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14話 孤独を求める妖人間(7)

 部屋でいつの間にか眠ってしまったようだ。起きたら夜が更けていた。

 真暗闇の部屋で何も見えない。外は雨らしく、しとしとと雨音だけがなだれ込んでくる。

 どれくらい寝ていたんだ……?

 やべ……七瀬のことほったらかしにしちまってた! ちゃんと帰ってきているか確認しないと!



 俺は、怠い体を起こして七瀬の泊まっている部屋へと向かった。

 廊下の暗がりで揺らめく火の灯りがまだ点いている。その灯りが交差する場所に彼女の部屋はあった。

 壁が薄いのかこんな所でも小さく雨音が響いている。静かな中で考えさせられる時間を誘うかのような同テンポの協奏曲が。

 扉の前まで来て俺は声を掛けるのを渋った。

 さっきは嫌な別れ方をしちまったからな……ちょっと会いづらい。

 そんな時、中からすすり泣く声が聞こえてきた。


「えぐ……ぐす…………」


 泣いているんだ……。

 誰もが図太く、こちらの世界で楽しくやっていけるなんて思っていなかったけれど、ただの女の子にそれを強いるのはあまりにもひどすぎることだ。

 たぶん七瀬だけじゃない。月紫や畠中も同じ想いをしているはずだ……。


 暫くその場に立ち尽くしていたが、なんとなく扉をノックしてしまった。

 コンという音がなったかと思うと、中から聞こえてきていた声が静まり返った。

 やべ……別に何も考えずにノックしちまった……。


「……な、七瀬、いるか……? 帰ってきているか?」


 あくまで泣く声は聞こえていないことにしよう。

 すぐに返答はなかった。だが、暫くして足音が近づいてくるのに気付き、俺は扉から少し離れる。

 足音は最初早足だったが、近づくにつれて遅くなっていた。


 一瞬の間が空いて扉が内側に開かれる。

 中ではランタンが明かりを灯していて、それを背にする七瀬の顔が見えた。

 無理をするような笑顔を向けてきた。

 目元が赤く腫れているのは、いま急いで擦ったからだろうか。

 ブレザーが無く、シワがついたシャツは少しはだけてなまめかしい。

 しかし、ところどころに影が濃くなっている所があって泣いていたことを想起させられる。


「……どうしました降魔さん?」

「いや…………さっきずっと寝ちまってたからな。ちゃんと帰ってきているのか、見に来ただけだ。

 その……いたならいいんだ。邪魔したな、悪い……」


 彼女に無理をさせてまで会ってしまったことを悔やみ、俺はまた逃げ帰ろうとする。


「待ってください……!」


 しかし、呼び止められて動けなくなった。


「もう少し……一緒にいてくれませんか」


 俺は何も答えず、すうっと誘うかのように中へと戻る七瀬に付いていった。


 何気なくベット腰を掛けると、七瀬は隣に姿勢よく座った。

 俺もどうかしているな……。

 いつもなら女の部屋になんて入ろうとしないのに、俺も人肌恋しくなっちまっているみたいで情けない。


「わざわざ確認しに来てくれてありがとうございます」

「いや…………」


 言葉が上手く出てこなかった。何を言えばいいかわからない。


「お昼に降魔さんと別れてから色々と回ってみたんですけど、それらしい情報は得られませんでした……」

「そうか……」


 基山あたりが適当に名を挙げてくれていないかな、と思っていたんだが。ギルドの方にもそれらしい情報は無かったしな。

 名前を変えている可能性もあるし、あっちも色々と試行錯誤して怪しまれないように努力しているはずだ。

 もしかしたらこちら側から見つけ出すのは困難かもしれない。

 かといって、七瀬の名を広めようとするのは難しいような気がする。

 でも、七瀬がいなくなったことにはすぐに気付いたはずだ。

 あっちが探していないとは思えないんだが…………地形を把握して七瀬がどの方向に向かったのかを探るのも難しいだろう。


「まあ気長に行こう……」


 言ってから気づく。

 この言葉は、七瀬にとっては良く感じられるものじゃない。むしろ…………。

 七瀬の目が再び潤んでいく。ランタンの明かりによって際立つ雫が零れた。


「ごめんなさい……気にさせるから泣きたくなかったんですけど……」


 涙を拭って謝る様は見ていられず、目を逸らした。


「悪い……」

「なんで降魔さんが謝るんですか……悪いのはわたしの方ですよ……」

「もしかして……いつも、なのか?」

「最初は大丈夫だったんですけど……皆と離れて不安なっちゃったんですかね……」


