32話 赤い衝動に触れる妖(5)
「――契約しなさい」
「へ……?」
「なんども言わせないで。あたしと契約しなさい!!」
っ……今更なにを言いだしてんだ!?
「契約って、つまりゼラやハクと同じになるって意味か? それって、お前が俺に従属するようなもんなんだぞ!? お前はクウに従属したいんじゃないのか!?」
「あたしが尊敬するのは空狐様だけよ。だけど、アンタは空狐様の父親だから、アンタに従属しても空狐様に従属しているのと同じことでしょ」
いや、だから俺はクウの本当の父親じゃないって話をしたわけで……。
でも、外聞的にはそうなるのか?
「それだけでしょ。アンタとあたしの二人、どっちもが生き延びる術があるとしたら!」
真剣な顔だ。こんな時に冗談を言う奴じゃないことはわかっているけど……。
確かに状況を見れば、それならなんとかなるかもしれない。契約が成立すれば、気のやりとりができるようになる。そうすればリコには生気を、俺には妖気を交換するように与えられ、互いの能力が底上げされる。状況を打開するにはそれしかない!
「わかった。安心してくれ、俺ちゃんとお前の――」
「いいからそういうの。早くしなさいよ」
もうそれほど猶予が無いことは迫りくる壁の状況とリコの苦しそうな表情とでわかる。ささやかな前置きよりも早く打開の手を打つことを望んでいた。
俺は、リコの方に触れて久方ぶりの契約をし始めた。
妖玉はもう何度も飲み込んでおり、契約というとゼラとハクに続いて三人目だ。もう慣れたと思ったが、今はリコの妖力が枯渇している状況だ。多分な生気が漏れ出し、いつも以上の負担があった。
しかし、それと同時にどこかで力が満ち満ちていくのを感じる。気のやり取りは平等で、俺が生気を渡す分、貰う側の量も変動する。
左半身から襲われるような邪気の感覚が和らいでいく。俺が妖力を行使する度に執拗に身体を侵そうと潜めていた邪気に対して起こる恐怖心も、今ではそれほどなかった。
弱弱しいリコの妖気にも変化が見られる。リコの体の中で俺の生気が色を持って妖力に変換されている。隣にいるのがあの妖術の才が乏しいリコだとは思えない程にふてぶてしい妖気だ。心なしかリコの威圧感が鋭くなっている。
見れば、彼女の腰から生える尾が二本になっていた。元は一本のはずで、俺の生気に影響されて増えたのだろうか。
「さあ、行くわよ――アカヒト!」
「……おう!!」
今なら、邪気を抑えたまま妖力が使えそうだ!
「はぁぁぁああああああああ!!!」
「うぉぉぉおおおおおおおお!!!」
地面に力と同時に妖力を流し込んだ。
すると、俺達を影の中に押し込んでいた反り立つ壁がどんどん外側に倒れていく。
そこからは蛇口を捻った水道と同じだった。倒れていく地面は直ぐに元の地面へと戻るようにして倒れ込む。
地割れが起こり、妖術によって操られていた周辺の大地はボロボロと崩れるようにして罅を入れた。あまり成長していなかった根の細い樹木は次々と倒れ、さっきとは風景が様変わりする。
漸く見えるようになった巨人は、萎れるようにして再び眼下に現れた。
「やっと術の中から這い出れたな」
「フン、あたしに感謝しなさいよ!」
「へいへい……」
「ど、どうううことだ……ダの術が破られたど……」
こいつの妖力の量は凄まじい。だけど、力の使い方が忘れてしまったかのようにそれほど大きな力を感じられなかった。しかし、
「かといってこんな巨大な奴をどうこうするなんて無理ゲーだな。なにか方法があるはずだが……」
「アレよ! あの大きな石にこいつは封印されていたのよ!」
「――あれか!!」
リコの指差す方向に大きめの石が置かれていた。ゴツゴツとして遠くから見てもとても硬くて丈夫そうだ。
確かに言われてみればそんな感じがする。あの石からは何も感じない。
いや、無機物なら当たり前だが、この森は妖怪が住まう森だ。ただの石ころでも妖気が感じられるようになる。だけど、あの石からはそれが皆無だ。おそらく、対妖怪用に作られたか、そういう位置づけになっているんだろう。
「よく見つけたな。よし、俺が誘導するからお前はあの石をセットしろ! 起き上がらせて元に戻すんだ!」
リコはコクリと頷き木の影に身を潜める。
俺は、巨人がこちらを振り返ると同時に妖気を増大させた。
「どこいったあああ……」
「さあ、こっちだ――巨人!!!」
上半身だけになって目が合わせやすくなった。巨人は俺を煩わしいように見ている。
余程すばしっこい奴を追い続けるのが面倒なんだろう。まっ、だからってやられてやるつもりはないけどな……!!
