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11話 狐の妖村

 俺たちは、狐村へと辿り着いた。

 何気ない集落で、建物も人間のものと変わりはない。ただ、少し建物が昔のものっぽいのは否めなかった。

 藁でできた屋根や土壁が懐かしいというか、古風だ。こちらの世界でも流石にここまで古い建造物はこれまで見られなかった。

 到着するなり、空狐とゼラが手を取り合って道を歩く。すると、獣耳を出した人間が次々と建物から出て来て頭を垂れた。

 まるで江戸時代の偉い人が道を歩いているみたいだな。それにしても出て来る者達の着ている衣服は江戸時代さながらで着物ばかりだ。

 人間には見られないし、着物の方がいいという妖怪も多いのだろうか。


「これ全員狐なのか?」


 近くを歩いていたシノンに耳打ちしてみる。皆が無言で歩くのに耐えられなかった。


「はい。ここには狐以外の妖怪は住んでおりません。

 ただ、特に狐だけという縛りを作っている訳ではありませんし、人間に偏見を持っている妖怪は少ない方ですよ。

 アカヒト様のことは物珍しいように見ているかもしれませんが、嫌悪感からではないと思います」


 シノンが小声で返答してくれたことでほっとした。しかし、シノンはそれを見破ったかのように続ける。


「ですが、気を付けてください。少ない方、というだけですのでいないという訳ではありません。

 今は空狐様のお連れの方、という認識を持っているかもしれませんが、いつ人間を恨んでの行動に移しても保障はできませんね」

「お前、いい性格してるよな……」

「空狐様の父君にお褒めに頂いて感激です」


 そう言う割には全然そんな感じしないんだよな。おそらく『父君』というところもこいつは半信半疑なはずだ。

 俺もそこを掘り下げようなんて真似はしたくない。


「あまり変なことはしないことね」


 後ろからリコに睨み付けられていた。

 リコは、ずっと俺のことを嫌悪しているようだな。

 シノンは、父親かどうかというのを一応牽制しているようだが、リコはあからさまに信じる気がないことを表している。

 いや、さっきカクシの世界に入った時の焦りよう…………クウのことを想っての行動か。


「信用ないんだな」

「人間のアンタなんか信じるわけないでしょ、バカね! 今は上手く誤魔化せているんでしょうけれど、あたしのことは騙せないわよ!」


 いや、本当は最初に隙をついた事を根に持っているのかもしれない……。



 暫くして道の先に村を一望できそうな建物があった。村側に壁がなく、玉座が一つだけポツンと建物内に見える。

 まるで神楽を見せる為の場所である神楽殿のようだ。雨風には弱そう。

 クウは、ゼラをその玉座へと誘った。

 あんな幼い見た目であっても自分よりも高位の存在であるゼラに対してよく弁えている。

 いつの間にか俺たちの後ろにはズラっと村の者達が勢揃いしているようだった。

 それぞれ跪き、頭を垂れている。皆、ゼラが何者であるかを知っているかのように静かに言葉を待っていた。

 俺もした方がいいのか……?

 シノンもリコもハクでさえ同じように跪いていた。

 やばい、と思って膝を折ろうとすると、


「よい……主は、こちらへ来るのじゃ」


 ゼラが不敵な笑みを浮かべながら手を差し伸べてきた。

 なんの説明もなかったし、これから何をするのか考えようもない。けれど、俺はゼラの誘いを断れなかった。

 恐る恐る俺はゼラが言うようにクウの隣に立つ。流石にゼラの横へ行くのは反感を買うような気がした。

 すると、ゼラは今までずっとそうであったかのように、横行跋扈おうこうばっこの如き振る舞いをした。


「皆の者! くるしゅうないこうべをあげよ!」


 狐たちは、その勇ましい顔をあげた。全員の視線がゼラに集中しているのがここからは判る。

 フフン、と優越感に浸るゼラの顔はとても喜んでいるように見えた。

 ゼラはずっとこれがやりたくて、ここ狐村を探していたみたいだな……。


「もう一度、儂の名をここの皆に知らしめよう!

 気づいている者もいささかいるようじゃが、その身を持って儂の復活に打ち震えるが良い!

 儂は――白面金毛九尾狐はくめんきんもうきゅうびのきつね! 全妖怪で最強にして最凶の九尾なのじゃ!!」


 ゼラは、立ち上がってその耳と九本の尾を出して見せつけた。胸を張り、爽快感が彼女を快感に導いているような気がした。

 ゼラの復活宣言に対し、狐村の者達は「おお!」と歓喜の声を零している。狐たちにとって九尾がどれほどの存在かが垣間見えた。


 やっぱり獣耳、可愛いなあ……。なでまわしてえ!

 そんな邪な考えをしていると、壇上の両端に二人の女性がどこからともなく現れた。そして、粛々と跪く。

 二人共頭には獣耳、尻には二本の尾があった。彼女たちが狐であると同時にただの狐ではないことが判る。

 九尾には及ばないまでもほかの狐と比べて上位の存在ということか?


