8話 面妖でも確かな縁故(3)
リーテベルクの影が俺の体へと侵入してきている。上から剣で突き刺すつもりなんだ。
「覚悟!!」
「命を……軽く扱うな!!」
足で床を叩いた反動で空中を回転して避ける。
そして、その間に妖力を高めて蜘蛛の糸をぶち破った。
「俺の命は軽くねえ! 人の命は軽くねえ!!
処刑なんて臭いことやっている内は、俺はお前を認めないッ!!」
「貴様に認められる必要はない! シモ様、邪魔立ては結構。私一人でやらせて頂く!」
へえ……?
「シモ様、ね……。お前、あいつの嘘にいつまで付き合ってやるつもりだよ?」
「……嘘だと?」
「そろそろなんじゃないか? お前の野望は叶い、喰うには良い頃合いだろ」
「ふん……またそうやって心を乱し、剣を乱そうというのか。それがお前のやり方か!」
「バーカ! 俺はお前に親切に言ってやってんだよ。
あいつは妖怪だ。だから蜘蛛を操るし、こんな芸当ができているんだ!」
「ハッタリが好きなようだな。その程度の嘘、私の耳には入らん!」
まるで靄を払うように斬り掛かってきた。しかし、その動きは先程までの動きと違って雑味があった。
だから、俺でも反応することができる。
避けれる。こいつ……本当は、心の中では動揺しているんだ。
「お前、本当は気付いているんだろ。だから、そんだけ動揺しているんだろ!
騙されたままでいいのか!? 不安なまま、お前は先の人生突き進むことができるのか!?」
「黙れ! 効かんと言った!」
「こんなもの――!!」
半身になってリーテベルクの突きを躱すと、上から思い切り右拳を振り下ろして剣を折った。
ガギンと嫌な音を立て、折れた先が宙を舞う。
「しまった……!」
「我儘も大概にしろよ!! この――わからず屋がッ!!」
そのまま左拳でリーテベルクの頬を殴り飛ばした。その体は床を滑り、転がっていく。
これで武器はない。心を折るのもそう難しくないだろう。
リーテベルクは震えていた。脳が揺れているんだろう直ぐに立ち上がることはできそうにない。
「お母様が倒られたんだ。私がしっかりしなければ、顔向けできないだろう……!」
なんだ? 独白し始めたぞ……。
「お母様が目覚めるまでにこの国をよりよくして素晴らしい私の姿を見せることが長男としての、第一王子としての仕事だ! その為ならば、私は何を利用してでも掴み取ってみせる!!
シモ様が妖怪? どうでもいいことだ、そんなことは。私の為に動いてくれるのであれば、賊だろうとなんだろうと利用する! それが私の一歩目だ!!
貴様なんぞには想像もできないだろうな。王子とは、生まれたその時から国を背負い、国民から期待を背負うのだ! 期待に応えなければならんのだ!!
勝手な事を言って、私を惑わそうとしても無駄だ! 私は、国の為ならば鬼にでもなってやる!!」
リーテベルクは、フラフラになりながらも立ち上がった。
闘志を剝きだしているかのように折れた剣を向けられた。
「良い顔じゃないか。だけど、方向性を間違ってんだお前は。
国の為に、と自己犠牲の精神は立派なもんだよ。尊敬するね」
「私を小馬鹿にいているのか……!!」
「いーや……つくづくイラつくのさ。お前にも、俺にもな!」
「な…………ふっ、ついにはいかれたか?」
「俺もさっき言われて来たところだ。やっぱ、言われないと気付けないことってあるもんだぞ」
「何の話か判らないが――じっとしていていいのか? 私の窮地に気付いたシモ様は何をしでかすか、私にも分かったものじゃないぞ」
「それはこっちのセリフだな。ゼラの方が怒った時は怖い」
俺の背後に忍び寄ってきた蜘蛛達に青白い炎が被弾する。
「結局、妖怪頼りじゃなきゃ俺と戦えないのか王子様?」
「何を勝った気になっているんだ!? 知らない訳じゃないだろう。私がまだ魔法を使っていないことを!!」
こいつ、まだやる気なのかよ……。
「懲りないな、俺ならとっくに諦めているよ」
「私は貴様じゃないからな!」
リーテベルクは、左掌を俺へと向けてきた。
「食らうがいい! ファイアショット!!」
掌より現れた野球ボールくらいの火球が飛ぶ。
しかし、既にそこに俺はいなかった。
その程度の大きさ……!
