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12話 妖の傷払い(1)

 クウは、シノンとリコの二人と共に狐村に残った。なので、また三人での屋敷暮らしが始まった。

 とはいえ、ここは田舎。特にやる事は無いし、穏やかな日々が流れていくだけ。

 そんな余裕が俺を堕落させていく。こうやって昼までベットに横になっていても誰にも何も言われないし、本当に狐にでもなったみたいだ。

 こんな日々が続けばいいと思う一方で、ふとクラスの連中を思い出した。


 あいつらは今、どこで何をしているだろうか。

 俺は、幸いゼラに助けられているからなんともないけれど、あいつらにはそれが無い。

 月紫のステータスは高かったし、他にもあれくらいがいくらでもいるはずだ。だから、きっと大丈夫だと思うのだが。

 いや、人の心配をするのは俺らしくないか。

 俺は、妖怪と共にいることで妖怪に狙われる身だ。自分のことだけ考えるのが俺にできることだよな。


 うたた寝しそうになると、部屋の扉が開かれた。

 ハクが嘲笑うかのような顔で入ってくる。


「なんだ? バカみたいな顔して」

「ば……っ――……貴方に電報ですっ!」


 ハクは、機嫌を悪くして手に持っていた封筒を部屋に叩きつけた。

 なんだ、と疑問に思っている間にハクは扉を勢いよく閉めてうるさくされる。


「なんだよ……冗談だろ……」


 封筒を手に取ると、差出人が記載されていないことに気がついた。

 これ、どうやって届いたんだ? ポストなんて無いけどな……。

 切手も貼られていないし、まさか鳥かなんかが運んできたのか?

 封を切って中を確認する。中身はこちらも変わらずただの手紙だった。

 しかし、俺には何が書いてあるのかわからなかった。


「そういえば俺、こっちの文字読めないんだった…………!

 文字とか勉強した方がいいよな……流石に生きづらそうだ」

「――国王からレッド準男爵へ……」

「え?」


 後ろから文書を読む声が聞こえて振り返ると、カクシが俺が持つ手紙を後ろから読んでいた。


「…………な、なんでお前がいるんだ?」


 俺が振り返って間もなく、カクシは俺の背を影にして隠れ遊んだ。


「あれあれ? それね、なんか城に来いって書いてあるよ!」

「あ、ああ……そうなのか。

 で、なんでお前ここにいるんだ?」


 振り返れど振り返れど、カクシは俺に見つかる度に俺の背に隠れた。


「お兄さんって国王と友達だったの? 結構好意的なことも書かれてる! 凄いね!」

「おい、聞いてんのか?」


 カクシは、俺の質問には一切答えずに自分勝手に手紙を読んでしまったようだ。

 俺が憂鬱に百八十度回転して体を掴んだ時には「おお!」と感嘆の息を漏らしていた。


「いや〰〰この前はただのお兄さんかと思ってたけど、結構仕事ができる人だったんだね! ボクは鼻が高いよ!」

「意味の判らないことをつらつらと……! 俺の話を聞け!!」


 そう言い飛ばし、カクシの両頬を抓った。


「親に人の話は目を見て聞くって教わらなかったのか!? 自分勝手に話すな! ここは俺の家だぞ! 何勝手に入ってきてんだ! なんでここにいるんだ!? 全部答えろ!!」

「いひゃい! いひゃい! いひゃいでふわかりまひたぁ……!」


 抓るのをやめてやると、カクシの頬はモチのように赤く腫れていた。


「もお……お兄さんってば、いひゃいって言ってるのに……! ボクはこれでも神様なんだよ!?」

「知るか! 人の話を聞かない神は神じゃねえよ!」

「むぅ……! 折角来てあげたのになんなのさ!」


 カクシは、頬を膨らませてプイと首を回した。神様だと自称する割には子供っぽい。


「で、なんでここにいるんだ?」

「ふん! 意地悪お兄さんには教えてあげないよーだ!」


 子供というか、ガキだな……。


「んじゃまあそれはいいや。この手紙を読んでくれよ、読めるんだろ?」


 手紙を差し出すも、カクシはへそを曲げたままこちらを向いてくれなかった。

 たく、仕方ないな……。


「カクシ、遊んでやるからもう一度読んでくれよ!」


 弾んだ調子で誘うと、こちらを一瞥するものの、またそっぽを向かれてしまった。

 そんなに痛かったのか……?

 それにしても、なんでこいつがここにいるんだ? 封印を解いたからって行き場がなかったのか?

 て、考えても無駄か。カクシが答えてくれないんじゃな。


「そんなに無視するならこうだ!」


 俺は痺れを切らし、カクシに魔の手を伸ばした。

 脇腹に手を入れ、激しくくすぐった。


「ひょえ!!?」


 カクシから変な声があがり、次々と笑い声が漏れてくる。抑えきれないように声が溢れ出していた。


「あは! あははははは! ぷく、うひひ! ひゃ…………やめ、あはははは!!」

「どうだ、割と上手いだろ! 従妹いとこ相手に鍛えてきた俺の腕を見よ!」

「やめ……ダメ……アヒャアヒャヒャヒャ!!」


 足の裏も丹念にくすぐり、カクシはベットの上で暴れ回った。

 ぐりんぐりんと大回転を強行するが、俺は逃がさないよう足を引っ張り定位置へと戻す。

 咳き込むほどの笑い声は止まず、部屋中に響いた。


「ギブ! ギーブ! 言うこと聞くからやめ……」


 やっとのこと俺は手を止めた。

 なんとなく達成感が込み上げてきて額の汗を拭う。

 神だ何だのと言っているようだが、大したことなかったな!


