17話 妖の一コマ(3)
振り替えると、シノンが何もなかったかのように佇んでいた。旅装束に塵一つも付けず、微笑んでいる。
リコの方はというと、ばつが悪そうにむすっとしていた。
ヴァルファロストでの事があり、あまり顔を合わせることができない。しかし、この状況はよくないと気持ちを一新する。
「流石はアカヒト様です、華麗な動きでした」
リコに話しかけようと口を開くのもつかの間、シノンがパチパチと拍手する。
「あ、ああ……」
思わずたどたどしい相槌をうち、苦笑する。
「リコにはまだアレは早かったかに思えましたので助かりました」
「いつもこうなのか……?」
「ええ、もはや空狐様との鬼ごっこは日課のようなものですね。初めてお逢いした時も、鬼ごっこの途中でしたし……空狐様は本当は我々のいないところで遊びたいだけなのかもしれませんが」
「へぇ?」
クウが服の袖を引っ張ってくることに注意が向く。
「どうした?」
「これからはパパと遊ぶ」
か細くもやんわりとした声で誘惑が掛かる。なんとも抗えないそれに俺は誘われた。
「じゃあまたカードゲームやるか! よし、お前らもついてこい!」
テンションが上がり、クウと手を繋いで家へと戻ることにした。
俺がこの子にだけ何でもしてあげたくなるのは、過去の出来事があるからなのか。確証はないけれど、俺は人類で初めて魂の邂逅を果たしているのかもしれない。
今回もまたトランプを使い、ダウトをして遊んだ。畳の敷かれた和風の一室で俺たち四人の声が波打つ。
今回のやられ役は俺とリコだ。クウはともかく、中々どうしてシノンが強かった。
リコは毎回顔に出るので判りやすいものの、楽しそうで何よりである。
「いち……」
「ここでダウトよ!」
溜め込んだカードが何枚もの束になっていた。そんな時、シノンがコールした札にリコが宣言した。
「お前……ここでかよ……」
「何言ってるのよ! ここでするのが一番気持ちいいじゃない!」
確かに決まればそうかもしれないけれど、シノンの蠱惑的な笑みが恐ろしいとは思わないのか……。これは罠にハメた時のしてやったり顔だ。
「シノン、アンタの運もここまでよ! 今回の勝ちはあたしと空狐様に決まり!!」
「残念ねリコ、ハートのエースよ」
「――なんでえ!!?」
「ほらあ……」
頭を抱えて残念がるリコに呆れると、クウが可笑しくてクスクス笑った。
「あ! 空狐様いま笑った!」
「本当ね、よっぽどリコが面白かったんでしょう」
リコには口を聞いて貰えないと思っていた。けれど、ゲーム中は今のように何気なく話すことができている。
リコはクウが笑ってくれたことが嬉しいのか「次はあたし!」とゲームを続行した。
「こんな所におったのか」
すると、寂しそうにゼラが起きてきたようだった。はねた横髪が起き抜けであることを示唆している。
声が大きすぎたか? もうすぐ昼だし、丁度よかったか。こいつはぐうたらだからもう少し早く起きた方がいい。
「混ざるか?」
俺がそう提案すると、リコが少しだけ固まった。以前の体験がトラウマになっているのかもしれない。
リコと打ち解ける切り口になるかもしれないし、良い機会だろう。
そんな余計なお世話に興じようとしたが、ゼラは「うーん」と唸った。
「どうかしたのか?」
「やりたいのはやまやまなんじゃが……これから用事があるのじゃ」
珍しいな。ニートばりに屋敷からというか自室から出たがらない性分だと思っていたんだが。
「そっか……じゃあ夜にでも一緒にやろう。お前がいた方が楽しそうだしな!」
「そうは嬉しいことを言うてくれるではないか! しかし、それは儂が負けると思うてじゃろう? 浅はかな考えが見え見えじゃ愚か者が! まあ、お主なぞ片腕で捻ってくれるがな!」
得意げに俺の脳裏を推察したゼラはない胸を張る。
片腕って……トランプだぞ、これは。
「それより、お主も惚けてないで準備するのじゃ」
「え、俺? なんで?」
「用事は儂とお主とで行くからに決まっておろう!
ヴァルファロスト王国じゃ、お主ばかり遊ばせると思うたかククク!」
朝から働いていた俺と違ってずっと寝ていただけのくせに……。
そう言い返したかったけれど、機嫌のいい彼女の邪魔をしたくなかった。その為、「へいへい」と適当な返事をしつつ席を立つ。
「お前らはそれで遊んでていいぞ」
「ありがとうございます。そちらは頑張ってください」
「おう」
シノンは礼儀正しく、爽やかな笑顔で送り出してくれた。しかしリコはというと、我に返ったようでカードへと向き直っている。
まだダメか……。いや、リコはあれが通常モードなんだろう。クウの味方だし、親睦を深めておきたいけど、今はやめておこう。
振り返り際にクウがシノンの影から手を振ってくれた。
俺も同じく手を振り返してからゼラの後を追う。
ゼラの隣を歩くと、ゼラからの視線を感じた。
「どうした?」と訊ねると、目を前へと向けて「いや、なんでもない」と返される。
明らかに何かあるだろ……。
「なんだよ……」
流石に気になった俺は、胡乱な目で追及する。
ゼラは足を止めた。ムカついているのかどんどん閉じた口が横に広がっていき、表情が険しくなる。
ワンピースの裾を握り締めたかと思うと、突然に俺の顔を睨み付けてきた。
「朝から女子共と仲良くしているのはどういうことじゃ!」
何かと思えば、食って掛かるかのように背伸びして言い放たれた。
顔が赤く、羞恥心が孕んでいるのが目に見える。
まさかこいつ、嫉妬しているのか……?
