8話 面妖でも確かな縁故(2)
顔を上げ、見上げる彼女の顔は薄紅色に染まっていた。
潤んだ瞳は、暗い中で月明かりを映している。
「なぜ来たのじゃ愚か者! お主は、ここに来てはならんというのに!」
「危険だから? 俺が死ぬかもしれないから?」
「当然じゃ! お主は人間じゃから、妖怪と違ってあっという間にいなくなってしまう!
じゃから、少ない時間を……限られた時間を共にいたいと思っている! 守りたいのじゃ!! 失いたくないのじゃ!! 奪われたくないのじゃ!!」
涙を俺のシャツに落としながら吐露する彼女の本音は心地よかった。
「こんな俺を守ろうとしてくれるのは本当にありがたいと思うよ。けれど、お前だけ俺を守るのは不公平だ!
お前から見たら俺はちっぽけで頼りないかもしれない。それでも俺もお前を守りたいと思うんだ!
まだ出逢って間もないのにこんな気持ちになるのはおかしいと思うけれど、俺にとってお前は大切なんだ。お前と一緒で俺も失いたくないんだよ! だから、無理をしないでくれ!!」
「ぐすっ……アカヒトのくせしていい気になるんじゃないわ! たわけ!」
そう言いながらもゼラはいい顔で笑っていた。
少しはわかってくれたんだろうか。
「お前はまだ一人じゃダメだ。妖力が戻っていない。
だから、お前には俺が必要だ。二人であいつをやっつけるぞ!」
「しかし、お主は人間の身。妖力が極小なうえ、奴の妖気にあてられては動けなくなってしまうぞ」
「だから、二人でって言っただろ。
俺はお前に霊力を与える。代わりにお前から俺は妖力を貰う!」
「な……いや、う~む……力の循環法、か……」
「やるぞゼラ、力を貸せ!!」
ゼラから拒否権を奪うように俺は集中し始めた。
すると、抱きかかえる腕を伝って蒼い泡のようなものがゼラの中に入っていくのが見え始める。
「これは……お主、自分で霊力を与える術を身に付けたのか!?」
(この短時間で……儂やハクのやったことを真似たというのか!?)
そういえば確かに自然とできたな。体が覚えていた感じだ。
「……お主は見かけによらず器用なようじゃな」
ゼラも俺に妖力を流し込み始めた。
すると、互いの力が相乗効果を生み出すように、俺たちを包み込む気が大きく膨れ上がった。
ゼラの白いワンピースも現れ、床に張られた蜘蛛の巣も消し去った。
ゼラを下ろし、今一度絡新婦を睨み付ける。
「矮小な人間の分際でわっちを蹴飛ばすとは、腹立たしい……!!」
絡新婦は、こちらを睨み返して憤りを露わにしていた。
「絡新婦……お前の好きにはさせない! 俺とゼラがお前の頭を冷やしてやる!!」
「こうなったらもう誰も止められんぞ蜘蛛女!」
「わっちの妖力の方が勝ることをもう忘れたか! 人間一人増えた所で、どうにもならないことが判らんか!!」
「そう言っておられるのも今の内じゃ……!! 儂らは二人で一人! 己の妖力程度、眼中にも入らん!!」
ゼラの妖気が更に高まった。ゆえに、体が大きくなり大人のゼラへと変化した。
月明かりによって輝く後ろ髪は隣で見ても美しく、容姿は艶やかだ。
その妖力は、これまでとは比較とならないほどに偉大で大きい。
「これは……!」
絡新婦もこの美しい姿となったゼラに面食らった様子だった。
「今一度宣言する! 絡新婦、己を儂等が封印する!!」
「ぐぬぬぬぬ……口惜しい狐めェ!!」
「そうはさせるか!」
驚いた。今まで影が薄く、いることに気付かなかったくらいのリーテベルクが剣を持って現れた。一直線に俺を睨み付けている。
俺をそれほど敵対視しているとはな。
「また貴様か。王族に手を駆けるという意味がわかっているのか!?」
「リーテベルク……」
絡新婦が落ち着かせようと声を掛けるが、彼にはそのつもりはないらしい。
剣を俺へと向けて威嚇している。
「貴様を逆族の罪でこの私が断罪する!!!」
そうとう高揚しているようだ。生気を吸い取られて痩せ細っているというのに、身に宿す強者の風格は依然健在である。
あいつも妖怪と手を組んでいるくらいだし、感情に流されて剣を向けてくるのも仕方ないのかもな……。
いや、それは俺もか。だけど、この二人と俺たちは根本的に違う。
利用し、利用される関係じゃなく、それ以外の温かい何かの繋がりだと信じている。
「お前みたいなのが国の上に立つと、皆が戸惑う! 不安になる!」
「そんな訳がないだろう! 私がいるからこそ、この国はよりよくなって発展していくのだ! むしろ崇め奉られるだろう!!」
「国王はどうした? あの優しそうなお前の父親はどうしたんだ!
