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10話 隠れた妖界(4)

 お色気を出そうとしているのだろう。お尻を振ったり投げキッスをされるが、全部子供じみていて何も感じないどころか呆れてしまった。


「もう……仕方ないな〰〰!

 その無口なチビッ子と話したって楽しくないし、しょうがないから遊んであげよっか。

 ボクは、隠し神! キュートで、ラブリーな神様だよ!」

「……」

「どう? 可愛いでしょ?」

「…………ま、まぁ……多少は?」


 ゼラには劣るものの愛嬌が感じられ、屈んだ時に窺える膨らみかけの胸には目が行ってしまう。しかし、全てをひっくるめてゼラの下位互換であるのは否めない。


「でっしょう!」


 何が言いたいんだこいつは? 適当な相槌のつもりだったのにも関わらず、上機嫌になって胸を張っている。


「で、ここはどこなんだよ可愛くて可愛い隠し神様」


 こういう時はあげへつらうのが肝要だ。特にこんな奴には。


「ここはね、ボクの深層世界なんだ! ボクの妖術の根幹とでも言える場所さ!」

「じゃあここから出るにはどうすればいいんだ?」

「何言っているの? お兄さんとチビッ子ちゃんはここから出ることなんてできないよ! ボクの怒りを買ったんだからね……!!」


 急に隠し神の雰囲気が変わった。幼い彼女からは感じられるはずのない殺気が俺へと向けられている。

 妖気を出し始めた彼女相手に俺はたじろいでしまう。ポーカーフェイスを保つことはできずに警戒した。


「……どうするつもりだ?」

「お兄さん、なんでボクがこれだけ怒っているのか判っていないみたいだね」


 そういえばさっき、こいつは「痛いじゃないか」と何度も言っていた。

 こいつに何かをしたつもりはないが、何かこいつの逆鱗に触れることをしてしまったのか?

 空狐は、突然俺の上から降りる。ふわりと風に乗るようにゆっくりと着地した。


「パパ……クウの名前」


 空狐の背中からはその言葉の意図を見つけることはできなかった。

 空狐の名前……? どういう意味だ? 空狐の名前、それはクウ……なんだろ?

 空狐は、こちらへと首を回した。その瞳は潤んで、今にも泣きだしそうだ。

 儚い表情に俺は煽られる。何かしなければ、と強い意志を自分の内から感じた。


「――クウ」


 俺は、何故かその名前を呼ばなければいけない気がした。頭の中で何かが引っ掛かったけれど、それを考えるのは後にした。

 名前を呼んだ刹那、空狐はその身に光を宿した。今にも消えてしまいそうに儚く、淡い光の泡を漂わせている。


「やっと呼んでくれたねパパ」


 空狐は俺に笑いかけてきた。無垢なその表情には、昔に見たことがあるかのような懐かしさを感じた。

 感覚がおかしい。俺は……本当は俺は、俺が……誰なんだ……?


「あれあれ……? なんでこんな所にこんなにやばいのがいるのかな?」


 隠し神の笑みは引きつり、おののくように後退った。


「パパに手を出さないで」

「あれあれ? 何を言っているのかな? 先に手を出してきたのはそっちでしょ!? ボクを踏みつけにして!

 いつもいつもボクを踏みつけにする人間には、ここで餓死してもらうことになっているの! その人間も、ボクは許しはしない!!」

「踏みつけ……? おい待てよ、俺はそんなことしていないぞ!?」

「人間は皆そう言う。ボクには誰も気付きもしない! ボクをここに封印したのは、キミ等人間だというのに!!」


 駄々をこねるように足をバンバンと何度も上げ下げしている。

 鬱憤を吐き出しているようだ。

 ――もしかして……!


