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7話 怪誕に溺れる狼少年(1)

 騎兵隊所有の牢に俺たちは閉じ込められた。

 一人一人別々の牢が用意されていた。

 だがハンバーグたち、チームガンツは知名度のせいで特別厳しい牢に送られてしまったらしい。

 昏い牢の中は視界が悪い。冷たい石でできた床とぺらぺらの布しかなく、トイレはどうすればいいのかとツッコミたくなった。

 ここは中央の通路を挟むようにして牢が設置してある構造らしく、向かいにはハクが入れられていた。

 監視がいないのをいいことに俺たちは脱走の計画を考えている。


 幸い妖力を使える為、やりようを考えればできなくはないだろう。

 手首に枷はされているものの、動きを封じられている訳では無いし妖力も扱える。先がどうなっているかは判らないが、穴を掘ったり壁に穴を開ければ脱出することはできそうだ。

 問題なのはハンバーグたちのことだ。俺たちが脱走できても、居場所の判らない彼等を救い出して逃げるのにはリスクが大きすぎる。


「どうするのですか? このままでは罪人として処刑されることも念頭に置かなければいけませんよ」

「わかってる。だけど…………」

「だけど、なんですか? まさか先程の彼等を救い出す必要があるとでも考えているのですか?

 見捨てて逃げるのが肝要です。まずは自分たちの身の安全を考慮することですね」

「お前なあ……俺の従者なんだろ? もう少し俺の考えをだな……」

「聞き耳持ちません! わたしは貴方を危険な目に合わせない約束をしたのにこの有様なんですよ!?

 九尾様にいつ殺されてもおかしくはありません! まだ貴方の考えがまとまるのを待っているだけありがたいと思ってください!」


 本当に俺の話を聞く気ゼロだな……。そっぽ向いて目を閉じてやがる。

 直属の上司は俺だろうが!


「まあ仕方ないよなあ! お前とておしっこ我慢できないしなー!」

「な、ななな! 何を口走っているのですかっ!」


 のってきたな。顔を羞恥で染めてあたふたしだした。


「どうせトイレ行きたいから早く出たいとかそういう感じだろ? あ~あ、やだね我慢のできないノット淑女はよ!」

「ぐ、ぐ、ぐぬぬぬぬ…………言ってくれますね弱虫のくせに……!!」

「はぁ? 寝てもないのにおねしょしているガキと比べたら小さなもんだろ!」

「にゃ、にゃんですって〰〰〰〰!!?」


 挑発する俺の科白せりふにより、憤りから顔を歪めた。

 今にも襲って来そうに前のめりになっているが、檻があるからそれは無理だろう。


「い、言ってみなさい……」

「なんだよその言葉遣いは?」

「ぬぐっ…………お、おっしゃってください……。あなたのお考えをわたくしめにお聞かせくださいっ!」


 悔しそうでも投げやりに謙った。

 俺は嘲笑いながらも彼女の願いを聞き届けてやろうと思った。


「仕方ないな。お前がそこまで訊きたいというなら、教えてやるよ」

「……楽しそうですね」

「まあな!」

「はぁ……茶番はもうやめにして早くしてください。どちらにせよ九尾様の耳に入ったら大事になりますよ」


 溜息混じりの意見には俺も同意だった。

 少なくともあいつが関わって軽く終わるわけがない。昨日もハクのことでやばい雰囲気になったばかりだ。


「とりあえずここは出る。このくらいの強度の檻なら、妖気を使った俺の力で抜け出すのは簡単だろう。

 ついでにお前も出してやるよ。そっから先を手伝ってもらう。

 次にさっき奴等が連れて行かれた奥の部屋へ向かう。例え敵が待っていても、俺とお前でなんとかする!

 んで、あいつ等を解放した後、壁をぶち壊して脱走だ!」

「…………ざっくり! 大雑把! 無理! 絶対無理です!」

「わかってるよ……だからこうやって悩んでんだろ。すぐそこにあいつ等がいるかどうかも不確定な状態で行動するほど俺もバカじゃない。

 それに人数も多いし、壁をぶち壊しても出口に着くまでに敵に追いつかれないかってのも重要だ」

「それだけ判っているんですね……ならば、余計わたしたちだけで逃げるべきです。手の施しようのない状況など、いくらでもあるんですよ」

「…………」


 そのくらい俺にだってわかってる。いつもの俺ならとっくに見捨ててるさ。

 だけど――あいつらは俺をまだ見捨てていない。俺から見捨てるなんてこと、やってはいけないと思うから!


「あいつらも助けたいんだ!」

「……なぜ人間は同族を仲間と形容し、助け合うことができるのでしょうか。わたしには理解できない趣向です」

「お前も元は動物で人間に飼われていたんだろ。お前の主人も大切な人がいたんじゃないのか?

