15話 現実と夢の間で画策される妖しさ(4)
俺様が半妖となったのは、もう十年近く前の話だ。
孤児だった俺様は教会で育った。だが、共にいた同じ境遇のガキ共とは何か違った。
嫌な目で見られていた訳ではなかったが、食べ物に苦労はしても平穏な毎日に安心しきった奴等に愛想がついていた。
欲求不満だったのさ。
何も無い、本当に何もない日常に退屈していた。
俺は欲しかった。力も金も、興奮も。
だからなんだろうぜ……奴が俺様の所にやってきた。
俺は、盗みを働いて尼に説教された後、憂さ晴らしとして大木相手に一人で八つ当たりをしていた。
すると、どこからともなく声が聞こえてきた。
「……誰だ……俺に蹴りを入れるとは……」
しわがれた老人のような声だった。
驚いた俺は狼狽えながらも問い返す。
「……な、なんだ!? お、お前こそ誰だ……!! 何処にいやがる! 出て来やがれ!!」
「豪鬼だな……いや、小鬼か」
掴みどころのない声はどこから聞こえてきているのか判らなかった。
探しても、奴がほくそ笑むだけだった。
「貴様は独りか、少年」
「一人なんじゃない。俺しかいないんだ、この世界には」
「ほう…………ほっほう……!」
俺様の返しに対して奴は機嫌を良くしたように声を弾ませていた。
「ムフフ……ムハハハハ!! いいだろう! いいだろう!
まだ早いと思っていたが――貴様の閃光に闇を見た!!
貴様の世界を俺が広げてやろう!
チンケな尺度で物を見る必要はない! 他など捨て置け! 貴様にあるのは常闇と執念!!」
急に昂って笑いながらに言い放つ言葉は訳がわからない。
だが――その言葉一つ一つに希望と書いて欲物を見た。俺の欲しい物をくれそうな、淡い闇がどんどん広がって行った。
「これから見る世界で貴様は知る事になる……貴様の世界がどれだけ廃れ、壊れ、不甲斐無い姿なのか!
そして感じることだ! 俺の言うこと、成すことが、貴様にとってどれだけ意味のある不条理かを!!
貴様は今日、この日から生まれ変わる!! いや、戻ると言っていい!!
自分が何者なのかを思い出せ! 周囲に感じていた退屈を解放しろ! 貴様は、自身の欲を満たすためこの世界をむさぼる略奪者だ!!」
影が地面からよじ登ってきた。炎のように揺らめきながらも徐々に肥大化していき、囲んでいく。
しかし、俺様はそれを否定するどころか、受け入れた。
嫌な感じなど微塵も感じることはなく、冷たいそれをむしろ温かく感じた。
これはずっとあった自分の力だと、大きなものに包まれているかのように心地よかった。
「それなら、この目に見せてみろ……俺様が満足するくらいの絶望を……!!」
「――いいだろう!!」
俺様は、闇を受け入れ、光を拒絶した。
空が掻き曇り、今にも雨が降りそうになって地上は薄暗くなっていた。
しかし風はなく、まるで矛盾を感じさせるような自然の形相。
街に人影は一つも無く、魔物たちを攻めさせた恩恵を感じながらヴァルファロスト城へと窓から忍び込んだ。
あらかじめどこにいけば入ればいいのかは調査済みだ。ゆえに、王城東のベランダ横にある窓から入った。
ここは、王家の中でも一際稀有な才能の持ち主が眠る場所である。
「ヴァルファロスト王国の王妃にして、今や眠り姫となったカーネリア・R・ヴァルファロスト」
掛け布団を払い飛ばし、死んだでいるかのように眠りこけた金髪の色白美人を大袈裟なベットの上に見つけた。
偉人の像のように侍女たちに手入れされて貰っていたのだろう。長い時を夢の中で過ごしている割にはその美しさを保っていた。
いや、眠り姫のごとく眠ったままでいた方が美しいのかもしれない。他を寄せ付けない艶やかさは隠せていなかった。
「テメーを見つけるのには苦労したぜ…………歴史も薄く、ここ数百年じゃあ全くと言っていいほどに名がなかった一族なんだからなあ。
やっと見つけたと思ったら、その力はほとんど弱くて使えねえってんでこっちも待たされっちまった。
我慢の嫌いな俺様をずっとイラつかせていた元凶だが――だからといって殺すと、奴に怒られっちまうからなあ」
美酒に酔いしれたかのようにつらつらと要らぬことを零していた。すると、なかったはずの風がふと部屋の中に入り込んできた。
妖気の混じった珍しい風だった。
「今でこそ名をヴァルファロストとなったけど、元はカンナヅキ家の家紋を背負う数少ない生き残りだったんです」
若い女の声が聞こえて窓の方を振り返る。
靡くカーテン越しにシルエットが見えた。窓の縁に腰を掛けて余裕を見せているかのようだ。
「……まだ俺様の邪魔をしようって奴がいるとはなぁ」
呆れるように溜息をつくと、鼻で笑われる。
「カンナヅキ家とは、幽世と異世界とを繋ぐ力を持つとされ、一時期恐れおののかれた一族。
ですが、それに隠れてあまり目立たなかった力も持っていました。
それは――《陰陽師》という妖怪に精通する力。
こちらの世界では陰陽師という言葉自体が力のように言われていたようですが、元は官職、学者や役人のことを指していました。
占いや病を払うことなどもしていましたが、一番印象的なのは妖怪に対抗する術を持っていたこと。
――そう……あなたたちが望んでいる封印系統の術もできました。
わたしも幾度かまみえたことがありますが――ある人に助けてもらわなければここにいることもなかったはずです。それほどにわたしたちにとっては厄介な存在でした。
玉藻前という名を売っていた頃に差し向けられた安部泰成と二度目の邂逅の時、彼がわたしを救ってくれなければ……」
「だ……誰だ、テメーは!? そんなことを知っている奴なんざ――」
再び突風が吹き、姿を遮っていたカーテンを外へと弾き飛ばした。
そこで不敵に笑っていたのは、さっきアカヒトの死を前に崩れていた女だった。
確か奴にアーチと呼ばれていた女だ。妖力も感じなかったし、まったく驚異には思えなかったはずだ。
「何を鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているんですか?
