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2話 踏み入れた妖の道(7)

 結局、リネルを檻から出したのは俺の黒腕だった。

 ゼラは……仕事をしようとした素振りだけでも見せただけギリギリ良しとするか。

 しかし、リネルを背負っている最中にも関わらず、道中で自分もおぶれとせがんできた時には流石にむかついた。

 リネルが既に疲れて眠っていたから羨ましく思ったのだろうけれど、それで駄々をこねるのはやめて欲しいかった。

 やっとのこと宿についてククにリネルのことを任せた後は、一気に疲れが襲って来た。

 散々泣きながら礼を言われた気がするが、部屋に入って記憶が飛んだ。

 月明かりが窓から射してくるのが煩わしいけれど、カーテンがないゆえに遮ることはできない。

 ベッドに身を投げ出し、上着を適当に投げた。

 元の世界なら父にぎゃんぎゃん言われてしまうだろうが、こんなに一日中動き回ったのは小学生の時に遊園地に行った以来だ。たとえ親だとしても許して欲しい。

 その後直ぐに俺の隣が沈んだ。

 おそらくゼラが無意識に俺の隣に来たのだろう。最後の方は、ほとんど寝ながら付いて来ていたからな。


 ――そうだ!

 まだ俺にはギリギリ意識がある。

 ついさっき、俺は言ったはずだ。いや、言ってはいないが、決心したはずだ。

 『この野郎……寝たらひん剥いて意地悪してやるからな!』

 俺は、あれを覚えている。

 確かに戦い方を教えてもらったし、自分の力に気付けたのはこいつのおかげだが。

 それでも尚、俺は決心したことを曲げるわけにはいかないのだ。

 別に、幼女の体を剥いてみたいとか、意地悪に興味がある訳ではない。訳では……ない。

 うん……。

 ただ……ただ、こいつの嫌がる顔がみたい!

 そうだ! 嫌がる顔がみたいだけだ!


 壁際のゼラの方を振りむく。

 寒かったのか俺が端に寄せた白い布を被っている。

 ほう……ここから剥くのが始まりと言う訳か。

 いいだろう! これごとき……!

 豪快に、痛快に、アドレナリンに任せて俺は布を払った。


 すると、そこにあったのは名に恥じぬ純白の透き通るような肌だった。月明かりを反射している様は神秘的に感じる。

 縮こまり、華奢な体を横にしていた。

 思わず見惚れた。目が離せなかった。

 ここまでの綺麗な肌を俺は見たことがあるだろうか。おそらく、変化か何かで補っている。そうに違いない。

 ここまでのものとなると胸は小さい方が潔くて、むりろスリムで良いと思える。

 髪も艶が良く、風呂に入っていないというのに煌いている。近くにいるからか、大人が付けている香水より爽やかな香りが鼻を魅了しようとしてきた。

 まさに姿形で魅了する化かし狐の本領を見ているかのようだ。

 特に女に興味がないはずだったこの俺でさえ、顔が熱くなってしまった。

 意地悪をすると決心した。剥くと決めた。

 しかし、既にこいつは自分で剥いており、意地悪を座して待つかのように無防備だ。

 ならば――


 俺は、布団を戻し。

 見なかったことにして、反対の方へ向いて横になる。

 無防備の相手に対して意地悪をするのことに興が醒めただけだ。

 せめて起きている時にわちゃわちゃもみもみしてやろう。その時を待つがいい!

 けして俺に意気地がないわけでは――


「――意気地がないのぅ」


 背中の方から聞こえてきた、古風な話し方をした幼女の声に寒気がした。

 起きて……いたんですかゼラさん!?

 狸寝入りならぬ狐寝入り。

 俺は、寝たフリを強行した。

 動揺を捨て去ることはできないが、ポーカーフェイスと寝たフリは得意だ。

 放っておけばまた寝てくれるだろ。

 そう思っていたが――このバカ狐は、この変態裸体幼女は、この性悪痴女は、俺の背中に抱き着いてきた。


「この程度も簡単に熟せぬのか?」


 上機嫌な声。

 それに温かな身体からは、俺の下着越しに熱が伝わってくる。

 スースーと寝息を出してみるも、この狐はあくまで俺が起きているていで耳元で囁いてきた。


「こんなにも麗しい体が目の前にあるというのに、お主のしもは機能していないのか?

 それとも、お主は大人な身体の方が好みか? お主の魂をまた差し出してくれさえすれば、その要望にもこたえてみせよう。

 どうせお主も男。大きな胸が好みなのじゃろう?」


 ゼラは、ゆっくりと俺の腹から胸にかけてまさぐってきた。


「そしたら、俺が死ぬだろうが……」


 さすがに胸元に手を当てられてはバレないようにするのは無理だった。

 顔は隠せても、胸の高鳴りを隠すことはできない。

 女相手にこんなやり取りをしたことがない俺には耐性がなかった。


「ふっ、童貞が」

「は!? なんで俺が童貞じゃなきゃいけないんだ!?」


 言い回し的には嘘はついていない。頭痛はなかった。


「お主が童貞か童貞でないか、その議論を儂にさせてよいのかのぅ?」


 なんだこの余裕は? 

