4話 妖怪の激しい譫妄(3)
俺の実力も知れたことで、ダンジョンに向かうことになった。
さっきとは違って途中に出る魔物は皆で協力して倒すから楽になった。
相手が弱く、まだミアラージュやアーチの攻撃は見ていない。
しかし、ハンバーグやキンはとにかく凄い。ハンバーグなんかブラックウルフが死角から来るなり喉を持って地面に叩きつけていた。
死角を取られたのはいただけないが、あの反射速度は羨ましく思うほど。
なにより人間と同じくくらいの大きさをした狼を片手でねじ伏せたのは圧巻だった。
キンは、先程俺が戦った猪を全く動じずに体で受け止めていた。あの小さな体には鉛かなんか入っているのか、と疑り深い俺は思った。
しかし、これだと後衛は暇だろうな。キンが受け止めたら、接近戦になるしより魔法は使いずらいだろう。
今もミアラージュやアーチは何も出来ていない。俺は近接戦が主戦場になるだろうから、参戦できているが。
「いや〜ついレッドに感化せれてしまったな! アーチたちの出番がなくなってしまう!」
どうやらハンバーグが気付いたらしい。
「いいんじゃない? ブルーちゃんを危険から守れる余裕があるということだもの」
「ほー……そらそうだない。レッド殿が前線で戦うから護る者がいなくなっちまうんだべ」
「ブルーちゃんはわたしが御守りするので安心して下さい! レッドさんはその調子で行って大丈夫です!」
なんだろう……ありがたいけど申し訳ない。ゼラは自分一人でどうにでもできるからな……。
自分を弱く見せるのは通常運転らしいし、放っておいていいか。
「ありがとう」
「ガハハ! 俺の姪は偉いだろうレッド! 大いに感謝するがいい!」
アーチの大人びた科白に嬉しくなったらしい。ハンバーグが俺の背中を叩きながら自慢げに促してきた。
叔父バカ?
そうこう閑談していると、道の先から男性がこちらへと走ってきた。
とても焦った様子で、足や肩から流血している。
「誰か来るぞ」
「怪我をしているようね」
「魔物にやられたんでしょうか?」
男は、俺たちの前で足を止め、息を整えるように膝に手をついた。
急いで逃げてきたように息が早い。
やせ細っているのは元々だろうが、それも相まって酷くやつれたように思える。
「デンデンパーティのラッセルじゃないか!
どうしたんだ? 何があった?」
ハンバーグの顔見知りらしい。心配した様子で問いかけている。
様子からしてただならない事件にでもあったみたいだが、そんなに強い魔物でもいたのか?
ラッセルというらしい男は、ハンバーグの胸倉を強く握り締めて口を開いた。
「が、ガンツ……ゴイスが!」
嫌な気配を感じ取り、俺たちは道の先を見る。
――そこには彼の恐れる者がいた。
ラッセルは、相手の姿を確認すると恐怖に飲み込まれたように震え上がった。
「ゴイスだ……ゴイスだあ!」
「ゴイスがどうかしたのか!?」
「わからねえ。けど、あいつ……急に俺たちを攻撃し始めたんだ……もう訳わかんねえよ!」
ゴイスと呼ばれる男は、泥酔したようにふらふらとこちらへ歩いて来ている。右手に持った鉄剣の剣先は地面に引きずられるようにされ、音が不快だ。
俺と同じような革製の防具を見に纏っているが、長いこと着ているのか既に傷や裂罅した部分が見られる。
肩まで伸びた長髪で、その目は虚ろめいていた。
なにより目が留まるのは、その体に受けた真新しい血しぶきだ。相当な量の血から見るにかなり多くの者を殺して来たように考えられる。
警戒した俺とキンは、前に出て迎撃の体勢をとった。
すると、後ろから服の袖を引っ張られる。ゼラが神妙な表情をしながら掴んでいた。
「なんだ?」
「狐火を使う。格好をとるのじゃ」
ゼラも嫌な予感がしたようだ。小声で促してきた。
こいつが言うなら、俺が相手をするとまずいくらい強いのかもしれない。
頷きで答えて俺は更に前に出る。
「レッド殿……?」
「下がっていろ」
キンに警告をした後、仰々しく掌を前に出す。
こういう演技はあまりしたことがなかったけれど、俺の口が回ればどうということはない。
「魔法を使う! 全員、絶対俺より前に出るなよ!」
「ま、まさか……魔法で攻撃するつもり!?」
「待ってくださいレッドさん! 相手は人間ですよ!!?」
ミアラージュとアーチは反対のようだ。
しかし、俺が攻撃態勢に出たのに気付いたのかゴイスは動かす脚を速めた。
剣を両手で構えながら斬り掛かろうとしているのが見え見えである。
「悪いが、命のやり取りで先手を出されたら負けなんだよ……」
諭すように零すと、急に俺の掌より数センチ前に青白い炎が現れる。熱さは感じないし、炎かどうかも疑問のあるものだった。
しかし、それは次第に大きくなっていき、サッカーボールくらいのサイズになった。
「あ、あんなに大きな炎……見たことがありません!」
「待ちなさい! そんな魔力、拳闘士に扱いきれるはずが……!」
「行くぞお主!」
「――狐火!!」
俺が叫ぶのと同時に蒼い炎はゴイスへと向かって飛んだ。ゼラが合わせてくれたのだ。
通った跡で残り火が消えていく。それを綺麗に思っている間に炎はゴイスの脚を抄うようにして地面を弾んだ。
え……そうなるのか!?
