12話 妖の傷払い(3)
俺は、一人で王子のいる地下室へ入った。
暗い中に一つだけランタンのような物があり、室内を照らしている。中の炎が揺らめき、怪しくも中にいた少年へ光を射す。
よれよれのシャツを見て何日も風呂には入っていないように思えた。
少し痩せただろうか。頬骨が少し出てきた気がする。
それにしても静かだ。俺が来ても微動だにせず、ただ壁に寄りかかりながら項垂れて座る彼は呼吸すらしているか判らない。
「――…………何しに来た……?」
圧巻していると、ぼそぼそと小さな声が灯る。
俺を俺と認識しているか判らないが、傲慢な問いかけはまだリーテベルクらしさを感じた。
しかし、はきはきしていない様は以前には考えられないほどで疲弊しているのが丸判りである。
「お前を起こしに来てやったんだよ、バカ王子」
「…………なんだ……お前か」
声が小さくて何言ってんのか判らないな。ダメだこいつは……全然相手にならない。
さて、どうしたものか。口をきいてくれるだけマシなのだろうが、一向に先が見えない。
家族が心配していた、と心に訴えかけるべきか?
いや、そんなものはこれまで幾度も王様たちがやってきただろう。それこそなんで俺がそんなことをしなくてはならないのか。それは俺の仕事じゃない。
俺がすべきは――
「ざまあねえな! 自分勝手な夢を描いた割にはあっけねえ!!
そりゃあお前みたいなのが次期王と聞かせられたら、俺でもこんな国出ていくね! だから王はお前みたいな出来損ないをここにいれてんだろうな!!」
「……」
反応はあった。僅かに力なく床に置かれた手がピクリと動いていた。
俺は、そのまま意地の悪い罵倒を継続した。
「寝たきりの王妃がお前の話をきいた時にはどうなるかわかったもんじゃねえな! もしかしたら寝たまま死んじまうかもな!!
なんならお前がいないから殺しやすいと思う奴も出て来るかもな!
この国は衰退の一路を辿っている。お前の言ったことは間違いじゃないが、お前のせいで更にそれが加速するだろう!
でも、これで良かったんだよ! こんな貧相で、なんの価値も、幸福もない糞みたいな国――最初から無くたって何もかわりゃあしねえ!!
歴史にもこんな国があったな、くらいにしか思われないさ! なんたって、あんな弱っちいヘボ女に簡単に落とされそうになるくらいの国なんだからな!!
こんな国、いっそのこと滅んでしまえば――」
その瞬間、リーテベルクは俺の胸倉を掴んだ。
疲れ切ったリーテベルクからはできると思えないくらいの速度で、怒りの矛先を向けてきていた。
「この国をバカにするなよ外道が!!!
何も知らない余所者が、この国の何を知っているというんだ! 我々王族の何を知っているというんだ!!
そりゃあ歪はある。あぶなっかしいところもある! だが――こんなに温かくて幸せにしてやりたい国は他に無い!!」
思わず震えてしまうほど怖かった。
しかし、俺は泰然と表情だけは余裕を見せる。
「そんなものはまやかしだぜ。こんな所に閉じこもって、外を見ないお前の方が何も知っちゃいない!!
王妃をあんな目にした奴は誰だ? この国に危険をもたらそうとお前を操ったあの女は何者だ?
――お前は、本当にこの国を見ていると心の底から言えるのか!?
見たいものだけ見ているんじゃないのか!? 今のお前に俺に歯向かう権利なんかねえんだよ!!」
リーテベルクを突き放す。
――あくまで話の実権を握るのは、この俺だ。
「今もこの国で何かが動き始めているぞ。まだよく判らないが、それは直ぐにこの国に災いを持ってくる。
その時、お前の見たかった姿は消え失せているさ。壊滅している」
今度は、俺がリーテベルクの胸倉を掴んだ。
「理想じゃなくて現実を見ろ!! 過去にお前の思い描く夢があったのなら、それを実現するのに必要な事は過ちを後悔してここでただ小っさく反省することか!?
お前は、護りたいとは思わないのかよ!! 自分の領域は、どこだ!? 城か!? 国か!? それとも人かっ!!
お前は一度は道を間違えたよ。正しいと思って突き進んだ道は行き止まりで何も無かった。じゃあどうすればいい!?
一度は王や家族、今回の事件を知るあらゆる人を失望させちまった! じゃあどうすればいい!?
道を間違えたなら、一度戻ってもう一度別の道を探せばいいだろ!!」
俺も道を探そうともがいている最中だ。過去の清算はもうできなくらい遅いくて、でも、それでもと足掻こうとしている。
きっと変われるんじゃないかって夢を見ているんだ。
でも、いいだろ、夢なんだ。見るだけなら誰にも文句は言われない。俺だけの夢なんだから。
「幸い、お前にはそのチャンスがある。それを貰えただけでもありがたいことだ。なのに、お前はなんでどこの道にも進もうとしないんだ!!?
ふざけるな! ふざけるなよ!! 自分のしたことを取り返そうとしないで、チャンスをくれた人に恩返ししないで、お前の信念を! 夢を! 蔑ろにしてんじゃねえ!!!」
――俺にも言えることだ。胸が痛い。
戸惑い震える拳も、気持ちも判る。だからこそ、お前は俺の写し鏡かもしれないと思っちまう。
もしかしたら俺だったら、そう考えて…………だから言わなくちゃいけない。吐き出さなくちゃ、自分を語ることだって傲慢だ!
