18話 隠れた陰湿妖怪(2)
王妃を夢の世界から現実へと引き戻す。三年間ずっと起きなかった彼女を俺の我儘で叩き起こすことを決めた。
俺は、ベッドを隔ててゼラの向かいに移動した。ゼラは、何も気にせずに布団を捲る。
すると、布団と同じ薄紅色の寝巻姿が見えると同時に祈るように眠る体勢をしていたことが露わとなった。
ゼラは、王妃の中央で結ばれた両手に自身の手を添えて俺が差し出す手を取った。
「始めるのじゃ」
「リーテベルク、ちゃんとその目で見てろよ。もう眠り姫なんて役回りから解放してやるんだから!」
まるで吸い寄せられるように霊力がゼラへと移動していくのを感じた。
多大で、そして急速に霊力が搾り取られていくのが俺たち三人の体が光るので鑑みえる。
霊力とは、人間の魂と同義。俺の魂をエネルギーとし、ゼラの力の回復をする。更にはゼラの妖力によって王妃の内に棲む妖怪を弾き出す。要領は知っているが、いつ妖怪が出て来るか気が気でなかった。
「ほ、本当に言っているのか……? お母様を救えるのか!?」
俺もゼラも集中し、汗が滲み出てくる。俺はゼラを介して王妃の深層世界に彼女の意識を見た。
ドクンと心臓ではない何かが音を立てて自らの存在を示している。
いる……俺たちが来たことを判っているんだ……!
「本当にお母様は助かるのか!? また意識をこの世に……答えろアカヒト!!」
「うるせえ! 邪魔する暇があるなら、母親になんか言えよ!! お前の大切な人だろ!!
王妃様よ……あんたを助けたいって奴が数えきれないほどいんのに、そんなヤツのいいなりになってんじゃねえぞ……!
アンタの為にリーテベルクがリオネルが、アンタの家族が命張ってんだ! さっさとそいつを吹き飛ばせ! ちゃんと自分の子供を迎えに行ってやれよ!!」
「……お母様…………お母様!! 帰ってきてください! 私は……私たちは、あなたの帰りをこころからお待ちしています!!
またお花畑にいきましょう! また皆で花を摘みましょう! 私たちは、あなたがいなければ強くあれません!!」
柄にもなく涙を浮かべて叫ぶ本音は荒々しくも羨ましく思った。
「リーテベルクも双子もまだまだガキなんだ……その目覚まして自分の体で抱き寄せろ!! あんたの子供を安心させてやれ!!」
「――お母様!!」
リーテベルクの必至の叫びを皮切りに何かが王妃の体から吐き出されるのを感じた。
それは、黒い影となって光から弾かれるように現れた。俺の方へと飛び出し、突進してくる。
刹那、ゼラと目を合わせて互いに頷いた。
(こいつは俺に任せろ)
(こっちは儂に任せろ)
手を放し、代わりに影を鷲掴みにした。
うねり動く影を御しながら俺は窓を割って外へと出た。
「バカ王子、手伝うのじゃ! 妖怪が抜き出た穴を素早く霊力で補完しなければならん!」
「え、あ、は、はい!」
ゼラの頼もしい言葉が遠くで聞こえ、俺は影を地面へと叩きつけて着地する。
「やっと出てきやがったな、クソ野郎が……!!」
黒い影は徐々に人型となり、その容姿を現していた。
不揃いな白髪に年老いた面相と風貌。ボロ雑巾のような布を着て、全体的にやつれていた。威圧的で呪いの込められたような目つきからは殺意がひしひしと伝わってきた。
「ひっさしぶりの外界じゃあのう……ふぇっふぇっふぇっ!」
高い声には嫌な感じがして、警戒を強めた。
俺という敵が目の前で威嚇しているというのに、妖怪は余裕にも辺りを見渡し不気味に笑っている。
なんだこいつ……妖々しいにもほどかある。ある意味ゼラよりも妖怪じみていて嫌な感じしかしない。
――……丁度いいな。
ライブレインとの戦闘でなんとなく妖力の使い方を掴み始めた。
「良かったな。おかげで俺に倒される事ができるんだからな」
「ほう……? 人間が図々しくも妖力を持つか。それだけでは飽き足らず、この不浸婆に食って掛かろうとは……命知らずな人間よ!」
「下がれ人間、この者の相手は私がする」
後ろからスミレが猛々しく前へ出ようとしたが、俺は自分より前へ出るのを許さなかった。スミレの前に腕を出して阻む。
「何のつもりだ?」
「俺がやる!」
「本気か? 貴様のような紛い物に純粋な妖力を持つ妖怪を本気で相手できると思っているのか?」
厳かな調子で脅すように言われたが、俺は引く気がなかった。
「こういう言葉、知ってるか? できるできないじゃない、やるんだってな!
今はお前がいて、俺の代わりに戦ってくれるかもしれない。でも、今度もそうだとは言いきれないだろ!
強くなるって決めたんだよ! ゼラがいなくても戦えるように、俺は妖怪相手だって勝ってみせる!」
そのくらいじゃないと、俺はライブレインにすら勝てないんだ……!!
「震えろ妖怪共! 俺は、半人半妖の紛い物だ!!
――《黒衣武装》!!!」
俺は拳を握り締め、漆黒の妖力を纏わせた。
こんなんじゃ足りない……もっと、あの時以上の更に先へ――!!
