15話 現実と夢の間で画策される妖しさ(7)
俺はハンバーグたちに会うことはなく、ゼラたちと共に屋敷へと帰った。
聞くところによると、クウやシノン、リコまでもが今回の作戦に参加していたらしい。
ライブレインの狙いが王妃だと判って、王城の護りにつかせたのだとか。
ぬらりひょんが関わっている為に終始気が抜けなかったようだ。絶えず人もとい妖怪を待機させておいて守備を固められるようにしていた。
だからか、今回初めて見る顔もあった。
帰路に就いて、暫く森の中を歩いている。
木々に囲まれた暗がりで妖怪の帰り道としてらしい感がある。
ゼラとクウを先頭に俺はその後ろを歩いている形だが、俺の後ろには二十名近くの狐妖怪が付いてきていた。
そんな中でおべっかでもするかのように俺への自己紹介が始まった。
「初めまして紅葛様! わたしは、ツジリって言います!
力仕事でもなんでも任せてください!」
隣へと並んで元気な挨拶を受けた。
こちらの気も知らずになんなんだ? てかベニカツって誰だよ!?
「人違いだ、他を当たれ」
「間違ってませんよ! わたし感動しました!
九尾様との連携、あれこそ旧知の仲だからこそできる阿吽の呼吸というやつなんですね!」
何を言っているんだこいつ……。
話す度に狐耳がピクピク動いているのには興味が唆る。
顔の作りからして天真爛漫という印象。茶髪のボブで、やはり化け狐らしく可憐な顔立ちだ。
「ダメじゃないツジリ。紅葛様にそんなに馴れ馴れしくしちゃ、困っているじゃない」
後ろからツジリに注意を促してくれたのは、見るからに妖艶な女性だった。
長い黒髪はウェーブが掛かっていて大人の魅力がある。
まるで俺を魅了するかのような蠱惑的な笑みは妖しく、豊満な胸には目が止まった。
胸デカ……。
俺が「誰だお前」みたいな顔をした為か、彼女もお淑やかに名乗り始める。
「キリカと申します。主に紅葛様のお着替えを担当することになりますので、よろしくお願いしますね」
目配せまでされ、引き気味に警戒を強めた。
妖怪が人間を誘惑するのは、決まって生気が欲しいからだ。オットーのこともあるし、俺だけは警戒を緩めないようにしないと。
「ちょっとキリカ! そんなの聞いてないですの!!」
更に後ろからまた一人、褐色肌の紫がかった黒髪少女が声を挙げていた。
背丈はカクシとほぼ同じくらいだろうか、極めて小さい。強かそうで、ガキ臭そう。
「うふふ……スイレンちゃんにはまだ無理よ。紅葛様が大きすぎるから」
「そんなことありませんわ!」
嫌に下ネタに聞こえるのは俺の煩悩か? それともそういう言い回しをしているのか?
とにかくキリカってやつは要注意だな……。
「キリカはん、なんですかその言いぐさは!?」
これで終わりかと思ったが、まだ主張を強める者がいた。少々訛りのあるゆっくりとした口調だった。
左目が隠れたブロンド美女。垂れ下がった目尻や頭の上にちょこんと生えたアホ毛からして天然そうで、一番害がなさそうに思える。
「スイちゃんだって立派に紅葛様のお世話ができます! なんたってこんなに可愛くて、愛おしい子がお世話してくれはるんですもの。紅葛様もメロメロに決まっとります!」
スイレンと呼ばれる褐色狐に過保護な目線を向けているのを見ると、この二人は仲がいいのだろうか。スイレンも自己主張を強めるように大きく頷いている。
京都弁に近い関西弁を使うみたいだ。
「何を言うのかしら? 紅葛様のような紳士は、わたくしのような包容力のある女性が好みなのよ!」
「スイちゃんの無垢な可愛さには見劣りもいいところや!」
二大巨乳ウーマンたちが睨み合い始め、一気に重りがのしかかったような気分だ。
キャラ出しのキャパオーバーだ。とりあえず、今後一切出てこないで欲しい。
抱擁枠は、クウがいれば事足りるからな。
「着替えくらいは、レッド様には自分でやってもらいますから」
ハクの注意があって後ろが静かになった。
ハクが右隣りに来てくれたのには驚きもしたが、それ以上に妙な嬉しさを感じた。
それゆえにまじまじとハクの顔を見てしまう。
「な、なんですか……」
「いや、お前……俺のこと、嫌っていたと思ってたけど……」
「嫌いに決まっているじゃないですか! 勘違いしないでください!
それと言っておきますが、これでまたわたしが貴方の下に就くことになったのですから、これからはもっとしっかりしてくださいね!」
恥ずかしそうに顔を赤らめながら説く様を見るのに懐かしさを感じ、ほくそ笑む。
「そっか……よかった」
「な、何をとんちんかんなことを……。貴方だってわたしのことを嫌っているのでしょうし、残念でしたね!」
「いや、ハクでよかったよ。俺、お前のこと結構嫌いじゃないからな」
「なな……!!」
ハクは顔をまっ赤に染め、唖然としていた。
そんなに俺の言うことが意外だったか?
いや、そうか……今まではハクまでも怪しんでいて俺も素直にこんなことを言えてなかったからな。
信じ切るなんて俺には無理だろうけど、妖術だってハクのが上手い。ハクから学ぶことも考慮して少しは褒めてやらないとか。
「これからもよろしくな」
「は……はい……」
照れ臭そうにしているハクを他所にゼラが俺を睨み付けていることに気が付いた。
眉間に皺を寄せて怒っているように思える。
……なんだ?
