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15話 現実と夢の間で画策される妖しさ(5)

 数十分前――。



 ライブレインに叩き落されてアーチが駆けつけた時、俺はそれまであったとある違和感に確信を得た。

 形容しがたい何か、としか言えないが――ずっと確かな感覚が頭の何処かに引っ掛かっていた。

 彼女アーチを見た時、俺は一目でゼラだと悟った。


「バカな女を相手するのは楽じゃねえよなあ!

 アカヒトクンは今忙しい。だけど、ガキはそんなの構わず遊んで遊んでと五月蠅い。

 そんなことにいちいち構ってやるから、次から次へと構って欲しい構って欲しいといらねえ奴等が寄り付いて来るんだ!

 思い出せよ! 一人でいる時の肩の荷が下りたような自由な時間! しがらみのない軽い脚! 後ろにも前にも誰もいない一人だけの世界!!

 自由とは一人であることだ。一人じゃなけりゃあ自由とは言わない!

 テメーも一人でいる為に他人から嫌われるようい努力してきたんだろう? どうでもいい建前並べて、一人になる為に行動し、言葉を並べてきた!

 わかるぜ……俺様にはわかる……。だから、寄り縋ってくる他人を殺すことなんて厭わない!

 自分の欲望を叶えるには、一人であることは強制されるべき事象だ! 他人を信じず、面倒な相手をすることもない!

 その為の力がテメーにはあるじゃねえか!!

 守ることじゃ変えられねえぜ? 己の欲望を満たす為に守るのではなく殺せ! これまでの努力じゃなく、殺すことで一人を勝ち取るんだよ!!」


 アーチを庇って転げた後、ライブレインが馬鹿みたいに言葉を並べ始めた。その間にアーチは小さなゼラの声でその後の行動を命じてきたんだ。

 まるで俺がゼラだと判っていると判っているかのように。


「お主はこのまま奴の相手をするのじゃ」

「なんでお前がいるんだ? 俺は、お前に逢うつもりなんて……」

「悪いが、その話は後にしてもらう。頃合いを見て、助け出してやるから今は言うことを聞くのじゃ!

 お主も気付いておるのじゃろう……奴には後ろ盾がある。それに対抗するにはお主の手が必要なのじゃ!

 頼む……儂を嫌っていても構わぬ……じゃが、奴が力がつけるのを見過ごすことはできんのじゃ!」


 うるせえ……なんで、そんなうるさいコトを言うんだよ……。

 『必要』とか『嫌っていても』とか……こんなに嬉しくて嫌な言葉はお前からしか聞けねえよ……!!


 そこからは随時頭に命令が飛んできて、その通りに動いた。

 ゼラの作戦を台無しにしないように、ライブレインを貶める為に。

 暫くライブレインと本気戦い、最後に串刺しにされたのは幻だ。ライブレインが妖怪から妖力を貰い始めたのを機に俺と幻が入れ替わる形だった。

 あの時のアーチとしてのゼラの演技には感銘を受けるところがあった。本当に泣き出したあの演技は、女優顔負けの素晴らしいものだった。

 嘘吐きの俺でも、あんな演技はできない。流石は万人を騙していた化け狐だった。




 ここまでゼラにとっての不確定があったとすれば、俺の生死ただ一つ。

 俺がライブレインと戦って勝つか負けるかは頭打ちでは五分五分だっただろう。俺とあいつは同じで、力も同じくらいなはずだから。

 ――だからゼラは待っていたんだ。


「なにゆえここまで大がかりな幻を見せ続け、魔物の一掃も待たせたのかはだいたい見当が付いておるじゃろう。

 それこそ儂が表に出るのを渋った要因の一つ――ぬらりひょんじゃ!

 他の妖怪と比べてそれほど妖力やじゅつに突出したものはない。じゃが――儂ほどでないにしろ妖怪共に恐れられていた。

 ぬらりひょんには術はないが、すべを考える知識があった。妖怪はおろか、人間ですら考えられないような知能が。

 彼奴は、他を出し抜くのに幾重にも策を要する。じゃからこちらもかなり慎重に事を進めなければならんかった」


 ぬらりひょん――妖怪に詳しくない俺だって聞いたことのある名前だ。

 ゼラはこいつを警戒していたから、ここまで幻を続けていたんだ。


「しかし、彼奴も冷静じゃったな。お主という傀儡を用意し、まったく表に顔を出さんかった。

 想定通りじゃが――だとするとどうすれば彼奴の尻尾を捉えることができるのか考えものじゃった。

 そこで己を利用することを考えた。ぬらりひょんとて、己を殺されるのは見逃せまい。己の力は人間に妖力を与えただけの力ではないからのう!

 じゃからアカヒトに触れた時、少しだけ力の交換を行った。幻を継続する為にアカヒトから霊力を、アカヒトが己を追い詰める場面に持っていけるように儂から妖力を、という感じでな。

 案の定、ぬらりひょんは己に妖力を与える為に顔を出した。

 ――それでようやく合点がいった! ぬらりひょんは、儂と違ってまだ封印が解かれてはおらんということをな!

 ぬらりひょんが出てきた時、意志のある妖力そのものだけじゃった……。妖怪は封印されてはいても、意識は常に介在し時間の牢獄に閉じ込められているのと同義じゃ。

 ぬらりひょんも考えたものじゃ……まさか時間を掛けて人の子を創り出すとはな!」


 人の子を創り出す……!!?

 じゃあライブレインは、ぬらりひょんの息子!?


「何を訳の判らねえことを言ってやがる!? 俺様が創り出された存在だとでもいうのか!!?」

「ほう……ぬらりひょんの奴、そのことを隠しておるのか。しかし、いつ気付くかも判らないことじゃがな。

 己の妖力は、アカヒトと違って妖力の核があるわけではない! 妖怪と同じ全体に行き届いておる!

