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3話 王国に潜む妖しい影(5)

 ガサガサと足跡が近づいてくる。

 俺は、ゼラを庇うようにうずくまった。


「どこだ! 出てこい!」


 追い詰められたというのに、ゼラは泰然たいぜんとしている。腕組みをし、俺の肩越しに視線を向けていた。

 最悪ゼラがいれば撃退することは可能だが、まだ何をするか分かっていない以上はカメラもないこの世界で証拠はない。

 ゼラならそれでもやりそうだが、一国の第一王子を俺たちの都合で殺すのは後々弊害を引き起こしそうだ。

 できれば、このままやり過ごせればいいんだが……。


「行ったようじゃな」


 ゼラの落ち着いた調子の言葉を聞き、体を起こす。

 再び影から滝の方を窺うと、女とリーテベルクは別れを済ますようにしてそれぞれ踵を返していくところだった。

 俺たちに気付いたのか? いや、それならなんとしても口封じするはずだ。

 第一王子があんな話をこんな場所に出る女に話していい訳はない。あの女は、王妃でもなければ王族でもないだろうから。


「儂らも帰るぞ」


 ゼラは滝を一瞥すると、城へと戻るように歩き出す。


「なあ、なんで付いて来たんだよ? 部屋に入れてくれなかったくせに」

「お主が愚か者じゃからじゃ。彼奴には近づくな、と言ったはずじゃぞ?」


 やけに冷然れいぜんと話している。

 俺があいつを追って来たことに憤りを感じているのか? それとも、まだ朝のことを怒っているのか? こいつの考えることは、細かい部分が判らない。


「……あいつ、俺たちのこと見つけたのか?」

「安心してよい。儂が変化に似た妖術で彼奴には見えんように細工をしていたからのう。

 しかし、城に入る際には用心が必要じゃ。彼奴が警戒して、影から見ているとも限らん」

「そんなことができたのか……」

「元々、狐は化かすのが専売特許のような所がある。儂とて、昔はその手で名を馳せた時代もあったほどじゃからな。

 あの程度なら、片手間のようなものじゃ」

「さっきの女って妖怪なのか?」

「はぁ……質問が多いぞ」


 飽き飽きしたのか溜息を付かれた。

 仕方ないじゃないか。俺は、この世界どころかお前のことでさえ何も知らない。

 知る機会もないし、知る方法でさえ判らない。

 本当は、お前に頼っている今の自分を不甲斐無いとも思っているんだ。だけど、そうするしかないと判っているから、俺はやむを得ずに……。


「あれは、絡新婦じょろうぐもじゃな」


 答えてくれないと思ったが、間をあけて説いてくれるようだった。素直じゃない。


「滝にみ、その滝に近づく男を喰っていた妖怪じゃ。あのように美しい女性の姿をしているが、その実、男を呪っている。

 不思議と近づく男は誰しも魅了され、あれの思い通りに動かされてしまう。のじゃが――此度はそれに収まらんようじゃ。

 絡新婦にしては、あのいけ好かん男を生かしすぎている。霊気を吸い取っているようじゃが、この千年でやり方を変えたのやもしれん」

「お前、勝てないのか? 今の内に――」

「勘違いするでない!」


 急に立ち止まったかと思うと、ゼラはまるで怒っているように俺を睨み付けてきた。

 なんだよ……怒るようなことか?


「儂は、儂とて妖怪じゃ。お主を生かしているのも、儂の欲を満たすのにお主が必要というだけじゃ。

 誰が人間の為に同じ妖怪を屠るような真似をするか。儂がお主の命令で動くと思うわぬことじゃ!」


 そんなことはわかってたさ。

 わかってる、けど……目の前であの双子の兄が苦しむ様を見届ける勇気が俺にはない。あの双子が苦しむ姿を見たくない。

 だからといって、俺にあの妖怪を倒せるだろうか。賊を倒した俺の中に眠る妖怪の力を使えば、勝てないだろうか。

 いや、考えなくてもわかる。俺には、弱い人間や魔物相手ならまだしも妖怪を敵に回しては相手にならないだろう。

 なぜなら――俺の中にある妖気は微々たるもので、生粋の妖怪であるあの女を相手にしてしまえば、格の違いを思い知らされることになるからだ。


「妖怪はな、他の妖怪のやる事に手を出してはならんという暗黙の掟がある。

 それに妖怪は人間をさげすみ、嫌悪する種族。よく知りもしない人間が襲われるとして、それにかかずらうのは三流でさえやらん愚かな行為じゃ!」


 再びゼラは歩き始めた。煮え切らぬ想いを置いていくかのように。

 俺は、妖怪のことなんか知らないし、掟とか面倒臭い法律みたいなのは嫌いだ。

 わかってはいたけれど、俺はこんなにも無力なのだ。



◇◇◇



 翌日――。



 俺とゼラはヴァルファロスト王国にある冒険者ギルドへと足を運んでいる。

 ここに来る前に装備が取り揃えてある店で防具も軽いものを粗方そろえた。

 俺もゼラも革製の防具に身を纏い、冒険者らしい格好になっただろう。ゼラはあまりこの格好に気乗りしていないが。

 昨日、城の人に冒険者登録の手続きは済ませてもらっていた。王の計らいということで、本来実力検査のようなものがあるらしいが、それは割愛かつあいしてもらえるということだった。