「お前、まさか植物かなんかなのか!?」

「そう……ボクは、人間にこの木に閉じ込められてしまった。最近は近くにあまり人間が棲みつかなくなったからお兄さんは久しぶりの犠牲者だよ!」


 木、ということは俺が踏みつけたのは木の根ってことか。封印されて感覚も共有されているのかもしれない。

 長い年月……木と同じ……。

 想像ができないほど大それた話だと思った。雨風にさらされ、更には一人ぼっち。

 どれほど…………俺以上の孤独……。


「あれあれ? 父親らしいお兄さんが娘らしい女の子を前にして後ろで隠れているというのは、情けないとは思わないの? そんなんで親子って言えるの? ねえ?」


 挑発から出た言葉だということは判っている。俺を誘い出そうとしている意図が見え透いている。

 それでも俺は空狐より一歩前へ出た。


「パパ……」

「あれあれ? やる気になったの? このボクと遊んじゃうの?」

「――…………戦う気はない。遊びたいなら、遊んでやるよ」

「へ?」


 俺は、その場に座り込み言い放った。その言葉が意外だったらしい。牙を抜かれたように隠し神の妖気が消えてしまった。

 かと思えば、目を輝かせてウキウキし始めた。


「クウ、おいで」


 クウは、何も言わずに俺の上に座る。

 ゼラならなんでとか訊いてきそうだが、クウは黙って俺のすることを尊重してくれるみたいだ。

 俺が父親ってのはきっと気のせいだろうが、こうして懐いてくれるのは嬉しく思う。


「何をする? てか、ここって何もないのか?」

「あれあれ? 本当に遊んでくれるの!? どうしてどうして?」


 隠し神は、訝し気に見ていた。だが、遊びたい気持ちもあるようで葛藤しているのが窺える。


「暇つぶしとでも思えよ、一人だと退屈だろ?」


 隠し神は、俺たちの前に座った。

 どうやら遊んではくれるらしい。唇に人差し指を当てて何で遊ぶか悩み始めた。


「じゃあどうしよっかな〰〰?」

「俺いい遊び知ってんだけど、やらないか?」

「え、なになに? やる!」


 まだ何も言っていないのに早計な奴だ。

 子供に囲まれて何かすることなんてなかったから考えたことなんてなかったけれど、こういうのも悪くないのかもしれない。









 何時間かが経って、隠し神から高らかに宣言される。この白い世界に響き渡るほどの大きな声だった。


「ダウト! ダウトダウトダウト!!」

「残念、7だったんだなこれが! シッシッシ!」

「あれあれあれ〰〰!!? また失敗だあ!?」


 隠し神は、頭を抱えて悔しがると同時に楽しそうだった。

 前に作ったトランプを持っていた為、俺たちはダウトをして遊んでいた。

 番号を順に宣言しつつ裏面で場に出し、他プレイヤーは出したプレイヤーに対してダウトを宣言することができる。

 ダウトされたプレイヤーはカードを表にし、それが宣言した番号と違う場合には、ダウトされた側が場のカードを全て持つ。宣言した番号と同じだった場合は、ダウトをした側がカードを持つ。全ての手札を使い切ったプレイヤーの勝利というルール。

 隠し神は、熱心にやっていたがちょっとダウトの頻度が多い。成功もするが、負債の方が大きかったな。


「パパ、8」

「え、あ、ダウト……」


 クウは、最後の一枚を出してきたので俺はダウトを宣言した。

 しかし、クウが表にしたのは8だった。


「マジか! クウが一番のあがりだ!」

「あれあれ〰〰また負けた!!」


 クウは、隠し神の悔しそうなそぶりを見て面白そうにクスクスと笑った。

 クウの表情は読み取りにくく、ダークホースとなっていた。

 隠し神よりもかなり厄介な相手だった。ゲームのルールを理解するのも早い。


「どうする……えっと……隠し神って呼びにくいな、なんか名前付けるか」

「名前!?」

「嫌か?」


 名前的には威厳があるんだよな……。こんな容姿じゃなきゃ俺も敬わなくてはいけないのかもしれない。

 名前を付けるというのは、無粋だったかな……。


「ううん! つけてつけて!」


 尻尾はないけど、まるで餌を出されて待てをされている犬みたいに興奮している。

 判りやすいな、こいつ……。神様がこんなのでいいのか?


