表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/125

1話 幾年も待ち続けた妖姫(1)

 霧もだんだん薄くなってきた。


「もう少しで晴れそうか?」


 これだけ急な霧だ。あんまり長く続かないとは思っていたけど、予想が当たってくれて助かった。

 霧が晴れてくれれば畠中を探すのも直ぐに終わるだろ。この幼馴染と懐かしい一時もそう長くないようだ。

 そう思うとどこか寂しい気がするのは……きっと気のせいだろう。


「ねぇ……なんだか、おかしくない?」


 月紫の一言で気掛かりが一気に増えた。

 歩いている場所がコンクリートじゃない。まだはっきりしないけれど、この感触は土や木の根だ。湿っていて少しだけ足を取られるし、間違いない。

 さっきまでのおいしそうな匂いが嘘のようになくなってしまっている。歩いたと言っても、危ないと思って少しずつ進んでいただけだからまだそんな所までは来ていないはずだ。

 道を逸れた?

 いや、右も左も出店で抜ける道なんてなかったはずだ。例え進んだ先にあったとしても、地面が変わるくらい離れるなんて有り得なくないか?

 俺は足を止めた。引き返した方がいいんじゃないかって気がしたんだ。

 後ろを振り返って気付く。前方と後ろとで霧の濃さに差異があった。

 今進んでいる方向は霧が薄くなっているのに、後ろは何も見えないくらいの真白な世界だ。まるで進む以外の選択肢を消されているかのようにも思える。


「カヒト……」


 まるで捨てられている子猫のように月紫は俺の顔を見つめてくる。

 ここはどこなんだ、そう言われている気がしたが、俺にもここがどこだか判らない。

 ただ真直ぐ来たという俺の方向感覚があっているとしたら、まだ清水寺までの坂道の途中のはず。

 けど、今思い返してみても、俺たちが坂道を歩いていたような気は一切しないのだ。


「聞こえる……」


 月紫がふと変なことを言ったと思えば、確かに誰かの声が聞こえてきた。


「ツクシ――!」

「シュリだ! シュリだよ!

 シュリ――!」


 急に元気になったかと思えば、その声に応えるように声を張り上げる。

 すると――その声に呼応するように目の前の霧が晴れていき、どんどん視界が良好になっていった。様変わりするほどの晴天が待っていた。


 しかし、俺が目にしたのは、清水寺の坂道でもなければ寺でもない。

 ――不気味にそびえ立つ黒い古城だった。



 霧が晴れて日も差してくるようになり、やっとのこと周りの状況がはっきりする。

 しかし、依然として俺たちの前に佇む不気味に廃れた城。

 城壁には成長した植物のつたがくっついており、かなりの年代物な上に整備が行き届いていないように思える。

 どのくらいの幅があるかは端から見ているだけなので判断つかないが、うちの6階建ての団地よりも高い。

 日本なのに西洋風で、如何にも王様なんかが居たような感じだ。

 こんな建物、京都には無いはずだ。もしあったなら金閣寺や銀閣寺と同等以上に観光名所になっているだろうからな。


 俺が城を見回しているうちに月紫は畠中と合流したようだ。少し先で月紫と畠中が抱き合っていた。

 その様子を確認して相好そうごうを崩す。


「どこなんだここは!?」

「京都にあるお城といえば、二条城や伏見城だけど…………こんなヨーロッパとかにありそうなお城……」


 不安を掻き立てるような声が上がる。畠中と一緒にいたらしい他の学生たちが騒ぎ始めていた。

 俺も同じことを思っていたが、周囲に京都らしさ、だけでなく日本らしさでさえ感じられない。

 近くを散策してみようか。どうやら先生もいないみたいだし、単独行動をしても問題ないだろう。

 周囲を見渡しても、制服を着た学生たち以外の大人の姿は見られなかった。


 城の付近は、森という感じで木々が生い茂っている。

 こういう所を加味すると、城というより屋敷みたいだな。こんな森の中に放置状態なんて。

 周囲を確認しているうちに疑問が増える。

 さっきの騒然とした様子がなく、むしろ俺たち以外の人の声が聞こえない。

 森の方は奥を見ようとしても、林が続いているだけで薄暗い。どうにも京都の街並みがどこにもないようだ。

 そんなに歩いた覚えはないんだけどな……。まさか、神隠し……なんてことはないよな?