 じゃからあれほどの妖力を長いリーチでも扱うことができるのじゃ。核がある状態じゃと、繋がっている妖力はゴムのように引き戻そうとするため不可能! じゃが――己から感じるオーラや臭いは人間のもの!

 彼奴がどうやって人間の子を創り出したのかまでは定かではないが。人間の子にしたのは、地獄に知られないように創り出す為じゃろう。妖怪よりも人間の方が気付かれにくいとでも思ったはずじゃ!」

「フン……さては俺様を動揺させて裏切りでも狙っているんだろう。その手には乗らねえぜ!」


 いや、ゼラの言葉には何一つ嘘はない。

 むしろ昂っていきいきと話していた。探偵のようにぬらりひょんの思考を掴みとれたことが喜ばしいように思える。

 いいじゃん……このいけ好かない男を含めて先の思考へと届いている。これほどスカッとすることはない。


「ならば、嘘か真か……本人に訊いてみればよかろう。今も意識はここにあるのじゃろう?

 封印されているのは、大木たいぼくとみた。人間が儂等のような厄介な妖怪を封じ込めようとする時、きまっていつも大きな樹木にするようじゃからな!」


 確かにゼラも、カクシも木の中に閉じ込められていた。やり方に違いはあったが、妖怪の封印に大きな樹を使うのはいい線だ。


「ムハハハハ!! 久しいな……九尾よ!」


 ライブレインの影から妖しい影が現れた。人の形をした黒いシルエットだ。

 存在感があり、何よりも悪寒を植え付けられそうな妖気を放っている。

 目が二つ。背丈はないが、顔が大きいみたいだ。これはぬらりひょんの影なのか!?


「直接逢うのは二度目じゃな……。

 一度目は、儂まで参加させられた百鬼夜行ひゃっきやこうの時か。今やその顔、その姿も忘れてしまったがな」

「昔は知能の浅い妖怪の一体と思っていたが、今じゃ少しは脳があるようだ。この俺を出し抜くほどの大規模な幻術は久しいうえに喜ばしい計算外だ。

 貴様があの程度の奇襲で倒せたのを見た時には絶望を隠すことができなかったからな。なるほど……幻だったのであれば、納得できる」

「余裕をかましている所を見ると、まだそやつを逃がせる算段を持っておるようじゃな。この儂から妖力一つでどうするというのか、是非聞かせて貰いたいものじゃ」

「妖力一つ? それはまた……安易な考えをしている。

 あまりひけらかすのは好きではないのだが――ここはあえて、旧友と再会した記念として教えてやろう」


 不意にゾクリと悪寒が背中をなぞる。

 なぜ俺は、敵を目の前にしてこんなにも安心しきったかのように警戒を弱めていたんだ!?


「ここにある妖気は、もう一つあるとは思わぬか?」


 俺は、目を見開いた。

 首筋に光る線がゆっくりと右へと流れていく。

 光を流していた物は真剣で、俺の背後には妖気が一つ。

 チラリと後ろを窺うと、狐目をしたオットーがニンマリと笑みを作っていた。


「オットー……!!」

「九尾、そう怒らないでよ。僕は『裏切らない』とは言っていなかったでしょ?」


 急に頭が重くなった。

 なん、だ……今、何かされたのか……?

 ゼラはふつふつと妖気を強張らせていた。今にもオットーを殺さんとばかりの怒りの形相だ。


「でも、聞いてなかったな……ぬらりひょん。僕の管轄で妖怪の記憶に刺激を与えるなんて、先に言っといてもらわないと」


 記憶に刺激……!?

 その言葉に俺は思い当たる節があった。

 人を操って事件を起こしたのをハクに何故そんなことをしたのか訊ねた時、確かあいつ――


『もう人間を操って殺しをすることはしませんよ。元々は、妖怪になった時の記憶もなく、あんな事をしようともしていませんでしたから……』

『お前、昨日も思い出したって言ってたけど、それって何が発端だったんだ?』

『――え? …………判りません……急に……』


 何故嫌な記憶を思い出したかに関しては曖昧だった。

 ぬらりひょんのせいだったのか……!!


「おっと、そうはさせないよ?」


 焦燥感から拳を握り締めると、右腕を後ろに回され捻られた。


「ぐっ……!」

「キミは直ぐに頭に血が上るからいけない。さっきそれで彼に返り討ちにあっていたでしょ? ちゃんと見ていたんだからね」


 まじまじとほくそ笑むオットーに裏をとれる隙など無い。

 これがこいつの素か!?

 ずっと俺を騙していたのか!? 俺を警戒するような素振りを度々見せていたのは、俺が嘘を見抜くのに長けていると見抜いていたからなのか!

 警戒していたはずなのに、こいつだけには心を許すなと思っていたのに……!!


『九尾はきっとキミが知りたくないことは喋らないと思うから』


 あの言葉で少し信じてみてもいいと思っちまったんだ、ちくしょう……!


「貴様には仕事をしてもらうぞ」

「オットーが加わっただけで儂を出し抜けると思うたか!!」

「できるよ?」


 即答するオットーは、俺の首を見せつけるようにゼラの方を向いた。


「キミにとって、この子は命も同然だ。本来ならキミを封印するのに利用したいけれど、彼女たちがこっちに来るまでに時間があまりないからね。

 今回は、ぬらりひょんの御子息を守るだけにしておくよ」

「くっ……」


 ゼラは、悔しそうに後退った。

 それは、脅迫に対して手を出さないことを暗示していた。

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