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10話 隠れた妖界(2)

 赤毛女は直ぐに出てきた。純白のパンチラをものともせずに着地すると同時に殺気を剥きだしにして睨み付けてきた。

 まったく……絶対誤解だってのに、先走りやがって……。全然話聞く気ねーし、どうなってんだバカ野郎が!


「こいつは返すから妖気を抑えろ!」

「『妖気』……? あたしのことを妖怪と見抜いているなんて、やっぱり何か企てているのね!」

「なんでそうなるんだよ!?」

「リコ、手伝いましょうか?」


 いつの間にか背後に別の女がいた。長い黒髪の才色兼備な印象を受ける美人だ。

 落ち着き払っていて、直線的な赤毛女よりも面倒そうである。

 こいつからも妖気を感じる……! どっちも妖怪か……!


「要らないわ。こんな人間、あたし一人だけで十分よ!」

「くそ……話聞けよな……」


 俺もバカだ。無性にこの腕の中にいる女の子だけは傷付けたくないと思ってしまっている。

 仕方ない……やるか……。


「絶対、離れるんじゃねえぞチビッ子!

 ――《黒衣武装こくいぶそう》!!」


 俺の右腕に黒い妖気が禍々しく現れた。

 腕を中心にして小さな渦を巻き、戦闘意志を昂らせている。


「っ――この子、まさか妖怪なの!!?」

「関係無いわ! 空狐様を解放しなさいっ!!」


 真直ぐに俺へと向かってくる赤毛の少女。

 焦燥感に襲われ、周りが見えていないように見える。これなら避けるのはそう難しくない。

 俺は、胸にピンク頭の少女を抱きかかえながら軽快な足取りで距離を保ちながら避けた。

 突進してくるので挟み撃ちから抜け出すのは訳が無く、もう一人の女にも気を配りながら移動した。

 攻撃をするのはやめておこう。あくまで敵対意識がないことを判って貰うしかない。

 俺は妖力を持ちいくらか力を使うことはできるが、これは仮初の力。限界があるし、完全な妖力を持つこいつ等に本気で戦おうとしたら負けるのは必至だ。


「ちょこまかと……さっさと死になさいよ!!」

「な、お前野蛮だぞ! いったいどんな教育受けているんだ!?」

「うっさいわね!」


 赤毛女は急に速度を上げてきた。敵対心に駆られたのだろう一歩のストライドが大きくなり、そこが隙に思えた。

 俺はそこにすかさず反撃した。してしまった。これまでの考えを吹っ飛ばすほどにその隙が大きかったのだ。

 突き出してくる槍を半身になって躱し、呆気に取られている間に足払いして転ばせた。

 豪快に頭から倒れる少女を見て、顔を苦くする。


「あ、やべ……つい反撃しちまった……。

 でも、今のはお前のが悪いからな。ちっとは話を聞けって言っただろ」

「何を勝ったつもりになっているのかしら? 一度隙をついたくらいでつけ上がらないで頂戴!」


 尚も赤毛女は攻撃の構えをとった。威嚇するように睨み付けて身構える。


「貴方は何者ですか? 人間なはずなのに、その身に宿しているのは見違えるわけもない妖気。通常では有り得ないことです」


 もう一人の方は話がわかりそうだな。ちゃんと説明すればいいんだろうが――もう遅かったな。


「別に、お前等に説明する必要あるか? つか、もうそろそろ目を覚ました方がいいぞお前等」

「どういう意味よ!!」

「……気付いた妖気は、俺のだけなのか? こんなに殺気立って今にも殺しに来そうだってのに……」


 俺の言葉で初めて気付いたように二人の目が見開いていく。

 二人共、膝から崩れた。このドス黒い妖気を前に立っていることはできないようだった。


「何ですか……これ……」

「これ、空狐様じゃないの……?」

「いいえ……この妖気――空狐様よりも格段に……強い!!?」


 二人が妖気を測っている間にゼラが玄関から出てきた。

 白いレースの入った可愛らしいパジャマ姿で威厳はないが。

 妖気を垂れ流し、ハクの時のことを思い出させられる。あの時以上にゼラは怒って見えた。


「な、なんなのよ……こんな化物がいるなんて聞いてない!」


 小声で愚痴る彼女の声はおそらくゼラに聞こえている。


うぬ等……儂のものに手を出した意味、判っておるのじゃろうな?」


 譲歩する気が全くない冷徹な瞳。これには何度見ても向けられる側が可哀想だ。

 二人の変な汗が地面に次々と落ちていく。死を覚悟した者と、死へと誘う者への圧倒的格差がそれを生み出しているのが判る。


「お、お待ちください!! わ、我々は、御身の気を害そうとは雀の涙ほども思っておりません!