「な……!」
「なめんじゃねえ! 魔法なら、ミアラージュやアーチの方がすごいの撃つっての!!」
リーテベルクの伸ばした腕を持ち、投げ飛ばした。
「ぐはっ!」
床に叩きつけられたリーテベルクは、もう戦闘意志を示さなかった。虚ろな目で天井を見上げている。
「俺なら、とっくに諦めていた。前までの俺なら、ここにはこなかった。
――人は変わるんだよ……。
でも、変えてくれたのは仲間たちだ。裏切られたと勝手に勘違いしていた俺に言ってくれたんだ。もっと周りを見ろって。
何の変哲もない言葉だが、それが俺を変えてくれた。色んな人が話してくれた。
人は、一人じゃ生きていけない。けれど、あんな怪しい奴を頼っちゃダメだ!
お前には他にもっといるだろ! 直ぐ近くに支えてくれる人が、頼れる家族が!!
お前の父親はダメダメか? お前の弟や妹はまだ足を引っ張るだけのクソガキなのか!?
違うはずだ。お前にとって家族は――」
「うるさい!」
こいつまだ……!
「あんな出来損ない共など使えるか! 私は、私の力だけで……!」
「そんなつまらない嘘をつくな!!」
「っ……!!」
「見え透いた嘘で自分を偽ろうとしても、何にもならないぞ! 誰も幸せになんかできるかよ!!
俺は、嘘をつきまくって一人になった! お前も同じようになるつもりか!? そんなんじゃ誰も付いて来てくれないんだよ!!」
頭痛がして、リーテベルクの言葉が嘘であることは判った。けれど、そんなものがなくても判るくらいだった。
――リーテベルクの声が苦しそうだったから。
「…………知っている、知っているんだ……!
だが……お母様が倒れている中、誰にも迷惑をかけることなんてできない! 心配事を増やしたくなかった!!」
「バカ野郎……今のお前なんて、心配事の種でしかないだろ! そんなんで国を守っているつもりかよ!!」
腕で顔を隠し、歔欷していた。むせび声が聞こえてくる。
敗北と同時に後悔しているんだ。自分のしてきたことの重大さに気付いたかのように。
あっちも終わったらしい。
絡新婦を守るようにして囲っている蜘蛛達が青白い炎に包まれ燃えている。本体の方は、尻を床に付いてなすすべがないように怯えていた。
「終わったな」
「まだだ!」
かと思えば、絡新婦の奴がこちらへ向かって来た。
なんのつもりだ!?
「リーテベルクよ! お前の生気をわっちによこせ! そうすれば、お前の思い通りこの国はお前の物に……!!」
哀れに動揺しながら走ってきたのを間に入って止める。
「くっ……人間風情がわっちの邪魔をしよって……!!」
「お前の嘘は、吐き気がする。どうせこいつから生気を奪った後は、俺たちを適当にあしらって逃げるつもりなんだろ!
