4話 妖怪の激しい譫妄(6)
オットーとゼラの顰める顔に煽られるように、俺は死体を確認しているハンバーグたちへと視線を移した。
その瞬間、地面から湧き上がるようにして現れた黒い靄がハンバーグの体へと入っていくのが見えた。
「ハンバーグ!!」
俺が叫ぶので全員が注目した。
しかし、ハンバーグだけは虚ろな目で空を見上げていた。更には、背中に携えた斧を手に握る。
「皆さん、下がって!」
オットーによる咄嗟の警告。そのおかげでキンはオットーの不自然な大振りを後ろへ跳んで回避することができた。
「ガ、ガンツ……何すんだべ!?」
キンの問いかけにハンバーグはのらりくらりとするばかり。まるで立つこともやっとのようだ。
「ガンツさんは何者かに操られています! 誰か、彼の無力化を!」
「仕方ないのう……。魔法使うから準備せい」
「いや待て。ハンバーグの近くにはキンがいる。下手したら当たるぞ!?」
「殺すつもりなどあってたまるか愚か者。よいから儂を信じるのじゃ!
それがお主ができて、お主にしかできんことじゃ」
こいつを信じる?
俺は、今まで誰かを信じたことなんてなかった。誰かを信じようとすれば裏切られてきた……。
なのに、今更になって他人を信じることが俺にできるのか?
……………………だけど、何故かこいつだけは裏切ってはいけないと…………裏切りたくないってどこかで思っちまってる。
それが、俺の今までの人生を否定する愚行なはずなのに。
なんなんだ……この形容し難い罪悪感は……。ゼラを否定しようとすると、胸が苦しくなる。
「俺は、信じていいのか……」
「儂だけは信じろ!」
くそ……引き留めようとする俺はいる。
だけど、俺はこいつの隠れ蓑だから……俺を頼ってくれたから……同類だから。
「やるぞ!」
俺は、また掌をハンバーグへとかざした。
俺がゼラを信じるかどうか、そんなのまだわからない。それでも俺は生きる為にゼラの傍にいることを決めている。
――なら、それだけでいいじゃないか。
「「狐火!」」
キンへと斬り掛かるハンバーグ。そこへ俺の目の前に出現すると同時に発射される青白い炎が飛んだ。
すると、炎は燃えずにハンバーグの顎を殴り飛ばすようにして持っていった。
軌道も威力も申し分ない。しかも今度はバウンドしなかった……。
打撃威力重視の狐火か……。
ハンバーグは倒れた。ピクピクと体は痙攣を起こしているようだが、死んではいない。
キンは、目を丸くしていたが胸をなで下ろし感謝してくる。
「あ、ありがとうよレッド殿……」
気疲れしたような言葉でやっと俺も緊張の糸が切れた。
ゼラを見ると、してやったり顔をして見返してきた。
こいつ……ドヤ顔すんなよな。
無意識にも俺はゼラに拳を差し出した。すると、ゼラは俺の行動の意図を汲み取り、同じく拳を差し出してくる。
互いに拳を合わせ、達成感を共にした。
「良かったあ……」
アーチも安堵し、やっと息ができたように深く息を吐く。
しかし、あれだけ近くにいたにも関わらず、あの攻撃を避けられたのは見事というしかない。
俺が思っていたより、キンも手練らしい。
「これは、お灸を据えなければいけないようだね九尾」
「そうじゃな。儂らに手を出した罪は万死に値する」
しかし、先に手を打ってきたのは相手の方だった。
今度はキンとアーチの様子がおかしくなる。ハンバーグのように目が虚ろと化し、それぞれ盾や弓を持つ。
「二人同時に……」
「もはや隠す意味は無いじゃろう?」
「そうだな……あまり痛くしないでやれよ」
「気絶はさせるが、人を傷つけるよりはマシじゃろう。一思いに夢の世界へゴーじゃ!」
無情にもゼラは二人を狐火で気絶させる。
女性でか弱いアーチにも遠慮なく、ぶん殴るように突き飛ばした。
「お前……」
「なんじゃ? 手っ取り早かったであろう」
すました顔で放つ科白は、まるで仲間想いのない返答だ。
平気で怖いことするよな。しかも、無自覚に……。
「さっさと出てきたらどうかな? キミは僕たちを操ることはできないようだしね」
オットーは、相手に聞こえるよう声を大きくして言い放った。
その言葉に嘘偽りの反応はなく、俺は興味をひいた。
「そうなのか?」
「妖術は、妖怪相手には効果がないことがあるのじゃ。相手の妖力の方が上な時とか、予め備えている場合とか……妖術によって様々なじゃな」
余談していると、木陰からスレンダーなお姉さんが出てきた。
天の羽衣のような、白く綺麗な羽衣を纏う容姿端麗な美女。絹のように透き通った肌は美しく輝いているかのようだ。
しかし気になるのは、頭から突き出ている獣耳だ。肩を出して妖艶な雰囲気といい、人間とは思えない容姿だ。
――まさに妖怪、か。
「白山坊、だね……?」
「はくさんぼう?」
「儂等と同じ狐の妖怪じゃ。人間の体を操ることができ、身に持つ妖力も強い方らしいのう」
オットーは、よくこの女が白山坊ということが判ったな……。
いや、さてはこいつ相手がこの女だって判っていたな!? でも、なんでそれを俺たちに言わなかったんだ?