 嫌な予感がする……。

 息を呑み、思考を巡らせるも疲れた夜には難題が過ぎた。


「いや、やめておいてください……」


 ここは酷くなる前に謝ろう。


「これで童貞ということが証明されたというわけじゃな」


 い……今は引き下がろう。

 眠いから! 引き下がろう……。

 無言で突き通す。


「さて、それは良いとして、お主……かなりひねくれておるのぅ」


 なんの話だよ……。


「……寝るんじゃなかったのか?」

「ここに来るまで寝たからのぅ――もうそれほど眠気は無い。妖力も今の限界までは回復できた」

「妖怪は皆そんなもんなのか? それより、さっさと離れろ。寝にくい」

「このまま眠ればいいではないか。それともやはり童貞の弊害は強い、というところかの?」


 この野郎……。

 なぜこいつはこうも裸なのに前向きというか、羞恥心がないんだ!?

 てか、流石に俺の方が眠い。


「眠くないなら、せめてどいてくれよ」

「儂を裸のまま凍えさせるつもりか? お主は鬼畜じゃなぁ」

「なんのつもりだ? 発情期なのか?」

「ふん、常時発情期の人間と一緒にするな。それに、儂がここまで褒美を与える相手はいないのじゃぞ」


 嬉しくない追加情報だな。

 ここまで長い時間くっ付かれると、もう何も感じなくなってきたな。

 耐性獲得ってやつか。


「お前は、なんでそこまで俺を殺すことを拒むんだ? 俺がお前なら魂が壊れても、自分の為に妖力回復に努めるけどな」

「…………壊れてしまっては、長らく妖力を回復することはできぬからのぅ」


 間があった。頭痛もした。

 けれど、こいつの嘘から来る頭痛はそこまで痛くない。嘘だと気付けるくらいの痛みだ。

 たぶん、違う理由があるんだろう。それを俺に気付かれたくないみたいだ。

 別に、今は追及しなくていいか。その気力も残っていない。


「あとは、また明日にしてくれ。俺は、お前と違って眠気には勝てない……」


 もうゼラがくっついていることなんてどうでもよくなっていた。

 最後の気力(むな)しく、俺は睡魔に誘われた。



◇◇◇



 少し埃が残る高価な家具のある豪勢な一室。

 白い天幕は月明かりを受けて透け、涼しい風に優しく靡いている。

 近くに備え付けられたソファにわたしは物憂げに座っていた。暗がりを月明かりだけで佇み、項垂うなだれている。


 皆は……戸惑いはあるけれど、なんとなく状況は理解してくれたと思う。

 月紫が気絶した状態で見つかったことも、降魔赤人くんがいなくなっていたことも、そしてあんな獣がいることもあって慎重になっている。

 これ以上犠牲は出したくない。でも、わからない事だらけでどうすればいいか判らない……。


 わたしの意識を現実に引き戻したのは、ベットに横になっていた月紫つくしだった。ワイシャツに皴を作り起き上がる。

 まだ眠そうに欠伸あくびをし、目を擦っていた。


「ツクシ、起きたのね。良かった」


 疲れきったような安堵する笑みが零れる。

 影に埋もれてはいても、それが無理しているような表情だということは月紫も判ったようだった。


「……シュリ……大丈夫? 何かあったの?」


 直ぐに答えられなかった。

 話すことはできるけれど、今起きたばかりの月紫の頭を混乱させるのは酷な気がした。

 月紫の下に移動し、椅子に腰を下ろしてやっとのこと口を開く。


「今は体を休めさない。どこか痛いところはない?」

「……わたし、そういえばなんでこんな所で寝てるの? 見覚えがない場所なんだけど……。

 まるで物語の中の世界みたい」

「……」


 意味深に黙り込んでしまった。

 考えがまとまらない。月紫が起きた時、なんて言えばいいかなんて考えていなかった。


「あ……そういえばここは違う場所、なんだっけ! 忘れてたなぁ! あはははは」


 わたしを気遣うように笑いかけてくれた。寝起きだというのに、状況判断はしっかりしているようでひとまず安心する。

 しかし、わたしは苦笑しかできなかった。


「ツクシは、もう少し休んでて。明日になったら、森の中であったことを皆に話してもらうことになると思うから」

「森であった、こと……」


 月紫は、記憶を思い返すように項垂れていく。

 夢のような出来事の中で、更に夢であって欲しい出来事を蒸し返しているようにどんどん表情が強張っていく。

 ――しまった!


「あ……あはは……あれ?

 ……カヒト……! カヒトは!?」


 月紫は、戸惑いながら問い詰めてくる。

 わたしは、無言でゆっくりと首を振った。

 月紫は、知らないのね……。危険でそれほど探したわけではないけれど、彼の姿はどこにもなかった。


「うそ……!

 ――…………カヒトは、わたしの為に……!」

「……そう、なの……」


 月紫の目から涙が零れた。布団を握り締め、雫を落としていく。

 凍えるように震える体は虚しく畳まれた。

 わたしは、月紫の体を包み込むように抱いた。それでも涙が止まることはなく、むしろより一層雫を落とす速度を速めていく。

 わたしたちだけの空間に月紫のすすり泣く声が続いた。

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