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17話 妖の一コマ(1)

 目が覚めると、隣にゼラがいた。離すもんかと俺の腕をしっかりと掴み、寝息をかいている。

 俺とゼラの間に添えられるようにクウもいた。昨日から殆ど寝ている姿しか見ていないが、寝ている様子が可愛くて邪魔したくない。

 だがしかし、腕が抜けないのでゼラの方は仕方ないと思うわけで。無防備に寝顔を晒しているゼラの頬を指でつついた。

 柔らかく沈み込む人差し指が頬の弾力を感じる。押せば沈み、引けば指に付くように戻っていく。


「はは……」


 普段威厳がましい顔ばかり見ているので、思わず楽しくなってしまった。面白いことが目の前にできてテンションが上がった。ゼラの頬を持ち、引っ張ったり持ち上げたりと遊んでしまう。

 俺の口から含み笑いが漏れだすも、手は彼女から離れない。

 すると――ゼラの歪んだイラついた表情が表に現れた。


「あ……」

「何をしているのじゃたわけが!!」


 ゼラは、起き抜けと同時に叱責を飛ばした。

 流石はゼラというだけあって、寝起きにも関わらず声を張り上げている。

 しかし、完璧でないのは確か。壁際にたじろぐ俺ばかりを気にして、シャツがパンツにくい込んでいるのを見逃している。

 純白のパンツが垣間見えた。 もはや見せびらかしているようにしか思えない。が、ゼラの表情はいつものような意地悪なものではなかった。


「おい……見えてるぞ……」


 明後日の方を向きながらにして指摘すれば、ゼラはようやく気づいて赤面する。

 次の瞬間、ゼラの足の裏が俺の顔面を押し出したのは言うまでもない。



◇◇◇



 午前中は、屋敷の再建に尽力した。

 妖怪は夜通し働くのに最適な人材なようで、俺たちが寝ている間にずっと工事を続けていたらしい。だから、俺は交代で休むように意見を出した。妖怪といえど、ブラック企業のような真似はさせられない。

 皆、俺のことをレッドともアカヒトとも呼ばずに『紅葛様べにかつ』と敬っている。その権限を使えば、従わない者などいなかった。


「レッド準男爵様! 頼まれた物を持ってきましたぜ!」


 テーブルの土台にするのに使う木を切っている最中に呼ばれた。

 この領地の大工で今回の再建に力を貸してくれる一人。俺にとってのなんでも屋である雑貨屋のハラン・ローウェンさんだ。こちらに引っ越しに来た時にはベッドを買わせてもらったりと、色々と世話になった人でもある。

 少々年は取っているけれど、その肉体は筋肉質で声も大きい。格闘家のような道着を着用していて若々しくもある。鼻下から顎からと刺々しく生え繋がっている白髭は威厳があった。頭はつるんと太陽光を反射して輝く。

 言葉遣いは謙っているのに心の距離が近く、媚びへつらわれるよりかは嬉しい反応だ。


「紅葛様、何を頼んでいたんですか?」


 休めと言いつけたはずだが、ツジリが興味深そうに近寄ってきた。

 疲れた様子を見せないどころか元気じゃない時が見てみたいほどにやる気に満ち溢れた子だ。


「……もう使われなくなったテーブルの残骸ざんがいだよ。なんか知らない内に大所帯になりそうだしな、食事する場所のテーブルは大きくした方がいいだろ。

 だけど、いちいちヤスリかけて作るのは面倒だから、土台だけ新しく作って持ってきてもらったテーブルの上の部分だけを形を合わせて繋ぎ合わせるようにしようと思うんだ。テーブルの上にはテーブルクロスみたいなのを広げれば、継ぎ接ぎも気にならなくなると思うし……不格好なのは仕方ないと思うが、当分の間はこれで我慢してもらうぞ」

「そんな……滅相もありません! 紅葛様がそこまであたしたちのことを考えてくれていたなんて、涙ものですぅ!」

「嘘泣きはせんでよろしい……」


 しくしくと声をあてているのは逆にムカつくけれど、喜んでいるのは本当みたいなので安心した。


 ゼラが昨日、こいつらも新しい住まいに入れることを進言してきた。とは言っても、俺が断れるはずもないのだが。

 つまりは、これからはあの狐村にいた連中がこぞってこっちに移住してくるというのだから大変だ。

 賑わいはするだろうが、それに伴って屋敷も広くしなければならない。設計の方もてんてこまいなようで、それをやっているハクはこの三日間忙しい様子しか見られなかった。

 一応二階建ての建物はできている。一軒家に相当する立派な建物で、物はないが落ち着く場所だ。しかしこれは、元の屋敷をベースに暫くの間雨風を凌げるのを想定した簡単なもので、今後はここと繋がる別荘を作る予定らしい。

