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10話 隠れた妖界(1)

 栄進は、短い間に話が進んでいった。

 王は、俺に【準男爵バロネット】の地位を与えてくれた。それがどのくらいのものかの話はあったけれど、正直どうでもよかった。

 貴族になったと同時に屋敷も手に入れた。というか、領地を頂いた。

 ヴァルファロスト王国領地の東南にある辺境の地アダマムだ。森を超えた少し入り組んだ岩山の先にある。

 特にこれといった作物が取れる訳ではない為あまり人は寄り付かないらしい。

 王は、幾らか治める領地のリストをくれたのだが、俺とゼラの意見でこの場所に決めた。妖怪にとっては打って付けの場所だ、ということだった。

 誰も住んでいないわけじゃなく、田舎に住んでいそうな婆さんや爺さんが中心に長閑のどかに暮らしている。

 山から来ている川もあって、作物の実りもいい。ただ雨が多いらしく、流通も滞っていて住みやすいかどうかというと、住みづらいということだった。


 屋敷は元々誰かが建てたものだが、離れた後に責任者が整備をしてくれていたらしい。俺たちが掃除する必要はそれほどなかった。

 貴族が建てたこともあって三人だけで住むには広く、部屋を持て余しそうというのが最初の印象だ。

 暖炉はあるし、風呂もあるし、トイレもある。娯楽は当然ないけど、広い領地を活用すれば考えようによってはやりようはあるだろう。

 俺たちは、早速屋敷に引っ越し始めた。


「本当にここで良かったのか?」


 初めて屋敷に来た日――。

 俺は、屋敷の何もない寝室を見ながらゼラにそう問いかけた。

 辺境で、しかも知り合いも誰もいない。また始めからのスタートになるから訊きたかった。


「よいのじゃ。目的の場所から最も近しい場所じゃしな」


 ゼラには、もう一つの基準があったらしい。

 場所を決めるにあたり、辺境であること以外に重要な事だ。それがゼラの今の最大の目的である妖怪の村――【狐村きつねむら】に関係がある。


「へえ? ここから近いのか、これから行ってみるか?」

「いや、今日はもう遅い。夜分に伝説的な存在である儂が顔を見せてしまったら気を遣わせてしまうじゃろうが!」


 これなんだよな……凄い自信だ。もう忘れられていてもおかしくはないってのに、呆れを通り越して尊敬するよ。


「そ・れ・よ・り! わたしにばかり家事を押し付けていないで貴方も手伝ってください! 頼まれたのはわたしだけではないでしょう!」


 ハクには荷物などを屋敷の中に運び込んでもらっている。ゼラに頼まれたのだが、それは俺もだ。

 苦笑しながら誤魔化そうとするが、ハクは俺の耳を掴んで引っ張ってくる。


「早く来てください! まったく……力仕事は貴方のが得意でしょう!」

「わかったっての! ねえ痛い! 痛いから!」

「世話しない奴等じゃのう……。

 こういう感じは久しぶりじゃな。和やかで、しかし淡い記憶の中に生きているかのようにとても懐かしい」


 引っ越しは大変だ。ヴァルファロスト王に言われて棚だのベッドだの、色々必要な物を領地内の雑貨屋から買い込むことになった。

 おかげでハクと一緒に屋敷の中に運ばなくてはいけないし、面倒だ。適当に誤魔化してハクに全部任せようとしたけれど、バレちまったらしい。



 屋敷の外には荷車にベッドの土台がバラバラになってある。ハクに運んでもらったからほとんどないけれど、この後棚とテーブルと椅子と、ゼラやハクが買い込んだ物も運ばなくてはならない。

