14話 孤独を求める妖人間(4)
宿をとった後、俺たちと七瀬は一度別れた。
七瀬は、一人で買い物をしに市場へ。俺とオットーは、街の適当なベンチを見つけて二人でひそひそ話というわけだ。
宿をとる前とは街の雰囲気が様変わりしていた。
街灯が点き、夜道を明るく照らしてまるで駅前のような印象を受ける。こういう景色を見ると、眠くなってしまう。
オットーは、目鼻立ちが整っているから横にいられるとなんだかムカつく。
にこやかに愛想を振りまいて、テレビに出てくるアイドルを連想させられた。
こんな奴と一緒にいると、モブである俺は引き立て役というわけだ。必然的に機嫌も悪くなってしまう。
せめてアイドルはアイドルでも女性アイドルだったならまだ違ったのに……。
「なんだいその嫌そうな顔は……」
「なんで男二人でこんな所でだべらなくちゃいけないのか、自分の人生を振り返ってみたんだよ」
「それは自業自得じゃないか。キミがいらない嘘をつかず素直に僕と話したくないと言えば、こうはならなかったんじゃないのかい?」
それもそうか。つっても、俺が素直になった試しはないんだけどな。
「で、なんの用なんだよ……」
「まずはこれをキミに」
そう言ってオットーは丸い玉を差し出してきた。
見覚えのあるような玉だった。水晶のようで、中で狐火のようなものが妖しく揺らめいている。
「なんだこれ……? 変な物渡すなよ」
「変な物って……これは妖玉だよ? しかもあの絡新婦のね!」
ウインクをしながらドヤられる。それが無性にイラついた。
この野郎……。
てかこれ、あの邪魅の時のと一緒か。
「いらね、返す」
「そうか返すか! て――なんで!!?」
おお……結構驚かれた。こいつがこんなに驚くなんて思わなかったな。
「俺、別に要らないし。それなんか気色悪いじゃん」
「絡新婦の何かしらの能力が手に入るんだよ!? これはキミに必要なものでしょ!!?」
めちゃくちゃ俺の腕に押し込んでくる。
新手のセールスマンでもこんなにしないぞ……たぶん。
「あのなあ、俺はもう妖力とか使いたくないの! これからは魔法を覚えようと思っている。一から冒険者として、名を刻むんだ!」
「ええ…………」
なんかすごい引かれているんだけど!?
だいたいそんなもんあったって、あの邪魅みたいに余計な危険を呼び寄せるだけなんだろ。そんなもん持ってたって損にしかならない。
「これ持ってくるの本当に大変だったのに……。
九尾だってキミには強くなって欲しいんじゃないかな? まだ妖力は戻っていないだろう?」
「別に……知らないけど」
ゼラの話になって俺の目は勝手に泳いだ。
うわ、俺嘘つくの下手になってる!?
「目が泳いでるけど……もしかして、何かあったのかい?」
「べ、別にお前に関係ないだろ! ただの家出というか……絶交だよあんな奴!!」
くそ……子供かよ! なんでゼラのことになると心臓が落ち着かねえんだ!?
絶交とか言って滅茶苦茶胸が痛い……!
「へえ……痴話喧嘩ってやつか!」
「痴話喧嘩って……おま、まさか俺とゼラが前世に逢っていたこと、知っていたのか!?」
「そりゃあ勿論! だって僕、前世のキミと何度か逢っているからね!」
おいおい……初耳だぞ……。
ずっと知っていて、俺だけ蚊帳の外だったってのか!?
「もしかして前世に逢っていたって聞いて、それで家出してきたのかい?」
「家出じゃねえ! 絶交って言っただろ!!」
ムキになってしまっている。
なんで俺はこんなにもムカムカしているんだ? なんで俺はこうもゼラのことを想うと胸が騒ぐんだ?
「そっか…………人間じゃ普通有り得ないからね。前世を知る者が近くにいるなんて」
「それもそうなんだよな……お前等妖怪は死なないから……」
「……知りたいと思ったかい、自分の前世を」
俺は口を開けなかった。
その問にどう答えればいいかわからない。
知りたい、と言ったらオットーは答えてくれるかもしれない。でも、それを知ってしまったら今の俺は何か変わってしまうのだろうか。
要らぬ妄想が巡って素直な気持ちが出てこなかった。
変われるならいいじゃないか。けど、それは…………それじゃ嫌だ。
「じゃあどこまで聞いたんだい?」
「え……?」
「九尾はきっとキミが知りたくないことは喋らないと思うからさ」
そうだ。あいつは俺の魂と逢ったのが初めてじゃないとしか……。
辛い過去だろうと、塞いでいるのかもしれないと思ったけれど――あいつは俺の事も考えて話す出来事を選んでいたのか……?
「九尾はね、キミと最後に別れた後――ずっとキミを探していたんだ。
誰の反対も押し切り、自分の道を進むと決めて先の見えない旅を始めた。だから、キミが無の間から救い出しに来てくれた時には本当に嬉しかったはずさ」
俺は、ゼラの気持ちなんて全然考えなかった。
俺が俺がって自分の事だけ…………くそ最悪な野郎じゃないか……!!