「もう一度…………もう一度があるのか……? この私に……」
下を向き、リーテベルクから零れる雫が床を濡らしていく。
「ああ……だってお前は生きているだろうが。なくなっちまう前に、自分はやれると証明してみせろ!!
最初は文句を言う奴もいるかもしれない。何も知らない奴が賛辞をくれるかもしれない。それ全部を未来で見返せ!!
自分は悪事に手を染めちまったけど、道を間違えちまったけど、それでもこんなに素晴らしい国を作れたのだと言えるその時を思い描いて放すな!! それは、お前だけにしかできないことだ!!!」
リーテベルクは立ち上がった。その服のように覚束ないけれど、ちゃんと一人で立った。
「言ってみろ――お前は誰だ? これからすべきことは何だ?」
目元を拭うと、胸に拳を置いて俺と再び目を合わせた。
「私は、リーテベルク・R・ヴァルファロスト!! 母様を救い、いずれはこの国を支える王国の礎となる者だ!!!」
体調を差し置いて部屋中に響くほどの決意が放たれた。
この時、俺は王子の復活を見た気がした。
「それは俺が聞いたからな? もしまたさっきみたいにぐずって見ろ。その時はこの俺がお前を殺しに行くからな!」
「望むところだ。私は貴様を……いや、キミと王国に認めてもらうまでこの夢という名の剣を絶やしはしない!!」
「俺が認めるには百年は掛かるぜ」
「フン! ならば、キミが死ぬまでには達し見てるさ」
目に光がある。
王子というにはぐしゃぐしゃな顔だが、俺はこっちの顔の方が好きだ。
◇
◇
◇
部屋の扉を開くと、王様が立っていた。
一瞬驚いたけれど、温かみの溢れる表情を見て口を緩めた。
「お父様…………この度は――」
リーテベルクが前へ出て謝ろうとするのを覆いかぶせるように王は抱き寄せた。
「何も言うな。お前は、私の息子だ」
微笑ましくも羨ましい光景が目の前に現れ、ふと元の世界のことが頭に過ってしまった。
――……家族、か。
俺は自分が邪魔であることを悟り、一人で階段へと向かった。
背中で微かに聞こえるリーテベルクの歔欷から逃れるように速足で。
これからだろリーテベルク。お前の本領を俺はまだ見ていない。
せいぜい兄弟家族を大事にしろよ。
広間に戻ると、アリシアが一人でソファに座っていた。
俺が来たことには気づいているはずだが、寂しそうな背中は振り返らなかった。
「お一人ですか?」
「ええ」
声を掛けても驚かないということは、やはり俺が来たことに気づいていたのか。
「さっきの……男性は帰ってしまったんですか?」
別に興味は無いが、話題を出さないとな。
「彼は、剣の修行とか言って学院に向かいましたわ。追えば、まだその辺にいるんじゃないかしら」
「魔法学院なのに、剣……ですか?」
「戦うことにおいて必要なことを学ぶんです。剣もそれの一環です」
静かにつらつらと出てくる言葉どれも温度がなく思えた。
まるで機会のように自動的に出てくる音声を聞かされているみたいだ。
「思ったよりもやることが多いんですね」
「座っては如何ですか? それとも貴方も女性を一人で座らせておくおつもりですか」
アリシアは、向かい側の席を指した。
いいのか……。
俺は、こくりと頷き座った。
アリシアは粛然としてテーブルに置かれたティーポットでお茶を入れてくれた。
少し酸っぱい気もするが、レモンに似ていて鼻が誘われるいい香りだ。
お茶を注ぎ終わると、俺の前へとカップを差し出してきた。
「あ、ありがとうございます……」
顔色を窺いながらお辞儀するが、彼女は冷めるほどの無表情だった。
俺がカップに口を付けると、アリシアは話し始める。
「…………彼を……わたくしたちにはできませんでした」
嬉しそうにはにかむものの、どこか悔しさが孕んでいる気がした。
聞いていたのか……。
俺と王子との会話を、そしてその結果も知っているわけだ。
スカートを握りしめ、震えている。
「さっきの彼はまだしも、わたくしはここ最近ずっと王子の下に通っていました。
ですが、わたくしの言葉は何一つ届かなかった」
「女性には情けなくて格好悪い姿を見せたくなかったんでしょう。だから聞く耳を持たなかったんですよ」
「…………貴方は、本当にどういう人なのか測りかねます。
嘘吐きかと思えば、時に思ってもみない事を成し遂げる。予測不能です」
自分ができなかったことを俺に取れらてたのがそんなに悔しいのか?
項垂れていく彼女が可哀想に思って軽口は叩けなかった。
「……これはうわ言ですから、適当に流してください。
俺、アリシアさんのこと本当に凄い人だって思いますよ。
あなたと逢ってからずっとあなたから感じるのは人への思いやりばかりだ。そんなの俺にはできない。
それでもあなたは更に先を目指している。頭が上がらないです。
でも、だからこそ俺からしたらもっと肩の力抜けばいいって思いますよ」
「やっぱり…………私のこの目でもわかりませんね」
彼女は、少し笑った気がした。
やっぱり俺は邪魔者みたいだな……。




