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4話 妖怪の激しい譫妄(7)

 あそこまで怒ったゼラは初めて見た。

 俺の命がこいつ次第にしては俺にはここまでの怒りをぶつけてこないから不思議だ。


「妖力は今でも健在、ということだね」

「お主も儂をあまり甘く見ないほうがよいぞ、おとら狐。儂を怒らせればどうなるのか、もう判ったじゃろう?」

「肝に銘じるよ。

 さて、問題は彼女をどうするかだけど……」


 未だ鼓動は高まったままだが、俺は一生懸命冷静になろうと息をする。

 白山坊は、もう立ち上がることができないように座り込んだままだった。

 最初の印象が吹き飛んでしまうほどに歔欷きょきし、見るに堪えないくらいに地面を濡らしている。


「……儂を愚弄した罪は重い。それはそんな無残な姿を晒しただけでは収まらん!」


 悪い顔をしている。何かを企んでいるのが一目瞭然だ。

 まあ殺さないなら……いいのかな?


「おい白山坊!」

「ひゃ、ひゃい……」


 ゼラの呼び掛けに対して怯えた。さっきとはかけ離れた幼い容姿をしているのに、未だ余韻は覚めないらしい。


「お主、きちんと改心したのであろうな?」

「も、もちろんですっ! もう九尾様の気を害することなど、徹頭徹尾ないことを誓います!」


 正座に直し、土下座を敢行かんこうした。

 もう何もされたくないようだけれど、ゼラにその気がないのはもう判っている。


「ならば、もうここ周辺の人間を害することをしないことも誓えるか?

 今、ここら一帯は儂等が滞在しておる。ここらを荒らされると、儂等の仕事が増えて解せん」

「そ、それはもう! 勿論にございますっ!」

「白山坊、キミは何故人間にあのようなことをしていたのかな?