「「お久しぶりでございます九尾様」」


 息のあった挨拶かと思えば、二人共容姿がほぼ同じだった。

 茶髪のミディアム。一見線が細いように見えるが、装いや醸し出す雰囲気は百戦錬磨で隙がない。違いという違いは、涙黒子が左右逆であることくらいだ。

 ゆるやかな美しい目が鋭い眼光へと変わる刹那、光物が彼女等の背より取り出された。

 まったくその気があるように見えなかったが、一気に凍てつく程の殺意が俺を襲った。

 だが、その二人の刃も俺の首へと届く前に止められた。

 カキン、という高らかな金属音があったと思うと、シノンとリコの背中が俺を庇うようにして立っていた。

 あ、あぶねえ…………こいつ等、何者だ!!?


「これはこれは……クウ様……いえ、空狐様のお付きの方々ですか」

「どうかされたのですかお二人共。我々は、あなた方よりも高位の存在。邪魔立てとは、感心しませんね」


 殺意はそのままに平然と話している様は、殺しに慣れているようだ。逆に力負けしないように踏ん張っているシノンとリコは既に負けているように見える。

 シノンが持っているのは、ショーテルでこの中では一番珍しい。リコは槍で、朝に攻撃してきた物と同じ。しかし、今襲って来た二人が持っているのは、紛れもない刀だった。

 なんでこっちの世界に日本刀が……!?


「そ、それはこちらのセリフ! 空狐様の御社で何をなさるおつもりか!!」

「時代遅れの狐が急に現れたかと思えば、何を考えてんのよ!!?」


 その瞬間、今の二人の殺意すら子供に思えるほどの妖気が色濃く発せられた。

 発信源は、ゼラとクウだった。怒りの伴った妖気の共鳴によって、逃げ場がないほどに充満していく。

 体が重くなったように感じられ、村妖怪は次々と倒れていった。

 その妖気に怖気づいたのか茶髪の妖怪たちは、シノンとリコから離れて再び跪いた。


「スミレとビオラ、じゃったな……。一体何様のつもりじゃ? その男を殺そうとしたその意図を言うてみろ。

 しかし、ここから先は言葉を選んだ方がよいぞ。儂が誤って殺してしまうやもしれん」

「――は。

 貴女様も承知のはず。その者の魂と貴女様は、けして交わってはいけません。これは、閻魔大王から直接受けた警告」

「貴女様がいて、その者がいるということはけしてあってはならない。今の内にせめて首を跳ねるべきです」


 何の話だ? 閻魔大王だとか……まさかこっちの世界には閻魔大王がいるのか!?

 俺とゼラが交わってはいけないってどういうことだよ……?


「そんな話もあったやもしれんな。しかし、儂が閻魔大王の話を素直に聞くと思うたか? 儂が閻魔大王ごときに敗れると思うたか!!」


 覇気のあるゼラの問いかけも二人の殺す意志を変えることはできないようだった。

 二人共、俺を睨み付けて隙を窺っているようである。


「ククク……いいじゃろう。うぬ等が儂に言わせたいことを今一度言うてやろう。

 この者は、儂の婿むこじゃ!! 何人たりともこの者に手を出すことは儂が許さん!!」

「「「婿ぉ――――!!?」」」


 俺とシノン、リコの吃驚する声が揃った。唖然して開いた口が塞がらない。


「な、何を言っているんだゼラ!?」

「お、お主の魂は儂の物じゃ……そのくらい普通じゃろ」


 顔を赤らめ、ぼそぼそと言い訳めいた言葉を並べるゼラは、それまでの威厳が消え失せていた。

 しかし、刀を持った二人から殺意がなくなったのが判った。刀を鞘へと納め、頭を垂れている。


「では、我々は再びあなたの矛と盾になりましょう。これより先は短くも長い時間になるかと思います」

「是非に我々をお使いくださいませ」


 急に手の平を返して味方気取りか!? そんなのに誰が騙されるかよ……!


「うむ。しかし、暫くは儂等の近くには寄り付くでない。その顔を見ると、八つ裂きにしたくなってしまうやもしれんからのう」


 すると、二人はゼラの命令を受け入れお辞儀した後に煙のように消え去って行ってしまった。

 まるで嵐のような奴等だったな。

 また俺の命を狙ってくるかもしれない……生きた心地がしないな。

 ものの数分で幾つもの事が怒り、頭は混乱していた。それを悟ったのだろうクウが服の袖を引いてきた。


「……俺は大丈夫だ」


 俺を守ってくれる奴が増えたしな。

 シノンとリコが俺を守ってくれたのは意外だった。二人は、むしろ俺が死んだ方が喜ぶと思ったんだが。


「勘違いしないことね。あたしが守ったのは、あくまでこの場所での愚行を阻止する為だから!」


 別に明言しなくてもいいことをリコは俺を指差して言い放ってきた。

 へいへい……まあなんとなくそんな気はしていたよ……。


 結局、この日は微妙な雰囲気になったまま帰ることになってしまった。

 妖怪の中に人間が一人入ることがどれだけの面倒事かが判った。俺は、あまりあそこには寄り付かないようにした方がいいだろう。

 ゼラは、また黙りこくった。あいつが言っていた、『婿』について詳細を問いただしたのだが、お決まりのように無言によって受け流されてしまった。

 あそこまで言っておいて隠しきれると思っているのが傲慢ごうまんなんだよな。

 まあでも、そう遠くないうちに知ることになる気がする。俺は、それほどまでにゼラとかかずらっているのだから。

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