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12話 妖の傷払い(2)

 先程まで俺は自分の領地であるアダマムにいたはずだった。

 長閑で畑が広がっていたド田舎の景色がものの数分で立派な街並みへ様変わりしている。

 ここは、ヴァルファロスト王国。先日、愚王子と戦い王様たちを救い出した地だ。

 アダマムもこの王国の領地だけれど、比にならないほど栄えているな。まず景色が建物だらけで造りも新しい。

 俺がいるのは、王国の路地でおそらく西のギルド近くだろう。

 ここ第一都市は、東西南北でタイルの色が少し違うから判りやすい。西は灰、南は朱、東は緑、北は黒となっているらしい。


 俺は、カクシの妖術でここへと来た。

 カクシは、自分の空間を経由することでそう遠くなければ移動できるらしい。これが隠し神としての力の一つなんだろう。

 瞬間移動みたいで羨ましい。俺もできるようになりたいが、神の特権とあっては難しいだろう。

 さて、城に行くか。結局、何の用なのかは一向に分からずじまいだったけれど、たぶんあのバカ王子のことだろうな。


 大通りへと出る。ギルドも立ち並ぶ通りで、武器などが売っている店が多い。

 その瞬間、ほんの少しだけ嫌な予感がした。

 内に秘めた悪い物が今この時だけ姿を現したかのように極々小さな悪い予感が。

 俺は、おもむろに左を向いた。冒険者がよく出入りする街の出口の一つがあって、衛兵も待機している。

 しかし、一番に俺の目を奪ったのは、そんな世界感に相応しい甲冑を着た男共とは違う。うちの学校の制服を着用した小さな少女だった。


 ――制服……!!?


 足が震える。後退る。

 元の世界が頭にチラつく度、嘘によって嫌悪された自分を思い返す度、呼吸が荒くなって思考が止まった。

 少女はゆらゆらと覚束おぼつかない足取りで俺へと近づいてきた。

 まるで目の前のものを拒絶するかのように目が霞む。

 俺と目の前の少女しかいないように辺りが暗く見えて冷や汗が全身から噴き出した。

 帰りたい! ここにいたくない! どこかいけ! 来るな! 離れろ! 動け!

 数秒が何時間にも感じるほど俺の思考は巡る。

 ドクンドクンと心臓の音が早鐘を打ち出して瞼を閉ざした。

 助けてくれ…………ゼラ……!!


「おお! レッド殿!」


 万事休す、と瞼を閉ざした刹那――背後から希望とも思える声が聞こえてきた。

 振り返ると、キンが後ろから手を振ってやってきていた。


「っ…………キン!」


 心臓が五月蠅く声を出すのがおっくうだったけれど、無理をしてなんとか返事をした。

 もう一度見ると、そこには誰もいなかった。

 くそ…………あんなんでこんなになるなんて……。

 しかもゼラを頼りにしてしまった。俺は、そんなにもゼラを……。


「どうしたぁ?」


 キンが俺の顔を覗き込んでいた。

 怖い顔をしていた為、キンも眉間に皴を寄せていた。


「いや……ちょっとな……。

 それにしても久しぶりだな! あいつらは元気か?」


 俺は、怖いものを寄せ付けまいと無理矢理に調子を弾ませた。


「勿論だべ! 今日もこれから集まって、ダンジョンに行こうって話になっているんだ。レッド殿も一緒に行かねえか?

 レッド殿もいれば、鬼に金棒! もう少し深く入っても問題なくなるべ!」

「あ、ああ……いや、今日は王様に呼ばれているんだ。だからまた今度にするよ」

「おお! そりゃあ大変だない!

 そうだ! ガンツも言っていたが、何か困ったことがあったらなんでも言ってくれよお! なんたってレッド殿はチームガンツの命の恩人だかんな!」

「……ありがとな」


 キンは、いそいそしくギルドへと歩いて行った。

 取っつきやすい人だなキンは。いつでもあの明るさを維持できるなんて、感服させられるよ。


 俺は、もう一度西側出口を見た。

 やはり誰もいなかったが、嫌悪感は消えてくれなかった。

 早く城へ行こう。ゼラのいない今、俺は無防備だ。

 ゼラを連れて来るんだった……。なんで連れてこなかったんだよ!