力を振り絞り、右半身が黒く染まっていく。黒い妖力は赤みを帯び、ゼラと俺の混ざりものを酷使した。
「これは……」
「はん……妖力で見た目を偽るなんぞ、狡いことをする。そんなもので儂に勝てると思うてか!」
「やはり貴様には勝てない! 逃がす隙を作らせるだけだ!」
「うるさい……邪魔すんなよ! 今、こんだけ滾ってんだからさあッ!!
逃げる隙? んなもんやらねえよ! 規格外ならもう見慣れた、他人からの低評価も自覚している!
――ここで逃げる奴なら、ここで尻込みして下がる奴なら、ゼラの隣にいる資格なんて最初からねェんだよ!!」
「来い来い……人間の男! 儂が全てを終わらせてやろう!! 絶望、葛藤、決意、焦燥、希望……感じるもの全てここへ置いて逝け!!
あの哀れな女から頂いた生気は儂の血肉同然となっておる。階級の高い妖怪ならまだしも、人間のガキにやられるほど儂は安くないわ!」
――やってやるよ……!!
妖力を開示して間もなく、汗が滲み出て滴り落ちる。
まだ数度程度だが、敵と相対して感じる恐怖とそれに抗い進もうとする意志は半々。これを想い、今では心地よく感じる。感じられることが喜ばしく思う。
生きている実感をこういう場でこそ満たされるのは、俺が――いや人間がスリルを求めていたからだ。
勝つ。恐怖に勝つ。ゼラの妖力無しで、一人の力で妖怪に勝つ。死を受け入れようとしていた自分に勝つ。
それが俺が強くなる一歩としての至上命題だ!!
右脚を一歩前に出すだけなのに重く、そして鎖でも繋がれているかのような感覚があった。
勝て! 勝て! 俺よ勝て!
もう後には引けない事を言った! もう前以外に進む道はない!
俺の言葉はもう嘘に憑りつかれていない。ゼラが嘘を払ってくれたのだから!
ダンッ!!
俺の一歩が大きく音を立てて前へと進んだ。
――行くぞ妖怪共……! 俺の存在を知って頭を垂れろ!!
そこからの俺の体はまるで後ろから何かで弾かれたように婆へと突っこんでいった。
「やはり人間。直線的で隙だらけ! 儂の術に落ちて生気を寄越せェェェッ!!
《劣醜朽波》!!」
婆は両手を突き出し、不穏な妖術を放った。
妖気が渦巻き、正面からの感覚が侵されていくのが判る。
嫌な予感が視界を遮るのが早く、それを嫌悪するかのように自然と俺の脚は跳躍することを選んだ。
「な……!!?」
俺の行動が意外だったらしい。婆は手を前へと押し出したままこちらに呆然とした顔を見せた。
「まさか儂の術を知っておるのか!?」
知らねえし、何をしようとしているのかなんてどうだっていい! 体が勝手に動いた! 嫌悪感もして感覚も鋭くなっている!
妖術を使っている間の俺は、妖怪そのもので妖怪相手にだって通用する!
婆の背後へと着地すると、婆は一気に距離を縮めるべく走ってきた。素早く、そして体勢の低い構えだ。
人間では有り得ないほどの低い体勢の走り方に絶句するも、またもや俺の体は身勝手に俺の意志に関係なく動き出す。
突っ張りのような手の形で空気を押し出し、婆を牽制する。
婆は体勢を保つことができないようで、突風に煽られるように体を起こして重心が後ろへと移り変わっていく。
「な、なんじゃこれは……!!?」
「あれは――珀朱が使っていた《貫貫》!?」
今だ……!
僅かにできた大きな隙に吸い寄せられるように俺の方から距離を詰める。
「馬鹿め! 距離が無ければ、これは避けられまい!
《腐乱剣》!!」
婆は手より禍々しい剣を妖力で作り出し、振り下ろしてきた。
距離を詰め、その勢いに合わせるかのように俺の眉間へと剣の刃が迫る。
「《操繫術》」
「ッッ――バカな!!?」
婆の刃は空を切った。
その刃は地面へと突き刺さり、開けた穴より地面を覆っていたコンクリートを腐らせていく。
僅かに俺の妖術のタイミングが早かった。
ギリギリで術を使ったことにより自分の体勢及び意志に関係なく刃が届かない所まで身体を起こした。
しかし、これ全てが俺の戦略だ。さっきの妖術を俺に見切られたと思った婆が望んだのは近接戦。そこに大きな隙を作って俺が向かえば、当然のように対抗して反撃してくると思った。
案の定、出してきたのはさっきの妖術ではなく剣。剣だったのは意外だったが、どんな体勢からでも避けさせる操繫術によって隙に続く隙を生んだ。
――これでもう阻むものは無い!!
「俺には、妖術以前に嘘という武器がある!
――人間舐めんじゃねえ!!」
青ざめた顔へと右拳を振り下ろした。空気を押し流すように妖力を纏う拳が顔面を捉えて捻じり運んだ。
渾身を込めた一撃は、激しい衝撃と共に婆を地面へと叩き落しめり込ませた。
僅かだけでも残っていた歯が全て零れ、気絶したように目は白濁していた。
ぴくぴくと痙攣を起こす体だが、もはや動くことはできずに倒れ込んだ。
「……果てろ妖怪ババア」
緊張の糸が切れ、胸を撫で下ろした。
振り向くとスミレが目を見開いており、俺は「どうよ」とばかりにドヤ顔を放った。




