17話 妖の一コマ(2)
川へとやって来た。家からそう遠くない場所で、畑を耕しているお爺さんも見える。田舎の中でひっそりとせせらぎを奏でるいい場所だ。
鳥の鳴き声や風の音がアクセントを添え、より自然を満喫できているような気にさせてくれる。
「なぜこんな場所に?」
胡乱に訊ねられて呆れる。
ハクは、俺がここへ連れてきた意図を理解できずにいるのだろう。まるで悪気の無い子供だ。
「休めって言ってるのにお前が強情だからだぞ。主人に気を遣わせて恥ずかしくないのか?」
「なんですか……この前は自分から出ていって勝手に置いていったくせに……」
拗ねるように視線を逸らされる。どこか寂しげなのは気のせいだろうか。
ずっとただ形だけの従者だと思っていた。ハクの行動の主軸は、俺ではなくゼラだったから。でも、それだけじゃないのかもしれない。俺を立ち直らせようとしてくれた時も、ゼラを根底には置きながらも俺見てくれていた。
……反省すべきだな。
「あの時は悪かった……」
「ずいぶん素直になったんですね。いつもわたしの前ではそんなこと言ってくれなかったのに」
「自分のことだけを考えて動いちまったのは事実だしな。お前にも迷惑かけてるかもしれないっては思ったときもあったんだ。ゼラの世話、大変だったんじゃないか?」
「……迷惑だなんて思っていませんが、確かに貴方がいなくなった後は一度も部屋の外から出てきてくれませんでしたね。
ですから、わたしも愚考ながらも貴方が戻ってきてくれればいいと思いました。わたしたち三人の関係は、貴方が欠けては成り立たないのだと」
視線が俺の方へと戻ってきた。燦然と輝く白い髪が靡く中で表れる儚い笑みには安心感がある。
ここはこんなに居心地がよかったんだな……。ここを離れて苦しくて悔しかった日々が嘘のように癒されていく気がする。
「俺もお前がいてくれないと困るって気づかされたよ」
「お世辞はいりませんよ。貴方が嘘吐きであることは既に知っていますから」
「お世辞じゃねえよ。お前がいないと朝飯から何から全部自分でやらないといけないからな!」
「そういうことですか!?」
驚嘆するハクを見て含み笑いが漏れた。すると、ハクも続けざまに笑い声をあげる。
なんとも奇怪で歪な関係だけれど、俺とハクはこれでいい気がする。誰よりも近い所にいるのに、近すぎなく感じるこの距離感が安心するんだ。
「な~に二人だけで盛り上がっているのかしら?」
「あたしたちも混ぜてください!」
俺達を追ってツジリが三人ほど連れてきたようだ。羨ましそうに忍び寄る彼女らは既に楽し気だった。
連れてきたのは、キリカとスイレンともう一人。名前はまだ知らないが、この前のゼラの作戦に参加していた金髪女だ。確か関西弁を話していたおっぱいデカ女。ツジリはこの三人と仲が良く、よく四人でいるところを見かける。
ハクを連れ出す前に何人か連れてきてほしいと頼んでいたのだが、案の定この三人だったか。
「レッド様……これはどういうことでしょうか?」
ハクが訝しげに細い目で見てきた。俺に気を遣われたことが気に喰わなかったらしい。
「レッドでいい。お前に敬称を付けられるのはなんかむず痒いし」
「そ、そうですか……で、では……レッド……さん……。ちょっと照れ臭いですね……」
ハクがもじもじと羞恥心を抱いていた最中、俺はキリカたちに囲まれていた。
「紅葛様! わたしと遊びたいとは誠ですの!?」
「超絶ハッピーにさせてあげますから覚悟しなさいな」
「わたしは、スイちゃんの付き添いやけど……めっちゃご奉仕させてもらいます」
我が物顔で俺をオモチャにする気満々という感じだ。俺は狐に囲まれることには悪い気はしないが、暑苦しさがあって苦笑してしまう。
ハクは、俺が話を聞いていなかったと思ったようだ。顔に怒りの色が帯びていた。
「あ、貴女たち……!!」
憤怒を爆発させようとしたその時、ツジリが突拍子もないことをした。あられもない素肌を晒し、無邪気な子供のように川へと飛び込んでいったのだ。
表情は屈託のない笑み。発達途中のような凹凸のある体は艶があって魅入ってしまう。
水飛沫が俺たちのいるところまで跳ねて後退れば、ツジリは恥ずかしげもなくこちら振り向いた。
唖然する俺の視界に、絹のように白い肌が臆面もなく飛び込んでくる。水面に反射する彼女の体も絵画のように素のまんま。幻ではないし、見ているこっちが恥ずかしいくらいだ。
彼女の興奮したように立つ耳や尾、揺れる胸に掻き立てられ、思わず顔が赤くなった。
太陽のもとで遊ぶ女性は海などで見たことはある。けれど、裸体を羞恥心の欠片もないように見せびらかす女――いや、狐女など見たこともない。
とても綺麗で非日常だ……。
「ちょっ……ツジリさん!!?」
ハクの刺々しい視線にハッとして目を手で覆い隠した。
だが、それが無意味であると揶揄するように次の声が上がった。
「負けていられないですわ!」
「あら、ならわたしも行こうかしら」
「スイちゃんが行くんなら、うちもお邪魔しましょか」
次々と衣類を脱ぎ捨て川へと向かっていく物音がした。
俺の目の前で獣耳少女たちがあられもない姿になっているというのか!!?
