7話 怪誕に溺れる狼少年(2)
ここを早く出ることができたのにしなかったのは、俺がハクを言いくるめたからだ。俺のせいでハクが罰せられるのはいい気持ちがしない。
ハクを庇うべきか? いやでも、ゼラの顔に泥を塗る真似はできない。
ゼラがハクを罰すると決まった訳じゃないし見守るべきだろうか……。
色々と勘考している間にゼラは屈みながらハクの顎を上げた。
「ハクよ……よくやった」
「っ……!」
俺の中であった様々な予想を全て覆す事が起こった。ゼラが他人を褒め称えたのだ。
こいつの性格はここ数日で嫌という程に痛感してきたつもりだ。やりそうなことは大方見当がつくと思っていた。
だけど、ゼラがハクを褒めた……。
「儂の願いを聞き届け、よくぞ我が下僕を生かしたな」
「…………い、いえ……わたしは、何も特別なことはしていません……!」
暫く固まっていたが、我に返った途端に狼狽しながら頭を下げた。ハクもこれには予想外だったようだ。
ゼラの心には何一つ嘘は見られない。心の底からそう思っているかのように声が優しく、まるで母親のそれだ。長年生きてきたものが滲み出ている気さえした。
似合ってはいないけれど、安心したと同時になんだか得をした気分だ。こんなゼラはおそらくそう見られないだろう。
「できればこれからも儂の下僕に仕えて欲しい。儂はときたま忙しくなってしまうが、こやつを一人にはしておけないのじゃ」
「下僕」扱いなのは流石に嫌だけどな……。
「なにより光栄な言葉です! わたしなどでよければ、どこまでもお傍に居させて頂きます!」
感激しすぎてヤバいこと言ってんな。そんなこと言うならせめて俺への態度を改めて欲しいね。
「と、いうわけじゃアカヒトよ。お主も同じことを起こさぬよう精進するのじゃぞ」
「へいへい……。それより、ここからどうするんだ?」
「上の兵は粗方片付けてきたつもりじゃが――相手は人間。直ぐに別動隊がここへ来るじゃろう。
しかし、そんなものの相手などしておられん。さっさと頭を叩き潰すつもりじゃ!」
「頭って……」
「騎兵隊は国王の直属の騎士団でしたが、ここ最近は腕を買われた第一王子がその実権のおよそ半分を所有しているそうです。
おそらくわたしたちをここへ連れてきた騎兵隊の多くは第一王子によって差し向けられたものと思われます」
ハクがまるで調べてきたかのように話すので驚いた。
こいつ……割といい情報持ってんじゃんか……。
「お主も知っておったか。ククク……中々の腕じゃな!」
「勿体ないお言葉。しかし、九尾様はこの程度のこと既に承知だったようで、出過ぎた真似をしました」
「儂はオットーの奴に聞いただけじゃ。その調子でおれば先々で使い用がでてくるじゃろう」
「てことは、ゼラは城に攻め入るつもりなのか!?」
「無論じゃ。前は儂らに危害が無かったゆえに見過ごしてやったが、ここまでされては黙っておるわけにはいかん!!」
「でも、俺たちには正義は付いてこない。最悪国賊の罪で永遠と追われる身になることを覚悟しなきゃならなくなるぞ!?」
「ふん、儂は妖怪。人間に追われることなど時を渡り幾度もあった遊戯じゃ。
心配することはない。少しお灸をすえてやるまでじゃ」
別に心配するわけじゃないけれど、ゼラの妖力は全盛期とは天と地ほども差があるはずだ。俺がいなければ、九尾とチビとで見分けがつかないくらいだ。
やっぱり一人じゃ――
「お主らはここから出たら国外へ出ろ。森の中ならば隠れやすいはずじゃ」
「ゼラ……」
「事が済めば匂いか妖気を探って見つけ出す。じゃから巻き込まれぬように身を隠しておるのじゃぞ!」
「ま、待てゼラ!」
まるで俺の言葉を聞かないように早口で話すだけ話し、ゼラは天井の穴から消えてしまった。
なんでそんなに急いでんだよ……俺の話を聞けよ! バカ野郎!