「あなた方も妖怪……ですね?」
オットーが頷いて答えた。
「妖怪間での邪魔立てはご法度だったはずですが」
白山坊は落ち着いている。
三人相手だというのに微塵も慌てる様子はない。むしろおくゆかしい様を崩そうとしないような感じだ。
「先に手を出したのはそっちじゃろう。この儂に敵を差し向けおって……!」
「誰ですか?
その貧相な形の小娘は?
これも妖怪なんですか?」
一言一言がゼラの頭に怒りマークを作った。
キレたな……。
先の出来事が予測でき、俺は一歩ずつゼラから離れた。
「己は……白山坊、じゃったなあ……」
ピクピクと肩を震わせ、沸々とした怒りを吐きだそうとしている。
「ええ、そうですが……申し訳ないのですが、あなたは少し口を慎んでくれますか? 童子と言葉を交わしても、物事は前へと進みませんので」
「童子? …………己は、そこまで儂を怒らせたいか……。
ああ、そうか……こちらの妖怪は儂がいない間、現を抜かして三大妖怪のことも忘れよったか。
ククク……狐妖怪じゃから大目に見てやろうと思ったが、儂の沸点はそう生易しくはなかったと思い出させてくれたな!!」
一瞬にして周囲が暗くなった。
いや、そう感じるくらいにゼラの殺気が凄まじく、周辺一帯を覆っていたのだ。
ようやく白山坊も警戒の姿勢をとった。危険察知能力とも言えるだろうか、後退りながら身構えた。
「悪いが、儂の堪忍袋の緒が切れた。お主の魂を頂くぞ……!」
脅迫めいた言葉に俺は抵抗することはなかった。それどころか差し出すようにゼラへと歩み寄る。
どうせこの白山坊は敵なんだろう。さっさと終わらせよう。
少しだけ眩暈のような症状を受けた。膝から崩れるが、なんとか顔を上げる。
俺の視線の先で瞬く間にゼラは大人の姿へと戻っていた。
美しく流れるような金髪は、この薄暗い中で不気味でも美しく輝きを放っている。純白のワンピースは、レースをあしらった赤黒いドレスへと変身した。
それをもってして、その顔立ちはまさに艶やかで白山坊が見劣りしてしまうほどだ。
「この妖力……まさかこれが白面金毛九尾狐の完全体なのか!?」
「九尾の狐ェ!?」
裏返った声が白山坊から零れる。
それを証明するようにゼラは頭から狐の耳を表し、九つの尾を開いて見せた。
ゆっくりと近づいて行くゼラを前にして、白山坊は腰を抜かし尻もちを突いた。
更には、あてられた妖力の圧に耐えられなかったのか涙ぐみながら開いた股より覗き見える白い下着に染みを作っていた。
「殺して、よいな?」
その表情は冷たく、そして怖かった。
俺の眩暈が霊力を奪われたことからなのか、ゼラの殺気の影響かはもう判らない。
白山坊は、諦めからか恐怖からか、もう抵抗することはなかった。ただただ怯えながら震えるだけである。
ゼラが空へ向かって人差し指を立てると、瞬きする間に指の先に巨大な狐火が出現した。燃えはしないのだろうが、現れた瞬間森を全て焼き払うのではないかと危惧したほどである。
不思議と炎だというのに眩しくない。
マジで、あんなのをぶつけるつもりかよ……。
敵だけど、俺も流石に可愛そうに思った。
泣きながらお漏らしして、そして気球の風船くらい巨大な炎を受ける。これは戦いじゃない、一方的な虐めだ。
「待てゼラ! これ以上は……」
ゆっくりと振り返るゼラは鬼のように怖い。目が完全に殺しのそれだ。
「白山坊ももう判ったって! ここまでやって判らないような奴じゃねえよそいつは!」
ゼラは改めて白山坊を見ると、やる気を失くすように炎を消した。その後、俺の方へと歩いて来た。
「ゼ――」
ゼラは、俺に覆いかぶさるようにして抱きついてきた。
な、に……をしているんだ……!!?
唐突な抱擁に理解できずに固まってしまう。普段と違う豊満な乳房に顔を押し込まれ、細い手に体を包みこまれている。
「すまぬ……無理をさせてしまった」
申し訳なさそうに小さく謝る声が耳元で囁かれた。
「い、いや……大丈夫……です……」
見た目がいつもと違うせいで敬語になってしまう。
温もりが心地いいのに対し、感情が付いて行かずに戸惑ってしまったのだ。鼓動も早くなり、ドキドキが止まらなかった。
やがて離れながらゼラの体は元の幼い少女へと戻っていく。もう白山坊を殺すのはやめにしたらしい。
そのおかげか、俺の眩暈も薄れて消えていた。




