15話 現実と夢の間で画策される妖しさ(1)
お昼時にギルドに立ち寄った。
昼飯を外で食べた帰りで、別に何か用があってというわけじゃない。暇だったから誰かさんたちの顔を見ようと思っただけだ。
今日は珍しく騒然としていた。受付嬢への問い合わせが殺到しているという感じで、見るに堪えない困惑した様子の冒険者が集っている。
何があったんだ……?
そう思って呆然と立っていると、ミアラージュ、通称ミアが話しかけてきた。
「おはようレッド」
「ああ……ミア、今日は結構人が多いのな。何かあったのか?」
「偶にこうなるけど……今回はただ事じゃないわ。緊急事態よ!」
ミアは、脅すかのように睨み付けてきた。
「緊急事態ってなんだよ……」
「魔物たちが森に大量に出現したの。だけど、それだけじゃなく、この国にそれらが向かってきているのよ!」
「大量の魔物、ね……」
ゲリライベントの発生、というところか。
稼ぎ時だから冒険者としてはありがたいんじゃないか?
「ギルドではまだどれくらいの数か把握できていないの。だから今あのクソジジイのパーティが偵察に出ている所よ。これは長い仕事になりそうだわ」
「へえ……」
クソジジイってハクの尻を狙ってたあのエロ爺のことか? あの爺さん仕事できたのか……人は見かけによらないな。
「レッドも参加しなさい。これは今いるこの国の冒険者全員が強制的に参加させられることになっているから断ることはできないけどね」
「……面倒だな、今日は仕事するつもりで来たんじゃないんだけどな……」
「そうも言ってられないわよ。ギルマスの話じゃ、数から見て外壁の外だけで処理するのは難しいという話だわ。
街の人達への避難勧告もいずれ出るわ。今中で作戦会議が行わてる。それにハンバーグとキンも出ているから、それが終わった後だと思うけど。
たぶん、できるだけ森の中で多く討伐しないといけないってことになるでしょうね。森は魔法を乱打しにくいし、腕の立つ冒険者が先だって出ることになるはずよ。
その中であなたはまず一番に名前があがるでしょうね……」
「なんでだよ……俺、そこまで強くないぞ?」
「謙遜は行き過ぎると嫌われるわよ?」
どことなく訝しまれた気がする。目が胡乱で俺も少し警戒した。
「どういうことだよ……」
「あなた、Aランク冒険者だったんですってね。そんなの全然聞いてなかったのだけど!?」
そういえば、ハクを冒険者登録した時に俺がAランク冒険者だということが発覚したっけな。
でもあれは、王様が勝手にやったことで俺は自覚ないんだよな……。
「そういうことは早く言って欲しかったわ! 確かに見知らぬ技や拳闘士なのに魔法を使えて多彩だとは思っていたけれど、まさかAランクだなんて!
わたしたちでもCランク! カンが一つ上のBだけど、Aランクなんてこの国には誰もいなかったのよ!?」
まるで先生に説教されているみたいだ……。歳も相応だし、対応に困る。
ミアたちはCランク冒険者だったのか。それでもあの強さなのだから、俺がAランクっていうのは度が過ぎた話だと思うのだが。
俺は苦笑いをしていたが、そんな時に会議を終えたらしいハンバーグとキンが話に割って入ってきた。
「よおレッド!」
「レッド殿! ちょうどよかったべ! 今緊急事態で――」
「それはもう言ったわよ!」
機嫌の悪いミアに二人は引いていた。
「な、なんかあったのか……?」
「あはは……いや、緊急事態だからストレス溜まってきたんじゃないか?」
「そうか……。
それより、もうすぐギルマスから全員に話しがあると思うが、これから先遣隊を選抜して戦陣に乗り込むことになった! レッド、お前もメンバーに入っているから今の内に準備しておけ!」
「ちなみに先遣隊にはガンツとカンも入っているべ! わしは外壁近くから迎え撃つ役回りになったが、前を頼むど!」
キンから背中を叩かれる。それで周りがよく見えるようになった気がした。
本当に緊迫した状況らしい。爪を噛む冒険者が端っこで唸っていたり、憂鬱そうなパーティが項垂れていたりと、チームガンツの逞しさが見てとれた。
「こういう状況は皆初めてなのか?」
「俺はここにいるのが長いが、まずこんなことは今まで一度もなかった。平和で住みやすいのが売りであったから冒険者も中堅以外は若いのが多い。
だから俺もレッドには期待しているんだ! 頼むぞ、この国を……!」
……なんでお前らはそんなに簡単に人を期待してくれるんだよ……。
「ガンツ……」
カンパネルラが装備を整えたという様子でやってきた。
背中にクロスするようにして二本、腰にも一本の剣を装備し、まるで忍者のように黒い装いだった。
