3話 王国に潜む妖しい影(2)
ゼラに人のことを言えないように、今日も俺は元の世界の学生服を纏っている。金もないから着替えることができないのだ。
そのうちこちらの世界に合わせた服装にした方がいいと考えるところではある。
リネルたちの部屋に来た。内装は俺たちが寝泊まりした部屋とさほど変わりないが、こちらにはテーブルと四人分の椅子があった。
リネルは、ククにも部屋であったことを少し話したらしい。挨拶を受け、どこか昨日より距離感がぎこちないように感じた。
「だ、大丈夫……ですか?」
「はい、問題ないですよ。昨日はあまり眠れなかったので、テンションがおかしくなってしまいましたが」
愛想笑いをしながら述べるが、本当の所はまだ腹が痛い。ゼラの奴は手加減ってものを知らないからな。
そうこう話している間、ゼラは俺の太股を抓ってくる。
「いつ!」
「ど、どうかされましたか!?」
「い、いえ……昨日足を痛めただけです」
油揚げを、と強請ってきているのは顔を見なくとも判った。
こいつ……自重ってもんを知らねーのか! 無駄に嘘をつかないといけないから、頭まで痛くなるんだからな!?
リネルが申し訳なさそうにしているのが俺は心苦しく思った。
「おほん。まずは、昨日のお礼を今一度言わせて頂きたく」
ククが席を立って改まった。それに合わせ、リネルも緊張して席を立つ。
別にそんなんいいのに……。
「昨夜はリオネル様を御救い頂き、誠にありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
二人して九十度の深いお辞儀で感謝の儀を挙行する。
しかし、もう名を偽る気がないというのが判った。
それに関する話なんだろう。二人は席に座ると、真面目な顔をして話し始める。
「実は、わたくしたちはこれから向かおうとしている目的地であるヴァルファロスト王国王家の関係者なのです。
わたくしの本名は、クォーク・ザクロ・レーヴァテインと申します。
こちら、これまでリネルと名を申しておりましたが、本名は――リオネル・R・ヴァルファロスト。
王位継承権第二位の正当な王子なのです」
予想はしていたけどな。
しかし、できれば予想どまりであって欲しかったよ。流石に一国の王子と関わるなんて、したくなかった。
「――聞かなかったことにします。私にその秘密は荷が重い」
「……今はそれでいいでしょう。しかし、我が国に帰ったあかつきには、できる限りのことをさせていただきます」
ゼラが喉を鳴らした。
どうせまた油揚げが食えるとでも思っているんだろう。
「私共は、今回の依頼料を頂ければそれで。それ以上の待遇は恐れ多い」
「そういう訳にはいきませんよ!」
リネル。いや、リオネルも乗り気らしい。
可愛らしく腕を上下している。
「それなら、一つだけお願いがあります」
彼らが思う謝礼したさの意を汲むように。いや、ゼラの欲望を叶えるために俺は頼んだ。
◇◇◇
ゼラは、油揚げを食べたおかげで朝の愚行を忘れたように上機嫌になった。
この言葉は似つかわしくないかもしれないが、5歳ほど若返ったかのように肌の艶が潤っているように見える。
その機嫌の良さに乗じて朝のことを謝ってみた。すると、「よいよい」と寛大な心を見せてくれた。チョロい狐で助かった。
俺たちは、そのままヴァルファロスト王国へ馬車を走らせた。
昨夜のこともあって何かしらの妨害があるかもしれないと思った。だが、道中は静かなもので魔物一匹見かけなかった。昨日面倒なのを片付けたおかげで気を緩めていいのは助かった。
そうこうして、黄昏時には王国入りすることができたのだった。
外壁を通ったが、やはり国を襲おうとする魔物や敵がいるのだろう。想像していたよりも大規模な国であると大きな壁を見て思った。
聞くところによると、ヴァルファロスト王国は最近貿易に力を入れているらしく、商業が盛んなのだとか。
城へ向かう途中もまるで祭のように出店が数多く並んで騒然としていた。
街並みはベルヌイの街とは比べ物にならない賑わいで、こういう所に慣れていない俺は身を竦めた。
風景はイスタンブールあたりに似ているだろうか。赤い屋根の建物がひしめき合っているというのに、狭く感じさせない工夫がされているように思える。
中央に聳え立つかのシャンデレラ城に似た王城に着いて馬車を降りると、出迎えがあった。
ククと同じ格好をした従者たちの物々しい歓迎である。大きな門をくぐり抜けた先で端に並び立たれた。
そこをリオネルは慣れたようにククと共に堂々と歩いていく。
しかし、流石に俺にはこの歓迎は大きすぎた。
「リオネル……様、わたしたちはもうここら辺でお暇します」
そう苦笑いをしながら言うと、ゼラが隣から殺気を放つように睨みつけてきた。
「な、何を言うんですか! まだ何もお礼できていませんよ!
皆さん、彼らは僕を助けてくれた恩人です。城へお連れして、もてなしてください!」
「はっ!」
「げ……」
リオネルの命令によって、端にいた従者たちが一斉に集ってきた。
数人で俺とゼラを軽々と持ち上げ、否応なしに城の中へと運んでいく。
「マジかよ……」
「観念した方がよい。もしかしたら油揚げをたんまりご馳走してくれるやもしれんのじゃぞ? ワクワクするのぅ!」
俺とは反対にゼラは興奮しているようだ。
確かに王族とパイプを持つのは悪くないが、王族に関連したとして嫉妬の目につくかもしれない。
もしそうなったら、責任取ってもらうからな油揚げギツネ……!
