2話 踏み入れた妖の道(1)
馬車から降りてきたのは、歳行かぬ少年と執事服を着た白髪の立ったおじいさん。
二人共、綺麗で高貴さ窺える装束を見に纏っている。特に少年の方は高貴さの中に高潔さを窺える白を基調とした正装だ。
金髪で翡翠色のまんまるした瞳。恐らく、金持ちの子供とその従者というところだろう。
二人にバレぬよう狐は早々に幼児化したようだ。俺の後ろに隠れ、妹に扮している。
しかし、流石に馬車の運転手には怪しまれているようだ。細い目で見られていた。
「危ない所を御救い頂き、ありがとうございました」
意外にも礼を言って来たのは少年の方だった。
代わりに従者の白髪をした老人は顔色を悪くしている。おじさんは、珍しいことに片眼鏡をしていた。
「いえ。通りがかった折り、騒がしい様子だったので少しお力添えをさせて頂きました。
邪魔ではありませんでしたか?」
ここは礼儀正しく行こう。無礼法違反とかあったら面倒だし。
「滅相もありません。こちらにとっては大助かりでした。
ここら辺は見晴らしがいいですから冒険者を雇うことはないかな、と思っていたのですが……どうやら私の見立ては間違っていたようです」
「そうだったんですか……。大変な所に居合わせられたようで、丁度よかったです」
所作の一つ一つが丁寧だ。幼いはずなのに色々と判っている様子。俺よりも大人びているくらい。
俺は、あたかも邪な考えのないただの一般人を装う演者になりきった。
すると、下から胡乱な目付きをした狐が呟く。
「無駄に舌が回るの~」
「こういうのは俺に任せとけって」
嘘は、俺の専売特許。こういう時くらいは役に立たないとな。
それにしても、『冒険者』という言葉が聞けただけでかなりの収獲だ。なによりロマンがある。
このまま他にも情報を仕入れたいところだな。
「妹さん、ですか?」
「はい……。先日、家が何者かに襲われまして……私と妹の二人でなんとかやりくりしている最中なんです」
いつつ……。
また頭痛が来た。
こっちの世界に来て偶に起こるようになったな。まだ世界に慣れていないとか、そういうことか?
「そう……だったのですか」
どうやら良心に訴えかけることには成功したみたいだ。可哀想に、と頭で思ってくれているのが丸判りの顔だ。
「そこでこの度は冒険者として別の街へ出て、どこか食い扶持を探せないかと思い、旅をしているのですよ」
っ――。
まただ……なんなんだ、この痛みは!? いちいち嫌な頭痛だな。
「それはかなり都合がいいですね! 我々はこの通り武術の心得がありません。
もしよければ、私たちと共に来て先程の様に護衛をしてくださいませんか! 報酬はきっちり払いますので!」
「リオネ――……。ぼっちゃま、それは流石に無理というものがございましょう。
彼らの旅のお邪魔をしては悪いですよ」
いつつ……。頭を抱えたいくらい痛いぞ!
くそ……こうも度々頭が痛くなるなんて、何かあるとしか思えない! 俺は熱にでも掛かっているのか!?
しかし、執事が一度名前を呼ぶのを躊躇ったみたいなのは判った。
もしかしてこの子……ただの金持ちよりもっと上の階級なんじゃあないか?
それならここは押し込むべし! だな!