 お前がそれをわからないと切り捨てるなんて、それでいいのかって俺は思うぞ。お前にとって主人は大切だったんだろ。だったら、理解しようって思うのが普通なんじゃないのか」

「……」

「人間がなんで仲間意識を持って他人と接するのか、なんて俺にもわからない。俺は、ずっと一人で生きてきた人種だしな。嫌われ者だったから……。

 だけど、最近はあまりそれだけじゃないんだ。ゼラと一緒にいて少しずつ一人じゃないって案外悪くないのかもなって思えるようになった。

 喧嘩もしているし、なんでも思い通りに動いてくれるわけじゃない。

 でも、それでいいんだ。ロボットみたいに俺の思い通りになる奴なんていらない。ちゃんと俺のことを知っていてくれたら、それだけいいんだ」

「…………誰よりも生き続け、妖怪の中でも随一の妖力を持つ九尾様がなぜ貴方の傍にいるのか、わかったような気がします」


 ほくそ笑んだかと思えば、ハクは何かをわかったような顔になった。

 お前の為に話したんじゃなかったんだけどな……。けど、それでもお前の中で何かを掴むきっかけになれたのなら、もう誰も傷付けない道を見出すきっかけになれたのなら、話した甲斐が少しはあったと思えるんだけどな。


「仕方ありませんね。もう少し様子を――」


 まるでハクの話を遮るように地響きがとどろいた。

 床や壁、視界がたちまち震えて体勢を保つことはできなかった。


「な、なんだ……?」

「これは……九尾様の妖気です! 九尾様がここに来て……」


 ハクがゼラの妖気を感じ取ったようだが、答えを全て聞き終わる前に通路上の天井が崩れ落ちてきた。

 天井を構成していたブロックが次々と落下し、砂塵を引き起こす。

 俺とハクは煙いそれを手で払いながらゴホゴホと咳き込んでいると、より砂塵を充満させるような風圧を放ちながら上から降りて来る者がいた。

 小さいなりでも、瞳が砂塵の置くで真紅に光っている。

 ここへ来るまで暴れてきたようだ。白いワンピースが所々砂の色に侵されていた。


「ゼラ……」


 ゼラは、俺へとゆっくりと視線を動かして見つけると、無言で牢の鉄格子と俺の手首の枷をバラバラに斬り捨てた。

 妖力を使ったのかわからないが、手をかざしただけで一瞬にして元から切れてあったかのように鉄格子は崩れていった。

 圧巻で脱力していると、ゼラが俺へと勢いよく抱きついてきた。背丈が合わず、脚が宙ぶらりんになっているのがまた可愛らしい。

 ゼラの手は力強く俺の背中を握り締めており、何を言えばいいか思いつかない。

 心配、してくれたわけじゃない……よな?

 人から心配された経験が指で数えるほどしかない俺がこれを素直に受け止めるのは難しかった。ゆえに、俺はゼラの背中に手を添えるだけにする。


「すまなかった……すまなかった!

 このような事になっていようとは、儂も思わんかった……。遅れてしまったのじゃ」


 より背中にある手の力が強まったのが判った。それと同時にゼラの体が少し震えているのを悟る。


「……何言ってんだよ、こうして来てくれたじゃないか。お前が謝る必要なんてないだろ」

「じゃが……心配だったのじゃ。もしお主が死んでしまったらどうしようって思ったのじゃ」


 俺から降りたゼラの顔を覗いてみると、目元が潤んで雫が零れていた。更には、そこから止めどない涙が頬を伝って落ちていく。

 子供の泣き顔にしては可愛く思ってしまった。静かに、しかも湧き出るような安心感からなる泣き顔に思わず微笑んでしまう。


「何を笑っておるのじゃ愚か者!」


 罵声のつもりだろうが全然迫力がなく、むしろ笑い泣きになっている。


「別になんでもないさ。それより泣くのはもうやめてくれよ、何て顔すればいいかわからなくなるだろ」

「そんなもの、好きにすればよいじゃろうが!

 儂わな、オットーからお主が兵に捕まったと聞いて飛んできたのじゃぞ! もっと礼をするとか、色々あるじゃろう!」

「うん……ありがとう。やっぱり俺にはお前がいないと何も出来ない」

「お主にそう素直に感謝されると、むず痒いな……」


 ゼラは、似合わずにもじもじと照れだした。

 何千年も生きているのにも関わらず、こういう所は淑女らしいから和む。


「して、そちの方じゃが――」


 ゼラは目元を拭うと、ハクの方へ向いた。

 これまでの感動が一瞬にして冷めてしまったように静かな雰囲気が流れ出す。

 こいつまさか叱りつける気じゃ……。


「おい待てゼラ」


 呼び止めようと声をかけると、こちらを振り向き俺を安心させるようにはにかんだ。


「あんずるな。お主の考えているようなことはせん」

「……」


 俺は見守ることにした。これ以上ゼラに恥をかかせる真似はしたくなかった。

 ゼラはハク側の鉄格子も先程と同様にバラバラにした。そして、跪いているハクの前に立つ。


「お主は、自分のした事を自覚しておるのか?」

「はい……我が主人、そして九尾様の知友ちゆうを危険な目に遭わせてしまった罪。重々承知しております。

 もはやなにも弁明することはありません。この命、九尾様にお返し致します」


 粛々と儀式のように述べ連ねた言葉の数々は、一つ一つが丁寧だった。

 まるで最期の言葉を吐き出しているかのようだ。

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