18話 隠れた陰湿妖怪(1)
俺は、ゼラと共に王国を訪れた。以前の魔物騒動が嘘のように活気に溢れている。
夏のような涼しい風が吹き抜けるのを感じ、俺は川で遊んでいるだろうハクたちを思い返す。
あいつ等はちゃんと休めているのかね。ハク以外はあまり知らない狐達だが、俺の代わりにハクが仲良くやってくれていると嬉しい。
ゼラは街中の美味しそうな匂いに空腹を刺激されていたようだが、宣言通り我慢させた。
城に油揚げを持って、もしくは銜えて向かうのは流石に格好がつかない。貴族として、ながら食いはご法度だろう。
俺たちを迎えてくれたのは、意外にもリーテベルク王子だった。
今日は魔法学院は休みらしい。事件の時のような危うい雰囲気はなく、むしろ爽やかなイケメンぶりが垣間見えてイラッとした。
ただ、この前学院前で逢っていたことを思い出し、気恥ずかしくもあった。
やはり応接間は、いつもの広い空間らしい。
凄然な一室にポツンと置かれたソファに腰を下ろすと、リーテベルクは茶菓子を出し、もてなしてくれた。
「ようやく来てくれたな、アカヒト。妹君も一緒とは、光栄だ」
リーテベルクは上機嫌なようだ。今まで見たことのない生き生きとした表情に面食らってしまう。
「ようやく、ていうのは?」
「以前、私がキミに申し入れた決闘のことで来てくれたのではないのか?」
「え……」
「あの時は間が悪かったらしい。無粋にも悩みのある騎士に決闘を申し込むなど、配慮が足りずすまなかった。
しかし、今はあの時とは違い表情は晴れやかだ。悩みは払拭できたようだな」
これは、流石王子と褒めた方がよいのだろうか。顔色を見ただけでそれを察するとはなかなか鋭い洞察眼だ。
悩みが払拭できたかどうかはまだ途中なんだけど、あの時よりは随分気が楽なのは確かだ。
「まあ……な」
俺は思わずゼラの方を向いてしまった。心の拠り所を求めたのだろうが、我ながら素直過ぎて恥ずかしい。
「だけど、今回は決闘の話で来たんじゃないんだ」
「そうなのか……。残念だが――それならば、何用で来たんだ?」
ここへ来るまで言い訳をいくつも考えた。だけど、ここへ来た途端にどれも粗雑で嫌な嘘に思えてしまった。
なにより今のリーテベルクを相手では雑な嘘は直ぐに見抜かれてしまうだろうと考えた。
「実は、前々から王妃について知りたかったんだ」
「お母様のことを……?」
「――ああ。
リオネルが家族に無断で外へ出る原因になり、リーテベルクの不安が増大した要因にもなった。その理由を俺は知らなければならない気がするんだ。この国の貴族となり、王妃を取り巻く災いに招かれた者としてこれを見過すことはできない!」
「……そうだな。キミには……いや、キミだからこそ知る必要があるだろう。
私の光となり、我々家族の精霊のような存在でもあるキミには教えてもいいだろう」
精霊って……何の冗談だよ……。
「あの日、お母様はいつものようにお花の世話をしていたのだ。お母様は花が好きでな、城の至る所に咲く花壇の手入れはお母様が全て管理していた。その最中にお母様は倒れられた。突然世界がひっくり返ったような気持ちだった。
――その日から一度も目を覚ましていない。今も眠り続けている。偶にあのように眠り続ける人はいるようなんだが、何人もそういう人を見続けてきた僧侶が言うには、あの状態でここまで生きているのは奇跡としか言いようがないのだとか。
飲まず食わずでただ眠っているままなんだ。当然といえば当然だが…………いつ死んでもおかしくないと言われたようなものだ。もはや成長した私たちの顔を見る日は二度とないのかもしれない。淡い希望が長続きしているだけのことなんだ…………」
リーテベルクは項垂れながら頭を抱えてしまった。
相当苦い過去であるのは知っていたが、未だ尚リーテベルクにとっては嫌な記憶なのだ。
それだけ聞くと、脳死しているような気がするけど……。
飲まず食わずで生き続けているのは人間業には思えな――…………。
「ふむ……可能性はあるやもしれん」
ふとゼラと顔を合わせて同じことを思ったのを悟った。
人間業じゃない……つまり、妖怪が関わっている可能性が高い。もしくは、それに関係する何かが。
「リーテベルク、俺たちを王妃に居る所に案内してくれないか?」
「な、急にどうしたんだ?」
「まだ判らない。でも、解決の糸口が判るかもしれないんだ。
お前の話を聞いて、思い当たる節ができた。頼む、王妃の身に起こっている真実を解き明かしたい!」
リーテベルクは驚いた顔をしながら考え込んだ。
しかし、一分と経たずして顔を上げると覚悟を決めるようにして頷いた。
「この期に及んでキミを疑うことはしない。キミがたとえ憎たらしく心底超えたい相手だからといっても、我々家族にとってキミはとても重要な存在なのだから」