 苦笑いももう薄れていた。だけど、俺はその方が良かった。

 変に強がられるよりも素直にいてくれた方がここにいてもいいと思えるから。


「家族は……兄弟はいるのか?」

「はい、七人家族でわたしは一番上の長女です。だから――…………あ、いえ……なんでもないです」

「なんだよ、そこまで言ったら言えよ。俺、気にしないから」

「えっと――だから……その分、家族の心配する必要無いのかなって……。

 妹が一つ下の高校生なんですが、もうすごく大人びていてわたしの代わりだって勤めてくれていると思います」

「そんなこと言うな。いいじゃないか、心配する、してくれる家族がいるなんて。

 自分の事で手が一杯かもしれないけれど、お前は頑張ってるよ。この俺にあそこまでしてお願いするなんて、並大抵の奴じゃできないしな」

「あの時、わたしを助けてくれた降魔さんならわたしをまた救ってくれるかなっては思っていました。

 この状況からじゃなくて、わたしを取り囲むしがらみから引っ張り出してくれそうって思ったんです」


 しがらみ……? 優等生なこいつにそんなものがあるのか?


「――わたし、こういう性格なので昔からよく虐めの対象になっていたんですよ。

 だから高校は少し遠めの学校と思って秋霖しゅうりんに入学し、元の学校の子達と離れるようにしました。けれど、過去が変わったわけじゃありませんでした……。

 どこから聞きつけたかは判りませんが、中学の時に虐めてきた女子が秋霖の女子に情報を漏らしていたらしく、高校でも虐めが始まったんです。

 お金を盗られたり、水を掛けられたり、閉じ込められたり…………首謀者の一人がクラスにいたので逃げる隙がなく、家族に心配させたくないので話せなくて……」


 そういえば、七瀬は偶に学校を休んでいたな。虚弱と思っていた時もあったけれど、そういう理由があったのか。


「首謀者って……」

「…………宵口よいのくちさんです……」


 ああ……梶ヶ谷と基本一緒にいるあいつか。

 いつもは梶ヶ谷の機嫌取りをしているような奴で好かなかったが、その実、裏じゃあ色々やっていた訳だ。

 金持ちみたいでよく学校にブランド物を持って来てムカついてた。なのに、その上に虐めにまで手を出していたなんてな……救えない奴だ。


「もし言いたくなかったら答えなくていい。こっちの世界じゃどうだったんだ?」

「こっちに来てからは特にそれといったことはありませんでした。

 戸惑いが強いということもあったかもしれませんが、近くに梶ヶ谷さんもいましたし、皆大人数でいることにしていたので」

「お前……このままクラスのもとに戻りたいと思うか?」


 俺なら絶対にごめんだ。見たくもない顔が毎日あるなんて、罰ゲーム以上に地獄だ。

 七瀬は、間を開けてから寂しそうに答えた。


「――これ以上、降魔さんに迷惑掛けたくありません……」


 何も言ってあげることができない。

 別に迷惑だとか思っている訳じゃない。ただ、七瀬と一緒にいる時間を長引かせるのはダメだと既に判断しているから、引き留めるとかできなかった。


 七瀬は、もしこのまま元の世界に戻れたらどうなるんだろう。

 おそらく宵口たちは虐めを再開するだろうし、ストレスが溜まっていたらより過激になるかもしれない。そんな所で七瀬は楽しく過ごせるのか?

 普段は口数が少なく、人に悩みや苦労を話すことなんかできない奴だ。

 今はふたりきりで、しかも自分を助けてくれた人だからと安心してくれているから話しているのかもしれない。だけど、俺は何もしてあげることなんてできない。

 ――俺には、そんな力も権力もないのだから……。


「すみません……何勝手に期待してんだろって話ですよね。本当に……ごめんなさい……」


 その謝罪はズルい。

 思わず言ってしまいたくなる。

 俺に任せろ、俺がなんとかしてやる、今ある不安なんてどうとでもしてやる、と。

 でも――期待させるだけさせておいて何もできないのは、とっくにわかりきっていることだ。

 昔なら勝手に動いた口も今では制御できる。

 何もできなくて、救えなくて、辛い想いをするのは自分なんだ。一時の安心した笑顔の為に、後の絶望を誘うことはない。



『よいから儂を信じるのじゃ!

 それがお主ができて、お主にしかできんことじゃ』



 俺には言えない……俺にはもう嘘だとしても言えないんだよ……!!

 ――ゼラ……!!


 涙が滲んだ。

 自分の無力さと惨めさと向き合い、そしてゼラを渇望する現在いまを悔いて頭の中がぐちゃぐちゃになっていった。

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