 周囲を警戒しながらも、速足で俺は城へと向かった。



◇◇◇



 俺を城で迎えてくれたのは、以前と同じくリオネルとリルルの二人だった。

 気品のある以前来た大広間に通されると、王様が来るまで三人で雑談をすることになった。

 何度来てもここは広く、自分たちのいる場所がポツンとして感じられる。

 二人共、城の中だというのに着苦しそうな制服を見に纏っていて真面目だ。

 自分達の家なのだからもう少しラフでもいいと思うが、これが王族としての嗜みというやつなんだろう。

 リオネルは、まだ子供らしい顔だからか白い正装に着られている感がある。リルルは、幼くもその容姿故か気品と清楚さが滲み出ている。


「今日は、来ていただいてありがとうございます!」

「でも、知っていたらもっとおめかししたのに……」


 リオネルはいつものように元気だったけれど、リルルの方は少し声が小さかった。


「リルル王女は、お身体の方は大丈夫なんですか?」

「もう……! アカヒト様、謙った言葉はやめて欲しいと言ったじゃないですか!」


 かと思えば、またこの返し。

 元気ではあるようで安心したよ。


「ごめんごめん……。だけど、王様にバレると怒られちゃうから勘弁してくれ」

「ダメでーす! アカヒト様の困った顔、もう少し見ていたいんだもん!」


 笑いながら出る言葉は困りものだけれど、こうやって元気な姿が見られたのは嬉しかった。


「それにしても、俺はなんで呼ばれたんだ?」

「あれ? 手紙に書いてありませんでした?」


 あ、そうか……あったな手紙が。読めなかったけれど……。


「あれは妹がくしゃくしゃにしちゃって……」


 苦笑しながら言い訳を並び立てる。

 字を読めないなんて、恥ずかしくて言えるわけがない。

 しかし、ただの冗談だというのにやはり頭が重くなるのは相変わらずだ。


「そうだったんですか。用というのは――」


 リオネルの表情が神妙になった。

 どうやら予想は当たっていたらしいな。


 それからリオネルは、今のリーテベルク王子について話した。

 あいつは一人、地下の牢獄のような一室で生活しているらしい。

 親の口も聞かず、人との関わりを閉ざしているみたいに静かだとか。

 妖怪に惑わされたにしろ、自分のした行いを後悔せずにはいられないんだろう。

 既に起きた事を無かった事にはできない。あいつも一人の王子として責任を痛感しているというところか。

 色々と考えさせられるな。俺も同じとまでは言わないが、嘘を使って何度も人を嫌な気持ちにさせてきた。

 罪悪感に苛まれてきた回数は、指の数では到底足りやしない。嫌な業を背負わされたものだな。俺も、リーテベルクも。


「「アカヒト様、どうか兄をよろしくお願いします!」」


 二人に頭を下げられた。

 自分の家族のことを他人に委ねる気持ちは計り知れない。それでも、俺の中に熱い何かが込み上げる。

 なんとかしてあげたいこの気持ちは、きっと偽りじゃない。

 俺にも運命があるはずだ。だから、この家族との関わりは俺にとって必要なことなんだろう。


「私からもお願いする、レッド準男爵」


 いつの間にか近くまで王様が移動して来ていた。

 俺は慌てて立ち上がり、お辞儀をする。貴族としての振る舞いはどういうものなのか判らないけれど、できる限りのことをしようと思った。


「お、王様! おはようございます! この度は城へ御招き下さり……あ、ありがとうございます!」


 びっくりした……おどかすなよな……。

 王様の後ろには他にも人がいた。一人は、この前逢った公爵令嬢のアリシアさんだけれど、もう一人の青年は面識がない。

 アリシアもその男も同じ格好をしていた。赤を基調とした制服で、二人共着慣れているように窺える。

 橙色の掻き揚げられた髪は情熱的でなんとなく活発そうというか、スポーツ男子のような空気を纏っている。けれど、まだ若いのに強者の風格をも感じられた。

 体格がよく、背が高いからそう感じるのだろうか。


「いやなに、ここではそういうのは気にしなくていい」


 『そういうの』とは、リルルが言うような謙った態度だろうか。

 俺は、愛想笑いをして誤魔化しつつ今の言葉に対する返事を並べた。


