14話 孤独を求める妖人間(6)
ギルドからの帰り道に俺は北東にあるとされる魔法学院近くに立ち寄った。
俺も、一応貴族であるのは変わりないし、リーテベルクが再起した今なら魔法学院に通うことも可能であると考えた。
しかし、行きたいとまで思っているわけじゃない。ちょっとどんなことをやっているのかな、と興味を持っただけだ。
まだ昼間だというのにもう空が暗くなり始めている。雨も降りそうだし、適当に見て早く帰るか。
授業中なのか魔法学院が見えてきても生徒らしい姿は見えない。
遠くから見た学校は、なんとなく大学に近かった。いくつか校舎が分かれているようで、奥にも四角い建物が見える。
一つ一つの校舎が縦に長く、平均して五階建てくらいはありそうだ。
システムチックというか、整備されて綺麗な研究所っぽい感じが大学らしさを掻き立てられる。
特にガラス張りされたドーム状の建物が印象的だ。ロボット開発向けのパンフレットとかにありそう。
入口では2メートルくらいある大層な扉が閉まっていて、横に受付のような小屋があった。
小屋のガラス窓から寝こけたおじいさんが見えた。
あまり客人がこないのか……セキュリティ意識が低いな。
……昼間だから閉まっているのか。中まで覗くのは無理みたいだな。
この前まで希望としていた魔法に縋りつこうと浅はかな考えを持ったけど、そもそもアーチほどの気概ややる気は持っていないんだよな……。
やり始めれば変われるかと思ったが、俺には合わないかもな……。
門に隔たれ、心が折れたように踵を返す。
迷走もいいところだ。今は七瀬を早くあいつらの所に返す方法を探すべきだな。
一人で行動させたけど、やっぱり付いていくべきだったか……。
「――待て!」
下を向いて歩いている途中、後ろから腕を掴まれた。
驚きながら振り向くと、白銀の制服に身を包んだリーテベルクがいた。
走ってきたようで少し息が荒い。
来るところを校舎から見られていたのか?
「なんだよ……」
腕を払い、背中を向ける。
「何故キミがここにいるんだ……? 学院に興味があるのか?」
「……まあな。知り合いがそこに通っているんだ。
そういえばお前もか。ここには貴族が多いんだったけな」
「ああ……全員ではないが、帰属位が多いのは確かだ」
やけに真剣な眼差しだな。
なんか用があってきたんだろうけれど、もう王族とは関わり合いたくない。
「そうか、じゃあな」
素っ気なく再び帰路に就こうとする。
だが、リーテベルクは意図を解さないように呼び止めてきた。
「待ってくれ!」
「なんだよ……これでも忙しいんだぜ俺は」
「ここを見学しに来るくらいだ、少しならばいいだろう」
嘘が雑すぎたか……。
いや、最近の俺はあまり嘘をつけなくなっている気がする。その影響か。
「――私と決闘をして欲しい……!!」
神妙な表情で頼み込む様は紳士的だった。
「お前、病み上がりだろ。昨日の今日で学院に来ているのは驚いたが、流石にそこまでするのは――」
「そんなものを私が負けた時の言い訳にすると思っているのか!」
リーテベルクの決意を感じた。
どうしても決闘がしたい、という意志を肌で触れた。
目がこのリーテベルクから放たれる何かがそれをここに表している。
「なんでだ? 俺に負けたのがそんなに悔しかったのか?」
「悔しくなかったとは言えない……。しかし、それとはまた別だ!
私は本当の自分としてキミと戦ってみたい! 昨日キミが帰った後から、この衝動が止まないんだ!
