6話 薄幸を煽る妖魔の手(2)
受付嬢のいるカウンターへ来た。
ハクは不本意そうにそっぽを向いており、気弱そうな受付嬢は苦笑いをしている。
せめて愛想良くしろよな暫く世話になるんだろうからさ。
「すみません」
「は、はい……本日はどのような御用でしょうか」
俺が話し始めて安堵するように受付嬢の小さい子は答えてくれた。
紺色の制服をきちんと着ていて、髪留めもして清楚そうな女性だ。
異世界の人達は王族とかはまた違うけど、雑な人が多いイメージだったからこういう人がいると安心できる。ミアやハクとは大違いだ。
「こいつ……ホワイトを冒険者登録させたいんですけど、直ぐにできないですか?」
「冒険者登録ですね? 承知しました。
あなたは、冒険者でしょうか?」
俺のことを聞いているのか? 手続きに必要なのだろうか。
「はい……」
「では、紹介制の登録が可能ですが、いかが致しますか?」
「紹介制?」
そんなのがあるのか? いや、国王ができたように俺にもできるということか。
だけど、一般人と王では何かしら違いがあるだろう。
「紹介制の方ですと、書類等を簡易的に出来まして、その分早く登録を済ませることができます。
また、紹介して頂く冒険者の階級や経歴によって得られる特典が様々です。
例えば、Bランク以上の冒険者の紹介であれば、実技試験や必要な魔物討伐をパスすることも可能になります」
国王はその伝を使って俺やゼラを冒険者登録してくれたのか……。
まあ、俺は流石にBランクじゃないけど、早く済ませられるのならそうしたい。
「分かった。じゃあ紹介制で登録する」
「ありがとうございます。では、貴方様の冒険者カードを見せていただけますでしょうか」
国王に貰った物だしな。ちゃんと持ってきている。
「ホワイト、バックを貸してくれ」
「……はい」
鞄を渡される際、ハク方を向いた瞬間に悪寒がした。脂下がった爺さんの顔がハクの背後にあるのが見えたのだ。
手をワキワキと動かしながらにじり寄ってきていた。
「おいジジイ! 俺の女に寄るんじゃねえ!」
「えっ!?」
ハクも気づいていなかったらしい。顔を赤らめるも、俺へ向ける表情は驚いた様子だった。
「む……またこの前の童か! この前はよくもやってくれたな!!」
根に持っていたのか。面倒だな……。
「こいつは熟女じゃないから、さっさとあっち行けよ」
「なにゆえ儂が童の言うことを聞かねばならん?」
豪胆なジジイだ。ここまで凄んでも物怖じせずに向かってくるなんてな。
ある意味苦手かもしれない。大人はすぐ自分が正解だと思って後に引かないから始末が悪い。
「この冒険者カード……」
俺とエロ爺が睨み合っている内に、受付嬢はカウンターに投げ置いた鞄から零れたカードを手に取っていた。
酷く驚いていて、カードと俺の顔を見比べているようである。
「この方は、え……Aランク冒険者です……」
呆然としながら零す言葉の中に気掛かりな単語があった。
俺が「Aランク」? 何を勘違いをしているんだ。俺はまだそこまでの功績をあげていない。
確かに文字は読めず何が書いてあるのかは判らなかったが、カード自体は素朴な物だ。ゴールド免許のような感じではないのだから、そう凄い物ではないはずだ。
まさか場を収めようと気遣ってくれているのか?
「あなた……そんなに凄い人でしたの?」
ハクも受付嬢のおののき様でなんとなく察したらしい。耳元で訊ねてきたが、俺は泰然に「さあな」とだけ答えた。
「え、Aランク冒険者だと!? そんなバカな……Aランクほどの実力者がこの国にいるはずがない!!」
一番狼狽えていたのは、それまで俺を睨み付けてきていたエロ爺だった。信じられないような顔をして、たじろいでいる。
「これでわかったか? さっさと失せろ。二度と俺の仲間に手を出すなよ!」
このノリに乗らない手はなかった。
嘘つきの俺は、棚から牡丹餅にでさえ対応できてしまう。実に狡猾だろう。
再び睨み付けると、爺は顔色を悪くして逃げるように去っていった。
そんなに冒険者の階級は影響するものなのか。甘く見ていたかもしれないな……ハンバーグたちの階級はどのくらいなんだろうか。
本来の手続きに戻ろうと受付嬢の下へ戻ると、まだ演技を続けていた。口をパクパクさせて混乱しているふうである。
まだやっているのか。もういいんだけど……。
「あの……手続きの方に戻って貰ってもいいですか」
「は、はいっ! ただいま!!」
妙にあわただしくカウンター下の棚から一枚の紙を取り出し、同じくペンを出してきた。
「え、えーと……書面に記述してあります事項を確認後、お名前と冒険者ランクを下の空欄にお、お書きくださいっ!」
ロボットの真似でもしているのか? 動きがカクカクしていて気になるな……。
それにしても冒険者ランクか。俺はどのくらいなんだ? やっぱり文字が読めないから判らないな。
「ハク、俺の冒険者ランクのとこ……なんて書いてあるのか、読めるか?」
小声でハクに訊ねると、「そんなものも読めないのですか」とでも言いたげな顔をされた。
しかし、仕方なさそうに俺の冒険者カードを覗き見る。
「……Aって書いてありますけれど?」
気まずさを孕んだ表情から、ぎこちない疑問での回答を得た。
は……? 俺の冒険者ランクがA?