「いえ、わたくし共はこれほど嬉しいことはありません。是非、やらせて頂きたく思います」
そう言うと、狐は服の袖を引っ張ってきた。耳打ちがしたいらしいようなので、屈んであげる。
「どうするつもりじゃ? こやつらの口車にのってよいのか?」
「別にいいんだよ」
なんたって俺が誘導したんだからな。本来ならドヤ顔を見せつけたいところだ。
「これから向かうのは、ヴァルファロスト王国。このまま東に進んだ先にあるベルヌイの街を超えた先にある国が目的地です。それでもよろしいでしょうか?」
少年は、東の方角を指差し弾んだ調子で説明してくれた。
「ええ、勿論構いません」
「ありがとうございます!」
無邪気な彼の微笑みには、嘘をついたことに対する罪悪感に襲われてしまう。
しかし、想定通りに事が運んだことに俺は密かにガッツポーズをとった。
「そういえば挨拶がまだでしたね。
私は、アカヒトと言います。こちらの無口な妹は――ヨモギ、です」
「すみません。そういえばそうでしたね。
私は――」
「コホン」
少年が名前を口走ろうとするのを執事は咳払いをして止める。
なんか事情があるみたいだけど、流石にそこは知らない方がよさそうだ。ここまで頑なにせき止めようとするのは、それ相応の理由があるからだろう。
「あ……えっと、リネルです。こっちは執事のククです」
笑みがぎこちなくなった。
この子は嘘が苦手なんだろうな。こういう出逢い方でなければ、嘘のつき方を教えてあげてもいいんだが。
「おそらく短い間でしょうが、よろしくお願いしますねリネルさん」
「はい! よろしくお願いします!」
俺に男の趣味はないが、流石にここまで整った容姿で無邪気な笑みを見せられると心が疼いてしまいそうになる。
現実世界じゃ絶対こんな子はいないだろうな……。小さい頃の俺にも見習わせたいくらいだよ。
「先程の魔法の手際、素晴らしいものでした。急増の対応となり申し訳ございませんが、道中何かあれば宜しくお願い致します」
くぎを打ってくるかと思えば、この老人も別に悪い人じゃなさそうだ。
ただ、自分の主人を護る為に警戒心を高めているのだろう。なんとなく気持ちは判るから、いいけど。
――こっちのことを詮索してこなければ、だけどね。
馬車に乗り込むと、結構金が掛かっているのが判る。
クッション性のある座椅子なんかは特に前世界のバスに近い。文明がどれほど発達しているかは判らないが、デザイン的にも高級感がある。
馬も二頭で引いていたし、少なくとも上級貴族の類だろう。
そうこう思考を巡らせていると、狐は俺の膝の上に座る。
あ……?
「何してんだお前……」
俺は、こそこそと耳打ちする。しかし、彼女は二人に隠すように不敵な笑みを見せつけてきた。
こいつ……何を考えてやがる!?
ククとリネルは、不思議そうにこちらを見てきた。
「……すみません。昔から仲は良かったんですが、両親が亡くなってから……より離れたくなくなったようでして……」
俺は、誤魔化すように適当な嘘をつらつらと述べた。それに付随するようにまた頭が重くなる。
すると、リネルはまた慰めるように言葉を呑んでくれたようだった。
「…………私たちの国へ着きましたら、是非もてなさせてください。美味しい物など、一杯ございますので!」
……別に、そういうつもりはなかったんだけどな。とりあえず報酬が貰えれば良かったんだが。
狐のおかげで暫くは美味しい想いができそうだ。
◇◇◇
魔物はなぜかそこら中から湧いて出た。
まるで誰かの策略のようにも思えたが、奴等がどの程度の頻度でエンカウントしてくるのかは判らない為に確かなことは言えなかった。
ブラックウルフ程度であれば、狐は変化しなくてもさっきの狐火で屠ることができた。さも俺がその炎を放っているかのように偽装しながら。
よってどれだけ狙われようとも大して危機感を覚えることはなかった。その後、俺たちは途中に訪れる予定だったベルヌイの街へと到着する。
かなり長い間馬車に揺られていたからケツが痛かった。
結構金を使っている馬車なのか、座椅子が柔らかい分まだマシだけど、こう何時間も同じ体勢は流石に疲れるな。あの子は慣れてんのかな。よく文句も言わずに座り続けられたものだ。
俺は演者モードだったから何も言わなかったけれども……。
しかし、もう薄暮か。丁度良く街に着いたな。
これも全て狐のおかげなんだろうが。
「まずは宿を探します。ク……ク、クク、宿探しを頼みます」
