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2話 踏み入れた妖の道(6)

 先程ゼラに言われたことを思い出す。

 ――妖力を得た人間は、その時点で固有の能力を発現することがある。

 スキルと言えるほど万能なものではないが、時には個人の能力を向上させることがあった、と聞いた。


 妖力を感じることは難しかった。なにせ俺の中には今、力と呼ばれるものが最大で三つも宿っていることになるからだ。

 一つは妖力。ゼラとの契約によってゼラの一部ともなる妖力が俺の体の中にある。

 二つ目は、魔力。この世界固有の力であり、元の世界では存在しない力。俺にとって、一番未知であるだろう力だ。

 最後は、霊力。よく霊感がある人は、幽霊を見ることができると言われていた。それに伴う力だろうというのがこれ。

 霊力は、人間であれば少なくとも必ずある力で、俺にも少なからずあったんだろう。今は一部ゼラの中に入っている。

 これらの力をどうやって感じられるようになったのか。

 してもらったというのが正解だが、ゼラが俺に元からあるらしいその感覚を起こさせた。

 体の中の力を感じるのがこんなに簡単な方法があるんだったら、もっと早く行って欲しかったもんだけど。

 俺の中で、一番存在感が強かったのは霊力だった。こいつのせいで妖力を見つけるのに手間がかかった。

 霊力は、魂と同義らしい。ゼラにいくらか奪われた割に強いというのは、他の力が弱いのではないかと勘ぐってしまう。

 なんとか妖力を感じることができた俺は、その妖力を開花させた。

 イメージ的には、妖力が向くベクトルに合わせて力を移動させればいいとのことだった。感覚を開いて貰ったおかげでこれを発現するのは容易だった。

 ある地点まで運ぶと、勝手に力は表に現れた。


「さあ、俺の力はどの程度のもんなんだ?」


 少しのワクワク感とドキドキ感を持ちながら走る。

 まずは、金髪のおじさんの下へ向かった。


「馬鹿め! 無装備はだかでこいつとやり合う気かよ!」


 男は、躊躇いなくカットラスを横に振り抜いてくる。

 俺に対処するのをなんの疑いもなく、また簡単にやれるだろうという考えが表情で読み取れる。


「おっと」


 不思議とカットラスの刃を拒むように俺の体は横に倒れた。

 黒く変わった右腕は体を支えるように地面に手を付き、一瞬で体を起こす。まるで嫌悪するものを自動的に避け、それに伴って今後の動作に支障をきたさないよう戻しているみたいだ。

 この右腕が見えていないのか、男は俺を不気味がっていない。ただ、俺が今の攻撃を避けたことに驚いている様子だった。

 俺はそのまま曲がり、右側にいた豚男の顔面を蹴り飛ばす。


「ぼへっ!?」

「な、なんて動きしやがるこいつ!」


 蹴り一発で豚男は伸びてしまったらしい。地面を転がってから起き上がってこないどころか動かなかった。

 金髪男の方は腰が引けている。剣先を向けてはいるものの、これまでの警戒とは違って余裕がない。


「アカヒトさん!」


 リネルは俺に気付いたようだ。

 檻の中で身を乗り出しながら嬉しそうにしているのが見える。


「もう少し待ってな」


 俺にもこうやってカッコいいセリフを言える日が来るなんてな……。ここまで生きて来てよかった!


「はい!」


 元気のいい返事は花が咲き、リネルは心から安心しているようだった。


「貴様、何者だ! まさか……この王子の護衛か!?」


 ようやく察しがついたようだ。こんな洞窟の奥に現れたといったら、それか街の衛兵かのどちらかだろう。

 頭が回っていないところを見ると、酔っている間に仕掛けたのは良かったのかもしれない。


「ということは……ケロイドはどうした!?」

「さあな。チビってどっかに逃げたのかもしれないな。

 ――とりま、もう少し付き合え」

「っ……!」


 俺は、男の視界から消えた。

 どうなっているのかは判らないけれど、妖力が発現しているのは右腕だけなはずなのに、全身の動きが軽い。

 今ならあの時の月紫と同等以上の速さを持っているはずだ。


「くそが!」


 焦燥感に襲われたようだ。男は怒りの形相で掌に炎を灯す。

 あれが魔法なのだろう。こちらの世界で見た、初めての魔法らしい魔法だ。

 魔法らしい妖力は見たが、本物の魔法とはそれといって差異はないらしい。ただの火だ。


「貧弱な正義感でここをつきとめたまでは良かったが、俺には勝てないぞ!」


 炎が意志を持つように膨れ上がると、周囲に設置された灯篭の火も燃え上がった。灯篭内に収まらないほどの炎が漏れ出している。


「へぇ? 魔法ってそんなことができるのか。なんか、妖力よりやっぱそっちのが面白そうだ」


 男の背後に現れてやると、おどけながら男はこちらを振り返った。

 まるで妖怪にでも勘違いされているみたいだ。悪くない心地だな。


「は、ハハハハハ! 怖気づいたか!