意外な言葉に呆気にとられると、ゼラは下唇を噛んで上目遣いをしてきた。何かをお願いされているわけではないのに、妙に可愛くなんでもしたくなってしまう。
幸い耳や尻尾を出しているわけじゃないので理性は保てている。
「べ、別に……どういうこととか言われても……」
我ながら『嫉妬』と考えるのは浅はかだと思い直し、目を泳がせればゼラは追い縋ってくる。
力ない拳で俺の胸のあたりを打った。
「ハクと手を繋いでいたではないか……。リコを抱き寄せていたではないか……」
……見てたのか!?
「――…………嫌、なのか……?」
「儂は……儂は……」
ここに誰もいなくてよかった。
ゼラは俯きながら涙を床に落としていた。考えていることがなんとなくわかる気がする。ゼラは、矛盾する自分の言動に戸惑いを感じているんだ。
「……もしお前が嫌ならしないように努力する。けど、仲間が危ない時とかは許してくれ。
俺もお前のいる場所を守りたいって思っているんだ。たとえ妖怪で傷付き難くても痛くない訳じゃないし、怪我人を出したくない」
最近、この前の事を思ってお互いよそよそしくなかなか話す機会がとれなかった。
俺も屋敷造りに身が入るようになっていたし、少しだけゼラとの距離感を忘れられていた。だからだろう、今はまだゼラと面と向かって話すのに抵抗がない。
「お前が守りたい場所を俺にも守らせてほしい」
「……やはりお主は偶に良い顔になる。そういう優しいところが儂のお気に入りなのじゃが」
「またその話かよ、俺は前世の俺じゃないぞ」
「勘違いしておるようじゃが、儂が好いているのは今のお主じゃぞ」
落ち着き払った表情から放たれた意外な言葉に、不甲斐無くドキッとしてしまった。
「な、何言ってんだ……お前が好きだったのは――」
「確かに初めはそうじゃった。お主の魂を感じて喜んだものじゃが、今はちと違う。
ハクを殺そうとした儂を静止させ、森の中の神を助け、葛藤に旅に出たお主は人間らしく他人の痛みを知り、自分を知っている。そんなお主だからこそ儂は惹かれたのじゃ」
恥ずかしいことをよく真顔で言えるよな。こっちの方が恥ずかしくて目を逸らしてしまった。
「それに気付いた今だからこそ願おう。
――狐たちの王になって欲しい、お主こそ我等が狐の王に相応しいと思うのじゃ」
「な……はあ? ……いや、待てよ! 俺は、そんな大それた役割なんて器じゃないぞ! だって俺は、嘘吐きで……」
「狐は嘘吐きじゃ、お主と同類じゃな」
「利己的で自分のことしか考えてなくて……」
「狐も同じじゃ。己が利と欲求を追求し、他を化かしてきた」
「優柔不断だし……」
「狐は女子に化け、男をとっかえひっかえしてきた。かくいう儂もお主の前世に逢うまではそれなりに己が儘におもしろおかしくやってきたものじゃ」
「でも……」
「ククク……お主は狐の王にピッタリのようじゃな!」
「おい待てって…………俺、全然人の上に立てるような奴じゃない……」
俺は、なにもできない自分を知っている。
こんなのが王だなんて、他の妖怪に舐められる原因になるだけだ。
「ふむ……まあお主が自信を取り戻してからでもよいじゃろう。とにかく、儂はお主を王にしたいと思っていると知って貰えれば十分じゃ」
「俺、お前と一緒にいたい。だけど、そんなものになりたいとは思っていない」
「ひとまず儂は前に言われた願いを叶えよう。今の話は胸の底にでも埋めておくがよい。
今は、ヴァルファロスト王国へ行くぞ! ぬらりひょんを出し抜いたとはいえ、未だ目当ての女は城におるからな!」
「そ、そういえばそうだな! 今までなにしてたんだってくらい無防備感が出てきたけど、大丈夫なのか!?」
「スミレとビオラが交代で見張っておるところじゃ。無論、誰にも悟られぬよう影に潜んでるゆえ、バレることもない。
王の妻じゃからのう……狙われることは常に考慮していると思うが、こちらの言い分を聞いてくれるとは思えぬ。
とりあえず儂も様子が見たい。今回もお主の口車には期待しておるから、精々頑張るんじゃな!」
その為に俺が行く必要があるのね。
妖術使えばどうにでもなると思うけど、事を荒立てるのは好きじゃなくなったのかもな。俺としては、一緒に来てほしいと言ってくれさえすればそれ以上ないんだけどね。
「仕方ないな……帰り際、皆の為に油揚げでも買って帰ることにするか」
「油揚げ!」
「帰りだからな!」
それまでのしんみりした空気感はどこえやら、ゼラは目を油揚げにして涎を垂らしていた。