「じゃあお前は――カクシだ。隠し神の略称みたいな感じだけど、この方が馴染みがあるだろ」

「カクシか……! うん、そう呼んでいいよ!」


 カクシが喜びを表現しようと跳び回っていると、突然この世界に亀裂が入った。

 地震のような揺れが起き、壊れゆくようにどんどん亀裂が酷くなっていく。


「なんだなんだ?」

「あれあれ? もしかしてこれ――やばい?」


 妖しい風が入って来て、俺たちは風が吹いた方向を一斉に振り向いた。その風には、僅かに妖気が含まれていた。

 ――この妖気……あいつ、また怒ってんのか。

 狙われる俺も悪いんだろうけど、仕方ないな毎度。

 パリンとガラスが割れるような音がしたと思うと、視線の先で世界が割れた。

 不自然に割れたその先から輝きを放つ金毛の大きな狐が入ってきた。

 この場にいるだけで絶対的な存在感を放ち、改めてゼラの凄さを目の当たりにした。それと同時に俺は申し訳なく思ってしまった。

 ゼラだ……獣の姿になっても怒っているのが判る。

 唸りながら怖いくらいの眼差しと妖気でカクシを威嚇していた。九本の尾を見せびらかすようにして開いている。


「九尾…………あれあれ? あれ九尾、だよね?」


 カクシは、ゼラを指差しながら戸惑いを露わにしていた。

 それまでの楽しい雰囲気が一気に冷たくなった。


「あれあれ……なんでこんな所に九尾がいるの? 九尾は千年前に姿を消してから一度も顔を出したことなんてなかったはずなのに……!?」


 ゼラの目はカクシ以外を見ていないようだった。一直線にカクシへ向かって跳躍する。

 音を消し、まるで風のようにあっという間にカクシへと噛みつきそうだった。


「わ! 待って待って待って!!?」


 カクシは、身を守るように頭を抱えながらうずくまった。

 妖怪でも本能的に勝てない相手だと判ったのだろう。抵抗することなく身を守る、もしくは生きる希望をかけて屈んでいる。

 その時、俺は咄嗟にカクシの前へと躍り出た。

 ゼラの怒りの源は俺たちだ。それに――


「カクシは悪くない、俺が悪いんだよゼラ。

 もうわだかまりはない。だから、お前が怒る必要はないんだ!」


 ゼラは、俺が抱く前にふわりと舞い降りた。首を下げ、俺に撫でられるのを心地よさそうにしている。


「――え? お、お兄さん……? どうやって……?」


 俺が九尾を手懐けているように思えたのだろう。カクシは、驚嘆しながらも足腰立たないようにへたっていた。


「ママ……」


 端的且つ信じられないような説明にカクシは口をへの字にして余計頭をこんがらがせていた。

 そうしている間に世界にできたひずみよりハクやシノン、リコが後を追うようにして入ってきた。


「空狐様!!」


 ハク以外はとても心配そうな表情をしており、クウのことを想っての顔であるのが読み取れる。


「ゼラ……俺のために怒ってくれてありがとな」


 まだそれほどの月日を共に過したわけじゃないのに、どうしてだろうか……ゼラに触れていると長いことずっと一緒にいたようなそんな感じがある。それと同時に深い感謝を伝えたくなってしまうんだ。



 俺は、ゼラたちに事情を説明した。カクシが隠し神で、俺が神の逆鱗に触れてここへ来てしまった事。和解し、トランプで遊んでいた事も。

 ゼラは元の少女の姿へと戻り、俺を睨み付けていた。なにやら機嫌を害したらしい。

 なんとなく考えていることは読めるけども……。

 毎度毎度俺が面倒事に絡むから嫌になっている、てところか。

 カクシは、ゼラが怖いらしく俺の後ろに別人のように隠れている。これじゃあ『隠し神』ではなく、『隠れ神』だな。


「空狐様も無事だったことですし、早くここを出て狐村へと向かいましょう」


 シノンは、リコとクウを連れてここを出ようとする。

 すると、カクシは俺の背中を掴んで「行かないで」と言っているようだった。一緒に遊んで懐かれたらしい。

 幼い少女の顔で寂しそうにしているから放ってはおけなかった。

 俺は、安心させるような笑みを零しながらカクシの頭を撫でる。

 ゼラは、ムッとした顔でまた俺を睨み付けた。


「ゼラ……」

「――…………なんじゃ?」


 俺の考えの全てを悟るかのような問い返しだった。


「なんとか――」

「お主、判っておるのか? そやつは、お主とクウを襲おうとしたのじゃぞ!!?」


 半分説教だった。全身にゼラの覇気がビシビシと伝わってくる。


「ああ……死ぬほど笑っちまうよな……。

 けど――今回は、俺のせいだから。こいつに少しばかりの自由をあげたいんだ」


 カクシは人間とは馬が合わないかもしれないけど、ここら辺は妖怪だって少なくないはずだ。狐村なんてのもあるみたいだしな。

 仲良くなってしまえば、ムカつくけど一緒に遊んでいて楽しい奴なんだよ。


「あの時みたいに、今ならこいつの封印を解くことができるんじゃないのか?

 もし俺の手が必要なら、俺の魂が必要なら好きに使ってくれて構わない。これ以上、カクシを独りにしたくないんだ……!!」


 ――こんな幼気な女の子を俺のようにしてはいけない。


「……ッ……!! あ、あ゛〰〰!! ……仕方ないのう!!

 そこまでいい顔で言われては、儂も断るに断れんではないか! まったくもうっ!!」

「ありがとうゼラ」

「ん」


 ゼラは、面倒そうに頭を抱えると顔を赤らめながらも了承してくれた。

 俺に手を差し伸べてきた。霊力が必要であることを暗示している。


「カクシ、お前の封印を解く。これからはここから出て、外を見ろ」


 ゼラがカクシへと触れ、カクシの体が青白く光った。

 一瞬のその光が終わると、俺たちの周囲は元の山道に戻っていた。白い世界からいつの間にか出ていたのだった。

 その後、俺は何も言わずに唖然したままのカクシを置いて先を行っていたシノンたちの後を追った。


 共に遊んだ思い出がある。あいつの記憶にも少しだけ俺を残せただろうか。

 余計な事だったかもしれない。けれど、俺に後悔などのうしろめたさはなく、むしろ歩く道が晴れ渡っているかのように清々しく見えた。

 自己満足かもしれないが、あいつの何かが変わることを願う。

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