ。

 容姿はあれだが、かなり強そうだ……。

 はっ、上等じゃねえか……このくらい倒せないで修行を受ける権利はねえってことなんだろ? こっちだってだてにゼラの隣にはいないってこと証明してやるよ。

 俺は、剣先を向けて構え威嚇し返した。すると、


「我が名は毛羽毛現けうけげん!! この山のヌシなり!!」


 山中に響き渡るほどの大きな声が放たれた。その声に慄いた俺は、耳を塞ぎながら後ずさる。

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