20話 妖怪式猛修行(1)
夢うつつに眠っていると、額をぺしぺし叩かれて目が覚めた。起きて間もなく肌寒さで凍える。
辺りを見渡すと、朝日が出て間もない早朝であることが判った。山の向こうから朝日が照りつけ、暗い中に光を差し込ませていた。
「なんだ? まだ朝じゃないか……」
「何を寝ぼけている、ほら立て!」
急かすような口調にムッとして振り返れば、スミレが冷たい眼差しで見下ろしていた。
なん、なんでスミレが!? あれ……もしかしてここ外?
俺は地べたに座っている自分に驚き、咄嗟に立ち上がった。更にはスミレが自分の体に寄せてくるのでまた驚いた。
「な……」
顔が近くなって恥ずかしくなる。しかし、スミレの方はそうでもないようだ。石のような無表情で俺ではないどこかに視線を向けている。
こいつ、俺より身長あるんだな。あまり顔を見ないようにしていたけど、結構美形じゃないか。
「どこを見ている? こっちだ!」
横柄に顎を掴まれ、首を回された。だがその視線の先には何も無く、あると言えば山くらいなものだった。
いったい何がしたいんだ……?
「いいか、あの山のテッペン! あそこに赤いハンカチを落としてきた」
スミレは目線を会わせ得て指を差し、山の頂上を示唆した。
待て待て待て待て……!
「貴様はそのハンカチを取ってここへ戻ってこい」
「ふっざけんな! なんで俺がそんなことしなくちゃなんないんだ!?」
「貴様は自分で『強くなりたい』と言ったはずだ。この私が直々に稽古をつけてやると言っているんだ、感謝しろ!」
「はあ? なんでお前なんかに教わらなくちゃいけないんだ!? 俺はお前なんかにものを教わる気なんかないぞ!!」
こんな自分勝手な奴に指導なんか受けて見ろ、命がいくつあっても足りやしないぞ!
「四の五の言わずにさっさと行け!」
投げ飛ばされ、地面を転がる。
頭にきたぞ……寝込みを襲うだけじゃなく無理矢理にこんな所に連れ込みやがって……!
俺は、反抗的な眼差しで睨みつけた。
「――いいのか? 貴様の強くなりたいという意思が紛い物であると否定することになる。自分のプライドを曲げてでも強くなりたいのではないのだったら、帰ってもらっても構わない」
こいつの言うことを聞いて足を踏み出すのは躊躇われる。
何故こいつが俺を、というのも気になる。
一方的で横柄でムカつく。
しかし、それを差し置いても『強くなる』という欲望が俺に鳥肌を立たせた。
クソ……不甲斐無いな……悔しい…………。
弱い自分じゃ倒しきれなかった妖怪という存在。自分じゃまだ超えられない人間と妖怪の隔たり。それら全部をぶち壊したい……!
そんでもって、このいけ好かない妖怪女を打ち負かしたい……!!
今は地面に叩き落される弱者だけど、そんな自分を嘘吐きだけの脳無しを変えられるのだったら――
「――仕方ねえな……泥水啜ってやるよ!! だけど、覚悟しろよ!」
俺がなりたいのは、心底全身が疼くのは、ゼラの隣だけは俺以外ないって全員に思わせることだ。こいつにだって認めさせてやる!
「お前を超えた時には、敬語使って敬わせてやるからな!」
指を差して脅すもスミレは無表情を崩さなかった。
「――これを持っていけ」
スミレは、背中から一本の刀を投げてきた。
両手で受け取ったそれは、まさに日本刀だった。手入れされているのは赤い鞘の状態で丸判りだ。柄巻も丁寧に巻かれてしっかりとした重みがある。なんとなく馴染んでいる気もする。
手に納まる刀の感触が懐かしく、また早く構えたい納刀したいと体が沸き立つのを感じた。しかし、それ以上にスミレが自身の刀を俺に預けた事実に戸惑った。
「妖刀――【雨堵】。
初めてこの刀が振るわれた時、天を斬り雨を止めたという。その切れ味ゆえに自身を殺めるという事件を幾度も引き起こした妖刀だ。これを扱えた人間はたった一人しかいなかったと聞く。
貴様に扱えるとは思えないが、妖怪の住まう森に裸で送り出すのは忍びないからな。特別に貸してやる」
「…………そうかよ。なら、特別に借りておいてやる。あとで返すから心配すんな!」
そう言い残し、俺は刀を背中に留めて山へと駆けた。
「――…………しゃい……」
背中で何かを言われた気がしたが、振り向かずに走った。
これを扱えた人間が一人しかいないだって? いるんじゃんか! どうせ二人くらいしか使ったこのない刀なんだろ。嘘じゃないのは判ったけど、俺への脅し文句だってのは見え見えだ! 使いこなして戻って来てやるよ!
◇◇◇
山道はやはり面倒だ。最初はなんてことのない坂道だったはずなのに、筋肉が身体がいうことをきかない。
もう日が結構昇って来ているし、明るくなったから視界は良好だけれど寒いし息が上がっている。
「はぁ、はぁ……さっきの場所から見た時も思ったけど、この山たけえ……どんだけ登んなきゃいけないんだよ……。
てか、こういう所って普通めっちゃ準備して登るべきで、トレーニングとかで来る場所じゃないだろ。遭難すんぞ!