「お任せくださいませ」
クククク? やっぱ嘘は慣れていないみたいだな。
狐が用があるようで再び袖を引いてきた。なんとなく二人になりたそうだ。
「リネルさん、少し街を見て来てもよろしいでしょうか? 入用の物があるので、できたら買ってきたいのです」
「はい、構いませんよ。街では魔物は出ませんし。
でしたら、暗くなった頃に中央の噴水広場で待ち合わせしませんか? あそこは夜でも明るかったはずです」
来たことはあるようだな。街にも詳しそうだ。
「判りました。では、また後で!」
俺たちは暫く別れることにした。
リネルに手を振り、一足先に街の中を行く。
「で、どうしたんだ?」
用があるという狐に問いかける。すると、これまでの無口と一変して流暢に話し始める。
「お主は思わんかったか? やけにあやつの周辺は魔物が出る。
できるだけ遠方を観察しながら近づく前に倒したのじゃが、それを合わせるとあの数はおかしい。何者かに狙われている可能性があると思ったほうが利口じゃ」
こいつ……そんなことまでしてくれてたのか。
「じゃあ離れたまずいんじゃないか?」
「そこは問題ない、とまでは言い切れないのじゃが――敵が魔物を使って仕掛けてきた所を見ると、公には襲ってこれないと思っていいじゃろう。
願わくばもうあの者たちの傍にいるのはやめたいところじゃが、どうにも狙われるだけの理由がありそうじゃ。それが儂の思っているとおりならば、手を貸すのはやぶさかではない」
こいつの言うことは最もだ。本来なら、俺も危ない事からは手を引きたい。だけど、この狐は少なくとも敵の使う魔物くらいどうってことない程に強い。
それほど問題にならないなら、見返りを期待して今の状況を続けるのが将来的に望ましい。
「なら、続けるってことでいいな?」
「うむ……」
ふと考え込んだかと思えば、狐は俺を睨み付けてきた。
「なんだよ……」
「なぜお主はそんなに偉そうなのじゃ? 偉いのは、お主の魂の所有者である儂のほうじゃぞ!?」
急に我儘な女の子になりやがった……。そんな小さいことなんか気にするなよな。
「別にいいだろ。それとも、何か問題あるのか?」
「……そういえば、ヨモギとは誰じゃ? 勝手に儂の名前を決めよってからに」
「前の世界での従妹の名前だ。祖父母の家でよく妹みたいに遊んであげていたからな。設定が似てたから勝手に口から出て来たんだよ」
「ほう……実際に妹がおったのか」
「そんなこと別にどうでもいいだろ。それよか、狐だけじゃなくて俺も戦えるようになったほうがいいんじゃないか?
図書館みたいな所いこーぜ! 俺、魔法を使ってみたいんじゃ!」
「お主、儂をバカにしておるな……」
狐は胡乱な目でこちらを凝視してきた。
愛想笑いで誤魔化すが、狐から出てきたのは呆れるような溜息だけだった。
「なんだよ……」
「儂の従者がこんな阿呆とはな、と呆れているのじゃ」
こいつ……ムカつくこと言うじゃないか。
「それと、儂を狐と呼ぶのはやめろ。バカにされているようにしか思えん」
まぁ、バカにはしているんだけどな。
「じゃあ何て呼べばいいんだよ? ヨモギか?」
「それはお主の妹の名なのじゃろう? なぜ儂がお主の妹にならなくてはならんのじゃ?
想像妹はあやつ等の前だけにしておけ。まるで儂がお主におんぶでだっこして生きているように思われて不快じゃ!
儂には、インウィディア・ゼラウル・インペリアルヴェルディ・ラストハーヴィンという偉大な名がある!」
今は無き胸を張ってドヤ顔をしているが、どこが偉大なのかさっぱりわからない。
とにかく長い名前だな、としか言えない。
俺は、微かに聞こえた名前の一部を切り取ることにする。
「じゃあゼラで」
「えらく短くしたな……」
「嫌か? あまり長いと呼びづらいだろ」
「……それもそうじゃな。ならば、ゼラと呼ぶことを許そう」
あくまで俺より偉いていでいくのね。別に構わないけども。
「で、寄ってくれるのか図書館?」
「あればな……。この千年で文明が変わっていればいいのじゃが、昔、書物は高価なものだったのじゃ。
この時代に書物がどんな扱い方をされているのか判らぬが、そちらの世界で言う図書館なるものがあるかは期待せん方が良いと思うぞ」
そうか……。
魔法が学べる書籍がそこら中に溢れていれば、ファンタジー世界の世界観が色濃くなると思ったけど。
ここら辺の街とかよりもリネルたちの国に行って調べた方が効率的か。