9話 妖と築く未来(3)
こちらの世界へ来てまだ一週間ちょっと。早々と出世というのは悪くない話だが、これは俺の旅じゃない。俺たちの旅だ。
「申し訳ありませんが――」
「この件を無しに、ということなら不可能ですわよ」
まるで俺の心を読んだように、先に返答を受けた。
「……何故ですか……?」
「この件には王族が関わっています。貴方が介入した事件は、ただの小言で済む話ではありません。
ゆえに、王はこの件に関してなんらかの処置をとらなくてはならないのです。これは国の法によって定められており、また金銭や名誉だけでなく地位も捧げなくてはならない決まりです。
もしこれを破ることになるのであれば、王族側に問題があるとして貴方を含めて元老院が処罰しなければならない。
貴方は、リオネル王子やリルル王女の首を絞める結果になるとしても、その意志を貫く覚悟はありますか?」
「それは、嘘――ですよね?」
やべえ……この人。俺を試すみたいにすまし顔で大嘘こいてきやがった……!
「……つまらない人ですね。わたくしがこう言うんですから、そういう事にすればよろしいのに」
「逆に面白いんじゃないですか? 今の『つまらない』も嘘、なんでしょう?」
なんとなくこの人のペースで話を進めてはいけない気がした。
侯爵令嬢のアリシアが嘘という手段を使ってまで俺を貴族にしたがっている。そこだけ聞けば光栄なことだが、生憎なにか裏がある気がしてならない。
アリシアは、きょとんとしていた。まるでこんなことは初めてみたいに目を丸めている。
「何故、こんな私を見も知らないあなたが嘘をついてまで貴族にしたがるのですか?」
「あ……」
「それは、この私から話すとしよう」
聡明そうな声に振り返ると、国王がこちらへ歩み寄って来ていた。
式の王としての正装から着替えたらしく、まるで軍の総長のような赤くきっちりとした装いだ。
「殿下!」
アリシアは、王を一目見て立ち上がると芝の上で跪いた。
やべ……それが普通なのか!?
俺もアリシアに習うように隣に跪かせてもらった。
「この場にそのような作法や礼儀は無用だよ」
王のその言葉でアリシアが立ち上がったので、俺も同じく立ち上がる。
アリシアは、酷く申し訳なさそうにしていた。
これまでの会話の中に王の意志が介入する部分があったのだろう。俺がそれまで見破りそうになっていると思って、顔を合わせづらいのかもしれない。
「申し訳ございません……」
「いや、大方の説明をしてくれただけで助かる。アカヒト殿、私からは言葉を付け加えさせてほしい」
ここで王が出張るということは、本当はこの人が俺を貴族にしたいということなのか?
アリシアの様子から見ても、王から頼まれたことだとすればこの表情にも納得がいく。
国王は、三つ目の席に腰を下ろした。流石に国王の席を引くのは荷が重く、メイドの一人がその役を担った。
ここは侯爵令嬢の顔を立てることにしよう……。
「実は、リーテベルクは北東にあるヴァルファロスト魔法学院の生徒なのだ。そして、ここにいるアリシア嬢も同じ学院に通っていて同期生ということになる。
昔から公爵家と私たちは懇意にさせてもらっていてね。二人は幼馴染だったのだが、妻が倒れてからあまり話さなくなってしまったようだ。
それから彼女はよく息子のことを気遣ってくれていたのだが、愚かにも今回の事件を引き起こしてしまった。
おそらくだが、彼女にも負い目があるのだろう。彼女が後悔する必要はないのだが、そう簡単な問題ではないようだ。
そこで彼女の父から今回の件で何か力添えできることがあれば、ということでアカヒト殿の栄進について力を貸してもらったわけなんだ」
「そうだったのですね……」
「まあしかし、まさか断るとは思っていなかったよ」
苦笑し、アリシアを気遣っているように思える。いや、より彼女の傷を広げてしまわないか心配なのだろう。
なんかすみません……。
「わたくしも思いますが、なぜ栄進しようとは思わないのですか? 貴族になれば、生活も安定して命の危険がある冒険者業をしなくともよくなる可能性もあるのですよ?」
それは聞いてない……。
けど、俺の気持ちは変わらないかな。ゼラが良しとしないことを、俺だけの気持ちでは決められれない。
いや、だとすると俺の勝手な解釈でノーを選択するのもまた間違っているのかもしれないな。
ゼラは妖怪の街だか村だかを探している。だから貴族になって一つの国に縛られることになるのは良くないと思っていた。
それが勘違いなのかどうか、ゼラに訊いてみる必要があるか。
「実はな……私の気持ちとしてもアカヒト殿には貴族であって欲しいと思っている。いや、もっと核心を吐露させてもらうならば、この国に暫くいて欲しいと思っている」
「それは……なぜですか?」
「キミがリオネルと出逢ったのは、旅の途中という話だった。今回のことで、もうあまりこの国にいる必要はなくなったはずだ」
一連の事件に対する謝礼金なり報奨金なりを全て王族から支払われることになったから、金銭面ではかなり潤った。
