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2話 踏み入れた妖の道(2)

 ゼラの言う通り、図書館のような書籍を見られる場所はなかった。

 ベルヌイの街には、貴族が利用するような店を除いて俺たちが泊まるような宿や質素な料理店。冒険者などが重宝する武具が売っている鍛冶屋、家具や雑貨屋などの街の住人が普段使う店くらいしかなかった。

 街並みは明るく、元の世界なら駅前くらいの光景は見れる。けれど、並び立つ店は比較しようにもない。

 どうせ金は持っていないから何をすることもできないのだが、個人的には世界のことについて少し知れただけでも収獲だ。

 そろそろ空の暗さが増してきたので、俺たちはリネルたちと合流すべく街の中央へ向かった。


「あ! いました!」


 俺たちが来るのをいち早く察したリネルがはしゃぎながらこちらへ近づいてくる。


「用は済まされましたか?」

「はい……ですが、ここには目当ての物はありませんでした」

「そうですか。もしかしたらヴァルファロスト王国にはお目当ての物があるかもしれません。そちらで探してはいかがでしょうか?」

「ええ、そのつもりです」


 この子はなんて良い子なのだろう。

 ゼラもこのくらいの可愛げがあれば共に旅をするのに得だと思えるのだが……。


「宿も取ってあるので、本日はそこを使ってください」

「え? いいんですか? こちらはお金が無い身ですから野宿でも構わなかったのですが」


 当然、それを期待していたけどね。

 無垢な良心を利用する俺を許してくれ。


「恩人にそんなことはさせられませんよ! 是非宿を使ってください!」

妹君いもうとぎみも同じ部屋に致しました。宜しかったでしょうか」


 流石にそこまで我儘わがままは言えないだろう。

 さっき一緒にいなければいけない素振りを見せてしまったしな。だけど、何か危ない事があった時の為にむしろ良かったかもしれない。

 俺は、礼儀正しく説いてくれるククに「ありがとうございます」と感謝の言葉を述べた。


「お食事は済まされました?」

「いえ、まだです」


 金がないからな……。

 何度も金がない、と言っていて心苦しくなってくるな。


「では、ご一緒にどうでしょうか? みんなで食べた方がおいしいですよ!」

「しかし、ご迷惑では?」

「そんなことありません。むしろ久しく輪になって食べていなかったので、丁度よかったと思うほどです!」

「そういうことなら」


 あとでちゃんと金は返せるようにしよう。もうこんな幼気な少年に媚びるのは沽券に関わる……。

 俺が悲愴感に苛まれている間、ゼラは小さくガッツポーズしていた。


「久しぶりの御馳走……」


 涎が垂れているが、ちゃんと隠しているんだろうな。



◇◇◇



 ベルヌイの街の料理は悪くなかった。というより、リネルが奮発してくれた形なんだろう。俺たちが散策で見てきた料理屋よりも随分と高級感のある店だった。

 オープンテラスで街並みと星空を堪能できる開放的な場所で食事をした。店の人も清潔感があり、貴族が利用するような店だった。

 リネルには悪いことをしているように思ったが、せっかくなのでそれに甘んじて乗っかることにした。


 食事も終わり、朝も早いというので早々に宿に戻った。

 部屋は、木造で特段サービス的なものもない簡素なものだった。ベットが一つあるくらいでトイレもない。

 ただ寝泊まりするだけの場所と割り切った方が正解だ。


 今日一日で判ったことがある。俺に起こる謎の頭痛のことだ。

 いや、もう謎とは言えない。既に実験も終えた。予防もできなくはない。

 頭痛の原因だったのは、俺の技能スキル――偽り(ライ)だ。

 こいつは、嘘に反応して俺に頭痛を引き起こさせていた。

 ただ迷惑なことに、自分でついた嘘にまで反応しやがる。使い勝手の悪い代物だ。

 死ぬほど痛い訳じゃないが、俺にとっては諸刃の剣になりうるスキルだ。なんたって俺の口は必要じゃなくても嘘をつくことがある。これじゃあ自分の首を絞めかねない。

 だから俺はこのスキルを無効にしたかったが、それができなかった。

 俺のステータスの中ではこいつが一番使えそうだっただけに、戦闘には向かないことが判って死ぬほど沈んだけれど。



「さて、出るぞ」


 暫くベッドに寝転がって静かにしていたかと思えば、いきなりゼラが神妙な表情をして変なことを言い出した。


「どこに行くんだ?」