「ふっ……俺の勝ち!」

「お兄さんの変態! 鬼畜! エロ魔!!」


 息を整えたカクシは、再び威嚇の目を向けてきた。


「なんだ? まだやり足りなかったのか?」


 俺は、警告するように手を揺らして見せた。

 すると、カクシは顔色を悪くして壁際へと逃げていく。


「ひっ! ごめんなさい……言うこと聞くからやめてください!」

「うんうん。ちゃんと目上の人の言うことは聞かなきゃダメだぜ!」

「良い顔して何を言っているんだ!」


 大人げない? 大いに結構! 俺は、子供相手でも手加減しない!!


「で、なんでお前がここにいるんだ?」

「そ、それは…………」


 カクシは、ボソボソとした声で話し始めた。



◇◇◇



 俺は、領地内にある一つの家屋かおくへと連れてこられた。

 こじまんりとしたボロ屋だが、外の畑で作業をしている老夫婦を見る限り家主は健在のようである。

 畑仕事をする者の装いはこっちの世界も大して変わりないのだと関心した。

 こっちに引っ越してきて初めてこういった田舎ぶりを間近で見たが、長閑な感じが一層掻き立てられた。

 大自然の豊かさが元の世界とは別様べつようだ。大気汚染問題もない空気も格別で、ここへ来て良かったと思える。

 あっちだと感じられなかった新鮮な空気みたいなものに、ありがたみを感じられるな。


「あそこ」


 カクシは、家屋の屋根を指差した。

 俺がここへ連れてこられたのは、取って欲しい物があるかららしい。

 頼れる者がいないカクシは、今唯一の知り合いである俺の所へ来たという訳だ。


「アレを取ればいいのか?」


 カクシが指し示した物は、鳥の巣だった。小枝をかき集めて作られたようか小さな鳥の巣。


「頑張って! 応援してるよ!」

「お前神様なんだろ? あれくらい取れないのかよ……」

「それは嫌味か何か?」


 カクシは、俺を睨みつけてきた。

 自分の背が小さいことを棚に上げて頼み込んでいるくせに、そこは言われたくないのか。


「仕方ない……取ってきてやるから、その代わり終わったらさっきの手紙読めよ」

「うん!」


 凄く元気のいい返事だ。こんな喜んだ顔をされては、断れないよな。



 俺は、家主たちにバレないよう屋根の上へと昇って鳥の巣ごと持ってきた。

 巣の中には、黄色の卵が一つだけ残っていた。小さくも希望に包まれたような卵だ。


「これで良かったのか? 動物の巣を勝手に取って来て、物取りと一緒じゃないか」

「この巣はとっくに使われなくなった物だよ。その証拠に結構穴が空いているでしょ? 雨に打たれて崩れたけど、修復がされていないってことだよ」


 カクシの言う通り、所々小さな穴が空いていて小鳥を育てるには雑な巣だった。

 鳥の巣なんてマジマジと見たことなかったけれど、そう言われてみればそうなんじゃないかと思えるな。

 あれ? でも、そうしたらなんでこの卵はまだここにあるんだ?


「なあ、これ……」

麒麟きりんの卵だよ。ボクの知る限り、数千年ぶりにこの地へ生み落ちたことになる」

「キリン? キリンって卵から生まれるんだっけか?」

「…………なんか勘違いしてない? 麒麟っていうのは、幻獣――幻の獣のことだよ」

「幻獣!!? え、幻獣が卵から生まれるのか!?」

「あれあれ? 知らないのう?」


 俺が知らないことを自分が知っていることが嬉しいらしい。カクシは、「ぷぷぷ」と意地悪な笑みを浮かべて説明する。


「種類によるけど――麒麟は卵から生まれて来るんだよ。でも、重要なのはそこじゃないんだ!」

「……どういうことだ?」

「麒麟はね、王が誕生するのを予言するように生まれて来る。近々、ここ数千年に一度の偉大な王が誕生することを示唆しているんだよ!」

「はあ? そんな予言みたいなことかよ……。てっきりなんかヤバいことでも起きるのかと思った」

「何言ってるの!? 王ってことは、魔王が誕生することだってあり得るんだよ!? それも、この近くで!!」

「…………マジかよ……」


 ゴクリと生唾を呑んだ。信じがたいことだが、カクシの真剣な表情にあてられた。

 まあ、これが麒麟の卵ってのもカクシが言っているだけだし、予言みたいなのは狂言でなんの真実味も無いことだ。うんうん。


「そういえば、早く行かなくていいの?」

「何がだ?」

「手紙に城に来るようにって書かれてたからさ」


 カクシの悪戯な笑みに俺は少しイラっとした。


「そういうことは早く言え!?」

「しょうがないな〰〰卵を取ってもらったし、ボクが連れて行ってあげるよ!」


 ニシシ、と何か企むようなカクシを俺は怪訝に睨み付けた。

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