 俺はあまり気にしないから別に買わなかったけれど、ハクはゼラに結構おねだりしていたな。


「ほら、早く運んでください!」


 頬を膨らませたハクが催促してくる。一人でやらせたことを怒っているようだ。

 王国の牢での事もまだちゃんと許して貰った覚えがないし、時間が経つに連れて扱いが粗雑になっていく気がする。


「お前、俺のこと嫌いだろ」

「嫌いです! ですが、九尾様がわたしはまだ貴方の従者として見てくれますので、仕方なく貴方のお手伝いをしているんです!」

「へいへい……」


 どうせお前はゼラの道具になりたいだけなんだろ……。

 俺の思っていた以上にゼラの存在は大きいようだ。狐系の妖怪にとって、九尾というのは格上の存在らしい。

 ハクの尾は、一本。対してゼラの尾は九本。尾の本数の差は、生きてきた月日と実力の差ともされており、それがハクの敬う対象としての根幹になっている。


「俺は、お前の事――今はもうあまり嫌いじゃないよ」

「え、ええ……!!?」


 別に変な意味で言ったんじゃないんだが、ハクは赤面して口をあんぐりしていた。


「最初はそりゃあ殺しに来たし、全然信じられなかった……。

 今は……なんとなくだけど、アレはお前の本心からの行動じゃないと思うんだ。誰かに操られていた、までは言わないけどな。

 こうやって見ている分には、ただの女の子だ。ゼラに憧れているみたいだし、素直じゃないけど俺のことも助けてくれたからな」

「……べ、別にあれは、貴方を助けたわけではないと何度も――」

「あの時は悪かった。もう一度言うけど――俺はお前の事、嫌いじゃない」

「っ――…………」


 神妙な面持ちで零せば、ハクは静かに固まってしまった。何故か顔が赤いのは気になるものの、驚かせてしまったみたいだ。

 暴発しないうちにさっさと仕事するか。


「お前もちゃんと働けよな」


 俺は、幾らかの木材を手に屋敷の中へ戻った。



 全てを運び終わった時には、夜になっていた。

 雑貨屋のおじさんは結構歳がいってそうなのに最後まで付き合ってくれ、優しそうな人だった。

 前までの俺なら、そんな風には考えなかったんだろうけれど。ゼラと出逢ってから少しずつ自分の考え方とかが変わっていっている気がする。

 このままずっとゼラと一緒にいられたらいいのに――。



◇◇◇



 朝、俺はまた初めて見る天井の下で目覚めた。

 窓が開けっぱなしになっていて、夜に開けたままにしていたのを思い出した。

 前の世界の名残で黄色いカーテンを付けたから、夜は風が無くて気づかなかったんだろう。

 寝る時に着る新しい下着を見繕ったおかげか、それが快眠を引き寄せてくれたのだ。白いシャツのような上着に黒い短パン。

 前の世界で着ていた寝巻とそう変わらなく、着心地と寝心地がダブルでよかった。


 体を起こして初めて気が付いた。

 それほどに軽く、いるかどうかもわからないくらいだった。

 ゼラだな……ベットを分けたんで心細くなったのか? 可愛い奴め。

 視界を遮っている掛け布団を取ろうとしたが、その手を止めた。

 いや、待て……ゼラなら、ご褒美的な感じで獣耳を出しているかもしれない……!!

 なんなら、尻尾も……あるかもしれない!

 もしそうなら……撫で回したい!!

 持ち上げて、そんでもって……くっ…………抱きしめたい……!

 変態めいた愚考だというのは判っている。けれど、俺は……俺は、獣耳少女が好きになってしまったんだ!

 生唾を飲みながらゆっくりと布団を捲っていく。

 ケモ耳……ケモ耳がいい……!


 先ず見えるのは、ピンク色の頭。更に、ケモ耳がその頭から突き出していた。

 ケモ耳!!