どうせその女に言われるがままにどこかへ監禁でもしているんだろ! 思い通りにならないことを無視できるように、そういう術だけを身に付けるのか!? そんなんで国民が付いて来てくれると本当に思っているのか!!
罪は一生消えない恥だ! お前は、国の上に立つ資格のないクソ野郎だ!!」
「言わせておけば!!」
リーテベルクが俺へ向かって走った瞬間、戦いの火蓋は切って落とされた。
よし……王子の目を俺に向かせることには成功した。
俺に妖怪の相手は無理だ。ここはそれぞれ一対一で戦うぞゼラ!
ゼラと目を合わせ、互いに頷くと斜めに動いた。
この部屋は広い。たとえ魔法や妖術を使う戦いでも、あっちを邪魔することはないだろう。
「こっちだクソ王子!」
「待て!」
ゼラと一定の距離をとると、足を止めて待ち構える。
俺が構えるのを見て、リーテベルクも足を止めた。
周りが見えていないにしては冷静らしい。洗練されたような立ち居振る舞いは、まさに王子ぜんとしている。
剣を持つ角度にしても拘りとかありそうだ。嫌だね……めんどくさそうな人生だってのが一目で判る。
「貴様は、この国の王を怒らせた。その罪は斬首に値する。申し開きはあるか?」
「処刑場の執行人気取りか?」
「なに?」
「だいたいお前は極端なんだよ……。王になる為に他者の力まで借りるなんて、王子のすることじゃない!」
「貴様に私の何が判る!? 貴様は私ではないだろうが! 私の気も知らないで、知ったような口を利くな!!」
「知らねえよ……知りたくもないね!
俺は、お前よかリオネルの方がこの国には必要だと思うからな。人を思いやれる力、それこそが国を治めるに相応しい器なんだよ!」
「あまつさえ国の政治に口を挟もうと言うのか!? ふざけるな! もういい――死んで後悔するがいいさ!」
懐に剣を構え、素早く前進してきた。
俺には、戦いの心得が全くと言っていい程に無い。おそらく剣で戦っていたらあっけなく負けるだろう。
卑怯とか言うなよ? 素で戦えば俺に勝ち目なんてないんだからな!
「《毒霧》!」
リーテベルクが俺の間合いへ入った瞬間、毒色の霧を掌から放射した。
邪魅の毒霧は、本来なら常人を死に至らせる毒を持つらしいが、俺のはそこまでじゃない。でも、相手の手指を痺れさせ動きを鈍くさせることくらいはできる。
リーテベルクは毒霧に包まれ、見えなくなった。
これでまずは動きを……!
しかし、リーテベルクは殺気だった顔をして霧を抜けて出てきた。
「なっ……!?」
効いてない!?
まるで効力がないように剣先が俺の首目掛けて伸びてくる。殺気の籠った視線が鋭く突き刺さってくる。
「わっ! わっ!」
なんとか体重を後ろに持っていき回避するが、リーテベルクは追って来た。
こいつ……!
「目暗ましとは卑怯者には打って付けの魔法か! そんなものが私に通用すると思ったか!」
「くっ……《操繫術》!」
ハクの操繫術は、相手の精神を乗っ取り思いのままにできるが、俺にできるのは一部を少しの間だけ操れる程度。
もう少しここぞって時とっておきたかったけれど、今は使うしかない!
妖術を使い、リーテベルクの左足を後ろへ引かせて転ばせた。
「な、なんだ!!?」
よし、一度距離をとって――
「アカヒト!」
ゼラの切迫したような声が聞こえてきて振り返る。
すると――俺の背後にさっき絡新婦の近くにいた大きい蜘蛛がいた。
なんだこいつ!!?
蜘蛛の口より吐き出される糸が体勢の整っていない俺の体へと巻き付いた。
「ぐへ!?」
体の自由を奪われ、仰向けに倒れた。
しまった……!
リーテベルクは既に立ち上がっていた。
埃を払う余裕を見せており、更には落とした剣を拾っている。
「卑怯だぞ、蜘蛛なんか使いやがって!」
「どの口が言っているんだこの男は……」
まずいぞ……この糸、硬くて全然解けない……!
ゼラは……助けたくても助けに来れない状況のようだ。絡新婦が呼びだしたんだろう蜘蛛に囲まれ、攻めあぐねている感じだ。
「手こずらせてくれたな……やっと入ったネズミを払うことができる!」
ブツブツと独り言を零しながら歩いてくる。
もう一度、操繫術を使うか? いや、この糸をなんとかしなければ何の解決にもならない。解けたとしても、頭の方に蜘蛛がまだいる。
「アカヒト! 儂が妖力を与えたのじゃ。その程度の糸、己の力で破ってみせんか!!」
糸を自分で? 妖力を使って……!!
ゼラの喝によって俺は、自らの妖力を意識し始めた。




