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8話 面妖でも確かな縁故(1)

 俺が嘘をつくことに慣れ始めたのがいつのことだったか、もう覚えていない。

 嘘をついて叱られる。嘘をついても叱られない。この境界もなんとなく判って、自然と嘘のつき方を知った。それほどまでに嘘をつき続けた。

 すると、いつの日か嘘の境界が段々と下がり出して、嘘が通用しなくなった。

 ――もうそういうのいいから。

 ――どうせ嘘なんだろ。

 ――黙れよ嘘つき! お前の話なんか聞いてねえんだよ!!

 それでも俺は、嘘をつき続けた。

 嘘をやめることなんてやろうと思ってもできなかった。俺の口が嘘を渇望しているかのように、吐き出してきた。

 俺は、嘘に呪われている。

 だから、自然と虐めの目も嘘吐きである俺に向いた。『嘘吐き』イコール『独り』だった。

 そうなったらもう嘘をつかなくても独りだった。口を開かなくても『嘘吐き』と揶揄され、俺は狼少年となっていた。



 俺は、牢に留まり続けた。

 体があまりにも重く、立ち上がれそうにない。先程の事で頭が重くなったが、それが全身にうつってまるで熱にうなされている時のようだ。

 どれだけそうしていただろうか。気付くと俺は、誰かに襟を持ちあげられていた。

 誰だ……? ごつそうな体だ……筋肉が硬い。


「レッド!!」


 名前だ……だけど、俺の名前じゃない。

 ――…………いや、俺の名だ。


 現実に引き戻された瞬間、俺の頬に硬くて大きい拳がめり込んだ。


「ぐっ……ぶはぁ!!?」


 ハンバーグだ。怒りの形相で俺を殴った。

 なにしやがる……! 眠気覚ましにしては度が過ぎるぞ!!


「てめえ……妹ちゃんを行かせて追いかけないたあどういうこった!!?」


 なんの話だ……?

 ハンバーグの後ろに俺を睨み付けるハクがいる。

 お前が何かわけのわからないことを吹き込んだのか。仕返しにしては趣味が悪い。


「相手がどれだけ強大でもな、家族だけは見捨てちゃいけねえ! それが切っても切れない家族の絆ってやつなんだ!! お前はそれをちゃんとわかっていると思っていたがな!!

 お前の中に確かにあるはずだ! 妹ちゃんとの思い出が!!」


 思い出……?

 なぜだろう。「思い出」という言葉が引っ掛かった。


「非力さを思い知ったなら、頼ってくれよ! 俺たちはもう仲間だろ!!

 俺たちを頼れ……っ!!」


 思い出……おもい、で…………。

 まだ一週間経っていない程度の付き合いだ。思い出なんて仰々しいものはない、はずだが――確かにゼラとの日々は重い気がする。

 あいつは、一度も俺に嫌な嘘はついていない。たったの一度もだ。それがどういうことか、俺には想像もできない程にすごいことな気がする。

 隠し事はある気がするが、おそらくそれは俺を守るためのもの。そう思わせてくれるほど、あいつからは俺へのいつくしみが感じられた。


 ――守りたい。

 そりゃ俺だってあいつを守りたいって思うよ。

 だって、あいつだけなんだ。あいつだけが俺を信じてくれ、頼ってくれたんだ。


「お前はまだ仲間になって間もないし、俺たちのことを信じてくれないのはなんとなくわかる。

 しかしだな、窮地を共にした仲じゃないか! 冒険者、魔物を共に狩れば既にある強固な絆ってことわざ知らないのか?」


 俺が考え事をしている間に色々と独り言を並べていたらしい。

 ハンバーグは世話焼きだな。こんな俺を諭そうとねばっこいことで。


「……痛いだろ」


 俺の微笑んだ顔を見ると、ハンバーグは「おっ」と声を漏らした。


「ふはははは! そうか痛いか!」


 高笑いをしながら嫌なことを言う。

 おちょくってんのかこの野郎……!


「そこをどけよお前ら。行くべき所がある」

「仕方ない男だレッド。その強がりに免じて、俺たちも付いて行こう! 騎兵隊が邪魔だろう!」

「……勝手にしろ。邪魔をしないなら、頼ってやるよ……」


 いけ好かない笑い声を漏らしながら言ってくれた頼もしい口述に、俺は捻くれなりに応じた。

 すると、ハンバーグは考えるように首を傾げる。


「しかし、どこへ行くつもりだ? 妹ちゃんが連れて行かれた場所の検討は付いているのか?」


 俺は瞼を閉じた。

 ずっと感じてはいたんだ。遠く離れていても、ゼラのことだけは契約があるからか判るらしい。

 妖気が随分弱弱しくなっている。刺々しいけれど、その実一枚岩の強さという感じだ。

 俺の霊力を吸わずに戦おうとするからだ。本当の実力なんて全然出ないじゃないか!


「城だ。早く行かないと……あいつは弱りきっている!」

「城? それってヴァルファロスト城かあ!?」


 アホみたいに裏返った声が狭い牢の中で響いた。


「敵は、リーテベルク王子だ。王族を相手にする気概がお前にはあるのかハンバーグ!」


 重々しく訊ねると、鼻で笑われた。俺のやること成すことを笑い飛ばすのは、この屈強な男の悪い癖だ。


「当然よ! 俺は、仲間の仲間だぜ!