あの女、めっちゃスパルタだな。俺が人間だってことわかってないだろ、ふざけやがって!」
愚痴を零しつつも脚を前へと進めていた。
時にはそこらの木を支えにして前に進んだ。
道ではない道を掻き分け、ちょっとした崖にも挑戦した。
回り道をすればスミレに説教をされると思ってしまい、変な責任感で真直ぐに進むことを自身に強制した。
どれだけ進んだだろうか。後ろを振り返ると、もう林しか見えなくなっていて戻り道を消されたように感じる。自分の筋肉を使っていると実感し、なんとなくやっている感が湧いてきた。
「よし……登れてるぞ俺……。はぁ、はぁ……頂上まであと半分くらいか? 余裕だな。
スミレは妖怪がいるとか抜かしてたけど、朝だからどっか行ってんのかな。このまま妖怪と出逢わずに行って帰ってこれそうだ」
そう思ったのも束の間、どこからか音が聞こえて来た。それまでの音の波と比べて酷く歪な自然ではない音だった。
「くすくす」と笑い声のように聞こえる。でも、そこら中から聞こえてイラつくな……そうか、この笑い声――同級生の影で笑っている声にそっくりだ。ムカつくな。
一体じゃない、複数、それもバカでかい数になってきた。
笑い声は次第に大きくなっていった。
ざわざわと森を揺らすように木々を鳴らしながら「あはは、あはは」と子供のような声を響かせた。
「うるせえ……隠れてないで出てきやがれ!! こちとら朝から山登りさせられてムカついてんだ! 山ごとぶっ壊してやったっていいんだぞ!!」
怒号を叫ぶと、一瞬にしてざわつきも笑い声も消え失せた。
不穏を誘う静寂に悪寒が過ると、周囲の茂みから何かが複数飛び出して襲って来た。
「上等だ……!!
――《黒衣武装》!!」
右腕に妖力を顕現させる。黒い影を纏い全身に力を付け、跳躍して間合いをとった。
近くの木の枝に着地し敵の正体を凝視する。出てきた奴等は俺のいたところに刃を突き立て外すと、俺を一斉に見上げていた。
鬼のような顔と緑の小さいおじさんのような容姿。腰に布を巻き、手にはそれぞれさびれたナイフを握り締めていた。
俺は、一目でそれがあのファンタジー世界の王道でもある『ゴブリン』であることを悟った。
「ゴブリンだ……」
俺は感動して思わず言葉が漏れた。ゲームや漫画でしか見たことのない生物が目の前にいるという感動がワクワク感を起こした。
20体以上いるな。罠を張っていた作為の感じる襲撃だった。
初撃を躱されたのが気にくわなかったのか、どこからか舌打ちのような音が聞こえた。
――こいつらを操っている妖怪がいるのか、僅かに妖気が感じられる。位置までは判らないが、バレバレな態度は隠れるつもりはないらしい。
人間を操っていたハクには劣るが、これだけ複数の魔物を一度に操るのは素直に羨ましい。
ゴブリンは、俺のいる木を見つけてよじ登ろうとしていた。
「ちゃんとそっち行くっての……!」
枝から跳び、地面に着地すると体がカクンと沈み込んだ。これまで全身の筋肉を酷使していた為に過度な運動を急にするのがいけなかった。
一瞬の隙のうちにゴブリンが一斉に俺に襲い掛かってきた。
「やべ……」
ゴブリン達の持つ刃が俺を睨み付けた刹那、黒い靄が意志を持つように右腕を動かした。まるでそうすることが自然なように背中にある刀の柄を持った。
――来た!
刀が抜ける。日が射して間もない薄暗い森の中に光を撃ち放った。
刀の通った線が綺麗な閃きとして目に映る。俺にこうするんだ、と教えてくれているような銀閃が糸のように見えた。
次の瞬間、俺に襲い掛かってきたゴブリンの死体の山ができていく。緑色の血をまき散らしながら体を真っ二つにして吹き飛んだ。
斬撃によって斬れたのか、遅れて聞こえる木々が倒れる音が気にもならないほどに俺は自分の動きに疑問を持った。
これだ……ヴァルファロストで妖怪ババアと戦った時もそうだった。気付いた頃には、俺の体はこのインスピレーションのように思い浮かぶ動きに誘われている。
『この邪魅の妖力を取り込めさえすれば、お主の中にある儂の妖力が増えることになり、妖怪としての力が目覚める可能性がある』
以前ゼラに言われたことを思い出した。
これが俺の妖怪の力、なのか……?
いままでは自分の妖力を力に変えていただけで、俺固有の能力じゃなかった。
ハクには操繫術、邪魅は毒霧、絡新婦には粘罠円網といった能力があった。それと同じような力なのがこれなのか……?
(キャハハハハハ! まさか全員を倒すとはやるじゃないか!)
また笑い声が聞こえて来た。今度は一人だけの、女のような声が脳に直接響いてきた。
はは、笑ってられるのも今の内だからな……?




