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3話 王国に潜む妖しい影(3)

 王様が向かいに座った。

 俺とゼラを挟んでリルルとリオネルが座るのには違和感があるが、心持ち的には助かっている。


「成り行きは、先に届いた文書によって把握済みだ。我が息子を王子と知らずに助け出したとか。それはまことかな?」

「……はい」


 俺は慎重に答えた。

 何か無礼があってはどうなるかわかったものではない。せめて不審な素振りを見せぬように注意しなくてはいけない。

 それを察したのかリルルは俺の手に自分の手を添えてくれた。

 なんでもお見通しのような顔をする彼女には頭が上がらない。本気で嘘をついたとしても、この子にだけは見透かされそうだ。


「娘とはもう仲が良くなったようだな」

「はい! アカヒト様はリルの危機を救ってくださった英雄様ですから!」


 これは親のなんとやらだ。少し目が怖くなっている。

 俺はぎこちなくも苦笑するしかなかった。


「しかし、キミが救ってくれたリオネルも懐いているようだ。

 双子は二人で一つのようなものだが、二人合わさっていればこれほど逞しいことはないと専らの噂でな。その二人がそれほど距離を詰めるのであれば、悪い者ではないようだ」


 子供の自慢話になるかと思ったが、俺を認めてくれたようだ。表情もやわらぎ、王というより父の雰囲気が醸し出されている。

 ここはリオネルを立てることで俺の株を下がらないようにしておくか。


「はじめに逢った時から大人びた少年だと関心していました。立場ゆえに敵は多そうですが、将来を見据えるとこれほど逞しい王子はいないでしょう」

「キミもそう思うか!」

「はい。彼がこの国の支えに貢献してくれるのであれば、何も心配は要らないと思う程です」

「も、もう……アカヒトさん、褒め過ぎですよ」


 リオネルは顔を赤らめ下を向いてしまった。

 こういう正直な所は危なげがあるとは思うが、頭痛もしていない以上は嘘は言っていないって証明だ。


「我から見ればまだまだだが、キミの見立てが節穴でないことはこの子がこれから証明するだろう」

「お父様……これでは、私を称える場になってしまいますよ……」

「……それもそうだな。アカヒト殿、此度の件については国としてよりも親として何か礼をしたい。

 キミが望む物があれば、できる限り叶えると約束しよう。もし既に決まっていれば、訊いてみたい」


 この言葉を待っていました、とでも言うようにタイミングよく左の裾が引かれる。ゼラのおねだりが発動していた。

 へいへいわかってますよ、と俺は望みを吐露した。


「それでは恐れ入りますが、実は頼みたいことがあるんです。

 私共は、まだ旅を始めたばかりで冒険者としての登録も済ませておりません。ですので、冒険者登録をする際に誰かに案内をお願いしたいです」


 言い終わると同時に再び裾が引かれる。ゼラが可愛く頬を膨らませながらも見てきていた。

 まぁ待てって……。


「そんなことでいいのか……?

 冒険者登録はそれほど難しいことではないが――それであれば、こちらで冒険者登録をしておくように手配しよう。キミがギルドに出向かずとも登録はこちらで済ませる。ついでにギルドへの口利きもしておくとしよう」


 口利き? 何かは判らないけど、たぶんやってくれるみたいだよな?

 それなら任せよう。あまり下手に動きたくはないからな。


「ありがとうございます。

 それと、私の妹は下町で販売している油揚げが好みでして。できれば、油揚げを妹に買ってあげてはくれないでしょうか」

「油揚げ? あの油揚げか?」

「はい。あれが妹の何よりの好物なのです」

「なーに、それならば早々に買ってこさせよう」


 これでいいんだろ?