 僕としては、金輪際今回のような事件を起こして欲しくない。だから力になりたいんだ。その為に人間を害する妖怪の方が珍しい現代に、何故なのか訊きたい」

「…………わたしが妖怪となった頃の記憶を思い出したから、です」


 悔いるように白山坊は経緯いきさつを話し始めた。


「わたくしが妖怪になったのは、およそ二百年前……この地で身を宿しました。

 ただの狐だったわたしは、とある男爵家に飼われていました。主人は、幼い少年……名をレビナ」


 そうか……妖怪って妖怪になる以前の記憶があるのか。

 妖怪になる分、その記憶は過酷なのかもしれない……。


「レビナとわたしは、いつものようにすぐそこの国で食材を買って帰っていました。その時、山賊に襲われていた荷馬車を見つけてしまったんです。

 レビナは正義感の強い子でした。だから――レビナは怯えた行商人の男を助けるべく大声を出しながら向かっていきました。

 わたしは何もできなかった。戸惑いながら後を追うこともできず、斬り殺される様を遠くから眺めていました。

 斬られた様を目にし、ようやく動いたわたしは向かっていくのではなく逃げてしまいました。あんなに愛した主人を見限るような行為。

 それが頭の中にチラついて衝動を抑えることができなくなってしまいました……」


 賊……か。

 リオネル王子が攫われた時、俺は必死でどうにか取り戻さないとと考えたけれど……それは強いゼラがいたからこその思考だった。ゼラがいれば怖いものはないって。

 だけど、力の無い者からすればこれが普通なんだ。俺も一人だったらどうにもできない。

 ――弱いから。当たり前だけれど、これだけで済まされてしまうこの世はおかしいんだ。


「悔しかった……何もできずに逃げた自分も、むざむざ殺されに行かせてしまった自分も。許せなかった……他を脅かし、他の物で私腹を肥やす蛮族が」

「悪いのはその賊だ。お前が悔しがる必要はないよ。

 だけど、悔しいよな……」


 力があったら……この世界で生きていくとしたら、ここにぶち当たるのは幾度か知れない。

 ……なんで奪われる側がそんな想いをしなければいけないのか。


「判っていると思うが、今回悪いのはこやつの方じゃ。お主が憐れむ必要こそない」

「ああ……死人も出ている。こいつの罪は重いだろう」


 オットーは何か考えるような態度をとっていた。何か心当たりのありそうな顔だ。


「どうしたのじゃオットー、何かあるのか?」

「ん? あ、いや…………それで、九尾はどうしようと言うんだい? 何か考えがあるみたいだったけれど、そっちの意見を訊いてみたいな」

「オットー、悪いが邪魔はさせんからな。今回被害を受けたのは誰よりも儂じゃ! なんたってこんなに可愛らしい容姿をバカにされたのだからな!」


 利己的だな……呆れて言葉も出ないよ。


「白山坊、お主の妖力を一部儂の下僕に捧げよ」

「……へ?」


 白山坊は、口をへの字にして驚いているようだ。

 聞いたところだと、ゼラが俺にしていることと変わらないように思えるけれど。

 いや、待てよ……?


「まさか、こいつも俺と契約させようってのか!?」

「うるさいのじゃ!

 ――そんな訳ないじゃろう。お主はこやつに霊力を分ける必要はない。というかするな!

 こいつの力の一部を頂戴するということじゃ。要領は、邪魅じゃみにしたことと一緒じゃな」


 邪魅……? ああ……そういえば、俺はあのやばそうな黒い奴の能力を使えるらしいんだっけか? 今まで使ったことないけど。


「そ、そんなことでよろしいんですか?」


 嬉しい反面怪しんでいるようにも見える。

 それはそうだ。あれだけ怒っていてこれだけで済むとは思えないとは俺も思う。


「うん、僕も封印とかなら反対だったけど――それなら丁度いいんじゃないかな。それなら、白山坊の能力にも暫く制限が付くだろうからね」

「妖術に制限ができるのか? ていうことは、ゼラも?」

「この罰を受けるか、封印されるか選ぶのじゃ」

「ももも、もちろん罰を頂戴させて頂きますっ!」


 なんかおももももかみたいになったな……。結構ウケる。


「では、直ぐに!」


 え……?