俺が何を言おうとしたのか判ったんだあいつには。俺も付いて行く、と言われそれを一度反対することはできても、その後に丸め込まれると思ったんだ。
――俺は足手纏いか、ゼラ……。
俺は、その場に座り込んだ。
敵はゼラに集まる。今すぐに逃げる必要は無い。
それよりも自分の無力さに腹が立った。
嘘がわかっても権力に押し潰され、力を持っていても濁流に押し流された。
俺の嘘は、当たり前だったけれど何の効力もない薬みたいなものだったんだ……。
「どうしたんですか? お仲間を救い出しに行くのでは?」
「お前一人で行ってこい。俺は、やる気がでねえよ」
「何を頓珍漢なことを憂鬱にほざいているのですか。さっさと行きますよ、九尾様に言われたでしょう!」
「あいつは俺のことをただの下僕としか思っていないさ。使えない道具だけど、ないよりはマシくらいにしかな」
「それならどうしてあんなにも感情的になってまで貴方を救い出そうとしたんですか!
あれは怒っていたんです。貴方を傷つけられたことに対する心の底から湧き上がった怒りによって突き動かされているんです!」
「それはお前の勝手な妄想だよ。俺は、なんの取り柄もない一般市民だ、価値なんてない」
もう放っておいてくれ……。
これまであった希望みたいなものが打ち砕かれた気がした。それをしたのがゼラだというのが余計に心にダメージを与えてくる。
――パンッ!!
頬にヒヤリとした衝撃があった。更にはその力によって後転を強制的に何度もさせられ、転がり倒れる。
ハクが俺にビンタをしたんだ。涙ぐみながら怒った顔をしていた。
その顔を俺はまた力なく見た。
一体全体なんなんだよ……。
何がしたいんだよ……。
もう俺に構うな、話しかけるな。
嫌いだ……俺以外の全て、勝手に失望していなくなればいい。どうせ俺はいつだって独りなんだ。
「子供ですか貴方は! もうわたしよりわかりきっている事でしょう!!」
うるさい声で怒鳴りつけるな。
無駄なんだよ。説教なんてこれまで数え切れないほどされてきた。
――そして見放されたんだ。
無駄なんだから、何も言わないでどっか行ってくれよ。
俺はもう疲れた。魔法とか、妖術とかどうだっていい。期待した俺がバカだったって話だ。
ステータスはモブ。魔法は使い方も分からなければ、どうせそんなに才能無い。
他の世界へ来れたからって誰でも英雄とか眩しい光に当たれる訳じゃない。俺の人生は、嘘と暗闇に塗れて誰にも気付かれずに終わる運命なのさ。
「――そんな目をするな!!」
襟首を捕まれ、物凄い勢いで言い放たれて俺は目を丸めた。
怒号にではない。初めてハクが丁寧な言葉を捨てたことに驚いた。
「勝手に失望しても、何も変わりません!」
「っ ――もう変わる気なんてないんだよ!」
執拗な女は嫌いだ。だからついムキになって反抗してしまった。
「何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も……今まで変わろうとしたんだ!!
だけど、どれも上手くいかない! 変われないんだよ! 俺は、結局嘘吐きでしかないんだから!!」
「貴方は貴方のままでいい! けれど、自分ばかり見ていないで、周りも見てください!!
もう少し……あと少しだけでいいから、せめて九尾様だけは、目を逸らさないであげてください……!!」
「…………」
ゼラ……。
「貴方にしかできないことがあるんです!」
「……先に目を離したのはあいつの方だ。なんで俺が……」
「子供みたいなことを言うのはもうやめてください! じゃないと、どんどん離れて行ってしまうじゃないですか……」
なんでそんなに悲しそうな顔をするんだ?
なんでお前が泣いてんだよ……?
なんで、そんなに関わろうとするんだ……。
――なんで……どの言葉にも嘘がないんだ……!
「うるせえ! 俺が何をしようが、俺の勝手だろ!!
お前は、クビだ! さっさとどこへでも消えやがれ!!
――あっ…………」
嘘と同じように口が勝手に動いた。勝手に吐き出された。
ハクは唖然として固まってしまった。
しかし、謝るということは俺のプライドやしがらみがストップをかけて何も言えなかった。
少ししてハクは立ち上がると、涙を拭いながら走り去ってしまった。
俺にはできないんだ。お前たちみたいにはなれないんだよ……。
俺は、嘘に呪われている……!!




