14話 孤独を求める妖人間(2)
目的地の無い寂しい旅が始まった。
孤独で始まり、孤独で終わるだろう。不躾に終わらせる時が来るであろう旅。
そんな旅が始まって数十分経った頃、後ろから誰かが付けて来ているのが判った。
足音から察するに一人だけれど、妖気は感じられない。つまり妖怪でなければカクシでもない。
なんとなく尾行に慣れていない気がする。それくらい雑なストーキングだった。
度々後ろを振り返ると、焦って木陰に隠れる様子から丸判りである。まだ猫とかの方が隠れるのが上手いだろう。
「なんだよ……」
月光が射し顔のはっきりする場所で物憂げに訊ねた。
やる気はないし、もしツッコミ待ちとかだったら放っておこう。
そもそも俺なんかをつける意味なんかないのに、よくやるよまったく……。
おどおどと恥ずかしそうに木陰から顔を出したのは先程俺を殺そうとしてきた同級生の少女だった。
さっきはあまり気にしなかったけれど、見覚えがある。
こっちの世界に来た始め頃、ブラックウルフに襲われた時に足が竦んで女子達に庇ってもらっていた子だ。
名前は七瀬月。頭はいいらしいが、あまり人と話さないんで俺から見ても陰キャ要素の強い女子だな。
精神が弱すぎて邪魅に憑りつかれてしまったのか、運が悪かったな。
「あの……」
「うん?」
もじもじと指を合わせて恥ずかしそうだ。人見知りが絶賛発生中というところか。
まあ、あまり話したことないしな。どうでもいいけど、何も言わないならもう行っていいかな……。
「あ……あの時は! っ――ありがとうございましたっっっ!!」
今にも見捨てて行こうとした時、かよわい少女からは出ると思わなかった声量でお礼の言葉が言い放たれた。
無理して出しているようで、全身に力が入って足は震えていた。
俺は、心臓が縮まりそうなくらい驚いて固まった。
な、なんだよ……いきなり。びっくりするだろうが……。
「何の話だよ……」
これは俺の習性だ。相手を訝しみ、警戒してしまう。
「こっちに来て最初の頃、降魔くんはわたしを助けてくれました。何もできなかったわたしを助けてくれたから、だから――ありがとうございましたっ!!!」
何度も何度もそんなに大きな声を出さなくても聞こえるっての!
ツッコミを入れるつもりなんてなかったのに、限界突破して説教レベルだぞこれは……!
「あのなあ……あれは別にお前を助けたくてしたわけじゃないから、そういうのはいいんだよ!」
まるで俺が女子に気に入られたいからやったみたいだろうが! そんなことすっかよ!
「それでもです! わたしは、ずっと降魔くんにお礼が言いたかったんです!
死んだって言われても、信じられませんでしたが――こうやって生きてました! 信じてよかったです!」
「そいつはどうも、ご苦労だったな。んじゃ、元気でな」
こんな奴に構っている意味なんてない。人と関わる意味なんてない。
今更感謝だとか好感度イベントなんていらねえんだよクソが。不幸なことに寝床がねえんだ、この先の道だってない。
一から始めようって時に余所見なんてしていられないのさ。
「ちょっと待ってください!」
見切りをつけて再び足を進めようとすると、後ろから腕を掴まれた。
まだなんか用があるのかよ……。
鬱陶しそうに振り向くと、七瀬はまた恥ずかしそうに見てきた。
「そ、それで申し訳ないのですが……」
「一人は嫌ってか? お前、頼る相手を間違えてるぞ。
俺なんか頼った所で何の役にも立たねえよ。俺は一人で立つ事すらできなかったポンコツでこの上ない弱者なんだからな」
こっちの世界でゼラがいないと何もできないと既に思い知っている。
そんな俺に自分のこと以外に思考を回す余裕がないことは、百も承知の事実だ。
「いいえ! そんなことはありません! わたし……や、役に立てることならなんでもしますよ!」
無理をしているのが判る。一人で生きられないことくらいはこいつも知っているんだろう。
状況が判っているのかは定かじゃないが、頭がいいだけあって先の想像ができるようだ。
「…………はぁ……仕方ないな……」
同郷の者を野垂れ死にさせるのは俺の主義に反する。
少し面倒だが、一日くらいならいいか。
「近くの国まで案内してやるから、そこからは自分で何とかしろ」
「え…………わ、わかりました……」
さっきとは違って元気の無い返事だ。
仕方ないだろ……この旅に余計な感情は要らないんだ。
◇◇◇
次の日――。
俺たちは、一夜野宿をした。
我ながら森の中で野宿とは危機感の欠片もないとは思ったものの、疲労感が限界を超えていてあっさり眠ってしまった。
七瀬も近くで眠っていたらしい。一本の木を挟んで寝息を掻いているのを見つけた。
「おーい、置いていくぞー」
屈んで額にデコピンをしてみる。
すると、「にゃ~」と猫みたいな声をあげた。
しかし、瞼は開かなかった。
まっ、昨日は邪魅に憑りつかれていて疲れただろうしな。ムカついてた俺の相手もさせちまったし、仕方ない……か。
俺は、また一人になれずにこんな所で何をやっているんだ。孤独に棲むのが俺の運命なはずなのに、こっちじゃ全然一人になんてなれやない。
いっそのことこいつを置いて行こうか……。
「一人にしないで……」
七瀬から変な寝言が零れた。
心を読まれたような言葉にはっとさせられたが、七瀬が起きている様子はなく肩透かしする。
……寝言かよ……びっくりさせやがって……。
――置いていかねーよ……。お前を置いて行ったら月紫や畠中になんて言われるか判らないからな。
「いたァ……」
ガサッと近くで音がすると共に背後から低い声が聞こえてきた。
振り向くと、見知らぬ男が気色の悪い笑みを浮かべて立っていた。
耳にピアスをした青年。若そうで二十代半ばくらいに思える。
顎には少しだけ髭を生やし、切れ長の目や黝い背格好は嫌な雰囲気を纏っていた。
「誰だ、お前……」
なんなんだこいつ!? いつからいやがった……?