ゼラと本気で戦って逃げる力も失ったか!!」
「すっこんでいろ人間! 喰われたいのか!!」
「誰が食わせるか愚か者」
怒りが妖気からビシビシと痛い程に伝わってくる。
燃え上がるような妖気が絡新婦の後ろから歩いて来ていた。
「キィ〰〰ツ〰〰ネェ〰〰〰〰!!」
「己の相手は儂じゃと何度も言わせるな! そこまで封印されたいのなら、今すぐにしてやろう!」
「お前の負けだ蜘蛛女!」
「ふっ!!」
絡新婦が出した蜘蛛はまだ残っていた。
俺用に隠していた最後の一匹へと絡新婦から指令が下った。視線を送ることで、それが成っていた。
蜘蛛は糸を吐き、俺が折った剣先を包み掴む。更には糸を伸ばして剣先を向けてきた。
バカ野郎が! そんなもの、避けられるに――
「っっ!!?」
俺もゼラも避けられると思っていた。
しかし、俺の脚は一歩も動かなかった。
足下に円網ができており、糸の粘着によって動くことができなかったのだ。
「しまっ!!」
「《粘罠円網》だ! 死ね人間!!」
避けろ俺……! 避けろ!! 避けろ……っ!!
「アカヒト!!」
「《操器術》」
剣先の動きが止まったように見えた。俺の眼前で。
「へ……?」
「――まだその男にはわたしから言いたいことがたくさんあるので、死んでもらっては困るんですよ……!」
声の主は部屋の扉から現れた。
――ハクだった。月光を受けて神秘的なまでに光る白く長い髪は違えようのない。
ハクは、妖術を行使しているかのように手をこちらへ向けている。
「ハク……」
「これは……妖気!? まだ妖怪がいたのか!!?」
「これで終わりじゃな。しかし、儂の下僕に二度も手を出すとは許せん!!」
「おっと! ダメだよ九尾、約束が違う」
ここへ来たのはハクだけじゃないらしい。オットーがゼラの背後から絡新婦を排除しようとするのを止めようとしていた。
「オットーも来ていたのか……」
「皆さんが道を作ってくれたんですよ。騎兵隊がわたしたちを城に入れないように向かって来たのですが、流石熟練の冒険者です」
「助けてくれたのか……ありがとう、な」
感謝の言葉がぎこちなくなってしまう。まだ怒っているだろうから、と言葉が上手く出てこない。
「言いましたよね? まだ死なれては困るだけです。九尾様もいますしね」
明後日の方を向きながらも照れているかのように顔を赤らめた。
機嫌が良くなったか? 少しずつでも許してもらえるよう、努力して……やるか。
一応仲間な訳だし、仕方なくだ。仕方なく……。
ゼラは、不機嫌だった。自分を引っ張りだした原因を創り出した絡新婦に対し、まだお返しができていない、とムカムカした顔をしていた。
それでもやむなし、とばかりに少女の姿へ戻る。
「今回だけじゃぞオットーよ。しかし、もしもお主の情報が偽りであれば、わかっておろうな?」
オットーを睨めつけ、言い放つ。
すると、オットーは飄々として微笑んだ。
「もちろんさ。それに彼女のことはこちらに任せてくれ!
今回の事できちんとした罰則が待っているし、当分いい想いはできないだろう。
キミが直接罰を下すことはさせてあげられないけれど、その分のことがこの先待っていると約束しよう!」
オットー……妖怪退治だったかをしているらしいな……。
しかし、俺は気掛かりだった。あのオットーの笑みが、どことなく見たことがある気がして。
嘘は言っていない。けれど、どこか含みのある言い方だ。まるで俺のことを警戒しているみたいだ……。
いや、気のせいだろう。
「わっちが消えてなくなろうと、何も変わりはしない……。
わっちの仕事が台無しになったのだ! この意味がわからない奴等はさぞ頭がお花畑だろう!
もうすぐ来るぞ! 復讐が、略奪が、今そこまで迫っている!!
人間の分際で! 妖力が貧困な妖怪の分際で! それに抗う術はない!!
せいぜい思い知れ小僧に狐! お前たちが進む先にいるのは――」
最後の言葉が発せられる前にオットーが首筋に手刀を入れ、絡新婦を気絶させた。
白目をむいた絡新婦の気絶した顔は、最後の言葉を言えなかったゆえの対抗意識がそうさせているのか。この上なく、そして何者にも理解しえない恐怖を訴えているかのようだった。




