16話 妖象
七瀬さんがいなくなってから二週間が経とうとしている。
元の世界へ戻る道は一向に見つかる様子はない。
しかし、そんなことよりもだ。また皆の間で意見が食い違った。
今度は前のように優しくない決定的なものだ。三つの派閥に別れてしまうほどの。
一つは、このセーリジュリア公国で七瀬さんを待ちつつ情報を得ようという不動派閥。
わたしはこれにあたり、月紫や主に女子たちと共に日々情報収集を行っている形だ。
二つ目は、冒険者業の傍ら周辺諸国、つまりは外国へと移動するという移動派閥。
この派閥の第一人者であるのが、わたしたちの中でも随一の強さと正義感を持つ武蔵野煌軌くん。
七瀬さんを探すことも、この世界から出ることも考慮して悩んだ末の判断らしい。
彼の人望によって男子にも女子にも支持されている。
三つ目は、異世界を楽しむだとかの自由派閥。
これといって目標や目的がある派閥ではなく、基山勝くんを筆頭にこの世界を謳歌したい子達の集まりだ。
特に縛られることが苦手、もしくは嫌な男子たちで構成されている。
ただ以外だったのは、この派閥に対して全員が否定的ではないことである。
その理由には、
――彼等という異物によって輪を乱されるよりも勝手にやらせた方がいいから。
――こちらの世界は帰りたいことを差し置いても、それほど魅力的であることは揺るがしようのない事実であるから。
などが挙げられた。
結局、彼等を御しれる者などいるはずもなく、各々それぞれの派閥でまとまって行動することになった。
今ではもう、この国に残ったのはわたしたち不動派閥のみとなっている。
不安は、日に日に強くなっていった。
目の届くところにいない者達を想うと、怪我や不幸なことが起きていないか心配だ。
今となってはもう委員長や副委員長という元の世界であった役割は肩書きでしかない。
不動派もなんの解決策も出ない現状にイライラを募らせ、最近ではギクシャクすることは日常茶飯事。
まだ何事も起きていないからいいものの、ふとした拍子に壊れてしまわないか気が気でない。
わたしは、この世界の文字を覚えた。
読み書きするくらいなら問題ない程度になり、書物から情報を得ることもできるようになった。
だけど、どこにもわたしたちが欲しいような情報はなくて、余計にため息をついている気がする。
七瀬さんは、いったいどこへ行ってしまったのだろうか。
今では、いなくなる以前に月紫と話していたことが気掛かりとなっている。
『わたしも信じます。降魔さんがまだこの世で生きていると。
だから、彼を残して安全地帯に身を潜めるなんてことは御免被るということです』
あの言葉は、もしかしたら彼を探すことを示唆していたのかもしれない、と思えてならない。
「――はぁ……」
考え事を募らせる中で溜息をついた。
七瀬さんの事だけを考えていても埒が明かないわ。今は他にも一杯やらなくちゃいけないことも考えないといけないこともあるのに……。
一人遅れて浴場へとやってきた。
元の世界でよくあるような温泉ほどの広さはない。けれど、六畳くらいのスペースに不動派の女子達が肩身を狭くしながらも、疲れを流していた。
「あはは! 皆成長してるね~!」
「ちょっと! エロツクシ……!!」
こんな時でもいつも月紫は明るく、その笑顔を皆に伝播させていた。
最近は梶谷さんと仲がいいらしく、後ろから胸を持ちあげて遊んでいる。
「月紫……あなたは疲れるということを知らないの?」
呆れながらに零すも、月紫はえへへと褒められたかのようににんまりとした。
その隙をつかれて、今度は梶谷さんに胸を揉まれてはしゃぎ始める。
わたしは入れない空間みたいね……。
居たたまれなさから逃げるように体を洗いに行く。
すると、体を洗っていた泡を流している最中の破魔矢恋さんがいた。
枝毛一つない長い黒髪に切れ長の目、綺麗な線の通ったスレンダーな体型。可愛いよりもかっこいいと思う大人な女性だ。
あっちで胸の話題が出た為か、わたしも破魔矢さんの胸に目が行ってしまった。わたしよりも小さいように思えて安堵の息を漏らす。
「ん? なに……?」
学校では才色兼備でかっこよく、男子よりも女子からの人気が高かった。昼休みに後輩から告白されているのを見た時は、今時でもそういうのがあるんだ、と感服した覚えがある。
孤高の印象が強かったけれど、こちらで見るのは面倒見のいい姿ばかり。
不動派の中で一番魔法などの摩訶不思議な力を覚えるのが早くて、皆に教える側になっていた。
わたしもお世話になることがあって、教師に向いているなと思ったほど。
「ううん。そういえば、お風呂で逢うのって初めてかもなって思っただけ」
「…………この胸は遺伝だ」
「へ!?」
あまりにも意外な返しに顔が熱くなった。
もしかして見てたのバレてた……!?