こいつ……いや、まさかククの……クォークの奴が。やりやがったなあいつ……初心者にいきなりAランクとはどういう了見なんだ!?
「ど、どうかなさいましたか?」
Aランク冒険者は恐怖の対象なのか? いたいけな少女をびくつかせて、まるで俺が悪者じゃないか。
「は、ハク……俺の代わりに書いてくれ……」
せいぜいな愛想笑いをしながら促し、俺は矢面から退散することにした。ハクを前に出し、カウンターから離れる。
俺が書けない文字を書いて貰う算段もあったが、挙動不審気味の受付嬢の心を落ち着かせるにはこれが一番良い判断だと思った。
けれど、俺が紹介するからか受付嬢の子は終始引きつった顔のまま応対するのだった。
◇◇◇
早々にギルドを後にした。
紹介制度のおかげでハクを登録するのに時間を食わずに済んだものの、先の一件で俺がAランク冒険者だとギルド内がざわついてしまった。おかげで姦しくなってしまい、出るほかなかったのだ。
王族には余計なことをされてしまったが、色々と手続きを省いてくれたことは事実。いちゃもんを付けては恩に仇だ。忘れることにしよう。
「これからどうしますか? 先程、お知り合いの方々にはギルドで待っていて欲しいと言われていましたが」
「今はあそこにいたくない。どうせ昼まで帰ってこないんだから俺たちも森へ行こう」
「魔物討伐、というやつですか?」
「自信がないのか?」
「いえ……わたくし、こう見えて装備を整えていませんので」
確かに服装は冒険者並みになったけれど、ゼラもあまり派手な戦闘は想定していないんだろう。防具までは身に着けていない。
せめて剣か盾くらいは俺も欲しいところだけど、生憎のことでまだ昨日の報酬も貰えていない。
ギルド長が言うには、今回の件について早急に調査を進めなければいけないらしく、報酬については待ってほしいとのことだった。
おそらく報酬の計算をできるほど情報が整っていないとのことなんだろう。俺もあまり嘘が丁寧ってわけじゃないからな……。その場しのぎってのがほとんどだし。
いや、それは今考えることじゃないな。適当な相手ならそこまで問題ないだろう。
せいぜい昨日みたいな猪か狼と対峙するくらいだ。
「今回はこのまま行こう。ひとまず俺とお前の実力をお互い知っておいた方がいいだろうからな。
もし危なそうなら言ってくれ。その時は俺が前に出るから」
「……承知しました。でしたら死力を尽くして甘えさせていただきますね」
屈託のない笑みにしては全部俺に丸投げする気満々じゃないか。
こいつも妖怪だ。昨日の事もあるし、俺も気を許さずにいるくらいでいた方がいいな。
夜にゼラと何を話したかは知らないけど、俺はまだお前を信じるわけにはいかないんだよ。化け狐二号。
――嘘つき!
――嘘つきめ!
――なんでそんな嘘をつくの!?
――嘘つきなんて大嫌い!!
――いつかお前の嘘が俺達を破滅させる。わかってくれ……嘘つきはいらないんだ。
全部自分が悪いことはわかっている。
あんなことにはもう二度となりたくないこともわかっている。
だけど、俺の口から勝手に零れちまうんだよ。嘘が止まらない。
――病気だよお前。嘘しか言えない病気。
あはは……そんなことを言われたこともあったっけ……。
実際そうかもしれない。俺は、嘘に塗れている……。
自分で自分に鎖をかけ、他人を信じられなくしている。
嘘をつく俺は、他人が平気でつく嘘を受け、見捨てられ、見限られてきた。
だから俺は、自分も他人も、誰も信じることができない。




