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15話 現実と夢の間で画策される妖しさ(3)

 地面を転がり、俺の血が赤く地面を汚した。

 止まろうと掌を地面につけて擦れて皮膚が剥がれた。

 それよりも息がしづらい。急所は外れていると思うが、息をする度に腹に鈍痛が響く。

 痛みを押し殺して立ち上がると、触手を脚にしてきてライブレインが目の前に現れた。


「致命傷だな。その状態でまだやれるのかアカヒトクン?」

「バカにすんな……! お前のその面を青く染めるまで、俺は戦うことをやめるつもりはねーよ!!」

「強情だが――そうこなくちゃ俺の楽しみが減るだけだ。正直言って、助かるぜ!」


 そうは言ったが、妖気が大分弱ってきている。

 妖力全開で出しっぱなしになっているから、制御が効かない上に消耗が激しい。俺としては腹の傷よりこっちのが重症だ。

 あと一手……せめてあと一手だけでもあれば、どうにかするのに……!


「レッドさん!」


 後ろからアーチが駆けてきた。

 学校から来たのか制服を着用しているようだが、手には持ち前の杖を持っている。

 しかし、アーチは戦闘型ではなく回復役。ライブレインが俺に回復させてくれる時間を与えてくれるとは思えない。


「アーチ……バカ! 来るな!!」


 そう怒号を飛ばすも、アーチの足は止まらなかった。


「何言っているんですか! そんなに怪我をしているのに!」

「どいておいた方が身のためだぜお嬢ちゃん。そいつは俺様の玩具なんだからさあ!!」


 触手が再び伸びる。

 野球の球よりも速いんじゃないかというスピードは非情だ。

 俺は、アーチを庇うように体を投げ出した。

 彼女の体を抱えながら転がり、なんとか回避には成功した。


「バカな女を相手するのは楽じゃねえよなあ!

 アカヒトクンは今忙しい。だが、ガキはそんなの構わず遊んで遊んでと五月蠅いのさ。

 そんなのにいちいち構ってやるから、次から次へと構って欲しい構って欲しいといらねえ奴等が寄り付いて来るんだ!

 思い出せよ! 一人でいる時の肩の荷が下りたような自由な時間! しがらみのない軽い脚! 後ろにも前にも誰もいない一人だけの世界!!

 自由とは一人であることだ。一人じゃなけりゃあ自由とは言わねえ!

 テメーも一人でいる為に他人から嫌われるよう努力してきたんだろう? どうでもいい建前並べて、一人になる為に行動し、言葉を並べてきた!

 わかるぜ……俺様にはわかる……。だから、寄り縋ってくる他人を殺すことなんて厭わない!

 自分の欲望を叶えるには、一人であることは強制されるべき事象だ! 他人を信じず、面倒な相手をすることもない!

 その為の力がテメーにはあるじゃねえか!!

 守ることじゃ変えられねえぜ? 己の欲望を満たす為に守るのではなく殺せ! これまでの努力じゃなく、殺すことで一人を勝ち取るんだよ!!」


 ちっ……面倒なことを押し付けられたものだ。俺はここまで仕事熱じゃないないのによ……。

 俺は威嚇した。小動物じみではいると思うが、それによって奴への答えを返したのだ。


「アハアハハハハハ!! 結局テメーは他人を護るのか!? 邪魔であるにしろ、何の見返りもくれないただの他人をか!?

 ええ? アカヒトクンよおッ!!」


 触手が鞭のようにしなって頭上から振り下ろされるのを、妖術で静止させた。


「――《操馨術そうけいじゅつ》!!」


 ハクから頂いた他人の部位を一時的に思い通りに動かすことのできる妖術。

 できるかどうかは五分五分だったが、妖力にも効いてくれたのは助かった。


「自分の妖術で串刺しになれ!!」


 触手の先端をライブレインへと向けた。

 目を見開いて隙をつけたと確信する。

 勢いよく触手を飛ばしたが、触手は霧散して消えてしまった。


「面白い術だったが、俺様のもので俺様がやられるわけねえだろ!!」


 ちょっとだけ期待しちまった……情けない。

 立ち上がると、俺はアーチを背後に隠した。


「アーチ、王子は……リーテベルクは何処にいる?」

「……学院です。先日のこともあって先生たちと上級生とで匿っています……」

「あいつの狙いはリーテベルクの可能性が高い。前はリーテベルクに説教されたって言っていたしな」


 後はリオネルの可能性もある。一度俺に邪魔されて失敗を許せなかったパターンだ。

 そのせいで今、こいつは俺を殺そうとしているんだからな。


「おい、ライブレイン……! お前の目的はなんだ! この国に魔物の大群を連れてきてどうするつもりだ!」

「あん? んなもん……俺様に勝ってから言えや!!」


 妖術を警戒してか走って向かってきた。

 俺のが有利な近接戦をあえて!? いや……負傷が酷い俺なら近接戦でもやり合えるということか!


「アーチ、離れていろ!」


 前へ出て、再び妖力を引き上げる。

 アーチが後ろから回復魔法掛けてくれていたお陰で腹の痛みが引いてきている。

 よし、いける!


「アハハハハハ! くたばれ! 踊れ! 人と人との関わりは、殺しでこそ成り立つものだ!!」


 集中しろ……耳を貸すな……俺が聞きたいのは、お前の声じゃない!