 京都は、昔、百鬼夜行に遭った者がいたほどだ。そんないわれがあるほどの妖怪住まう都として有名だ。

 神隠しくらいあっても不思議じゃない歴史があるが……まさか自分が、しかも今の時代で、こんな大勢でなんてあるわけない、と思いたいけど。


「カヒトー!」


 皆から離れすぎずに来た方向の森の様子を窺っていると、月紫が走って近づいてきた。

 こんな時に呑気だな。あんなに笑顔で走り回りやがって……。呆れ果ててしまうよ。


「なんだよ……」

「ありがとう! おかげでシュリと再開できたよ!」

「あ? ああ……良かったな?」


 改まって言われると気恥ずかしく、疑問形になった。


「カヒトのおかげだよ。一緒にいてくれてすごい安心したし、かっこよかった!」

「うるせーよ……」


 頬を赤らめてしまい、手で顔を押えながらそっぽを向いた。

 昔から思ったことを口に出すやつだったけれど、こう面と向かって言われるのは久しぶりだった。


「それが感謝される者の言葉かしらね?」


 畠中が付いてきていた。

 こいつも状況に似合わず通常どおりか。冷静だな。


「別に、俺の勝手だろ」

「カヒトはいつもこんな感じだよ?」

「そ、そう……慣れているのね……」


 畠中は、少し引いているみたいだ。

 丁度いいな……。実行委員なくらいだ。こいつなら先生の電話番号か何か、連絡手段があるんじゃないか?


「なあ、先生の誰かに電話できないのか?」

「それがおかしくて、みんなのスマホの電源が入らなくて!」


 答えてくれたのは月紫だが、その返答には驚きを隠せなかった。


「全員か!?」

「ねえ? おかしいでしょ?」


 霧のせい?

 波長の短い電波なら霧によって通信しにくいことがあるかもしれない。そんなことを前に祖父が言っていた気がするが、それでも電源が入らないことになるわけはない。

 とうとう行くところまで行っていると考えた方が賢いか……。

 本当だ、俺のスマホもダメだ。

 スマートフォンを取り出して電源ボタンを押してみるが、うんともすんとも言わない。イラつくほど連打するも、ダメだった。


 スマホが使えないのは残念だが、今は頭を切り替えよう。

 畠中は、クラスでも一二を争うほどの学力を持っている。この場所をどう見るか、聞いてみるか。


「なあ、ここはどこだと思う?」

「なんであなたの質問にわたしが答えないといけないのかしら?」


 嫌われているな。真面目な畠中のことだし、嘘吐きの俺を嫌悪するのは分かるけど。


「そう言わずに答えてあげてよ。あたしがシュリを見つけられたのもカヒトのおかげなんだから」

「…………仕方ないわね」


 渋々でも了承してくれたらしい。畠中は嫌そうに話してくれた。


「こんな場所、見たこともないし聞いたこともないわね。

 実行委員として京都のことは少し調べたつもりだけど、こんな西洋風のお城があるなんて、どこにも載っていなかった」


 やっぱり、か……。


「おい、こっちに来てみろよ!」


 何か探っていたのは俺だけじゃないらしい。男子の何人かが城の中へ入っていったようだ。

 何か見つけたのか?


「皆行くみたいね。わたしたちも行くわよ」

「あ、うん!」

「あの城に入るつもりか?」

「誰か管理人がいるかもしれないでしょう」

「あ〜……」


 納得するような返答をしたが、正直あの城からはいい感じがしない。

 俺は、もう少し周りを調べるか。全員で行く必要はない。

 畠中に月紫は付いて行く。しかし、俺が足を留めたのが気になったのか、月紫がこちらを振り返った。


「カヒトは行かないの?」


 俺は、バイバイ、と手を振って答えた。

 すると、月紫も手を振ってきた。


「ほら、行くよ」

「うん!」

「本当に何を考えているのかしらね。全く判らないわ」

「そう? あんなに判りやすいのに……」


 さて、俺は少しこの林の奥に入ってみるか。霧がなければ城という目印があるし、ちょっとくらい大丈夫だろう。

 なにより、こういう散策は好きだ。何か状況判断ができる物が見つかるといいけど。

 俺は、ワクワク感を抱きながら林の中に足を進めた。



 虫の音一つ聞こえない、か……。一応、今のうちに方角を調べておこう。

 スマホで…………そういえば電源入らないんだった。スマホがないと何も出来ないな……。

 そうだ! 確か、時計を使えば方角が判ったはずだ。腕時計をしていて助かったな。

 腕時計の短針を太陽の方角に合わせて、文字盤の0時との間が南だったな。


「今は……6時27分!? おい壊れてるぞこれ!」


 あれ……朝はちゃんとなってたはずだよな?

 清水寺に向かうバスに乗ったのが8時半だから、今は10時前後のはず。

 時計が止まった訳じゃないからどんな壊れ方をしたのか気になるところだけど……電波時計なだけに余計気になる。

 これじゃあ方角は諦めるか。

 急に足を進めるのが躊躇ためらわれた。不安が増えたことで嫌な予感が強まったんだろう。

 ……これは自分の為だ。

 さっさと済ませて帰路を見つけるだけ。なんてことは無い。

 そう自分に言い聞かせるも、悪寒は強まるばかりだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