18話 隠れた陰湿妖怪(3)
スミレへと歩み寄ると、彼女はどこか寂しげに俺のことを見つめていた。
なんでそんな目で俺を見るんだ? 信じられなすぎてとかか? まあでも、勝ったんだしいいじゃないか。
「あとは頼んだぞ」
「あ、ああ……」
「何を頼むつもりか……この小童が……!!」
気づくと、背後で微弱に妖気が波打っていた。振り向けば婆がよろめきながらも立ち上がっており、俺をキッと睨みつけている。
馬鹿な……渾身の一撃だったんだぞ……!
「人間はちょこまかと姑息な策を講じおる。じゃが――儂をこの程度でやれると思うな!!」
「くっ……!」
今ので効かないなら、限界まで妖力引き上げてぶん殴るしかない……!!
嫌な汗が手に滲み、悔しさを持って構える。もう虚を付けるような事はできないないだろうと悟り、仕留め切れなかったことが悔やまれた。
「――こんな所にいたんだね」
ふと、婆の背後から女の声がして身構える。婆も同じくその声の主のいる後ろを振り向こうとした。
だが、そうするにはもう遅く、次の瞬間に婆の首が宙を舞った。
音もなく切りふせられた後に残るのは首から下だけのみすぼらしい体のみ。
グロすぎて吐き気をもようしたが、血しぶきの上がらない首に違和感を覚えて固まる。血の代わりに僅かに黒い煙のようなものが立ち上る。それは、妖力だった。
首がすげ変わるかのように奥に見えたのは、ビオラだった。一瞬スミレかと思ったのだが、涙黒子の位置が左目の下だった。
一撃でそれも一瞬で首をはねたのか……? 全然見えなかった、一体何があったんだ……。
「なにこいつ、変態ババア妖怪?」
ビオラは、相手が何者か知らずに首をはねたらしい。眉を顰め、前へと倒れていく亡骸を見てる目は辛辣だ。
頭の方は、俺たちの足元へと転がってきた。
首だけババア妖怪になっちまった……。
「ちくしょ――――!!」
死んだかに思われた首は突如嘆き叫んだ。
どうやって動いているのかは理解できないが、気持ち悪いのに変わりない。
「うえ……妖怪が死なないってのは本当なんだな……」
「絶対に死なないというわけではない」
冷たく言いながら後ろにいたスミレが落ちた頭を力強く握った。
よくそんなばっちいの触れるな……。俺なら虫とか生ゴミ触るよりも抵抗があるぞ。
そう思っていたのも束の間、スミレが手に取ってまもなく嘆く声が掻き消えた。更には婆の顔があの見慣れた妖玉へと姿を変える。
「そ、そうなってたのか……?」
今まであの玉になる経緯を見ていなかったから知らなかったけど、俺はいつもあんなのを食っていたのか……。余計に吐き気が……。
また吐き気に襲われたが、出し抜けにスミレが俺へと向き直る。怪訝に思って睨むや、ズカズカとにじり寄ってきた。
「食え!」
嫌な予感はしていたが、やはり無理やりに玉を口へと押し込んできた。
「や、やめろ! んなもん食って腹壊したらどうする!? あんな奴の顔面なんか食えるかよ!」
「知るか、食え!」
聞き耳持たずといった状態で、俺はなんとか抵抗しスミレの腕を阻んだ。
「お姉、手伝うわ」
しかし、無情なビオラが俺の腕を押さえて抵抗できないようにしてくる。それでもと俺は脚を振り上げ近寄らせまいとした。
すると、突然背後から耳を舐められ力が抜ける。
「うひゃあ!!? ビオラ!!?」
ひやりとしたかと思えば温かく、唇が触れているかと思うと凍えるように震えた。
その隙をつくようにしてスミレは俺の口の中に無理やり玉をねじ込んできた。
絶対飲むもんかってんだ……! お、おいやめろ! 鼻と口抑えられたら息が……――
ゴクリ……。
「…………飲んじまった……」
「手の掛かる……」
青ざめてオエーと嘔吐くも、胃の中には何も無いように出てきそうにない。
「なにすんだよ!」
焦燥に駆り立てられて睨みつければ、スミレとビオラは冷え切った目で見下ろしてきた。
「感謝しろ人間、私が貴様を鍛えてやる」
「――…………は?」
突飛な言葉に俺は一言だけを零した。次の瞬間、嫌に視界がぼやけるのに気づく。
「なんだこれ……睡眠薬なのかあの玉……」
頭がフラフラと眩暈を起こし、体が横へ倒れてしまう。俺は、神妙な面持ちで俺が眠るのを待つ二人を見上げながら瞼を閉じていった。
くそ……またかよ……。
◇◇◇
俺は、また夢を見た。
雪が降っている。かなりの猛吹雪で、前がよく見えない。車を運転する人がいるなら確実に事故ってしまうだろう。見ているだけで凍えてしまいそうな銀世界に狼狽した。
肌寒さが体を震わせ、唇がガクガクと音を立てる。
俺は、なんでこんな時に外に出ているんだ?