 俺は、ずっと…………――


 上段へ放たれる拳を半身になって流しながら懐へと入る。

 体に組み込まれていたかのように自然と動いた。

 スローモーションばりのしなやかな動きで、俺はライブレインの虚をつくことができた。

 そのまま腹部へ右の中団突き、熊手で顎を打ち、後ろ回し蹴りで蹴り飛ばす。


「ぐう……!!」


 流るるままの連続的な攻撃は、相手にも自分にも考える間を与えなかった。


 しかし、ライブレインはそれらの連打を受けて尚ふわりと着地した。

 更に、地面を蹴って飛び掛ってきた。

 宙にいる間の無防備を捨て去った捨て身の攻撃かに思われた。だが、体から出る黒い触手によって息を呑む。

 汗が頬を伝う感触に溺れる頃、触手が突き出てきた。

 身を任せろ……こいつは、俺がどうすればいいかを知っている!

 衝動に身を任せ、リンボのように体を倒していく。

 一本の触手が眼前を通り過ぎるのを目で捉えた瞬間、俺はその触手を掴んで横回転する。

 捻った体の勢いを利用し、ライブレインの体ごと投げ飛ばした。


「なあ!!?」


 すると、ようやくライブレインに膝をつかせることができた。


「テメー……!!」


 イラついた顔を向けてきた。

 俺に一方的にやられたのが余程悔しいのだろう。手や額に血管が浮き出ていた。


 一人じゃ妖力の回復なんてできない。だから、もうこの状態を保つことはできないだろう。

 時間がない……一発で決める……!!

 こいつだけは俺が倒す……!!


「勝負だ……顎ヒゲ!!」

「アハ! アハハハハハハ!!!

 俺様に勝てるとか浅はかなことを考えているみてえだが、テメーが失くしたもんを俺様はまだ持っていることをわすれちゃあいねえだろうな!!?」


 俺が失くしたもの……?


「ぬらりひょん! こいつはやっぱテメーが言ってたようにイカれた野郎だ!!

 妖力が足りねえ! まだまだ面白くなるところなんだからよ……テメーの妖力寄越せや!!」


 妖力の更なる供給……!

 まずい! それだけは阻止しないとジリ貧でも負けになっちまう!

 ――これが最期でも絞りだせ! 一発でトドメ刺すしかねえ!!


「《黒衣武装》!!」


 勢いよく駆け出しながら妖力全てを吐き出した。

 俺の腕から盛れる赤黒い妖気が残痕として陽炎を作り出す。

 俺の妖力は、暴走の域を超えて右の眼孔までも暗く染めていた。

 その中で赤く靄として現れるライブレインを目掛けて駆ける。

 速く、もっと速く、と何度も唱えてやっと拳の届く距離へと到達した。

 時間が遅く、腕を振り抜くまでの一瞬でさえも神の悪戯のように感じた。

 ライブレインは冷たく笑う。

 ――俺の拳は届かなかった。

 腕が何かにつっかかって止まり、青ざめる。


「遅せぇよ……バーカ!!」


 次の瞬間、ライブレインの体から瞬く間に突き出した硬い触手が幾つもあった。

 その先は俺の体を貫通し、血を流している。


「レッドさん゛!!」


 静寂の中でアーチの悲鳴だけが聞こえてきた。

 耳がキーンと鳴って音をかき乱す。

 ゆえに、視界から見る情報だけが俺をどん底へと誘う。

 勝利に笑うライブレインの顔はまるで鬼だった。

 もはやライブレインは人間であった者で、半妖ではなく、妖怪のそれ。

 みるみるうちに筋肉が強靭化し、体が大きくなり、額に一角が生える。

 俺が戦っていたのは、ずっと避けていたはずの妖怪だったのだ。


 体が少しだけ弾んで自分が倒れたことが判った。

 今はもうなんの痛みも感じない。

 もう……終わったのだろうか。

 妖力が消えていく。

 目が、腕が、体が、ただの人間に似つかわしい肌色へと戻った。


「アハ! アハ! アヒャアヒャヒャヒャ!!!

 よえーよえー! ちっと妖力貰っただけで虫の息かよ!!

 狐も弱けりゃ、テメーも弱いのは当然か! どっちも地べたに転がって死にざま晒してんだからなあ!!」

「お……お前……お前の……負け、だ……」

「アハハハハハハ!!! 死に際のセリフがそれかよ!?

 笑いが止まらないねえ! やっぱりテメーは要らねえよ! テメーみたいなゴミカス、いてもいなくても変わらなえからなァ!!」


 俺が動けなくなったのを見送ると、ライブレインはイラついた様子で去っていく。


「ちっ……もうちっと力を使わせて欲しかったがな……。

 まあしゃあねえ……さっさと仕事終わらせて帰るか。有象無象の相手は面倒だ、適当に城に忍び込んで数年越しに迎えに行くとするか」


 ライブレインの目には呆然と座り込むアーチの姿が目に留まらないようで、足早にヴァルファロスト城へと向かって行ってしまった。


「……レッドさん……が……」


 アーチのむせび始める声を傍らに、俺はゆっくりと瞼を閉じていった。

 よかった……ここに他の誰もいなくて。俺の屍を晒さずに済む。

 こんな姿、お前以外の他の誰にも見せたくないからな……。

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