 そこで俺はというと、現在寝泊まりしている二階建ての建物内で使う机や椅子だったり、今後建てる屋敷の中で使う家具を作っている最中だ。素人だし、これまで習ってきた図工の知恵を絞って適当に頑張っている。


「にしても、一気に大所帯になったなあ! 最初は三人だけだったのに、今となっては……何人くらいいるんだい?」

「さあ……まだ数えきれていないし、顔も覚えられていない。こいつはよく俺の周りをうろちょろするから、まだ判るけど――俺を避けたりしている奴もいるし、どうにもな……」

「準男爵様もこれだけの人を養うんだからさぞかし大変だろうな! まっ、何かあった時にはまた言ってくれよ! 老いぼれだが、できる限り力になるぜ!」

「いつも悪いな」


 やっぱり近くになんでも揃えられる雑貨屋があると助かる。


「なあに! あの子達の中には畑の手伝いをしてくれるのもいるらしくてな、友人が助かっているって聞いたんだ。このツジリちゃんもハバの婆さんの所の野菜の収穫を手伝っていたらしいじゃないか!」

「そうなのか?」

「困っている人は見過ごせませんからね!」


 ドヤ顔を決め込み、自慢したそうだ。

 へえ……? 妖怪は人間嫌いだと思っていたが、こいつはそうでもないのか。珍しいのもいるんだな……。


「なら、布団をもう少し買いたいな」

「まいど!」


 まだまだ忙しくなるな……。一応俺の家来みたいなものだし、ハクのことを少しは気遣ってやるか。



 設計の為に新しい屋敷の近くに建てられた簡易的なプレハブ小屋。そこにハクがいた。

 俺が休みを取らせたのに、一人で図面と向き合って頭を抱えている。建物の構造とか一切判らないから口出しできないけれど、ここまで没頭する彼女を見るのは初めてだ。俺が入ってきた事にも気付いていないように思える。

 俺は、ハクの額にデコピンを食らわせた。


「いった……」


 反応は薄かったが、ゆっくりと俺と顔を合わせた。


「あ……レッド様……どうしたんですか? もしかしてお昼の時間ですか?」

「いやお前、今日は休めって言っただろ。なんで社畜みたいにその椅子に座ってんだ?」

「九尾様のお屋敷なんですよ? 時間を掛ける訳にはいきません!

 早急に作り上げたいという思いもありますが、まずは今の段階で九尾様が満足のいく建物をイメージしなくてはいけないんです! 休んでなんていられません!」


 駄々をこねるようにまた図面へと向き合ってしまう。

 こいつ……


「だーかーらー! お前の主人は俺だっての!」


 顎を持ちあげ、目を無理矢理に合わせた。


「ゼラなんて気にすんな! あいつが駄々をこねた時には俺が大人しくさせるし、時間なんてかけるだけかけていい!

 あの建物を一週間弱で創り上げたあいつ等の労働力には舌を巻く。少しは時間を掛けても全然大丈夫だっての!」

「そ、そんな……そうしたら仕事があまってしまうじゃないですか! 現に今だって温泉造りをさせていますが、設計書ができるのを待たせているような状態なんですよ!?」

「あまったならあまらせとけ。そうだな……ボランティアでもさせようか!

 ここは歳のいった婆さんや爺さんばかりだしな、地域貢献でもやらせておけばいいんだよ。よし、これで何も問題ないな、行くぞ!」


 俺はハクの腕を取って席を立たせた。


「え、ななな……なんですか!?」


 驚きで顔を赤く染めていた。薄暗い中でもはっきりとするほどで、耳まで真っ赤なのには笑いものだった。


「いいから、こんな湿気臭い所で籠っているよりか外に出て羽を伸ばすぞ! お前だけ働きづめでアホみたいだろうが!」


 ハクの腕を引き、俺たちは小屋を抜け出した。

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