てっきりあいつを燃やすのかと思ったのだが。ブラックウルフを倒した時は燃えたのに、結構自由が効くのかな……。
ゴイスの体は、勢いよくバク宙をし背中から地面に叩きつけられた。
かなり大きな音を立てたから相当痛そうだ。
「死んだのか……?」
ハンバーグが出てきた。警戒しながらも彼を見下ろしている。
「いや、今のじゃ死んでいないだろう。また動き出すかもしれないから気を付けろよ」
とりあえずは危機は脱しただろうが、あいつは何をするつもりだったんだ? 手あたり次第にあの剣を振っていたのだろうか。
「キン、縄なんか持っていないか? 一応今の内に縛っておきたい」
「それなら任せるべ!」
キンとハンバーグは、手早く気を失ったらしいゴイスを縄で縛った。
これで目を覚ましてまた変な行動をしようとしても大丈夫だろう。
ラッセルも事が収まり胸を撫で下ろしていた。
だが、状況確認の為にミアラージュが事情聴取めいたことを初め、再び虚無感に苛まれるような顔になった。
アーチは、話の邪魔をしないようにラッセルを後ろから回復魔法を掛けている。緑色の波動のようなものが薄く広がり、ラッセルの顔の傷が塞がっていっていた。
流石回復術師ってところか、羨ましいな。俺も回復魔法を使ってみたいな。
「さっきの……ふぉくすふぁいあ、とはなんじゃ?」
皆の気が俺から離れている間にゼラがのん気な話を始めた。
俺もゼラもやる事がないから丁度いいかもしれない。
「魔法は日本語じゃないイメージだったからだけど、おかしかったか?」
「変な名前を付けよって……」
ゼラは、臍を曲げるようにそっぽを向いた。狐火という名前に変なプライドでもあるんだろうか。
「だけど、狐火って結構なんでもできるんだな。ただ燃やすだけかと思ってたよ。
そう思って割と重々しい感じであいつらに言っちまった」
「これには長い修練が必要じゃ。暇を持て余した儂の特技みたいなものじゃな!
ある時、寝ていたのじゃが――やることがなくてな。それで妖気を使って何か遊ぶものができないかと思った」
「それで弾む炎を?」
らしいと言えばらしいが、そういう感じで新しい使い方を思いつけるのは素直に羨ましい。
「昔から……本当に昔から、儂には妖気を操る力に長けておってな。初めは家を燃やしたものじゃが、かなり自由の効くので様々な戦法のきっかけになった」
「他にどんな使い方ができるんだ?」
「知りたいのか? そうじゃな……ならあと一つだけ教えてやろう」
そう言うと、ゼラは上機嫌になりながら自慢げに説いた。
「今のみたいに弾む狐火も使い用はあるが、もっと面白いのは燃え移る狐火じゃ! 直撃した相手の5メートル付近にいる相手に伝播するように炎が燃え移る。
これは、敵が多い時に便利なのじゃ!」
「おお! 確かにそれは使えそうだ。いちいち何発も使わなくても済むし、勝手に燃えてくれるから殲滅に役立つ!」
思っていた以上に有用性のある妖術みたいだな。
てか、何……俺も使いたい……。
「それって俺にもできないのか?」
「無理じゃな。お主が炎を出せるようになるには、儂の妖気を更に供給しなければならない。それに、お主では百年掛かる所業じゃろうな」
「まっ、そうだろうな……。俺にはあらゆる才能がないからな」
「人には役割がある。儂は、そう習った。お主にはお主にしかできないことがあるのじゃ」
「嘘担当か?」
「儂たち二人が生き抜くのに必要なことじゃろ? 儂にはできないことじゃ」
「……まあ、そのうち魔法を習って少しは戦えるようにするよ。お前一人面白いことやっててずるいからな」
「強欲な男じゃのう」
「まあな」
ゼラと話しているうちに色々と済んだらしい。
ハンバーグがゴイスを背負い、キンがラッセルに肩を貸している。
「レッド、一度帰るぞ。ギルドに事情を説明し、何が起きたのか調査しないといけない」
「わかった。後ろを付いて行く!」
人間が不可解な行動をとることは往々にしてあるだろう。だけど、あの様子の変わりようは説明が付かないはずだ。
ラッセルがあれな以上、おそらく何も判らないだろうが。
「――妖怪の仕業じゃな」
パーティの最後尾を歩き始めると、俺だけが聞こえるくらいの声でゼラが零した。
「確証があるのか?」
「妖気を感じた。人間をおもちゃにする妖怪じゃな」
「この前の奴か?」
「妖気の質が違ったが…………微量じゃったから確かなことは言えんな。しかし、絡新婦にはこんな力はなかったはずじゃ」
「別の妖怪の可能性があるのか……」
「心当たりはないが、かなり躾の悪い奴なのは間違いないのう。関わり合いたくないのが本音じゃ」
「その妖怪は人間に仲間を殺させているんだぞ? それなのに、また何もしないつもりなのか?
これは、お前等妖怪が起こしていることなんだぞ!?」
「じゃからじゃ。妖怪には互いに――」
「それはもう聞いたよ! でも、今回みたいに俺たちがその妖怪の遊び事で危険な目に遭ったんだ!
それでも、お前は許せるのか? これが続けば、いずれは命の危険が降りかかるかもしれない。
第一、その暗黙のルールってのは、お前は守っていてもお前以外が守っていると断言できるのか!?」
「……」
ゼラは、黙り込んでしまった。
これには考える時間が必要なのかもしれない。
俺としては、ゼラが本気になれば勝てない妖怪なんていないと思うが。それをしないのは、過去に何かあったからじゃないだろうか。