 王族が相手とはなかなかスリルのある話だが、仲間の話を信じないのはこのガンツ様の名折れだ!」

「……なんだよ仲間の仲間って……」


 呆れる言葉だが、妙に嬉しかった。初めて仲間という言葉をかけてくれたから。

 いや、初めてじゃないか……。いつのことだったか、昔一度だけ言われた気がする。でも、こんなに温かい気持ちになるものなんだな。


「ハク、さっきは悪かった。言い過ぎた」

「……」


 まだ彼女は機嫌が悪い。視線を逸らされてしまった。

 俺が謝るなんてな。一生無いと思っていたのに、少し肩の荷が下りた気分だ。不思議だ。


「――先に行く!」


 出口近くでミアラージュたちが覗き見ていたようだ。

 彼女たちは、「任せろ」とでもいいたげな顔で微笑み、俺が出ていくのを見送ってくれた。


「俺たちも行くぞお前ら! 敵は城に在り!!」


 本当に手伝ってくれるらしい。ハンバーグの指示が背中の方から聞こえてきた。

 嗚呼……不思議な気分だ。

 走る足が軽く、早くあいつの下に行きたいという衝動に駆られている。

 背中を押されるなんて初めてだ……。

 何度も説教されることはあったけれど、こんなのは初めてだ。

 ただの気まぐれかもしれない。それでも、今こうして喜んでいるのは事実だ。

 ゼラのいる所へ行こう。ハンバーグが言うように、俺にはあいつを助ける理由がある。


 外へ出ると、城が見えた。日が落ちる寸前に怪しく暗い影が城の上の方に佇んでいる。

 簡単じゃないことは判っている。それでも俺は、行かなくてはいけない。


「待っていろ、ゼラ……今すぐに助けに行くから……!!」


 拳を握る。

 俺は、お前に力を貰った。お前に勇気を貰った。

 だけどまだ、俺は何もお前に返してあげられていない。ずっと貰ってばかりだ。

 そしてまだ、さっきのお前の行いに説教していない! 俺ばかり言われるのは、ずるいだろ?


「《黒衣武装こくいぶそう》」


 握った拳に赤黒い炎のような揺らめきが宿る。

 これは、俺に力をくれる。ゼラの妖気が俺に力を分け与えてくれているんだ。

 走り始めた。陸上選手なんて眼中にない程に走る速度が速いように思える。

 まるで鳥になったように風が心地よく、城へ向かった。

 お節介かもしれない。要らない手かもしれない。

 それでも尚、俺がお前の隣にいないことが既にムカつくから。



 あっという間に城に辿り着いた。

 前に来た時からまだ間がないうえで、城自体に変わった様子はないように思えた。だけど、まるで呪われているかのように昏い。

 その時、ゼラの妖気が極めて小さくなっているのに気が付いた。


「――ゼラが危ない!」


 もはや城の中から上っていては間に合わないと思った。

 時間が無いんだ。登るしかない……この壁を!

 見上げると、てっぺんの方の壁に穴が開いているのが見えた。

 あそこから入れる! 行ける!!


 助走をつける為、三歩だけ下がった。

 妖力を使っても、一度の跳躍で辿り着けるほど低くない。何度か足をつける必要がある。

 その為の足場は――あそこだ……!

 やや右斜め上。出っ張った窓の屋根があった。

 次の足場はあそこ……左斜め上にある窓の屋根。少し遠いけれど、やるしかない!

 行け! 行け! 行け行け行け行け…………――行け!!

 助走を活かし、走り跳んだ。

 これまでの走り高跳びの記録は三メートル行ったか行かなかったかくらい。そんな俺が高さ十メートル以上もある場所の屋根に跳び移ることなど普通ならできないだろう。

 しかし、黒衣武装した今の俺にはそう難しいことじゃなかったようだ。

 むしろ跳び過ぎてしまったほどで、壁に顔を打ち付けた。


「いっつ――…………」


 こんなに跳べるんだな、俺って。

 ……早くしないと。もっと力を意識して、制御するんだ。


 助走無しでも、次の足場へと移動することができた。俺の中にあるゼラの妖力は、俺の想像を遥かに超えるものなのかもしれない。

 そして――俺は、ゼラを見つけた。

 素裸でこの前見た絡新婦や近くにいる大きめの蜘蛛に何かされているらしい。ゼラの涙ぐんだ表情から良い状況には思えなかった。

 蜘蛛の巣が張られている。あれで身動きが取れないんだ。絡新婦の妖術か?

 いや、今はそんなことはどうでもいい。

 さっきから、見た瞬間から、湧き上がる怒りの衝動が止まるなとわめいている。



「――そいつから手を放せッッッ!!!」



 昂った俺の意識が前進するのに何の躊躇いも失くしてくれていた。

 要領は、さっきの跳躍と同じ。母指球に力を籠め、跳ぶと同時に着地点を意識する。

 今回の着地点は――絡新婦だ!!


「ぐぅぅぅ〰〰〰〰!!?」


 絡新婦は、転がりながら吹き飛んだ。

 不意打ちがかなり効いたらしい。情けない嗚咽が遠くの方で鳴り響く。


 俺は、直ぐにゼラに纏う蜘蛛の糸を慎重に解いて抱きかかえた。

 小さく、しかも軽い。震えていて、泣いていた。

 ただの偽善者の言う科白と思っていたが、今は本心から思う。

 ――可哀想に。


「悪い、遅くなった……」


 胸の中に埋まるゼラの後頭部を撫でて慰めた。

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