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9話 妖と築く未来(1)

 朝になっても俺の夢は覚めない。

 見える天井は相変わらずのボロい木でできていて、俺の部屋の白い天井とは別物だ。

 けれど、早朝に嗅ぐ匂いとしては悪くないと思える。

 少し腹の方へ視線を移すと、馬乗りになっている金髪の少女に見つめ返された。

 俺の被っていた掛布団を全て自分の体に纏っているのは少々思うところはあるけれど、意地悪そうな表情にはドキリとさせられた。

 彼女の漂わせる特有の匂いが俺を誘惑してくる。

 形容しがたい包み込んでくれるような匂いだ。

 もしかしたら狐の匂いなのかもしれない。どちらにせよ、これは俺にとって好みのいい匂いだ。


「起きたようじゃな。今日は城へ行く日じゃ! しっかりおめかしするぞ!」


 楽しげに綻ばせる笑顔から機嫌の良さが窺える。

 絡新婦との一件があってから五日が経つ。

 彼女は、オットーに連れられてどこかへ行ってしまった。あれ以来、オットーとも顔を合わせていない。

 ゼラ曰く、さしづめ牢獄に連れていかれたのだろう、ということだった。


「それじゃあまず退いてくれるか?」


 引きつらせた顔で願うも、意地悪なゼラは簡単に応じてはくれない。

 「ククク」と嫌な笑い声をしながら顔を近づけてくる。


「儂はいま裸じゃぞ? 儂が退いたら恥ずかしい所が露わになってしまうやもしれん。もしやお主、それが目的か?」


 「意気地無し」とでも煽られているかのように囁かれ、俺は一層イラつきを募らせた。

 恥ずかしいと思うなら、初めからそんな格好で俺の上にいるなよな……!


「ほれほれどうするのじゃ? やるのか? やらんのか?」

「なんでされる方なのに引かないんだお前は……!」

「その口ぶりは、つまりはやる、ということかの?」

「ああ……やってやる!」


 どうにでもなれ、という勢いのままに俺は布団を引っ張り捨てた。

 しかし、案の定ゼラは裸ではなかった。

 頭痛がしたから嘘であることはわかっていたが、何かしら中にあると思った。

 それがこういうことか、とやっと理解する。


「ふふん!」


 無い胸を張り、自慢げに腰に手をついた。

 これを自慢したかったのか……。

 呆れてしまうものの、確かに可愛い姿をしていた。

 白のブラウスにミニスカートという清楚そうでちょっぴりエッチな恰好だ。

 しかし、少し違和感がある。ハクとかなら間違いないのだろうけれど、ゼラは歳と丈が小さい。


「可愛い、けど――俺はいつもの方がいいかな」


 苦笑しながらゼラの求めているだろうコメントをしてみた。

 俺のコメントは微妙で、同じくゼラも微妙な顔になってしまった。


「なんじゃその言い草は……? お主の記憶の中から探したんじゃぞ!」


 拗ねながらヤバいことを言い出した。


「俺の記憶の中から探した!? なんだよそれ……?」

「お主の魂は儂のものじゃからな、そのくらいできて当然じゃ!」


 …………色々と基準がおかしい気がするが、ゼラだしまあいいか。


「俺の記憶の中で城に行く服を見繕っていたのか?」

「そういう事じゃ!」


 幸い国王もリオネルたち王族も無事だった。王とリオネルは、城の使われていない倉庫に二人して監禁されていたようだ。

 国王は直ぐに王として返り咲き、俺たちに感謝と謝罪の言葉を述べてくれた。

 家族のことで色々と考えるところがあったんだろう。王には似つかわしくないほどに綺麗に頭を下げられた。

 そして後日、別の名目で勲章の授与をしたいと言われ、その日が今日という訳だ。

 城を訪れるとなって、ゼラは前日からこの調子で身なりについて俺に意見を求めてくるようになった。


「こっちじゃドレスくらいしか思い浮かばないからな。城に行くのに似合う服なんて……」


 とは言っても、最初は城に行くのに学校の制服で行ったけどな……。

 まあ制服は葬式や結婚式で用いられるくらいだし、正装ではあるのかも?


「どうすればいいのかのう……?」


 今回はゼラも受賞者の対象になっている。

 ゼラだけでなく、あの日関わった全ての者だが、オットーは影に身を隠した。


「いっそのこと制服にするか? 今の服は正装というより完全私服だし、子供の体に合うものって言ったら、俺も制服以外じゃドレスコードくらいしか思い浮かばないからな……」