「人間……人間のくせにダを誰と思ってるど……!!!」
「さあ? 初対面だろ。ならこっちも言わせてもらうが、妖怪だろうが人間だろうが相手を下に見るのはよくないぞ。ただのアリだと思っていても、中には牙の鋭いアリだっているかもしれないからな!」
「っ……!!?」
妖力が予想以上に強くなってる。最近はスミレの影響で結構妖玉を食ってるが、それ以上にさっきのリコとの契約がデカい……。これ以上放出させようとすると制御が効くかどうかわからないくらいだ。
だけど、おかげでもう俺を無視できなくなっただろ……!!
「狐……人間あ狐の妖に見える……」
いつの間にか尻の方に黒い妖気で尾のようなものが一本できていた。黒い妖力が背中の方は尻半分まで侵食し、腰回りから生えだしていた。
リコの妖力に影響したか、元からゼラのだったから狐の尾が出てくるようになったのか。妖気の大きさで姿まで変わるんだな。
「んじゃ、やろうぜ……おにごっこばっかりで退屈だったろ。俺も一応スミレに修行を受けているところだからな、逃げるだけってのもなんだかなって感じだったんだ」
今は俺を注視させる。挑発くらいお手の物だ。
瞬く間に俺の体は巨人の眼前に移動した。
黒い拳が巨人の顔面にめり込む。
大きな顔の面積を考えると、やや押し込んだ程度だろう。しかし、振り抜くと同時に空気の揺れる程の衝撃が走る。
森が鳴き、遠く離れた場所に居ただろう鳥の羽ばたく音がかすかに耳を掠めた。
次の瞬間、巨人の上半身が一気に地面に倒れる。
「へぇ――ぶ!!?」
ああ、そうか……デカいからかなり重いんだろうと思っていたが。
こいつ、それほど重くないし硬くない!
しかし、巨体は直ぐに起き上がってきた。あんな図体でも関係なく、速やかに体を起こしてくる。まるで今の攻撃がなかったかのように。ムカつくくらいに頑丈なんだろう。
こっちも今の状態で長くは戦えない。いつ邪気が本調子に戻るかもわからないし、妖力だって無限じゃない。
リコの準備もできたようだ。巨人の後ろにある石の前に到着している。
――今直ぐにぶっとばすしかない!!
「終わらせるぞ、リコ!!」
「っ――わかってる!!」
巨人の腕が右左と逃げ場を塞ぐようにして迫ってくる。俺をぺちゃんこにするつもりだ。
俺は、目もくれずに走り出した。
巨人の後ろにはリコがスタンバっているはずだ。このままもう一回ぶっ飛ばして封印する!
「目の前をうろうろする人間がどうしてダを起こしたんら!? ダに何を望むだぁあああ!!!」
起こした? こいつなに言って…………そういえばリコ。なんであの石に封印されてたって。
ああ……こいつを起こしたの、リコか。
「……なにも望まない。起こして悪かった、それは素直に謝るよ。ごめん……」
「――人間が謝った……? あの身勝手でダを悪者のように弓矢を向けてきたあの人間が?」
「だから、もう一度眠らせてやる!!」
巨人の腕が交差する時、俺は踏み切って跳躍する。
巨人の顔が近くなっていく。しかし、その表情は驚いたように目を見開いていた。
そうかこいつ、本当に強いんだな。ここら一帯がこいつの妖気で満たされていて、居るだけで妖気に触れるんだ。
こいつの大きな感情が流れてくる。とても苦しくて、悔しくて、とりとめのない膨れ上がった感情が。
◇
初めは仲良くできていたんだど。ダを山だと思って遊んでくれた。
だども、それは相手が子供だったからだと後で気付いた。
大人が来んと、ダを煙たがるようになった。
『巨大なバケモンが出たぞー!!』
『きゃああああああ!!』
『逃げろ! あれはバケモンだ、近づいちゃなんね!!』
『待つんろ……ダはバケモンなんかじゃ……』
『来るな、バケモノ――――!!!』
あの声がまだ耳に残ってる。
ダが最初にあそこに住み始めだどに、あいつら人間はまるで我が物顔。なにもしていないのに弓を射て、なにもしていないのに石を投げていて、なにもしていないのに森を燃やした。
ダの方が許容して共存してもいいと思ってやっだどに、恩を仇で返してきた。
――あいつらは粛清しなけねばなんね!
ダは村を滅ぼし、大地の力を思い知らせてやったんだど。ダの力を見せつけてやったんだど。
だけんど、それが祟ったんろ。どこからか陰陽師を名乗る奴がやっていて、ダをここに封じ込めた。人間は気付かぬ間にダに対する力をつけていたんだど。
人間が恨めしい。そう思ったのは一瞬、やっと休むことができるとダには安息感に似たものを感じた。
壊せば壊すほど人間は虫のように湧いてやっていた。ダを殺したくてしょうがないってえ感じだった。
それがやっと終わる。休むことができる。そう思ったんら。だどに、封印して尚、どうして人間がダの前に再び現れた……?
おかしいんは、この人間からはあの痛々しい敵意を感じないことだ。
半妖だから? いんや、そんなもんは関係ないど。ダをバケモン呼ばわりした村の人間達も、ダを封印した人間からも強い敵意を感じた。殺意を受けた。だどに、どうしておまんはダを殺すような目で見ないんだ……?