戦え――アカヒト! そして見て欲しい、私の覚悟を! 私はまだそれを証明しきれていない!!」
「へん、ヤダね。一度勝った相手に負けるなんて、ただの面汚しだろうが!」
「何を言っているんだ!? まだ戦ってもいないのに!」
「俺にはもうお前と戦える力はないんだよリーテベルク!」
風が吹き抜ける。
それはまるで俺とリーテベルクの別れを惜しむかのようだった。
「…………アカヒト、この短時間で何が……」
「だからこんなところに来ちまったんじゃねえか。俺にはもう何も残っちゃいないから……」
「……」
リーテベルクは、やっと何かを悟ったかのように黙って立ち尽くした。
「お前は、俺との約束を守れよ。
俺と戦わなかったことを言い訳にするやつじゃないだろお前は」
捨て台詞を残し足を進める。
リーテベルクは、もう俺を止めることは無かった。
人間の不合理性の根底は、一時の欲求に身を支配されてしまうことかもしれない。
結果如何で時間を浪費し、不完全燃焼になったと思うことがほとんどだろう。
お前のその衝動が本物だったとして、相手が俺じゃなきゃよかったのにな……。
◇◇◇
宿に戻ると、フロントの食事処で七瀬が座っていた。
この宿、メルーナの一階は食事処になっており、泊まり客は宿屋のおばさんが作る料理を食べることができる。
朝の7時から8時と、昼の12時から13時と時間帯が短いから俺はあまり利用しなかった。
今は丁度昼の時間にあたるから七瀬も帰って来ていたのだろう。一応追加料金が発生するが、外で食べるより安いし人が少ないから心休まるかもしれない。
七瀬は隅っこで入口を背にして座り、パンを銜えているところだった。
こっちのパンは硬く、かみちぎるのがおっくうになるんだが七瀬は頑張っている。
俺が背後近くに来ているというのに熱中して気付いていないみたいだな。
と思いきや、影ができていることにようやく気付いたようで振り返る。
パンを銜えている顔は少し笑えた。
俺と眼を合わせて固まったが、ゆっくりとパンを口から放した。顔をリンゴのように赤くし、恥ずかしさが滲み出ている。
「ひ、ひつからいたんでふか……?」
パンのせいで口が疲れたらしく、言葉がたどたどしい。
「今帰ってきたところだ。金を順調に使ってくれているようでよかったよ」
こいつは真面目だから俺があげた金を使わないかもしれない、と危惧していたが大丈夫だったようだな。
「す、すみません! その……なぜかお腹が空いて……い、いつもはこうじゃないんですよ!?」
「別に悪いなんて言ってないだろ。クラスの連中を見つけるまでは俺が融資してやるよ」
隣に座ると、七瀬はもじもじし始めた。
そうか、女子って男に食べているところはあまり見られたくない種族だったな。ゼラはそんなことなかったから忘れていたよ。
「悪い、邪魔したな。何か判ったら――」
席を立って部屋に戻ろうとすると、腕を掴まれた。
今日はよく掴まれる腕だな……。
「どうした?」
「その……一緒に食べませんか?」
「…………そうだな。そろそろ腹もすく頃だろうし、隣いいか?」
「――はい!」
安心するような笑みにほだされる。
気を抜いたら好かれていると勘違いしてしまいそうだ。嫌われ者でも、こんな笑顔を見られるのはこっちの世界ならではだろうな。
七瀬は、俺が料理を貰ってくるのを待ってくれていたようだった。
温かいスープが冷めるかもしれないってのに……。
「降魔さんは、どちらに行っていたんですか?」
「朝言った通り冒険者ギルドに行ってきたよ。
あ、そういえばお前、冒険者ギルドって行ったことなかったか?」
「はい……でも、名前からして強そうな人が一杯いそうです」
「そうだな……七瀬はあまり行かない方がいいかもしれないな……」
「なんでですか?」
「ごつい奴が多いんだよ。ハンバーグっていっておいしそうな名前の奴がいるんだけど、それがまたデカくてマッチョで、最初見た時は俺も怖かったな」
「ええ! ちょっと見てみたいかもです!」
そうして食事をしながら久しぶりにクラスメイトと話す時間を楽しんだ。
七瀬は、俺がこれまでやってきたことを誇張(嘘)混じりに話すのを笑いながら聞いてくれた。
時には共感してくれて、一瞬だけ俺の不安や葛藤を全部忘れさせてくれたような気がした。
しかし、暫くして罪悪感に苛まれてしまった。
「あはは! 降魔さんってホント面白いですね!」
「……ありがとな……。悪い、そろそろ部屋に戻るわ」
「あ、そうですか……」
また残念そうにされたけれど、俺には七瀬を気に掛ける余裕はなかった。
「悪いな。もし何か判ったら――…………いや、なんでもない」
二階にある部屋に行く為に階段を上る中、頭は後悔ばかりが廻っていた。
俺、何してんだろ……。
他人なんてどうでもいい……。昨日襲って来た男の言うことは当たっている。
そう思うのが本来の俺なはずなのに、さっきは七瀬とあんなに楽しそうに……。
更に、それ以上に七瀬と楽しく話していることに罪悪感が胸を締め付けてくるのが五月蠅い。
まるでゼラがじゃなくて七瀬を選んでここにいるみたいで、気に障る。
俺が楽しんでいる時に近くにいて欲しいのがゼラであると、俺は思っちまっているんだ……。