破魔矢さんは、脚を洗いながら続けた。
「だけど、あたしはこれでいいと思っているよ。動きやすいし、肩を凝ることもない」
「え、へ~…………わ、わたしもいいと思います……」
「ふっ、嘘だと顔に出ている。本当は月紫のように大きくなりたいのか」
「あはは……」
顔に出てた……。
「最近、かなり忙しくしているみたいだけど……あまり痕を詰めないようにしないとダメだぞ。
珠理のように責任感の強い子は、他の人達の不安も背負おうとするから見ていられなくなる。
もし何か手伝えることがあったら言ってくれ。今は色々と悩みの種が多いが、それら全部を考える必要なんてない。
珠理はよくやっている。だからこそ、あたしも手伝いたいと思っているんだ」
綺麗で輝くような笑みに不甲斐なくもドキンとさせられた。
「破魔矢さんってやっぱりかっこいいわよね……」
「レンでいいよ、一緒に頑張ろう。
それより早く身体を洗った方がいい、凍えてしまうぞ」
二人で話しているのを目を付けられたらしく、月紫が痺れを切らせたように叫んでいた。
「シュリー! 早く早く! これから誰のおっぱいが柔らかいか選手権やるから! ほらレンちゃんも!」
「え……」
月紫……高校生にもなってそんな遊び、もしかしたら死人が出るわよ……。
「……どうやらあたしたちに勝ち目も逃げ道もないらしいな。
だが――こういうのも偶には悪くないだろう」
「乗り気なの!?」
「無料だぞ、むしろ向かって行くべきだ」
タオルで華奢な体を隠しているのは女性らしさを感じる。けれど、浴槽へと向かう彼女が本当に男でないのか疑ってしまった。
ゆえにわたしの疑う目線は胸よりも下へと向かってしまう。
他人だよりかもしれないけれど、きっとわたしたちは皆待っているのだ。
このような境地から救い出してくれる誰かの助け舟を。それは身内でも、それ以外でも構わない。
不安や悩みを全て解消してくれるような、けして無いだろう幻想を叶えてくれる者が現れて欲しいと願わずにはいられない。
だからわたしは毎晩、空へ向かって願う。
――助けて、と。
◇◇◇
暗く闇に閉ざされたどこか。
ここにいる僕でさえここがどこなのか判らない。
ただ、互いがどこにいて誰なのかだけははっきりしている。スポットライトをあてられているかのように淡い光が各々の体を露わにしていた。
一人は、しかめ面のライブレイン。ぬらりひょんの詳細について唯一知っている、僕等と彼を介す橋渡し役。
その他は、僕たちカグロ大妖団の面々だ。
表では悪さをした妖怪を封印し、事を収めているが――裏では封印した妖怪の力を組織の力として使い、徐々に力をつけてきた。
果ては我々の親であるカグロ様の為、時間を掛けて着実に計画を進めてきた。
そんな時、ライブレインがぬらりひょんの名前を持ってやってきた。
我々の心の中を見透かし、世界を変える手伝いをしてくれるという。
ぬらりひょんと言えば、過去にその名をとどろかせた百鬼夜行の主犯格とされている。
その知己を得られるのであれば、もう隠れて事を進める必要は無くなる。この組織の道筋を整えるのに彼ほど最適な人物はいない。
だから、我々は彼と契約した。
「何故俺様を逃がした? あんな老いぼれ狐くらい、どうってことなかった!!」
ライブレインは気が立っていた。
無理矢理に逃がされたことが、イコール九尾には勝てないと思われた、と考えているのだろう。
「僕は、ぬらりひょんの言うことに従っただけだよ? だって僕たちが契約しているのは、キミじゃなくてぬらりひょんだからね。
例えキミが僕に命令しようとしても、聞き耳を持つつもりはないよ。自分よりも弱く頭の悪い者に頭を垂れるほど、妖怪は生易しくない」
「言ってくれるな! あの九尾に付いていた分際で、いつ裏切るかもわからない狐だ! 殺してもいいよな……!?」
殺気立って、睨み合う僕たちを諫めるようにぬらりひょんの声が響く。
「やめろライブレイン」
「ちっ……」
「さあて……ぬらりひょん、今度は何をするつもりなんだい?
こっちはもう九尾相手に喧嘩を売ってしまっている。これからはのらりくらりやるには時間がないんだが?」
「時間は作った。その間に貴様たちにはやってもらいたいことがたんまりある。
九尾のことは今は捨て置け。これからの任務に忠実に励めば、対価を約束しよう」
不気味に命じる態度は横柄さが窺え、むっとした。
この契約はあくまで同盟のような形で権限は同等のはずだが、ぬらりひょんはそこが判っていないようだ。
「判っていると思うけど、その指揮が的を外れているようなことがあれば、それは即裏切りとして処罰させてもらうからそのつもりでいなよ?」
「フン、そちらこそ失敗は恩に仇であることを知れ!」
静かな睨み合いの後、会議は解散される。
「――行くぞ」
なかなかに厳しい道を選んでしまったようだ。