◇
◇
◇
俺とゼラはとある一室に通された。
一室というには広すぎる大広間。そこに忽然とある長椅子に高価な机がセットになっている。
ククは、俺たちをもてなすように茶菓子を出してくれた。そして、これまでと違い主人であるリオネルの後ろに控えた。
これまで以上に威厳のある表情をしている。それだけこの城での立場がこの二人を別つのだろう。
リオネルもゼラも目の前に出された茶菓子を口にし、俺だけが緊張するハメになっている。
これから何をされるのか、気が気でなかった。
静寂が流れるこの広間に大きい扉が再び開かれる。
通常よりも大きな音を立てながら開かれる扉に自然と視線が向いた。
ここはお城だ。王子がいれば、王様もいる。
これまで付け焼刃の敬語でリオネルたちと会話をしていたが、王様相手となると俺の言葉は汚いのではないかという不安が過る。
しかし中へと入ってきたのは、その扉とはまったくの不釣り合いである小さな少女だった。
ゼラとそう変わらない背丈の少女。子供がする格好とは思えぬ爽やかな水色のドレスを見に纏ってやってきた。
クリーム色の長髪をツインテールにしているのは年相応に思えた。翡翠色の瞳はリオネルと同じで兄妹ではないのかと勘繰ってしまう。
整った顔立ちで屈託のない表情は可愛らしい。どこかしか俺に対して視線を飛ばしているように見えるのは、気のせいだろうか。
俺は、直ぐに視線を逸らした。品定めでもしているようで心苦しく思えたのだ。
「リル!」
「リル!」
リオネルは笑顔を咲かせ、席を立って少女の下に駆けた。
お互いに同じ呼び名をしたことが気掛かりとなったが、二人の幼子が無邪気に抱きしめ合う姿は微笑ましかった。
「誘拐されたって聞いたわ。大丈夫だった?」
「うん! アカヒトさんが助けてくれたんだ」
二人してこちらを見てきた。
照れ臭さがあり、とりあえずの会釈をする。
「リルル・R・ヴァルファロスト様、リオネル様の双子の姉でございます」
気になっていたことをクォークが説いてくれる。
リオネルは双子だったのか。思った通り、目鼻立ちが似ている。リオネルを女の子にするとああなるのか。
「リルル・R・ヴァルファロストと申します」
リルルは、スカートをたくし上げる上品な挨拶をしてくれた。
こちらの子供はこの年齢にも関わらず、大人びていて反応に困る。
やべえ……こういう挨拶の仕方、初めて見た。なんか目の前でされるとこっちが恥ずかしいんだけど、嬉しい。
「……アカヒトです。こちらは妹の――ヨモギといいます」
危ない。ゼラの偽名を忘れかけた。
面倒だから初めから狐に似た名前かいっそのことゼラと名乗らせれば良かった。ここまで長らく行動を共にするとは思わなかったからな。
「アカヒト様ですね」
リルルは俺の隣に座り、リオネルはゼラの隣に座った。
近くなったことによってより、少女の面相がよく見えるようになった。
やはり整った顔立ちをしている。リオネル……王子の双子の姉というなら、この子も王女なんだろう。
「弟を御救い頂き、誠にありがとうございました。あなた様がいなければ、わたくしたちは弟を失っていたところです」
礼儀も正しい。
こんな完璧な女性が年を取るに連れていなくなってしまうのだ。この子には大人の事情を知らずにこのまま真直ぐ育ってほしいものだ。
「どうかされましたか?」
俺が考え込んでいるのを変に思ったらしい。
こうやって心配してくれるところもリオネルに似ているな。
「いや……いえ、なんでもありません」
「ふふっ」
何がおかしかったのだろうか。リルルはお淑やかにほくそ笑んだ。
「無理に言葉遣いを丁寧にする必要はありませんよ。あなたのような英雄に畏まれると、こちらの方が照れてしまいます」
「え! アカヒトさん、無理してくれていたんですか!?」
リオネルとは違って、リルルは察しがいいらしい。
敬語は俺でも見よう見まねで経験が少ない。ポーカーフェイスだけでは無理があったようだ。
「おほん。しかし、王族が……」
「クォーク!」
「っ……」
リルルの強い眼差しがクォークへと向けられる。
彼女の言いつけに歳のいったクォークは言い返すことができないようだ。しかし、俺もクォークの気持ちの方が正しいと思うけどな。
「リルを、わたくしの弟を身命を賭して御救い頂いたのです。その程度、捨て置きなさい」
「――はっ!」
「私にも楽に話してくれていいですよ!」
「いえ、そうはいきませんよ。例え王子たちが若かろうと、その身分がどれだけのものか。
先程も言った通り、私には荷が勝ちすぎです。このまま接することをお許しください」
「……聡明な方なのですね」
俺の返しが意外だったのか一瞬呆然としたが、微笑みながら再び褒めてきた。
「そこまでではありませんよ。ただ少し年を取っているだけです」
「そんなことはありません! アカヒト様はお一人で凶悪な賊をばったばったと投げ倒したのですから!」
お、おい……やめろよ……。俺は、褒め慣れてないんだよ。
「アカヒト様のお話、もっとお聞きしたいです。妹君も一緒にわたくしのお部屋へ来ては頂けませんか?」
「リルル、私もいっていいかい?」
「もちろんです」
「やった!」
なんだこの断りにくい雰囲気は……。
リオネルとリルルの無邪気な笑みに俺の意志は介在する余地が無い。
「その前に、我と話さぬか少年?」
背筋がピンと伸びた。
いつの間にそこにいたのか、全然気づかなかった。
「「お父様!」」
リオネルとリルルの弾んだ声がこの者が誰かを指し示していた。
コスチュームではない本物の赤い正装。頭には王冠があり、壮年そうな顔つきに威厳のある髭。
息を呑んでしまうほどの圧迫感を感じるのは、その威厳によるものなんだろうか。
ついに逢ってしまった……一国を治める王様に……!