雪に足が沈み込む中、俺はめげずに足を前へと進めていた。あてもなくさまよっているのか、と遭難を思い浮かべた。
他に誰もいる様子はなく、もしこれが遭難だとしたら生きていけるはずがない。
だが、やがて一本の木を見つけた。枝葉は無く、今にも吹き飛ばされてしまいそうなか細い松の木だ。殺風景な景色の中、ただ一本だけ風を耐えながらに立っていた。
俺は、その木へと向かっている。木以外に何かを見つけたのだ。
――雪女……?
白く薄い布地の着物を着た少女が二人、松の木の前に立っている。
まるで誰かを待つかのように遠くを見つめるが、雪を煩わしいとも思わずましてや寒そうに見えないのがまた妖しい。
普通なら異様なそれらに近づこうとはしないはずだが、俺は臆面もなく二人の少女の下へと急いだ。
ガス、ガス、と雪を踏みしめる音が脚から脳へと響いてくる。
「――・――・――」
二人の少女の下へ駆け寄ると、俺は何かを問いかけていた。何を言っているのかは判らないが、それよりも二人の少女に誰かの面影を見た気がした。
黝い髪は花のように美しく、雪と同血色の肌は冷たそうで生きた者ではないと思わせる。
顔のパーツが整っており、美人姉妹だなと率直に思った。姉妹だと思ったのは、二人の顔はとてもよく似ていたのだ。おそらく双子だろう。
雪の中なのに二人もその衣類も雪にかぶれず、睫毛もどこも凍っていない。
やはり、なのだろう。彼女達は――妖怪だ。
「――・――・――」
前に出た少女に何かを言われた。なんとなく「気にするな」と言われた気がしたが、ぼんやりとしか聞き取れなく確かではない。
彼女達の瞳は淡く青白い炎のように揺らいていて、何もかも見透かされそうだった。
俺は、二人の顔を凝視することでこの二人が誰に似ているのかを悟った。
スミレとビオラだ……。
髪の色や体格こそ違うものの、涙黒子は見違えようがなかった。
「――・――・――!!」
俺は、何故か怒鳴りつけていた。すると、スミレの顔に反省の色が帯びていく。俺の説得が功を奏したようだった。
出し抜けに俺の手がすうっとスミレの頭へと伸びていく。触っているわけはないのに、俺はなんとなく彼女の頭の上に手を乗せた気がした。
これも俺の前世の記憶なのか……?
そう思い見ていると、二人の視線が移り変わる。俺に申し訳なさそうにしていたのが驚きにハッとした。
振り返ると、何かがこちらに歩いて来ていた。
それにしても大きい。2メートル……いや3メートル近くの上背があるかもしれない。
今度は一体なんなんだ? 男? 女?
雪霧を抜けてくる者の姿がどんどん鮮明になっていく。それに合わせるかのように俺の体が沈み込んでいった。警戒するように構えたみたいだ。
赤く爛れた裸上半身。太く強靭な右腕には大きな鉞が握り締められており、雪を引きずりながらやってくる。
筋肉の作りからして男であり、ズボン以外何も着ていない姿は痛々しかった。目は無く、皮が剥がれているため笑っていなくても全ての歯が見えていた。火事の犠牲者なのか全身が赤く焦げ跡が付いている。
その姿に絶句していると、もう目の前までその者はやってきていた。
なんなんだこいつ……人間……? いや、妖怪なのか? だけど、妖怪がこんな体なんて有り得るのか……!?
俺は、静かに腰にあった鞘から刀を抜いた。
日本刀であり、朱い刀身をしていた。鍔の傍には何か文字が刻まれているようだが、視点が直ぐに切り替わって見えなかった。
俺じゃない俺の覚悟がひしひしと伝わってくる。そんな構えだった。両手で刀の柄を力強く握り、男を睨みつけている。
相手が俺の前でニタニタと笑ったのが判った。口角をあげて嘲笑い、見下ろしている。
それを嫌悪するかのように俺は剣を振り抜いた。速く鋭いままに銀閃が目の前を掠め去った。