前回はあまりちゃんと顔を見られなかったけど、目尻の下がった目や長い前髪からはあまり強そうではない。
しかし、中背の俺より十センチは高いかという高身長を目の当たりにし、着用している服も相まって大分強そうだ。更にはなんとなく殺気立っている気がする。
「グロウが先に行ったと聞いた。俺も先に行く!」
「まあ待て、リィ。お前は先遣隊に入っているし、どうせ先に行くことになっている。
それにグロウは、偵察隊として行っただけだ。そう急がなくてもお前ならば狩った量は変わりないさ」
「グロウって誰だ……?」
「ほらこの前あのクソジジイと一緒にいた青髪の男よ。カンと同じBランク冒険者で、度々いがみあっているというか、討伐した魔物の数で競い合っているのよ」
ミアは呆れ気味に説いており、その関係が鬱陶しそうだった。
ライバルみたいなものか。こんな時まで魔物よりもライバルを意識するなんて青春だねえ……。
「俺は、お前にも負けないからなレッド・アカヒト」
何故か俺にまで火の粉が飛んできた。俺がAランク冒険者だと聞いてライバル意識を燃やしているのだろうか。
悪いが、俺にはその気はないので勝手にやって欲しいものだけど。
「……仕方ない、もう少しだけ待つけど早くしてよね」
「勿論だ。ギルマスも早いところ戦陣に行って欲しいだろうからな!
レッド、お前もそんな格好ではいけないだろう。さっさと着替えてこい!」
「へいへい……」
まあいいか。
どうせ退屈していたところだ。忙しくしていれば悩みだとか忘れられるかもしれないからな。
◇◇◇
防具はギルドのを借りることにした。少し古臭い革防具は窮屈だが、借りものだから仕方が無いと先遣隊の面々と合流する。
ギルドマスターからの話は終わっているようであり、もう今すぐにでも出られるという雰囲気が流れていた。
先遣隊の人数はおよそ三十名。学校で言えば一クラス分しかいない。
一応冒険者ランクがE以上で編成されているようだが、その実力は未知数だ。
皆殺伐としていて俺はそれについていけていない感が否めない。流石に長く冒険者を続けてきた者達は風格からして違った。
「行けるかレッド」
「……ああ」
ハンバーグから声を掛けられ、全員の注目を浴びた。
Aランク冒険者だということはとっくに周知されているらしい。一番の実力者への期待の眼差しは怖かった。
別に俺はあんたらが思っているような強さは持っていないから気にすんなよ、なんて言えないか。
「行くぞ!」
ハンバーグの指揮の下、先遣隊の脚が動く。
歩きなのは当然のことだが、その足並みは速くほとんど走っているのと同じだ。
生きて帰れるか判らないから、死亡フラグばりに七瀬に何か言ってから来た方が良かっただろうか。
今度は本当にゼラがいない。もう助けにすら来てくれないというのに、こうやって危険に立ち向かおうとしている。
俺はバカだろうが、まさかここまでだとは、とか思われそうで嫌だな。ゼラのいない俺は無力だってのに……。
平原が終わりを迎えるのは早く、一気に森の中へと入る。
すると、カンパネルラは木の枝へとよじ登って木々を伝って飛び越えて行った。
まるで猿のようで、その動きには慣れたものを感じた。
「リィのやつ……」
「凄いなあいつ」
「そろそろ偵察隊と合流するからな。血が滾っているのだろう」
グロウをライバル意識しての行動か。まるで野獣みたいだな。
しかし、カンパネルラは直ぐに止まった。奥から誰かがこちらへ来るのを見つけたようだ。
「よぉ! お前等来るのが遅いぞ!」
「何をしておったんじゃ、この忙しい時に!」
例のエロ爺と青髪の青年が向こう側から走ってきたのを悟り、俺たちも足を止める。
偵察隊っていってもあの二人だけでやってたのか……。
「数は?」
ハンバーグが訊ねると、二人は苦笑いしながら吐き捨てる。
「まあ三百は超えてたな」
「しかも見たことのない魔物もぎょうさんおったわ! ちと面倒なことになりそうじゃぞ」
三百……無双ゲームよりかはマシってもんだけど、ラーメン屋の行列にしては多すぎるな。
でも、その種類は聞くところまちまちというところか。確かに面倒そうだな。
「お前らも先遣隊に混じっていくらか数を減らしてもらうぞ」
「無論だ、その為に偵察隊に来たってもんだからな!」
「しかし……魔物は密集して動いておったから、簡単ではないぞ」
「ああ……だから今回もパーティを組んでもらう。ヤツカバの爺さんにはレッドとリィを付けるから、ちゃんと面倒を見てくれな」
「はぁ!?」
俺がこのエロ爺と一緒かよ!?