◇◇◇
我が家へと辿り着く頃にはもう夕方だった。
久しぶりに家のベットに寝ることができる、と実家に帰省する時の気分を味わっていた。
のだが――そこにあの立派な屋敷は無かった。
代わりに屋敷を作っている最中のように木造の土台ができつつある。
「ど、どういうことだこれ……」
「言っていませんでしたか? この前、敵襲が来た際に粉砕されてしまったんですよ」
俺は、呆れ果てたように問を投げかけた。
すると、ハクはさも当然のように答えるので、憂鬱になってしまう。
「幻を見せるだけじゃなくて、家までくれてやったのかよ……」
「仕方ないでしょう。あの時は、わたしと九尾様の二人しかいませんでしたし、殆ど奇襲だったんですから……」
「安心してください! これからはあたしたちも協力して元の屋敷以上の大豪邸にしてみせますから!!」
ツジリがやる気満々という様子を肩を回して表そうとしていた。
まあ仕方ないか……罪滅ぼしじゃないけど、俺も付き合ってやろう。
「んじゃ、俺も手伝うから何かして欲しいことあったら言えよ」
「そ、そんな! 紅葛様もだなんて恐れ多い!」
「やるぞお前ら!!」
「おー!」
「ええ……!?」
突然の応答待ちに間髪入れずに応えてくれたのは嬉しかった。
それから屋敷の再建が始まった。
戦闘要員ではなかった妖怪たちが既に土台や壁の一部を作ってくれていた。
そこに俺たちが参加することになって作業スピードの向上が見え始める。だが、歩き続けたことと戦闘の疲れから俺は早くに脱落。
トンカチの音がうるさい所では休めない、と屋敷から少し離れたところに小屋が建てられていた。
造りは雑ではあるものの、雨風程度なら何とかなるだろう。
中へ入ると、既にゼラやクウが休んでいた。
クウはもう寝息を掻いており、ゼラは俺を待っていたようだった。
居たたまれなさを感じる中でゼラの前に立つと、無言が続いた。
「……」
こうして二人だけでいるのは何日ぶりだろうか。
ハクが来てからはむしろあいつとの時間の方が長かった気がする。
気まずさで互いに部屋の中を見るように視線が泳いだ。
「何も無いんだな……」
「ま、まあ……な……」
クウが寝る為の布団はあったが、他は畳が敷かれているだけであった。
旅館の部屋より随分殺風景だ。当然だろうけど。
「それでさ」
「うむ……」
「俺のことなんだけど……今後、俺はどうすればいいんだ?」
「…………まだ考え中」
「そ、そっか……そうだよな。急かしすぎたよな……悪い……」
俺が『――俺は、ずっとゼラと一緒にいたい!!』と言った後、ゼラから返ってきた言葉は、
『いいよ』というらしくない一言だけだった。
それが何に対しての『いいよ』なのか、まだはっきりしていない。
強くなりたい、に対して何かしらの補助をしてくれるという了承も含まれるのか。
それとも一緒にいたい、という俺の願望に対しての了承なのか。
もしくは、両方なのか。
どちらにしてもここへ戻ってこれたことを俺は心のどこかで凄く喜んでいる。
目の前にいる小狐を今すぐにでも愛でたい衝動を抑えるのに必死だ。
まだ俺が一度ここを出た理由を解決できた訳じゃない。
けれど、今はそんなことはどうでもいいと思える。そんな理由がなくとも、俺が求めるのはこの場所なのだから。
「ゼラ……その……」
だけど、蟠りが残るのは良くない。このままゼラと顔も合わせずにいたくない。
「悪かった……」
謝ることが苦手な俺の精一杯の謝罪だった。
頭を下げ、言葉を発した口や脚が震えた。
「――言うな。
一番悪いのは、何も言わずしてここまで連れさせた儂なのじゃ。
じゃから儂が嫌われても、それは仕方がないと割り切った。お主の魂を追いかける愚行も二度とせぬと心に決めた。
なのに――…………お主にああ言われてしまっては、それまでの戒めも覆そうと思ってしまっておる。お主と離れたくないのは、儂の方なのじゃ!」
ゼラは、訴えるように上目遣いで見てきた。
感情的に声が張り上げられ、強い意志と葛藤を感じる。
「幾千年、お主を待ち、根付いた記憶に縋る儂は哀れじゃ。じゃからこそ、忘れることなどできはしないと判っていた。
どうすればよいのか、わからぬのは儂もなのじゃ! お主と長いこといると、決意が揺らいでいく気がしてならん!
もう離れとうない! 共にいたいと言われ、もう離したくないと思ってしまっている!
これは妖怪の性のようなもの。じゃから、お主に迷惑をかけてしまうことも予想できている。
今ならまだ――…………」
俺は、ゼラを優しく抱きしめた。
涙を浮かべ、どんどん孤独になっていきそうなゼラを放っておけなかった。
それだけじゃなく、ゼラの言葉一つ一つが怖いほどに嬉しかったから。俺の方が溜まらなくなってしまったのだ。
「なぜ…………こんなことをするのじゃ……。
こんなことをされては、愛しさが強くなってしまうではないか……!!」
「好きになればいい、好きになれよ!
実を言うと、俺が家出した原因は嫉妬心からだったんだ。前世の俺を好いていたのを聞いて、今の俺のことは好きじゃないんじゃないかって思って……。
バカだよな……。
俺ともあろうものが……って取り繕うのはもうやめだ。
もしお前の近くにいていいのなら、俺はお前の傍にいたい」
返答はなかった。
ただゼラは俺の胸を握り締めて、泣きじゃくる。
人生初めての告白に胸を高鳴らせていたのだが、彼女の泣き声で母性が過ってしまった。
仕方なし、と俺はゼラの後頭部を静かにそっと撫でた。