こうなれば、俺も入らないわけにはいかないだろう。なあに、ハクの言い分なんて過半数以上の票数を得た俺にとって無意味の産物だ。それに、俺が我慢する理由なんて微塵もない。なんたって俺はゼラの所有物であり、ハクよりも立場は上なんだからな!!
俺は、邪魔な手を退けて目蓋をカッと開いた。
しかし、俺の望むような裸の楽園はなかった……。
川に入った四人共、水を掛け合いキャッキャウフフと遊び呆けていた。その光景は心温まる少女達の楽し気なものだった。
だが、その姿はまるで修行僧のように白い羽衣を身に付けている。薄地なようで、微かに濡れて透けなくはないかもしれないと凝視するも途方に終わった。
「何を期待していたのですか……!!」
俺の視線に遊ばないハクがいち早く気づき、汚物でも見るかのような蔑んだ目を向けてきていた。
「お前がやったのか!? なんてことしてくれるんだ! もうちょっとで獣耳少女たちのあられもない姿が見られたかもしれないのに!!
てか、こういう時は普通水着だろ!? なんだよあの格好!? センスが悪い奴でもせめてスクール水着くらいは着てくれるはずだろうよ! いや、むしろスク水でもいい! せめて脚と腕くらいは露出させろ!!?」
いい終わるのを皮切りにハクに顎を一蹴された。
宙を一回転し、うつ伏せに倒れる。体重がのって全身に痛みが走った。
「変人! 変態! けだもの! 畜生魔!!」
「すみません……出過ぎたことを言いました……」
俺の楽園が……。
当然の仕打ちと割りきってはいたが、不意に思った素朴な疑問をハクに訊ねた。
「お前は入らないのか? 俺は、お前のために連れてきたんだぞ」
「貴方のような変人の指図など受け入れたくありません!!」
さいですか。まあ予想はしてたけど。
俺とは反対の方へと向き直り、更なる焦燥を見せつけてきた。
「俺はここいらで退散してやるから、お前も遊んでこいよ」
よっこらせ、と重い体を起こして踵を返す。
俺がいない方がこいつも休みやすいだろう。やれと言われた方がやる気なくすしな。ここからはツジリ達に任せるとしよう。
すると、ハクは機嫌が悪そうに呼び止めてきた。
「待ってください!」
振り替えると、したたかでも顔を赤らめ羞恥心と怒りで葛藤する珍しい顔があった。相変わらず目は合わせてくれなかった。
「その……ありがとうございます?
いや、あの……一応……主人がわたしに……気を遣わせてまらいましたから?
……なんというか、お礼くらいは言ってあげますよ……」
もじもじして小声になったりもして、少し聞きづらかった。
少しは世話を焼いてやった甲斐があったかな。それにしても素直じゃないが。
「あんま無理すんなよ。これまでがどうかは知らないけど、お前は俺のもんなんだからな!」
ハクの珍しい調子がなんとなく嬉しくて、ついニシシと意地悪な笑顔を返した。それでも「フン」と腕組みするから、ハクは強情である。
◇◇◇
屋敷の方に戻ると、誰かが騒いでいた。「待てー」だの「こっちか!」だのと子供じみた恥ずかしい調子の声が行き交っている。
その声に視線を盗みとられると、誰かが鬼ごっこのような真似をしていた。
クウが逃げ、その後をリコとシノンで追いかけている。鬼ごっこの最終局面をやっている最中のようだ。だけど、きっと始めから逃げはクウ一人だろう。
あいつらにとってのいつも通りだな。クウが初めて家に来た時もあいつらがクウを探していたしな。
鬼ごっこをしている目の前に屋敷の一部となるであろう木材が重ねられている。
倒れたらクウが怪我してしまう。注意しておくか。
「クウ――」
しかし、間もなくクウはこちらの意を介さないようにわざと木材の束を蹴り崩した。
「な……」
あんなに小さい子からは想像もできない蹴りに唖然する。そうしている間にも木材はどんどん崩れ落ちていく。
丸太がシノンとリコ二人の頭上へと降り注いでいくのを目の当たりにし、咄嗟に体が動きだす。
「危ない!!」
一歩、一歩と走り出す右脚が黒い影を纏い、右半身を黒く染めていった。無意識のうちに妖力を纏うことができるようになっていた。
だが、今の俺の目には目先で狼狽しているリコしか映っていない。
スローモーションのように丸太が空から降る合間を縫うように俺はリコの体を掻っ攫う。
懐に抱き寄せれば、リコの呆然とした表情が近くなった。
次はシノンだ、と探すのも無駄骨。彼女は舞うように丸太を躱し、更にはこちらに余裕を思わせる目配せをした。
シノンの方は、結構場慣れしているみたいだな。リコとは違って冷静で対応力がある。
大きな落下音が背後でじならしを起こした。その時には、俺も抜け出すことに成功していた。
呆気に取られていたリコを下ろしクウの所へとにじり寄る。
「ク~ウ、あんな事したら危ないだろ。いくら妖怪でも痛いもんは痛いんだからな」
説教するのは性に合わない。相手は子供だしな、軽く注意するくらいで丁度いいだろう。
クウは眉を落として無表情を曇らせた。かと思えば、可愛いくも頭を下げながらも抱きついてくる。
誤魔化そうとしているにしても、めちゃくちゃ可愛い! 猫が寂しいって強請る時みたいで許す以外の選択肢が思い浮かばないくらいだ!!
こんなの反則だろう、と思いながらも微笑ましくピンク色の髪を優しく撫でた。