「その件につきましてはもちろん力になれる限りのことをしますが、私は貴方が思っているほどの知恵も力もありません。お役に立てるかどうか……」

「気負う必要はない。息子と少しだけでもいいから話をして欲しいだけなのだ。

 あの子は今、心を閉ざして他人と関わることを怖がっているように見える。その心を少しでも開けてもらいたい」

「わたくしたちもさっき面会してきました。正直なところ、わたくしたちでは彼の心に訴えかけることは不可能でした」


 あからさまにリオネルとリルルの表情が曇るのが気になった。

 「またダメだったか」とそんな言葉が思い浮かぶ。


「どうか頼むよ、私の息子を」

「……はい」


 俺は、真剣な眼差しを向けながら返答した。

 あいつには、言いたいことは幾つかある。それをぶつけることであいつが変わるかは判らないが、王様たちが手を焼いているリーテベルクに喝を入れたい気持ちが高まった。


 王様は、俺たちに気を遣うようにその場を後にした。

 それでやっとのこと張り詰めた気持ちが解放されるように大きく息を吐いた。


「はぁ……」

「何、だらしがないわね。それが一応でも貴族の振る舞いですか?」


 挑発するようなアリシアの強い眼光には呆れてしまう。

 王様という大ボスを退けた後なんだから、少しは休憩させてくれよな。まるで委員長みたいでおっかない。


「アリシア様、彼は?」


 これまで無言だった青年が口を開いた。

 そういえばいたな。王様と話すのに気力を使っちまってたから忘れてたよ。


「彼は、レッド・アカヒト準男爵。リーテベルク王子を諫めた張本人です」

「おお……キミがか」


 関心するような相槌はなんとなく気に食わなかった。まるでおべっかでも見せられているみたいで腹が立つ。


「こちらはクラウス・ヴァン・ルージュ。ルージュ子爵家の次男にあたります。

 王子とは魔法学院で仲が良く、わたくしと同じ理由でこちらを訪れました」

「へー?」


 なんだお高く留まっている貴族のボンボンか。てか、俺も貴族になったんだっけ……。

 やべえ……全く自覚がないな。そんな仕事をしていないからだろうか。


「キミは近頃貴族へと格上げされたようだが、魔法学院へ入学するとかは考えていないのかい? 貴族ならば、それ相応の知識をつけるべきだ」


 おいおい訊いてもいないのに勧めてくるとはどういうつもりだ? 貴族は貴族らしい振る舞いをってのがそんなに大事かよ。

 そう思いはしたものの、あからさまに嫌な態度をとっては目につく可能性があった。その為、俺は無理矢理に愛想をよくする。


「いえ、私のような若輩の成り上がりが行くような所ではないでしょう。

 他の生徒達の前で王子関連のことでボロを出す訳にはいきませんし、アリシア様にとっても私はそちらにいない方がなにかと都合がいいのでは?」


 ここはアリシア嬢を言い訳にさせてもらおう。なんくせつけられて長話にさせられると面倒だしな。


「そこまで言うつもりはないけれど、確かに今は貴方に学校に来られるのは都合が悪いこともあるかもしれないわ。なかなか気が回るじゃない」


 なんとなく賭けはしたものの、そうやって断言させられると辛いものがあるよな。美人な人だけに……。


「それもそうか……。では、また次に逢う時には一つ手合わせ願おう。

 剣の腕では負けなしだった王子に同等以上に戦ったというキミの力を私は見てみたいのだ」


 凛々しいイケメンを前にして嫌悪感が逆撫でされた。

 知るかよ……なんだその盛った話は? は? 舐めてんのか?


「わかりました。ですが、私の実力はそれほどじゃないですよ。あの時もちょっと運が良かっただけなので」

「ああ、そうだろうな。しかし、その運が強みかもしれんからな!」


 この野郎、本当に舐めやがって……! オブラート千枚くらい喉に突っこんでやろうか!?


「準男爵殿、王子の下へはわたくしが案内します」


 俺ももう目が笑っていなかったが、わなわなした雰囲気を嗅ぎつけたようにアリシアが時の鐘を鳴らした。

 ――ようやくか。

 リーテベルク王子……王国転覆を計った張本人との対面。はたして俺にあいつの心を変えられるのだろうか。

 少し緊張しながらも、俺は頷いた。

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