「こやつとか……?」
ヤツカバも嫌そうに目を細めていた。
「おっ! じゃあ今回はカンパネルラと俺の勝負ってことだな!」
「仲良くしろよ? 初めてのメンバーは所々あるが、一番の戦力をそっちに預けるんだ。国の安寧が掛かっていることを忘れるな!」
「了解だ、ガンツリーダー!」
ガンツとグロウは判り合ったようにしていたが、ヤツカバと俺の方はまだあまりといった感じだ。
「貴様の実力が紛い物ではないところをこの目で見届けてやろう」
「そうかよ……」
「そろそろ来るよ……全員配置についた方がいいんじゃない?」
カンパネルラが一人、先を見ていた。
それで現実に引き戻されるかのようにうるさい足音がドドドという地響きを立てて聞こえ始める。
まるで競馬を直で見ているかのように何体もの魔物の行進が予想できた。
「パーティごとに散れ!」
「応!」
男らしい返答が背中からびしびし伝わってきた。
本当に何も知らないガキが戦場に駆り出された気分だ。俺だけ気後れしている気がする。
俺たちヤツカバパーティ以外はほうぼうへと散開していった。その面相に恐怖の色はなく、羨ましく思った。
「久しぶりだな小僧。あん時は全然感じられなかったが、今はまだそれらしい風格がついてきたか? まさかお前がAランクだなんて思いもしなかったがな」
グロウか。カンパネルラがライバル視しているみたいだが、こいつの方がよっぽど強そうに思える。
だけど、カンパネルラもあの殺気だった様子はプロのそれだ。どっちも逞しいのに変わりはない。
背中に背負う大剣は、大きな魔物相手でも軽々と切り倒してしまいそうだ。
「あまり期待するなよ? 俺は、他人が思っているように強くはないからな」
「そうか? まっ、確かに最初はガキ臭かったけどな」
うるせい。
「だが――いまお前がしているその目は、いっちまった冒険者の目にそっくりだぜ?」
なんだそりゃ?
「はは! なんだそりゃとか思っただろ!」
高笑いをして、まるで俺の反応を見て面白がっているみたいだ。
嫌な奴だったのか。面倒だからあんまりそういう奴には近づきたくないんだけどな。
「なんだよ……おちょくりたいだけか?」
「いんや……ただ思っただけだ。その目、度が過ぎると飲み込まれっちまうから気を付けろ」
「――…………」
ふと以前ゼラに同じようなことを言われた時を思い出した。
目がなんだってんだ……?
「来たよ、魔物……!」
カンパネルラの忠告があり、前を見た。
そこには想像よりもはるかに禍々しい魔物の大群があった。
以前大量にゼラが屠った黒い狼、ブラックウルフ。この前対峙した大きい牙が丸みを帯びているのが印象的なヴァルファロストボア。
他に見たことのないが、なんとなく予想できる種類が二つ。
二足歩行で歩くズボンを着た狼は、コボルト。茶色い毛なのは驚きだが、手にはカットラスを持っており人間的に戦うことができると予想できる。
鬼のような顔で三メートルはあるかという図体のデカい魔物はオーク。腰に布を巻き、こん棒を持っている様はまさにオークだろう。あの図体から振るわれる武器は当たっただけで吹き飛んでしまいそうだ。
どれもそこら辺から搔き集めたかのように思え、その数は正面からは数えきれない。
そして、その中に見覚えのある顔が一つ。顎のちょび髭が忌まわしいあの男がいた――。
っ――なんでお前が……!!