 白山坊は一目散に俺へと飛び付いてきた。

 柔らかい感触が今度は胸へと伝わってくる。


「待っつ……!!」


 急なことで驚き、すぐさま引き剥がそうとした。

 しかし、俺の右手は図らずも彼女の胸を鷲掴みしてしまっていた。

 羽衣を隔てているはずなのにその柔らかさは生身を触っているかのようで、下着を付けていないと妄想する。

 俺の手は自然と二度掴んで放してを繰り返す。

 おお……以外考えないようにしたけれど、鼻から彼女の柔らかい香りが入って来て頭がおかしくなりそうだった。


「っ……こ、これは……あの……申し訳ございません!!」


 顔を赤く染めたかと思えば、謝りながらの平手打ち。

 すぐさま我に返ると、白山坊は目を回しながらゼラへと何度も土下座を繰り返していた。


「お許しを九尾様!」

「間髪入れずに何をしておるんじゃお主等は……」


 ゼラは、呆れ果てていた。

 謝るのはどちらかというと俺の方な気がするのだが、少し得をした気分だ。

 大きさはゼラの方が上だけど……柔らかかった……。


「あの攻撃を受けても平気なんてすごいねレッドくん」

「茶化すなよ……。

 それより、お前等の方ではあいつをどうするつもりなんだ? 妖怪の封印もすることがあるって言ってただろ」

「胸を揉んだ手前、彼女が悪いようにされるのはいい気分じゃないって?」

「あのなあ……」

「――大丈夫。こうなると踏んで、僕は九尾とキミに頼んだんだよ」


 白山坊の謝罪の様子を窺いながら俺と話す様はやはり何を考えているのか判らなかった。

 だからだろう。俺は、こいつの真意を少し探ってみたくなってしまった。


「……お前、今回の犯人が白山坊だって判っていたんじゃないか?」

「うん判っていたよ。

 人間を意識なく操るなんて芸当ができる妖怪はそう多くない。僕が思いつく中では彼女か、もう一体くらいしかいなかったよ。

 でも、白山坊であると判っていた。何故なら――」


 ゴクリと息を呑んだ。

 オットーの雰囲気が少し怖くなった気がした。本能的なものが俺に警戒心を植え付ける。


「僕、匂いに敏感なんだよね!」


 へらへらと笑いながら言い放った。

 はは……狐だからってか? 騙されるかよ。


「何を隠しているかは知らないけど、あいつだけは怒らせるなよって俺も言っておくぞ」

「うん。じゃないと――キミが死んでしまうかもしれないからね」


 声のトーンが変わった気がした。

 少しだけ素を見れたのか……? 妖怪って怖いねまったく。



 その後、後から来る予定だったミアと五人の衛兵が到着し、事情を話すことになった。

 その間、白山坊はゼラの妖術で透明化させて見えないようにしていた。妖怪を人間に預けることはできないとオットーが策を講じたのだ。

 衛兵たちには奇襲を受けたが迎撃し、相手は手負いのまま逃げたということで説明した。

 身なりは、俺がベルヌイの街で戦った賊のものを答えておいた。警戒心をあちら側に向かせるというちょっとした浅知恵だ。

 ハンバーグたちは衛兵に任せ、俺たちも白山坊を連れてギルドへと戻ることになった。



◇◇◇



 宿に着いた時には、どっと疲れが押し寄せてきた。

 白山坊とのこともそうだけど、なによりギルド長にあれこれ聞かれたのが大きい。

 オットーが一緒だったからまだマシだったと思うけど、怖い人だった。まるで俺が何かしたみたいな感じで……。

 ハンバーグたちがやられたというから、より危険だと思ったんだろうけど。


 疲れのあまり、俺はベッドに横になって溜息をついた。

 外はもう暗くなり始めていて夕立という感じだ。こんな時間まで働いた経験はおそらくないだろう。

 割と社会でも生きていけそうかもと思ってしまうな。


「これお主、寝る前にさっさと白山坊から妖力を奪い取るのじゃ」


 ああ……まだそれ残ってたのか。ギルドでオットーにも言われたけど、もうすっかり忘れてたよ。


「え……わたしまだ妖力渡せてなかったんですか!?」

「お主は抱きついただけで何もしておらんじゃろうが……」


 オットーが帰ってしまったから詳しいのは呆れ果てているゼラだけだ。

 今日最後の仕事ってわけか。仕方が無いな……。


「で、どうすればいいんだ?」

「とりあえず白山坊の体に触れなければならん。

 ……頭でいいじゃろう。白山坊、ひざまずくのじゃ」

「はい」


 もう白山坊はゼラの奴隷だな。素直に受け入れているし……。

 依頼を受けた時は髭もじゃの賊を考えていたけど、これほど可憐で色っぽい人だとは思わなかったな。こんなに受け入れやすい奴とも思わなかったけれど。


「なんか、俺……ゼラの子供みたいだな。餌持ってきてもらっている感じ」

「それってわたしが餌って言ってます!?」

「何を訳の分からんことを……それだからお主は愚かと称されるのじゃ。儂はそこまで過保護ではない!」


 俺の手を掴んだゼラは白山坊の頭部に乗せた。

 これが母親みたいなんだよな。言えばやるのに……。

 白山坊の獣耳が俺の手を避けるように垂れ下がった。

 俺、獣人間なら――ありかもしれない。あ、上から胸の谷間が見える……。


「鼻の下を伸ばすな!」

「いて!」


 ゼラからしっぺを受けた。

 鼻の下が伸びてたのか? 気を付けないと……どうにもこっちにはポーカーフェイスを貫けないみたいだな。


「あなたの手、冷たくて気持ちいいです……」

「はぁ?」


 聞いていないのに感想を言われると照れるな。


「白山坊、良からぬことを考えていたら八つ裂きにするぞ」

「す、すみません! もう何も考えませんのでご勘弁を!」


 ゼラの冷たい覇気で静かになったところで、儀式がましく始まった。

 ゼラが俺の手を握り、妖力譲渡の支援をしている感じだ。

 白山坊から妖力が流れ込んでくるのが見えた。赤黒い気のようなものが白山坊の頭から現れたかと思うと、俺の腕の中へ吸い込まれていく。

 神秘的で、綺麗だ……。


「もうよいじゃろう」


 ゼラの言葉があって、俺は手を放した。

 すると、無性に眠たくなってしまった。全ての仕事を終えた達成感はあったけれど、それとは関係なく直ぐにでも寝落ちしてしまいそうな睡魔が訪れた。

 「もう無理」と、そのままベッドに落ちた。

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