「儂ら……というより、あの坊主共を狙っていた輩が近くを徘徊はいかいしているようじゃ。この好機を逃す手はなかろう」

「そんなことも判るのか?」

「さきのブラックウルフから感じた魔力が近くにおったのでな、少し集中して監視していたのじゃ」


 なんとまぁ便利だこと。


「それで、これからそいつの下へ行ってどうするんだ? こっちはあいつがブラックウルフを操っていた張本人だという証拠を一つも持ち合わせていないわけだけど」

「何を言っておる? 危険が目の前にあるのじゃ。さっさと処理するのは、護衛仕事の一環ではないのかの?」

「まさか、殺す……のか?」

「それ以外何がある? 先もそこら辺を蔓延はびこるブラックウルフを平然と燃やしてきたではないか。相手がブラックウルフではない何かであっても、標的が変わるだけじゃ。

 もしやお主、この期に及んで敵を殺すことに躊躇ためらいがあるとは言わんよな?」


 確かに。ゼラの言うことが本当なのなら、俺にはそいつを殺すのに躊躇う必要はない。

 しかし、それが人間であった場合、絶対にそうであると確信をもって言えるのか?

 ブラックウルフを操った方法が魔法であったとして、そいつが俺と同じ人間であったとして、何も考えず、何も思わず、ゼラが殺すと断言するこの状況に対して何も言わずしていられるのか……?


「言わねーよ」


 躊躇いならない。

 俺が殺すぶんにはあるかもしれない。相手が俺と同じ世界の住人なら少しばかり思うことがあるかもしれない。

 しかし、自分が生きるのに障壁となりうる相手なら、それをゼラが対処してくれるというのなら、俺は何も思わず言える。


「さっさと済ませよう。リネルたちに気付かれたくない。あまり俺が強いと思われると、後で面倒なことになりそうだしな。

 嘘をつくなら、真実半分嘘半分が効果的だ。しかし、どちらかが強すぎてはバレる危険性が高まる。

 これ以上ブラックウルフを仕掛け続けられると、俺の株が大きくなりすぎてつく嘘が多くなっちまうからな」

「そうじゃな。お主、建物の屋根くらいは上れるのじゃろうな?」

「は? …………いや、無理っす」


 は? こいつ使えねえって思われただろうな。なんかそんな顔してる……。


「仕方ないの~。堂々と下から行くか。

 どうせヤツも儂らが二人の護衛をしていることくらいは掴んでいるはずじゃ。勝手に引っかかってくれるじゃろ」

「すんません……」

「そう落ち込むな、という言葉もお主には必要ないじゃろうが」


 こいつ……俺の嘘は全部お見通しかよ。つれないね~。

 愛想の悪いゼラと俺は得意気に宿から出た。



◇◇◇



 ゼラは引き続き引っ込み思案な俺の妹を演じるらしい。俺と手を繋ぎ、さも何の警戒心もないように歩く。

 俺たちは、夜の街を散歩する、という簡単な目的で歩いている。

 なので、足を止めながら追跡してくる者への気配に集中する時間も取れた。今は、星を見るようにして立ち止まっている。

 ずっと天気が良かったおかげで空一面に広がる星々が綺麗に見えた。


「ククククク! 仕事熱心なことじゃ。視界も不十分じゃろうにちゃんと付いてきているの〜」


 ゼラは舌なめずりした。

 彼女が言うにはちゃんと俺たちをストーキングしてくれてる奴がいるみたいなんだが、俺には全然わかりません。


「だが、どこではめるつもりなんだ? 俺も知っておいた方がいいと思うが」

「そうじゃな。儂も考えていなかったが、確かにこんな人の多い場所ではりにくいのぉ」

「なら、俺が考えてやろうか?」

「……お主の方がこういうこすいことを考えるのが得意そうじゃ」

「狡い言うな!」


 俺は狡いんじゃなくて、賢明なんだ。

 多少は邪な考えがなきしもあらずだけど……。


「しかし、思ってたよりもお主は使えるぞ。最初はただの暇潰しとしか考えていなかったが、他者との立ち回り方は感服するところじゃ。

 やはり、儂の見立ては間違ってはいなかったということじゃな!」


 いそいそしく歩む彼女はどこか楽しげである。俺の存在は、少しでもゼラの役に立っているらしい。

 まっ、いつまで続くか分からないけどな。

 ――そういえば、こいつ……なんであの時、女は嫌みたいなこと言ったんだ? 別に、女嫌いそうな感じはしないんだが。


「ほら行くぞ。あまり長く居座ると、勘づかれてしまう」

「……」


 もう少しゼラのことを知る必要があるな。

 まだ出逢って一日しか経っていないんだ。機会があれば訊くタイミングもあるだろう。

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