 ガキの癖に俺から王子を奪還できるなど思わぬことだ!」


 どこを見て、俺をガキだと言っているんだ?

 こっちの世界じゃもう少し子供と呼ばれる範囲は狭いと思ってたんだけどな。

 俺って、そんなに童顔どうがんかな?


「まあいいや。じゃ、今度はこの右腕の力を試させてもらうか」


 不思議と恐怖はなかった。妖力を表に出すと、恐怖を感じるレベルが低くなるんだろうか。


「な、なんだ……その腕は!? 影じゃないのか!?」


 俺の右腕が黒くなっていることにやっと気付いたようで、たじろいでいる。

 今頃気付いたのか……盲目もうもくだな。


「身体強化系の魔法を使っているのか……しかし無駄だ! 見ろ!

 この俺の炎が灯篭にあるだろう! これを一斉にお前に放てば、たとえ強化していようとも灰となって消えるぞ!」

「ふっ……」


 思わず笑ってしまった。

 ――あまりにも可愛い嘘だったから。


「呆れるのにも程度ってもんがあると思ったんだが、まさかこの期に及んで嘘を吐くとは思わなかったよ」

「う、嘘だと!? 何を――」

「たぶん、灯篭の火をこちらへ放つというのが嘘なんだろ? その手に持った炎を俺に向けることはできるが、既に自分の魔力と引き離してある炎は操ることはできない」

「そんな希望は通らないぞ! 今見ただろう?

 灯篭の炎は、俺から離れているにも関わらず、炎を大きくした!」

「それはおそらく魔力を放ったんだろ? お前の死角に入った時、炎が膨れ上がる前に何か見えないものを感じたんだ。その証拠に、あそこの灯篭だけ炎が大きくなっていない」


 指を差した方向にある灯篭の炎に変わりはなかった。おそらく魔力俺に非弾して、魔力が行き届かなかったのだろう。

 妖力を感じるよう集中していたから外部の魔力を感じるのは造作もなかった。


「なっ……貴様、何者だ!?」


 てか、このくらいのことならこちらの世界の住人なら普通に気付くんじゃないか? よくそんな嘘を俺に向けてきたな。


「お前の嘘が貧弱なだけだ」


 右掌で拳を握ると、ポキポキと音が鳴る。

 それに怖気づいたのか、男は手の炎を消した。かと思うと、カットラスも捨てて土下座を強行し始める。

 今やただのパフォーマンスにしか思えないが。しかし、こちらの世界でも土下座があるんだな。

 日本だけと思ってたけど。


「すまなかった! 金に目がくらんだんだ! 許してくれ!!」


 なんだこいつ……まだ嘘で切り抜けようというのか。

 頭痛に反応があったからすぐに判った。

 いや、この理由が嘘であるとは思えない。ということは――

 案の定、男はしたり顔をして再び炎を持った。


「フハハ! 死ねえい!」


 雪合戦のように男は俺へ向かって掌サイズの火球を投げつけてくる。勝ち誇ったような顔が飛んでくる炎の影に見え隠れしていた。

 俺は、その火球を黒腕こくわんで払い飛ばした。


「……ほえ?」


 鼻を垂らし、思いもしなかったような顔で驚愕している。俺は、呆れ果てて言葉が出ないほどだ。


「お前、ダメダメだな」


 目線を合わせるように屈み、額にデコピンをする。

 それくらいで十分と思ったが、思った以上に男の体は吹き飛んだ。

 なんか、ドミノを思い出すくらい軽かった。せめて左手でやるべきだったか。この腕になってから、これまで弱かったという常識がくつがえったみたいだ。


「これお主! 危ないではないか!

 ぶっ飛ばすならばぶっ飛ばすと先に言え!」

「す、すまん……」


 憤慨したゼラが金髪不良男の通ったすぐ傍で屈んでいた。

 と思ったが、どうやらリネルを檻から出そうとしていたらしい。


「なんだ、お前も少しは手伝う気になったのか」

「何を言うか! 儂がいつ、やる気がないと言った!

 そもそも! お主はもっと手早く敵を倒せぬのか! 儂にはこうも眠気が襲ってきているというのに!」


 ガキがやんやん騒ぎ出して脱力させられる。

 嗚呼ああ……そうだ。こいつ本当はえらく面倒な奴だった……。


「殺してはおらぬようじゃな。甘い奴め」

「早くリネルを檻から出してくれませんか?」


 眠いとかいうならお前も早く仕事しろよな……。

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