元々冒険者として金を稼ぎつつ情報収集をする目的だったけれど、金は得たしゼラもオットーから何か有益な情報を貰ったはずだ。これ以上滞在する理由は、確かに無い。
「しかし、リオネルもリルルもキミに懐いているし、なによりリーテベルクをいさめることができたのがキミだったという事実がある。それは私にはできなかったことだ。
リーテベルクは、現在城の地下で見張りを付けている形だ。罪人とはいえ、以前話したように今回の愚行を世間に知られる訳にはいかない。その為、匿いつつ改心させようと思っている。その手伝いをキミにはして欲しい。
だが、貴族ではないキミが何度も城の出入りをするのは流石に目立ってしまうだろう。貴族でなくとも何か方法をとって来てもらうことはできるが、それよりいっそのこと貴族になって貰い仕事を依頼していると銘打って来て貰うほうがなにかと楽なのだ」
なんとなく理由は判明したし、王の言葉に嘘はなかった。
しかし、俺があの我儘王子を改心させられるかどうかは全然自信がない。
「私に彼の気持ちを変えることができるかどうかは……」
「リーテベルクは、もはや事件のようなことを起こそうとは思ってはいないようだ。ただ、王子としてアレを起こしたことで自分を責めている」
絡新婦によって精神的にもハイになっていたのかもな。その反動がここにきて訪れた、ということか。
「今は心を病んでいる状態だ。これを長引かせれば、どうなるか判らん。そこであの時に相対したキミならば、と思ったわけだ。
ここまでしてもらうのは王族として沽券に関わることだが、今回の件は私にも非があるとおもっている。母親が倒れた不安を払拭できずにずるずると引きずった末路がこれなのだ。手をこまねいているわけにはいかない。
リーテベルクは先走ってあらぬ方向へと動いてしまったが、ここ数年の彼の仕事ぶりは目を見張るものがあった。彼もまた次代に必要な人材であり、第一に私の息子なのだ。
――息子までも妻のようにさせたくない!」
心からの言葉な気がした。その表情も王としてよりも親としてのものに見える。
気持ちは判る。俺も双子の為に力になってあげたいと思っているから。
「……」
俺は、近くの茂みに身を隠しているゼラを無言で呼びつけた。手招きして、来るようにジャスチャーした。
「私の人生では、何かを決める時いつも妹と決めています。彼女の気持ちを蔑ろにして今回のことは決められません。
ですので、妹が嫌ならすみませんが貴族にはなりません。それは許してください」
「無論だ。もしそうなったとしても、キミやキミの妹に何かあることはけして無いと断言しよう!」
「殿下よろしいのですか? それは、この者の助力を得られなくなってしまう可能性があるということですよ!?」
「良いのだ。初めから選択肢は我々ではなく、彼等にあるものだ」
「ありがとうございます」
俺は席を立ち、ゼラの前で目線を合わせるように屈んだ。
ゼラは、不機嫌な顔だった。俺に手招きで呼ばれたことが屈辱的らしい。
「なんじゃ?」
俺とゼラは小声で話し始める。
「なんかさ、国王が俺を貴族にしたいらしくて」
「そんなことか、だからなんじゃ?」
あまり興味を持ってくれないな。なんとなく呆れられている気がする。
「いや、お前の了解取らないとダメだろ。ゼラは妖怪の街を探したいんだろうし、そうするとここに長居する訳にはいかないじゃないか。
貴族になるってことは、拠点が決まって他にも何か仕事が増える可能性もある。貴族になったら貴族らしくってのが定石なんだろうよ、きっとな」
「嫌なら嫌と言えばいい。儂はお主の判断を支持するのじゃ。
貴族になるからといって、その国をまったく離れられなくなるわけじゃなかろう。そんなものは人間の自由を侵す行為じゃ!」
「俺の一存で決めていいのか? これはお前の旅だろ?」
「お主は、何か勘違いしているようじゃな。これは儂の旅ではなく、儂とお主の二人の旅じゃ。じゃから儂だけでなく、お主の意志があるのは当然の話」
なんとなくだったものがどんどん鮮明になっていく気がする。
聞けば、きっと答えてくれると思う。だけど、俺の方が怖くて訊くことができないことだった。
ゼラは、俺を本当に大切にしてくれていると感じる。ただの下僕なはずのに、ゼラにとっては下僕の意味合いが少し違うのかもしれないな。
「もし何か心配しているのなら、儂は特に妖怪の街を見つけたとしてもそこに留まるというつもりはないぞ。昔馴染みに逢えればいいな、くらいに思っているだけじゃ。
いや、封印が解かれて目指せる場所が千年近く経った今ではそのくらいしか思いつかないという情けない話でもあるがな。
じゃからこれから先の人生をお主と共に見出すことができるというのなら、儂は喜んでお主に付いて行くのじゃ!」
俺を落ち着かせてくれるような笑顔に胸打った。
儚くも愛らしい無垢な笑顔に危うく惚れてしまいそうになった。
「…………俺、お前のこと凄く好きだ」
「に゛ゃ……!!?」
俺の素直な気持ちだった。これほど思いやりの籠った表情で何かを言われることなんてなかったから、物凄く嬉しくて気持ちが溢れてしまった。
ゼラは顔を真赤にして唖然している。可愛いやつだ。