「あはは……それは流石に荷が重いんだけどな」
「王子相手に馴れ馴れしい話し言葉を使うくせに、何をいまさら」
「もうお前を相手に謙る気にはならねえよ!」
リーテベルクとの不思議な関係に安心感を覚えるも、俺たちは王妃のいる部屋へ特別に案内してもらえることになった。
王妃の部屋は、涼しく窓がほとんど開け放たれていた。
この前、ゼラが幻術で見せていた部屋とそっくりそのままの間取りだ。王族の部屋にしてはそれほど広くなく、あまり物がない。ベットと棚と照明が幾つかだけだ。
太陽光が入り込み、明るく清潔感があって綺麗に整頓されていた。しかし、なんとなくだが嫌な気配があって不思議と居心地が悪い。
「この感じは……スミレか?」
「スミレもいるが、それ以外の何かじゃろうな。彼奴ならば、こんなに判りやすく隠れぬはずじゃ」
「何の話をしているんだ?」
リーテベルクは、部屋に入ってすぐに足を止めた俺たちを怪訝そうに見ていた。
前々から思っていたのだが、リーテベルクには妖怪の区別はつかないらしい。
「御用でしょうか」
スッと俺の影から一人の女性が抜き出てきた。俺たちに跪いて頭を垂れている。
正直、ゼラにスミレだと教えてもらわなければビオラと判別がつかない。美しい外見はもちろんのことながらも、装備は物々しく剣やナイフを体中に身に付けている。まるで武器商人だ。
「だ、誰だそいつは!?」
当然のようにリーテベルクは俺の背後から現れたスミレを警戒した。
少々説明しにくい登場をされ、俺は苦笑する。
「こいつは大丈夫だ、俺の仲間だからな。実は、この前の魔物騒動の時に王妃様が狙われていたんだ。俺たちがなんとか防いだんだが、まだ狙われているはずだから念の為に護衛を置いておいたんだ。
許可を貰わずすまなかった。だけど、あまり誰にも知られずに護りたかったんだ」
俺も知らなかったくらいだからな……。
「そ、そうだったのか……。ということは、あの時颯爽と現れて魔物を全て狩り尽くした一行がいたと聞いていたが、それはキミだったのか!?」
「あ、いや……俺の仲間だ」
「こやつは己の母を守るために尽力しておったのじゃ」
「まさか、妹も強いのか!?」
「あはは……」
流石に強者の風格を隠すことはできない。リーテベルクは、もうだいたい気づいているのではないだろうか。
苦笑する俺を他所にゼラはリーテベルクの横を素通りして王妃の下へと歩み寄った。
俺もゼラの後を追って王妃の寝顔を覗き見る。薄紅色の布団をかぶって寝息を掻いている美しい顔があった。
三十代、いやもっと若々しく見える。リーテベルクが俺と同じくらいの歳とするならば、少なくとも三十は超えているはず。なのにお姉さんと呼ぶくらいが丁度よいブロンド美女。皴や染み一つない透き通った肌は白く、リルルをそのまま大きくしたように目鼻立ちが似ている気がした。
「やはり、か……」
溜息交じりに零す言葉で悟る。スミレは後ろ、ゼラは隣。しかし、俺たち三人以外にもう一つ妖気を感じた。
異臭がする時のように離れたい衝動に駆られるほど嫌な気配が王妃の体から滲み出ている。
「……助けられるか?」
「……またか」
むっとした顔に見上げられた。
俺はその為に来たと思ったのだが、ゼラは様子見だけに留めようとしていたのだろうか。
「あくまでこやつは他人じゃ。お主が助けようとする義理はないじゃろう」
「他人じゃないさ。俺にとってリオネルもリルルも大事な友達だ。あいつらがどう思っているかは判らないけどな。
あいつらを見ていると、自分の愚かさとかが身に染みるっていうか、それ以上に癒されるんだよ。だから、苦しんでいる顔を見たくないから、この人を助けられるのなら俺はなんでもする」
ゼラが渋るということは、きっとまたそういう事なんだろう。
「頼むゼラ」
真剣な眼差しで懇願し、手を差し出した。
ゼラは眉を狭めていたけれど、仕方ないと言いたげに俺の手を取った。
「こころするのじゃ…………この者に憑りついている妖怪はおそらく意志を持っておる。隙あらばこの者の意識を乗っ取ろうとしておるのじゃからな」
「どうなる?」
「十中八九抵抗されるじゃろう。もしそうなれば、外に出てくるやもしれん。その時、儂は妖怪が抜けた後始末をしなければならん。妖怪の方はスミレとお主で始末するのじゃ、逃がしては事じゃからのう」
「承知しました」
「……わかった!」
「おい……何しようってんだよ……?」
リーテベルクが俺たちの意味深な会話に耐えられずに訊ねてきた。
何かが起こることを悟るも、それが何なのか理解できないという感じだ。
「これからお前の母親を救う。じゃないと、今後どうなるか判らないからな」
「――…………は?」
リーテベルクは、唖然して立ち尽くしていた。