「ゼ~ラ!」


 まるで課金ゲーで課金せずに当たりを引いた気分だった。

 それくらいに舞い上がり、俺は布団をひっぺがした。

 だが、俺は見損じていた。俺の目に映ったのは、金髪ではなくピンク色だということを。

 俺の体に寄り添うようにすやすやと寝息をたてていたのは、ゼラではなかった。


「――…………誰……? 座敷童子ざしきわらし?」


 座敷童子は、遊び好きの子供の妖怪だ。取り憑かれた家には幸福をもたらすと言われているマイナーな存在。

 昔風の着物を着ているだとか、赤い服を着ているだとか諸説あるけれど、裸だったという説は聞いたことがなかった。

 ――少女は、何も着ていなかった。

 俺は咄嗟に布団を戻し、顔だけを見えるようにした。


 少女? そうだ……俺、この子を見たことがある。

 あの時だ。王国の騎兵隊に捕まる前、この子に連れられたんだ。


「お前……一体何者なんだ……?」


 シリアスな雰囲気で訊ねるもピンク頭の子は眠ったままだ。

 は、裸でなければ撫で回すというのに……!!

 惜しい。ただでさえいたいけな少女というだけで罪悪感があるというのに、無防備でしかもマッパときてる。

 手が出せない!

 俺は静かにベットを抜け出そうとした。


 他に買うものが無かったし、ベットだけは少しだけ広めのを買った。ダブルくらいあるだろうけど、一人で寝るには大きい方だろう。

 だからだろうか、ベットの端に行くのがかなり遠く感じる。

 ズルズルと少しずつ動いていると、腕を掴まれた。

 驚きのあまり背中にゾワっと寒気が駆け抜けた。


「へ……?」


 振り返ると、ピンク頭の子が腕を両手で掴んでいた。

 瞼は開いていないけれど、ヒヤリとした手の平が俺の腕に当たっている。

 行かないで、と言われているようで愛らしく思えた。


「あ……」

「え?」


 ピンク頭の少女に気を取られていると、窓から見知らぬ女性が入ってこようとしていた。

 燃えるような赤い髪がツインテールになっている少女。

 鋭く、そして深くを覗こうとしている宝石のルビーのような瞳が俺を睨みつけていた。


「だ、誰だ!」


 赤を基調としたメイド姿に似ているが、スカートが短くブーツを履いている。

 どこぞの使用人にしては、お茶目の度が過ぎていた。


「ちっ……人間に見られた……」


 舌打ちをしながら意味深な発言。その言葉から察するに妖怪かと思った。

 妖怪は皆、俺たちを『人間』と別称する癖があるからだ。


「ああ!! 空狐様!!!」


 女は、うるさい声でピンク頭の子を指差し驚いた様子だった。

 こいつのことを言っているのか?


「ああ……こいつ朝から俺のベットに潜り込んで――」

「あ、あなた! 空狐様に……あ、あんな事やこんな事をするつもりなのね!!? ゆ、許せないわ!!」


 あれ……? 話聞こえてない?

 ツインテール少女は、変な想像をして顔を真赤にしたかと思ったら、襲いかかってきた。

 魔法か、それとも妖術か、細い手に突如現した槍を持ち突き刺そうとしてきた。


「危ね!!」


 俺は、咄嗟に避けよう部屋の壁際に跳ぶ。

 すると、ピンク頭の子は俺の腕にしがみついて未だに寝息をかいていた。

 ベットに槍が突き刺さっており、本気で俺を殺そうという意思が伝わってくる。


「おま……この子がどうなってもいいのかよ!」

「人質なんて卑怯な手を使ってくるのね!!」


 クソ……昨日組み立てたばかりのベットに穴空けてくれやがって……!

 ここじゃ家を壊されかねない、外へ出よう!


「こっちだ付いてこい!」


 俺は、カーテンを引きちぎりながら窓から外へ出た。

 流石に風邪をひくと思い、ピンク頭をカーテンで包む。

 俺の部屋は三階にあって飛び降りるのには勇気がいるが、妖力を解放して着地した。その後、直ぐに屋敷から距離をとって赤毛の女を待った。

 あいつも、こいつも……一体何もんなんだよ……!!

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