 俺、オシャレには関心がないからな……。もう少し調べて置いとくんだった。


「制服とは、お主が初めから着ていたアレのことか?」

「そうだけど、あれは男用なんだよな。女子用をなんとかゼラのサイズに合わせて創りだせないか?」

「できると思うぞ。ならば、善は急げじゃ! 制服を思い浮かばせながら頭を貸せい」


 言われるがままに俺は頭をゼラに差し出した。

 ゼラは、俺の両頬に手を添えて頭をくっ付けてくる。

 子供の手だからか少しこそばゆいな。


「こんな感じかの?」


 記憶の読み取りというものが一瞬にして終わる。

 手を離されたので見てみると、うちの制服をゼラが着ていた。

 紺のブレザーに、グレーを基調としたチェック柄のスカート。

 着なれ感はあるものの、まるで幼い頃からの天才児みたいだ。中学生の歳で高校生になったみたいな。


「似合っているぞ」

「ククク! お主は褒め上手じゃなあ!」


 素直に喜んでくれるとこちらの方が照れくさい。

 しかし、女子制服に対してどうこう言うのは変態めいていて言いにくいな。


「もう起きていましたか」


 朝の何気ない会話で機嫌が良くなっていたが、ハクが部屋に入ってきてまた気まづくなる。

 あれ以降もハクはどこかよそよそしく、ちゃんと話すことができていない。大抵ゼラを通すような形になっている。


「貰ってこれたのか?」


 まるで「待っていました」というようにゼラが食い気味に訊ねている。

 すると、ハクは「はい!」と元気よく答え、手に持った紙袋を見せた。


「高いもんでも買ったんじゃないだろうな……?」


 油揚げのようには思えず、訝しんだ。


「これはお主に買ったのじゃ!」


 そう言いながらゼラは雑に袋を破り捨てた。

 中から出てきたのは衣類のようで、黒色無双こくしょくむそうだった。


「九尾様のご好意に感謝してください。異世界の衣服では目立つでしょうと新しいものを特別に新調して下さったのです」


 ハクは、相変わらずへそを曲げたように目を合わせずに説いていた。


「……ゼラ、ありがとな」

「感謝なぞ後にせい! 着てみるのじゃ!」


 ゼラは、照れくさそうにするのを隠すように服を俺に押し付けた。

 こいつ……柄にもないことを。

 仕方ない、着て見せてやるとするか。


 渡されたのは、黒色無双のトレンチコートみたいな上着だった。

 後ろ首あたりには、ゼラたち狐のような耳のあるフードが付いている。襟が長めで丈が膝下まであり、長袖仕様だ。赤いラインが入ってかっこいい。

 厚そうには感じないし、思ったより重くない。

 着てみると、サイズがピッタリで着心地も悪くなかった。前を開くこともできるし、通気性という部分でも問題ないだろう。


「うむ! 儂の思った通りで似合うな!」

「はい、似合って――…………」


 素直に褒めてくれるゼラに対し、ハクはその言葉を飲み込んだ。更には頬を赤らめ下を向いてしまう。


「……そうか? まあ確かに黒は好きだし、俺好みだし、最高のプレゼントだよ」

「オットーに言われてな。変な妖怪むしが寄ってこないように妖気を遮断できる仕様になっておる!」

「へー? あ、でもそれだとゼラにも俺の居場所が――いや、そうか! お前は契約があるから関係ないのか!」

「その通りじゃが、それじゃとハクには判りにくくなってしまうからのう。その服に使われている繊維にとある植物から絞った液を混ぜておいた。

 ハクには、既に匂いを覚えさせておるからそう遠くなければ居場所は判る!」

「それって……臭くないのか?」

「嗅いでみるとよい。珍しい植物、アメンボの匂いじゃから判別しやすいし、香りは良い方じゃと思うのじゃが」


 俺は、言われるがままに袖の匂いを嗅いでみた。


「確かに……柔らかくて爽やかな匂いがする。うん、俺は好きな方だ」

「ですが、それは一応旅装束。お城へ行くには別のものをお願いしますね」

「わかってるよ。とりあえず俺は異世界こっちに着てきた学校の制服で行こうと思ってる」

「儂は、これじゃ!」

「では、わたくしは羽衣で――」

「「やめておけ」」


 俺とゼラがハモった。ゼラも同じ考えらしい。


「あれは嫌に目立つのじゃ」

「あれはエロいし、お漏らしを思い出す」


 と思ったが、ちょっと違ったようだ。


「あれはもう忘れてください!!

 これだから貴方のことは好きになれないんです……!」


 強烈な批判を浴びたのは俺の方だった。ゼラにも白い目で見られてしまった。


「ま、まあ……お前は冒険者らしさを出してそのままでいいんじゃないか?」


 相変わらずお嬢様が馬に乗るような格好という印象だけどな……。冒険者としては適当だろう。


「嫌です! 貴方の言うことなんて聞いていられません!

 九尾様、申し訳ありませんが、わたくしも九尾様と同じ制服に変化してもよろしいでしょうか」

「おい、お前が着たらコスプレ……」


 止めようとするも、ハクは怖い顔で威嚇してきた。その為、俺は苦笑いで了承せざるを得なかった。


「ま、まあ……いいんじゃないか……?」

「うむ、お主がいいのであれば、許してやろう!」

「九尾様とのお揃い、光栄の極みです! 謹んで同じ衣服を着用させて頂きます」


 そう言うと、ハクは胸に手を当てた。

 次の瞬間、ハクの体をしらい煙が覆ったかと思えば、直ぐにうちの制服が見えた。


「これでいかがでしょうか?」


 ハクは、自信ありげにボインと胸を張った。

 想像通り大人のコスプレという印象は拭えない。しかし、皺ひとつない面相もあってかギリギリ清楚な上級生という感じもしなくもない。

 実際学校にいたらモテるだろう。その美しさで誤魔化しはできているか。

 けど、学校にこんな流れるような白髪をした女性がいれば目立つし、いるわけないんだよな。それが余計コスプレ感を強めている。


「うむ! 儂には劣るが、悪くないと思う」

「……」


 俺はコメントを控えた。今のハクに何か意見を言うと、結局反感を買うような気がしたのだ。

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