 か、彼の腕の中にある我々の主人をどうかお返し願いたいだけなのです! けして、敵対する意志などありません!!」


 ゼラの足並みよりも早く、という気持ちが伝わってくる。早口で、それでもできる限りの丁寧を挙行している。

 ハクが何も話せなかったのに対して、よくやっていると言えるだろう。しかし、キレたゼラには何の意味もない弁解だ。なにより言葉が聞こえているように見えない。


「お主等のような下賤な者がいるからこうして街を離れたというのに……お主等は結局死を味わなければ、何も学ばぬのだな」

「こうなったら……!!」


 赤毛女が反撃をすべく槍を掴もうとした。

 しかし、その手が槍を掴み取るより前に赤毛女の動きが静止する。

 ゼラに睨み付けられて、まるで首を絞められているかのように息ができなくなっていた。首が誰かにしめつけられているかのように凹んでいる。

 それを放そうと悶えるが、見えない手は掴みようがない。


「小娘が儂を相手に何かできると思うたか。自惚れるな下級妖怪が! 儂に敵うわけなかろう!!」

「リコ……!!」

「ゼラ、もうその辺でいい。もう十分だよ」


 俺は、ゼラ頭を撫でた。寝起きで直ぐにこちらに来てくれたのが跳ねた寝癖から推測できる。


「ありがとうな」

「…………お主は、顔に似合わず優しいのう。じゃが、そこが気に入っておる」

「かはっ……」


 赤毛女は、咳き込みながら倒れた。

 かなり苦しかったようだ。首元を押さえて嗚咽に苛まれている。


「して、お主等は何者じゃ? 儂の下僕に手を出した理由を答えるがいい」


 まるで女王様気取りだな。

 風貌はあれだけど、それ相応の風格は身に纏っている。これで玉座なんかあったらまさしく女王だ。


「我々は、空狐くうこ様を取り戻そうとしたゆえに参りました。その御仁ごじんが抱えている妖狐にございます……」

「空狐じゃと……?」


 眉間にしわを寄せ、俺の持つピンク頭を覗きに来たので屈んで見せた。


「こ、こやつは…………クウではないか!」


 知っている顔らしい。久しぶりの再会を喜ぶようにゼラの相好が崩れた。

 すると、やっとのことお目覚めのお姫様は目を擦りながら瞼を開く。

 改めて思う。めちゃくちゃ可愛い……!


「……そ、それは……空狐様の真名!!?」


 ゼラがクウと呼ぶ少女は、ゼラの顔を見るとこれまた嬉しそうにゼラに抱き着いて行った。

 可愛いゼラが可愛い少女を抱きかかえている。完全に萌える光景だ。


「当然じゃ! クウは、儂の娘じゃからのう!」

「へ?」


 黒髪の女は固まってしまった。

 これには俺も驚いた。ゼラは既婚者だったのか……この幼い容姿からは全く想像が付かなかった。


「お前、子供がいたのか……」

「ま、まあな……」


 苦笑してまた何かを誤魔化しているように見える。嘘ではないが、まだ何かありそうだ。



◇◇◇



 さっきのピリピリとした空気は無くなってはいない。だが、ゼラは二人を屋敷に招き入れた。

 まだ素朴な机と椅子しかなく、凄然せいぜんとしていて情けない気もするが、全員を座らせた。

 俺がゼラの右隣に座り、向かいに未だ警戒した二人が座った。


「まさか九尾様がご健在とは思ってもみませんでした……」

「お主等がクウを護っておったのじゃな! 襲われたとはいえ儂もやり過ぎた、詫びると同時に感謝するのじゃ!」

「こ、この方が……かの九尾様……?」


 赤毛は胡乱な目を向けている。力は信じたはずだけど、まだ九尾かというと見劣りするのだろう。


「御仁にも、勘違いをしてしまい真に申し訳ありませんでした。リコは…………そういえば、自己紹介がまだでしたね」


 だしぬけに思い出したかのように振り返り、黒髪の女性は名乗り始める。


「わたしはシノンと申しまして、日本では篠崎狐しのざきぎつねで通っていました。過去には悪さをしてばかりでしたが、空狐様に救われ今では色々とお世話をさせてもらっています。

 こちらの子はリコと言いまして、まだ妖怪になって四百年ばかりのひよっこです。空狐様への情は凄まじいですが、それ故に前が見えなくなってしまう時があるのです」

「……話が長いわよシノン! そんな要らないこと言わなくていいの!」

「悪い子ではないのですが、この度は面倒を掛けてしまい面目次第もございません」


 綺麗で美しいままに振る舞うシノンの謝罪は、模範と言えるべき心のこもったものだった。


「気にするな。こやつは儂の下僕、儂が許せばそれは許したことになるのじゃ」


 お前があそこまで怒らなければ許してないかもしれないけどな。

 実際に怒る側になりたくないとも思っているかもしない。いや、どちらかと言えば怒る権利なんてないと判っているんだ。


「しかし、驚きました。空狐様は他人に興味がないのですが、彼の腕の中で心地よさそうに眠っていたようですから」

「シノンだと嫌がるのにね」

「……それは貴方もでしょうリコ」

「当然じゃろう、こやつは空狐の父親じゃからな!」

「え――――――――!!?」


 自慢げなゼラによって告げられた。

 嘘偽りない事実に対し、姦しいほどに驚嘆の声が屋敷内に響いた。

 俺は、頭が痛くならないのがスキルの故障じゃないかと首を傾げる。

 何言ってんだよゼラ……。だって俺は、まだ高校生で子供なんて産んだことなんか無いんだぞ!?


「どうしたんですか? 騒がしいですが……」


 事情を何も知らないハクが呆れながらに朝食を持ってリビングへとやってきた。

 ゼラは、余計なことを言ってしまったと口を塞いでいた。

 誤魔化すように笑った彼女の顔は引きつり、冷や汗を流している。


「ど、どういうことなんですか九尾様!? こんな……この人、人間なんですよ!!?」


 人間を嫌っての『こんな』なのか、俺を嫌っての『こんな』なのか。どちらにせよ俺はこの赤毛に嫌われているらしい。


「……」


 ゼラは、口を歪ませて黙り込んでしまった。

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