全てが上手くいっていると思っていたのに、さっきは泣きべそをかいていたわたしがここに現れたから混乱しているんですか?
妖力も感じない。強そうでもない。けれど、話す言葉や持っている知識、実体験のように話す内容は人間の知り得る限界を遥かに凌駕している」
バカにするような冷笑が色濃くなっていった。
それにイラつき、目の下が痙攣を起こすかのように震える。
「そろそろ気付いてもいいんじゃないか? とっくにお前の主人は警戒を露わにしているぜ」
どこからともなくアカヒトの声が入ってきた。
すぐ傍にいるように思ったが、その姿は視界に捉えられない。
――まるで狐につままれているかのような……。
そう思った瞬間、女の横の影からアカヒトが現れた。
妖術で串刺しにしたはずなのに、その体にはまったく損傷が見られなかった。肩も、脇腹も含めどこにもだ。
「まさか――…………!!」
城の情景が徐々に移り変わり、木々やその様子が目に映った。
アカヒトの背中には遠くに見えるヴァルファロスト城があり、まるで瞬間移動でも強制されたかのような気分になる。
無論、後ろを振り返っても王妃の姿はない。
やっとのこと状況が掴め、俺様の中に憤怒が現れた。
いつの間にか俺の体に黒い影が、奴の力が警戒するように展開されていた。
「いつからだったと思いますか? こんな大がかりなコトは、あなたがここに来ると判っていなければ荒唐無稽な話です」
「そんなことはどうでもいい……! どうでもいいんだよ!!
ただの時間の無駄でしかない……なんたって状況は何一つ変わってやしないんだからな!!
揺動として攻めさせた魔物たちの存在はまだ無数に感じられるし、妖怪たちも健在だ!
こんな弱い国の弱い冒険者程度、あいつ等ならむしろ食い殺せる! だから他の奴等が俺様の邪魔をすることはない!
なら、さっさと目の前の邪魔者を踏み台にして城へ行けばいいだけの話! 当初の予定じゃあ面倒だからと相手にすることを考慮していなかったが、これだけの時間を与えちまったから国兵が城の守りを固めているだろうがそれは仕方ない!
ただ遅いか早いかしか違いがねえんだよ!!!」
「俺もお前にそう思われると思って待つ必要はないって言ったんだけどな……できるだけお前に悟らせないようにってこいつが拘ったんだよ。
おかげで俺も派手な演技をさせられるハメになっちまった。まっ、俺なら見抜ける程度だったけどな」
こいつ……!!?
アカヒトの視線はアーチという女を指していた。
そうだ、この女……俺たちの狙いを的確に当てていた。
まさか――
「儂らが己に幻を見せていたのは、己が儂の下を訪ねた時からじゃ」
女の姿が不気味に欠けていく。
かと思えば、女の中から怪しく幼い白いワンピース姿の少女が現れた。
人は、人を見る時に相手の顔を見るものだ。少なくとも首元から上を見るようにする。
しかし、アカヒトは女を見る時にいつも胸よりも下を見ていた。
「あの姿も幻だったのか……!」
「己の裏にぬらりひょんの影を感じたからのう……ここまで大がかりにするにはちと手間じゃったが、おかげでぬらりひょんですら気付くのに時間が掛かったみたいじゃな!」
「九尾狐……ッ!!」
その姿を現した瞬間、次々と魔物や妖怪の反応が消失していった。
何……!? 俺様が苦労して寄せ集めた奴等が消えていく!!?
ここの冒険者にこう早く妖怪を倒せる者などいないはず! この狐……あの時からどれほどの策を講じていたというんだ!?
奴が相手と判ってから、ここまで考えていたのか!!?