くそ……寝起きで全然頭が回らねえ……!
そうだ――誰も俺を一人にはしてくれない。それは、敵対心の有無は問われない。
俺が存在するところに残忍で非道な相手が現れたってなんら不思議はないのだ。
助けに来てくれる者と同様に殺しに来る者、復讐に来る者もいる。俺はこちらの世界で一人になれた試しがない!
「第二王子殺しの失敗に、ヴァルファロストでのリーテベルクによる征服の失敗……。
流石にここまでされちゃあ俺様が出張らない訳にはいかんでしょう? なあ……アカヒトクン?」
「あ? 何の話だよ!?」
やっぱり敵かよ!?
時間が稼げても七瀬が起きないとなんの意味もねえ!
なにやってんだ七瀬! 早く起きろ!!
体で隠しながらも七瀬の脚を静かに叩くも、うんともすんとも聞こえない。
「とぼけちゃあいけないよアカヒトクン。
俺様は知ってるのよ…………テメーは嘘が上手で、しかも得体の知らない力を持っているってこともな!」
男は、俺をおちょくるように楽し気に話した。
後ろの七瀬がいる以上逃げないということを見透かしているようだ。
まだ時間が必要だな。少しでも意識があってくれないと、逃げようがない。
リオネルがベルヌイの街で誘拐された時、誘拐者は誰かにリオネルを渡すみたいだった。その相手からの依頼であるのを零していた。
その相手ってのが、こいつなのかもしれない……!
「……お前がリオネルを捕獲する指示を出した張本人か?」
「勘はいいようだな。あの時は、別件で俺が動けないから代わりに金チラつかせて適当な奴を使ったんだが――生憎テメーに邪魔されちまったみたいだァ。
あん時は、リーテベルクに怒りをぶつけられたからなあ……結構ムカついたんだよな!」
「知るかよ、だいたいあんなのにリオネルを捕まえられると思ったお前の計算ミスだろうが!」
「あまり強い口を利くなよ、こっちはいつだってテメーくらいなのは殺せるんだからな?
今はここまで長いこと移動してきた手前、さっさと終わらせるのは釣りが合わないっと思ってやっているだけだ」
まだか七瀬!? こいつ全然余裕をくれないんだけど!!?
七瀬の脚をノックするのを続けていたが、七瀬は心地良い振動くらいにしか思っていなさそうである。
七瀬さ〰〰ん……いい加減にしてください……!! てか、いい加減にしろよ!!?
「じゃあ今になって俺を殺しに来たってことか? 別件が済んだから、その余裕もできたって?」
「まあな……しかし、俺様が警戒していないと思わないことだな。
テメー、ただの人間じゃないだろ?」
元の世界でなら中二的で嬉しい科白だけど、今は死の宣告にしか聞こえない。
「ただの人間に決まってるだろ、何言ってんだ?」
「――俺様もテメーと同じなんだから判るんだよ」
男が意味深にニヤリと笑った気がした。
その瞬間、男の雰囲気ががらりと変わる。まるで目の前にいるのが、人間ではなく妖怪のような気がして悪寒が全身を駆け巡った。
「テメーも混じってんだろ?」
こいつはダメだ……!!
男から溢れ出る覇気のようなものから逃げるように、七瀬を抱きかかえて反対方向へ走った。よく言うお姫様抱っこで、寝ている相手を素早く担ぐのはこれが一番合理的だった。
それでようやく七瀬の瞼が開く。
俺を見上げ、寝惚けながら意味が解らないという顔をしていた。
「あれ……降魔くん? なにをしているんですか……?」
「うるせえ黙ってろ!」
今頃起きやがってお寝坊さんが! こっちの身にもなりやがれってんだ!
ゼラと別れてからもう使わないと決めていた《黒衣武装》をあっけなく俺は発動していた。
七瀬を抱えて逃げるには俺の力じゃ無理だった。
お前を生かす為にプライドまで曲げてやってんだ感謝しろ!
「逃げれねェよ?」
頭上から男の声がする。見上げると、男を取り巻く陰影があった。
「なんだアレ!!?」
「誰ですかアレ!!?」
その黒い物は、雨のように降ってきた。
棘のようなそれを避けるのは不可能に思えた。
「クッ……!」
俺は、すぐさま七瀬を下ろしながら庇うように屈んだ。
「ぐああああああ!!!」
「降魔くん!!?」
背中に何度も針が刺された刺激が流れる。血が肩から腕を伝っていく感覚があった。
いってえ……!! 痛すぎるだろコレェ……!!
正直、昨日のナイフより断然痛い……!!
「お見事だよ少年。テメーの庇った女にはたった三発しか当たらなかった」
ゼロじゃねえのかよボケが!