 視線を移すとゼラは下で小さくガッツポーズをしていた。

 よだれは我慢しろよ。王の御前なんだからさ……。


「他にはないのか? まだ簡単なことしか頼んでおらんだろう」


 本当なら少し金も欲しかったけれど、これ以上を強請ねだるのは俺の主義に反する。願いを一つだけでなく二つも頼んでいるからな。

 まぁ金なら冒険者業でなんとかしよう。


「いえ、これで十分です。私にとって、妹の喜ぶ顔が見れれば、それだけで幸福なのですから」

「なんと物欲の無い。しかし、王子を救い出しておいてこれだけで済ませるというのは、こちらの沽券に関わる。

 もし他にないというのであれば、謝礼金を付け足そう」


 期待はしていたけれど、王がいい人で良かった。

 王の寛大さに感嘆していると、リルルが痺れを切らしたように口を開く。


「お父様、要件がお済でしたらアカヒト様をわたくしの部屋へお連れしたいのですが、よろしいでしょうか?」

「……そう焦らずとも……。

 しかし、主題はもう話し終えたか。ふっ、あまり迷惑を掛けぬようにするのだぞ?」

「お父様、わたくしはもう十歳になるのですよ? そのくらいは心掛けています」


 父の前では甘えん坊らしい。さきほどの強かな印象がガラリと変わるほど普通の少女のように儘ならない。


「アカヒト殿、我の娘は虚弱でな。少しの間面倒を見てもらってはくれないだろうか。無理にとは言わないが……」

「お父様!」

「……私でよければ」


 こんな快活そうな子が虚弱……そうは見えないけれど。

 あまり知られたくないみたいで、リルルは恥ずかしそうにしていた。


「では、任せた。先程の件は直ぐに対応させる」

「ありがとうございます」


 軽く握手をすると、王は「キミがいてくれた助かった」と肩を叩いて部屋を出ていった。

 髭だけはあまり好まないが、父らしくあって格好いいと思った。

 あんな風になれるとは思わないけれど、先の指針としては大きすぎる目標になりそうだ。



◇◇◇



 リルルの部屋は花が多かった。

 窓も大きく開放的でそよ風で花のかぐわしい香りが運ばれてくる。

 ベットはキングサイズくらいあるだろうか。華奢な彼女を覆い尽くすにはオーバーキル過ぎやしないか、と思う。

 全体的にピンク色に装飾され、実に女の子の部屋という想像を打ち出してきたような部屋だ。

 リルルは、俺の手を引いて部屋の中央のソファに誘った。


「こっちです」


 いそいそしく、こちらが恥ずかしくなってしまう。

 案の定、年下の少女に振り回される姿に面白笑みを浮かべる小狐がいるわけだが。


「リル、凄く楽しそう」

「ええ、お客様なんて久しぶりだもの。アカヒト様、今日は泊まっていってくださいね」


 この楽しげな笑みを浮かべる少女に対して、俺は嘘でも否定を投げることはできない。


「今、お茶を出ししますね」


 気が利く子だ。

 かなり教育が行き届いているんだろう。流石は王族というところか。

 王子と王女、普段は勉強の毎日なんじゃないだろうか。俺よりも頭が良さそうだ。

 リオネルとリルルは揃って部屋の端にある棚へと移動して行った。

 すると、その合間を狙うように隣に腰を下ろしたゼラが久しく口を開く。


「クク、たじたじじゃのう」

「そう思うならお前も参加しろよ」

「仕方のない犬じゃ」


 とうとう犬呼ばわりかこの狐は。

 何をするかと思えば、ゼラは再び俺の膝の上に座る。

 朝の出来事を忘れたのか、と言いたかったが、二人が戻ってきた。


「このあと夕食がありますから、お菓子は少しだけにしました。

 あら? アカヒト様方も兄妹仲がいいんですね」


 こんな異様な状態もリルルは動じずに笑いかけてくれる。

 我儘な妹狐ですみません……。


「アカヒトさんたちの家は昔、悪い人に襲われて親はどっちも亡くなっているんだ。だから、お互いに守ろうとしているんだよ」

「そうだったのですか……大変でしたね……」

「あはは……」


 嘘をこうも純粋に信じてもらっていることに罪悪感が過る。

 俺は、もうこの二人を騙したくはないと思っているのだから。


「……兄妹仲がいいなんて、今では羨ましいとすら思ってしまいます」


 どこか寂しげに零したリルルの表情が気掛かりとなった。

 まるで何かを惜しむような、そんな感じがしてしまう。


「……実は――」


 バタン!

 リオネルが何かを言おうとしたのを遮るように部屋の扉が豪快に開かれた。

 こちらに許しを貰わずにズカズカと入室してきたのは双子と同じクリーム色の髪をした青年だった。

 肩まであるロン毛に目鼻立ちのいいアイドルのような男。しかし、目元にあるクマややせ細った様からはイケメンであることが気付きにくかった。


「「お兄様……」」


 二人は身体を震わせ、この者を恐れているように思える。


「誰だ、こいつは? この小汚い男とその隣の娘は!」


 威圧的に言い放たれる言葉はリルルを俯かせる。頬では冷や汗が下り、口ごもった。


「わ、私をお救い下さったアカヒトさんです! 賊に誘拐され――」

「もういい!」


 業腹な青年は、そう言い放って殺気立った。

 こちらを威圧し、怖い顔を向けてくる。

 なんだこいつは……? いきなり我が物顔で入って来て、二人と違って礼儀がなっていない。


「我が城に下賤な者達がいることだけでも腹立たしいというのに、貴様ときたら王の許しも無しに外へ出て、下民なんぞに誘拐されたという。

 ここまで呆れ果てると言葉も無い」

「す、すみませ――」

「リルル! もっとこの愚弟を監視していろ! いちいちこの私の仕事を増やすな!!」

「っ……は、はい……」


 言いたいことばかり言いやがって……!


「おま――……あなたは、二人の兄ですよね? 心配したとか、労いの言葉はないのですか」


 焦燥感に襲われるのを途中で踏みとどまり、理性的に話しをしようとした。

 しかし、俺が何を言っても意味がないことに気付く。


「ここは、ヴァルファロスト王国の神聖なるヴァルファロスト城だ。貴様のような者が私のような王族と口を利けると思うなよ!!」


 俺に恫喝どうかつした後、嵐のように部屋から出ていった。

 なんなんだあいつ……。王族だからってあの態度はないだろうが。

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