 おかげで俺は直ぐに依頼を受けることができるというわけだ。

 ということで、俺は依頼が並ぶ掲示板前に立っている。混む時間帯があるのか、今はあまり人がいなく掲示板前はがらんとしていて好都合だった。

 ギルドの端にある掲示板にずらっと貼紙がされており、それらに依頼内容が書かれているようだった。

 しかし、俺には文字が読めない。魔物の絵がついているからなんとなく内容は理解できるけれど、文字しかないものはなんのこっちゃ判らない。


「ブラックウルフの討伐……先日の魔物も依頼対象になっているようじゃな」


 やはりと言うべきか。

 ゼラは、この世界の文字が読めるらしい。当分は、というかこれまでと同じくゼラに補助してもらう感じで文字も頼むしかないみたいだ。


「ブラックウルフなら、俺でも倒せる……か」

「そうじゃな。儂が戦うことになると、お主の霊力を貰わなくてはいかんやもしれんからのう。

 今回の依頼は、お主の力だけで戦える相手の方がよいじゃろう!」


 ゼラは何故かニヤニヤと笑みを浮かべながら見てきた。


「なんだよ……」

「いや、お主程度で勝てる魔物がどれほどいるか、と思っただけじゃ」


 おちょくろうとしているようだ。

 そんなことは判っているけれど、俺はこいつの言葉には流されやすい。


「あ? 勝てるに決まってんだろ! ここにあるどの魔物相手だって俺は負けねえよ!!」


 妖怪相手ならまだしも、そこら辺の雑草加えた魔物なんかに負けてたまるかと思った。

 大きな声で反論すると、周りにいた冒険者にも聞こえてしまったらしい。


「おい」


 低い声が後ろから聞こえてきた。それも上から。

 おそるおそる振り返ると、そこには鶏冠頭をした筋骨隆々とした男が立っていた。俺を吟味するように見ては、笑い出す。


「がっははははは! お前みたいなガキがここの依頼を全部熟せると豪語しているのか!?」


 嘲るようなその言葉にさえ、俺は引くことはできなかった。

 力で劣る。そんなものはもうこりごりだ。


「なんだよ! 関係あんのか!?」


 威嚇するように睨み付けた。

 そんな俺にゼラはやれやれと首を振って呆れている様子だった。


「へー? 今時ガンツに喧嘩売る奴がいるなんて、貴重だねえ?」


 今度は俺と背丈がそう変わらない女性が男の後ろから出てきた。

 三十代は超えているだろう年増のおばさんだった。しかし、胸があり魔法師のような装束から今にも零れそうな破廉恥な格好だ。

 蠱惑的こわくてきな笑みなど色気もあり、俺は後退った。


「そうだな! 俺もこんな奴は久しぶりだ!」

「な、なんだよ……!」


 何故か上機嫌になったようであるのを悟り、警戒を強める。


「お前、名前は?」

「レッドじゃ」


 何故か突如として俺の代わりにゼラが答えた。


「なん……なんだそれ?」

「アカヒトという名はこちらでは稀有けうじゃ。冒険者ならば、偽名を名乗ってもおかしくはないからのう」


 ゼラは小声で偉そうに講釈こうしゃくを垂れる。

 こいつ……また勝手に……。


「そっちのちっこいのはお前の仲間か?」

「あ? ああ……妹だ」

「ブルー」


 嘯くゆえに頭に痛みが走るが、相好は崩さなかった。

 しかし、レッドとブルーなんて安易な名前を付けたな。


「兄妹でのパーティか。

 レッドよ。今日は俺のパーティに同行しないか? 丁度今日一人休みでな。お前の実力が見てみたくなった!」


 一緒に依頼を熟すって意味か?

 まぁ、初心者だからそれは色々と助かりそうだが。ゼラはどう思っているんだ?

 ゼラに同意を得るべく視線を送ると、また小声で「好きにしろ」と返してくれる。


「なら、決定だな。よろしく頼む」


 大きな手が差し出される。俺は、仕方なくその握手に応じた。


「俺は、ガンツ・ベンテ・ハンバーグだ。俺たちのパーティ、チームガンツのリーダーをしている」

「ミアラージュよ」


 ハンバーグ……。

 思わず苦笑いをした。ファミリーネームだろうが、可哀想な名前だ。


「わたしに惚れないように気を付けてね」


 目配せをする年増のおばさんには少し引いた。


「へ? ……まさか独身……」

「あ……」


 勝手に出た言葉で空気が干上がった。

 ミアラージュは、俯いたかと思えば肩を震わせて殺気立つ。そして、ぶつぶつと何かを呟き始めた。


「おい謝れレッド! それは禁句なんだ! ミアは、その言葉を言われると――」

「ガキが! 勝手なこと言ってんじゃねえぞ!!?

 こちとら好きで独り身なんだよォ!!」


 豹変したかと思えば、襟首を掴み怒りを向けてきた。

 年増には独身という言葉は禁句。それは世界問わずに共通らしい。


「お、落ち着けミア! ギルドの中だぞ!

 それに独り身がなんだ! そんな女性はそこらじゅうにいるだろう!?」

「喧嘩売っとんのかわれェ! そこらじゅうて、全員わたしより年下じゃろうがい!!

 こんな歳まで残り物になっているわたしがそんなに珍しいかボケェ!!」


 ミアは、拳でハンバーグの巨体を殴り飛ばした。


「ハンバ――――グ!?」


 顎を打たれたらしく、起き上がってくる様子はない。

 ピクピクと動く膝から生きているのは判断できるが、死んでもおかしくないほどの威力だった。

 こいつ正気か!?


「おんどれ小僧めが! パーティ組む前にお灸を据えてやるゥッ!!」

「す、すみません!!」


 結局、この年増女を収めるのにかなりの時間を要することになった。

 終始自分は関係無いと掲示板を眺めているフリをしているゼラを、俺は羨ましく思った。

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