「俺……前の俺は、あいつとどんな暮らしを…………どんな困難を……」
知らなくてはいけない気がする。
俺は、あいつのこれまでの苦痛や苦悩、その一端でも知っておかなきゃいけない気がする。
ずっとゼラのことを知らないといけないっては思っていたんだ。でも、一緒にいる日常が退屈しなくて、楽しくて……それを疎かにしていた。
俺は、何も知らないんだ……!
オットーは優しい笑みを浮かべた。
「僕の口からは言わないよ。それは九尾に訊くべきことだ」
「…………俺は……」
「人間が過ちを犯すことなんて、僕たち妖怪にとってはもう周知のところだ。九尾もそれを判っているはずさ。
とりあえず、これは預かっておくよ。今のキミにはちょっとばかり重いみたいだからね。
その後も話もまた後日にしておく。キミにとっての幸福があることを影ながら見守っているよ」
オットーは、捨て台詞を残して俺を置いて行った。
なにやってんだ俺は……自分で決めて出てきたはずなのに、今頃になって後悔してやがる。
俺のこの胸のもやもやがはたして自分のものなのかって疑いがずっとある。
――だけど、俺はもう……自分を疑いたくない……!!
◇◇◇
早朝、不思議と目が覚めた。
鳥の泣き声が耳に入り、起き上がる。
まだ日が出て間もないようで、薄暗さが残っている。
ふと近くに妖気があるのに気付いた。
誰か――いる!
昨日の男か? いや、そこまで嫌な気配じゃない……かといってゼラじゃない。
誰だ……?
窓の外か。
警戒しながらも窓の外を覗き見た。
すると――宿の屋根の上でたそがれたリコが座っていた。
「何やってんだ、お前……?」
呆れながら話し掛けると、嫌な顔をされてしまう。
まるで見たくなかった、とでも言いたげだ。なんでこんな所にいるんだ?
「アンタを連れ戻しに来たのよ、感謝しなさい!」
「…………なんでお前が?」
こいつは俺のことを嫌っているはずだ。俺のことは連れ戻すより追い出したそうだけど。
「空狐様がそろそろアンタがいなくなったことに疑問を持ちそうなのよ。そうしたらまた一人でどこか行っちゃうでしょ?
仕方なくよ、くれぐれも勘違いしないでちょうだい! あたしが来たのは、シノンの方が空狐様の時間稼ぎが上手いからよ!」
「あ、そ…………」
まさか迎えが来るなんてな。
つっても、リコはクウの為に動いているだけに過ぎない。俺とゼラの間で何かあったかなんてどうでもよくて、ただ自分の為にここへ来たのだ。
それに今はまだ考えがまとまっていない。ゼラの下へのこのこ帰っていくつもりはない。
「悪いけど、俺は帰らない」
「え!? このあたしが迎えに来てあげたのよ!?」
「あ? だからなんだよ……」
まさか自分が迎えに来たら喜んで帰るとでも思っていたのか? もしそうだとしたら笑った方がいいんだろうか。
呆れを通り越してギャグにもならないな。
「とにかく、クウにも悪いけど俺のことは探すなって伝えろ。俺はただの高校生で妖怪と関わるようなタマじゃないってな」
「アンタねえ!」
リコは窓から入って俺の腕を掴んできた。
強引にでも連れ帰ろうとしてんのか……!?
と思ったけれど、リコは手が震えていた。
よく見ると、今にも泣き出しそうに力の無い表情をしている。
「空狐様は、ずっとアンタを待っていたの!
空狐様は、ずっと…………アンタを探して、それでもできなくて……。
――だから! アンタを見つけた時の空狐様は本当に嬉しかったはずよ!!」
怒鳴るような声はどんどん震えていった。
リコは本当にクウのことを大切に思っているんだろう。クウをまるで家族のように……。
「それなのにアンタが離れて行ったら、もう……空狐様は……」
その先の言葉を出すことはできないようだった。
リコは瞳が潤んでしまい、項垂れていった。
くそ…………罪悪感がチクチクと胸を抉ってきやがる……。
「空狐様はね……アンタに逢うその時まで声を自ら封印したのよ!」
「は……何言ってんだよ。だってあいつ、俺のことだって……」
「アンタには黙っているように言われていたの! もし言ってしまったら、アンタに嫌な子に思われちゃうかもしれないからって!
封印を解く起因は、アンタに真名を読んでもらう事。空狐様は、アンタにそれだけまた名前を呼んで欲しくて、アンタだけにって! それまで誰とも口利かないって!!」
「なんだよ、それ……」
そんなの我儘にもほどがある……。
それを何百年も続けていたってのか!?
「極端な御人なの! 自由に見えても、その中心にあるのはずっと九尾様とアンタなのよ!!
このままアンタがいなくなったら、また空狐様は閉じこもっちゃう! もしかしたらアンタを探してあたしたちの前からも消えるかもしれない!!
――あたしたちから空狐様を奪わないでよ!!」
力ない拳が俺の胸に撃たれた。
シャツを握り締め、リコは俺の胸の中で泣き出してしまった。
彼女の慟哭が俺の知らないクウの様子を物語っていた。
俺は、それ以上何も言うことができなかった。これ以上の否定はリコの傷口を抉る行為だから。




